2008/12/01 - 2008/12/02
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chiaki-kさん
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2008年12月1日 いつものBL5で晩秋の奈良、そして京都へ。
表紙の見事な紅葉は京都・西山三山・善峯寺の紅葉。普段は静かな境内が観光客で賑やかだった。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 私鉄 自家用車 徒歩
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自宅を7:00に出発して峠を一つ越え諏訪ICから、いつもの中央道へ。写真の山は駒ヶ岳SAから眺めた中央アルプスの山並み。
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中央道→東名高速→伊勢湾岸道→東名阪道→名阪国道と進み、針ICで降りる。写真は県道38号線を道なりに30分ほど走り、初瀬ダムを過ぎたあたり。紅葉がちらほらとお出迎え。
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長谷寺到着。長谷寺は、奈良県桜井市にある真言宗の寺院。本尊は十一面観音、開基は道明上人とされる。西国三十三箇所観音霊場の第八番札所であり、日本でも有数の観音霊場として知られる。
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長谷寺縁起、興味のある方は拡大してご覧ください。
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長谷寺は平安時代中期以降、貴族の信仰を集め、中世以降は武士や庶民も参詣するようになった。写真の仁王門は、重要文化財。
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登廊(のぼりろう)という399段の屋根付きの階段があるが、勾配はゆるやか。
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階段の両側には牡丹の棚が作られている。長谷寺は別名を「花の御寺」と言い、春は桜に牡丹、夏は紫陽花、秋は紅葉、そして冬は寒牡丹だそうだ。
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満開の時はさぞかし綺麗だろうね。
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登るにつれ紅葉が増えてきた。
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本堂は国宝となっている。
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鐘楼は重要文化財。
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本堂の南側には礼拝堂と懸崖作りの舞台がある。
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清水寺を思わせる舞台。平日であったが、多くの観光客で賑わっていた。
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本堂から西側へ降りる坂道。西日を受けた紅葉が見事。
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いいね。
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横を見るとこんな感じ。
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下から本堂を眺める。
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この紅葉の鮮やかなREDは他に無いかも。
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これです。
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いい感じです。
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お坊さんが通りました。
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降ります。
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降りました。
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見納めです。
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高浜虚子の句碑がありました。
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長谷寺からR165→R169で奈良へ移動。紅葉の時期は京都市内の宿がどこも満室だったので東横イン奈良新大宮駅前にチェックイン。BL5を預けて近鉄奈良線で新大宮から近鉄奈良駅まで移動、あとは徒歩で奈良公園を目指す。
写真は東大寺入り口交差点。写っていないがここを左へ行くと東大寺。右上の砂利道が春日大社方面。では右上へ行ってみよう。 -
いきなり鹿の集団がお出迎え。奈良公園の鹿は神様の使いということで大事にされている。
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記憶が合っていれば最初の鳥居。
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苔むした石灯籠が続く。
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春日大社本社南門到着。
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幣殿。初穂料を納めない人はここまでしか入れない。
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幣殿の横から中門の一部が見える。拝殿はなく、一般の参拝者は幣殿の前にて、初穂料を納めて特別拝観を申し込んだ場合は本殿前の中門から参拝することになる。
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名物の釣り灯籠が回廊に。
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そして南門の外や境内におびただしい数の石灯籠があった。
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なに、福の神だと。行って見よ~。
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おまえさんが福の神か~い。
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大きな石灯籠に灯が点る。
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世界遺産です。
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春日大社の門も閉まり、暮れてきたので大社を出て奈良公園をぶらつく。東大寺の参道右側に広い芝生の庭があり、どこかの運動部の皆さんがトレーニングに励んでいた。なお、公園の向こうに見える建物は右が東大寺大仏殿、左が仁王門。
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東大寺には今まで何度となく来ているが、二月堂、三月堂は行っていない。時間は午後5時30分をまわり、あたりはすっかり暗くなっていたが、まだ行けそうなので行ってみた。二月堂の扉はすでに閉まっていたが、釣り灯籠の灯りは点いていた。
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こんな丸い釣り灯籠もあるのね。
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街の方を見ると、大仏殿の向こうに奈良の街灯りと生駒山が見えた。
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左上に三日月が写っているが、その左上に見えるのは宵の明星・金星。だが、よ~く見ると、その右上にもう一つ星がある。あとで解ったが木星だそうだ。この日は三つの星が接近するめずらしい天体ショーまであった。
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興福寺五重塔がライトアップされていた。このあとホテルに戻り、近くの店で何か食べたと思うのだが、覚えていない。
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12/2
翌日、車で向かったのは京都・西山三山のひとつ善峯寺。下の平日無料の駐車場に車を置いて・・・ -
こんな坂道を登る。ちなみに西山三山とは善峯寺、光明寺、そして楊谷寺をさす。
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善峯寺山門。ここで入場料500円を支払う。(10月撮影)
善峯寺は、11世紀の前半に源算上人がこの地に小堂を建て、自作の十一面千手観音をまつたのが始まり。しかし、応仁の乱の際にほとんどが焼け落ち、現在の諸堂の多くは、江戸時代に将軍綱吉の母である桂昌院の援助によって再建されたもの。 -
山門をくぐって境内に入ると大きな灯籠。その向こうの石段を登ったところにあるのが観音堂(本堂)。ちなみに善峯寺は西国二十番札所であり京都洛西第一番の札所でもある。
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石段を上がって、山門を見るとこんな感じ。
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本堂から一段上がったところにある天然記念物「遊龍の松」。樹齢600年の五