2009/04/14 - 2009/04/15
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chiaki-kさん
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2009年 シェムリアップ旅行記 第3編は、シェムリアップ近辺の遺跡巡り。プリア・カン、ニャック・ポアン、タ・プローム、アンコール・トム、バイヨンなど。そして帰国ということで、最終章となります。
表紙の写真はバイヨン寺院にあった踊るアプサラのレリーフ。蓮の花の上で、180度に大股を開き、手の指を120度くらい曲げて踊っている。最後の晩に夕食会場となったアマゾン・アンコールの舞台に立った踊り子さんのモデルとなった天女達だ。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 2.0
- ショッピング
- 1.5
- 交通
- 1.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
4/14
カンボジア最後の朝はゆっくりと明けた。ホテルの室内はエアコンが良く効いており快適。初日にゲッコーくんが出たが、その後は蚊1匹出ない。トラブルらしいものはドアのカードキーの感度が悪かったくらい。写真は部屋のデスク周り、まるで仕事場だ。 -
8:30にホテルを出発したバスはプリア・カンに到着。プリア・カンとは「聖なる剣」という意味で、1191年にジャヤヴァルマン7世によって建てられた仏教寺院。ジャヤヴァルマン7世がチャンパ(今のベトナム)軍とこの地で戦って勝利したことを記念して建立したものと伝えられている。
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ナーガを引く神様の首が取られている。これは宗教をめぐる対立があり、自発的に首だけ切り落として隠してしまったらしい。隠した首は恐らくどこかに埋めてあると思われる。
(実際、他の遺跡では見つかっている) -
壁にはナーガを踏みしめた大きなガルーダのレリーフが。
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ここは未完成遺跡であり、こんな状態の箇所があちこちに見かけられる。
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西塔門を入ると、たちまち物売りの子供達がやってきた。女の子はTシャツやアクセサリーを、男の子は絵はがきや書籍を$1から$10位で売りつける。最初のうちはかわいくも思えたが、あんまりしつこいと、うざくなってくる。こんなときは無視するのが一番。ちょっとでも買う気があると見られると、それこそバスに乗るまでついてくる。(バンテアイスレイでやられた)
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そもそも子供達のうしろには大人がついており、子供に稼がせて大人は遊んでいるとのこと。もちろん学校になど出していない。カンボジアの人口の40%は子供であり、学校も先生も足りない。授業料は無料らしいが、教科書代や文房具代がおしいのと、子供も一家の稼ぎ手である理由から学校に出さない家がたくさんあるらしい。
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西門。シンハとナーガがお出迎え。
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内部はかなり崩壊が進んでいる。
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中心祠堂にて。創建当時は仏像があったらしいが、その後ストゥーバに換えられた。
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ナーガの回廊を進む。
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アンコール遺跡の中では珍しい2階建ての建物。ちょっとローマ風。
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東門。危険防止の為か、スポアンの木が切られていた。
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このスポアンも伐採されるようだが、クレーン車では無く、足場を組むのね。
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次ぎにやってきたのはニャック・ポアン。ここは12世紀末にジャヤヴァルマン7世によって建てられた施設。治水に対する信仰と技術を象徴する寺院でもある。写真は入り口にある池。中央池の周りに4つある。
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中央池には一本の祠堂がある。
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祠堂の基礎部分には2匹のナーガが巻き付いている。
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祠堂の後ではナーガの尻尾がこのようにからみついている。つまりニャック・ポアンとは「からみつく蛇」という意味。
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周囲の4つの池にある祠堂?の一つにはおばさんが、いや象の顔の彫刻があり、象の口から中央池の水が出ていた模様。
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こちらは人。
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分かり難いが、こちらはライオン。
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そして最後の小池の祠堂には馬の彫刻がある。
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雨季であれば水が溜まって池になるようだが、今は干上がって中央祠堂まで簡単に行けてしまう。いよいよ暑くなってきたので、皆さん日陰に避難。
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次ぎはタ・プローム。ここは1186年にジャヤヴァルマン7世によって建てられた仏教寺院であったが、後にヒンズー教の寺院に変えられた跡が残っている。この遺跡の特徴は映画「トゥームレイダー」の撮影にも使われた遺跡を飲み込むばかりのすさまじいスポアンの木である。
西塔門から入るが、門には観世音菩薩の彫刻が残されており、ここが仏教寺院だったことを示している。 -
タ・プロームの説明看板。書かれた言語は 左上:カンボジア語、左下:フランス語、右上:英語、右下:日本語だった。今はどうかな?
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スポアンの根は、最初こんな感じで石の間に入ってゆく。
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やがてこのように巨大な大木に成長し塀をまたいでしまうことに。
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寺院の中へ入る。タイムスリップしませんように。
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ここはシェムリアップに近く、人気のある遺跡なので、いつも大勢の観光客で賑わっている。中には、はめをはずしてスポアンに登るお客もいるが、ここは遊園地では無い。
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鳥の足状の木。
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中央祠堂の廻りにはデバター達がひっそりとほほえんでいる。
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アンコールワットのデバターより美形かも。
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血管のような木。スポアンの根に寄生植物がからみついたもの。
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回廊に覆い被さる木の間から・・・
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誰かがこちらを覗いている。
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木が遺跡を支えているのかも知れない。
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大蛇のように見える木
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一番有名な巨大木。こうなるのに500年近くかかっている。木にも歴史があるのだ。
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立ち入り禁止の立て札を無視する観光客。Sさんの話ではガイドが注意しないのがいけないとのこと。
*カンボジアでは誰がガイドをやっても自由なので、各国の団体に付いてきたTDのような人達が、勝手に適当なガイドをしているらしい。ちなみにSさんはカンボジア公認日本語ガイドの資格あり。 -
裏側はこんな感じ。ちなみにタ・プロームの修復はインドが担当しているが、樹木を伐採するか、このままにしておくのか議論が続いているとのこと。私の意見としてはこのままで良いと思う。樹木もここまでくれば歴史の一部なのだから。
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最後の昼食はシェムリアップの町に戻って和食。松花堂弁当のケースに入ったお寿司(さすがに生魚は無い)のようなものだった。
このあとホテルに戻り3時まで休憩するが、3:30がチェックアウトタイムなので、着替え一式を手荷物にしてあとはスーツケースに入れる。チェックアウトでは利用したアンコールビール3本の代金、$9を支払う。 -
アンコール・トムは12世紀末にジャヤヴァルマン7世によって造られたアンコール最大の遺跡。周囲12kmの城壁に囲まれ、中心にはバイヨン寺院を、周囲に王宮をはじめさまざまな寺院や施設を配置したクメール帝国の首都であった。ちなみにアンコール・トムとは「大きな町」という意味。
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参道には、もうおなじみのナーガを引っ張る神様と・・・
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阿修羅の像がお出迎え。ちなみに神様・阿修羅とも54人いる。
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出ました! 5人乗りバイク。
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南大門を車にひかれないよう、くぐった先に待っていたのはこの電気自動車。アンコール・トムの敷地は広大なのでこれに乗り換えて移動を開始する。
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出発!
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私は一番後ろの席、しかも後ろ向きなので撮影にはもってこい。これは南大門を境内内側から撮影。
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アンコールトム内の道路はバイクとツクツクで大混雑。象が通ることもあるそうだ。
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電気自動車に乗り5分ほど移動するとバイヨン寺院に到着。バイヨンはアンコールトムの中心にある仏教寺院で、仏教でいう須弥山(しゅみせん)を表している。微笑みをたたえた観音菩薩の四面塔がたくさんあることで有名。
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反対側には死者の門へ行く道が。
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バイヨンに入る。
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東門を左に折れ、まずレリーフの解説を始めるSさん。
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こんな感じでレリーフを眺めて歩く。
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クメール軍の行進。必ずしも象に乗っているから偉いとは限らない。
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前の方は勇ましいのだが、後の方はそうとも言えないところが面白い。
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クメール水軍の活躍も描かれている。
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踊るアプサラ(再掲)
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それではバイヨン寺院の中心部へ
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中央祠堂の回りはこんな感じ。以外と狭い。
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圧倒されます。
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たしかこの像がクメールの微笑みをたたえた観世音菩薩像。
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何処かで見たような菩薩。そう、カンボジアの京唄子さんで~す。ちなみに、本物の京唄子さんは2017年に89才で亡くなっています。唄子さんに逢いたい方はバイヨンまで来てくださいね。
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中央祠堂を取り囲むように16基の尖塔があり、それぞれ四面に観音菩薩像が刻まれている。
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それぞれの尖塔の内部には国内各地の守護神が祀られていたようだ。
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中央祠堂に入ってみよう。
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仏教寺院なので仏陀が祀ってあった。500リエル払って線香をあげてきた。世界平和を願って。なお、手前の黒い影はストロボ光がレンズの先にあたったもので、初歩的ミス。
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北門から退出する。
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10分ほど歩いて、やってきたのはパプーオンという遺跡。11世紀中頃にウダヤーティティヴァルマン2世によって建てられたヒンズー教の寺院。名前の意味は「隠し子」。現在パプーオンはフランス極東学院によるクレーンを使った修復作業中の為、立ち入り禁止。
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びっしり並べられた石をひとつひとつ調べて、組み立てて行く気の遠くなる作業だ。
* 2020年現在、修復工事は終わっているようです。 -
この直線の二段回廊が有名。
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これはビミアナカスというヒンズー教の寺院。ここにはヘビの精が住んでいて、毎晩王様と交わったという伝説がある。ピラミッド状の基壇の上に寺院があるのだが、ここまで来ると急階段を登る元気のある方はいない。
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アンコール遺跡最後の見学地、ライ王のテラスに登る。昔、凱旋する軍隊をここで国王が眺めたという場所。
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こんな深い堀のような回廊に囲まれているので転落にご注意。
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これがライ王像ということだが、本当は閻魔大王のようである。
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象のテラスという名は、象の像があるから。
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象のテラス前で再び電気自動車に乗り換え、来た道を引き返す。これから南大門をくぐって、アンコール遺跡観光は終了。ちなみにこの電動カートは中国湖北省人民政府からの贈り物。
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一旦ホテルに戻ってから着替えをし、連れていかれたのが、アマゾン・アンコールレストラン。
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夕食を食べながらアプサラ・ダンスショーの鑑賞。夕食はバイキングだったがアジアン料理中心で油っこいものが多くいまいち。それと冷房のない会場であったため、最後だと思って着替えた長袖、ジーンズがまたまた汗で濡れてしまった。ショーの方はまあまあだったが、会場が暑いことを前もって教えておいてほしかった。
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アンコールの壁から抜け出てきた現代のアプサラ達。家に帰ってから同じ格好をしてみたら足がつれた(^^;;
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シェムリアップ空港内の売店。小さな空港にしてはまずまずの造り。ここで23:30発のKE688便を2時間ほど待つ。
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4/15
6:40 朝靄に包まれたインチョン空港に到着。飛行ルートはダナン、台北、済州島の上を飛行するものだったが、窓から見えた台北の街灯りがきれいだった。 -
9:15 乗り換えたKE701は満員の乗客を乗せてインチョン空港を離陸する。ちょっと解りづらいが1時間後に見えてきたのは山頂に雪を頂いた大山。これでカンボジア・シェムリアップの旅は終わった。
エピローグ
クメール王朝の一時期を除いて、カンボジアはタイとベトナムに挟まれた小さな国であった。一時期、国が消滅しかけたこともあったが、自らフランスの植民地になることで切り抜けたり、内戦で国内はずたずたになり、国連の介入でなんとか復興したりと、苦しい歴史をたどってきた国である。
しかし、そんなつらい歴史があっても、カンボジアの人々の表情は明るい。家に電気が無くても、バッテリーで見れるTVがある。バイクが1台あれば家族全員!が乗って何処へでも自由に行ける。正月にはアンコールでピクニックが出来る。雨期になったらトンレサップ湖で水泳が出来る。という感じ。
現地ガイドのSさんも言っていたが、今カンボジアに必要なものは教育であろう。地雷の被害ひとつ教えるにも立ち入り禁止の看板が読めないことには話にならない。何か物を造ろうにも作り方を教える人がいない。遺跡を保存しようとしても、保存のやり方を知っている人がいない。国を振興させようにもノウハウを持っている人がいない....
1300万人の人口のうち、40%は子供だという。確かに何処へ行っても子供だらけだった。前述したとおり学校も先生も不足している為、学校に行っている生徒は70%位だという。子供は希望ではあるが、問題でもあり、中には人身売買まがいの事件も数多く発生しているとのことである。
*全て2009年時点の状況です。
ともあれ、長い混乱の後、やっと巡ってきた平和が長く続くことを祈って「2009年 シェムリアップ旅行記」を終わりとします。古い旅行記を最後まで、ご覧いただき、ありがとうございます。
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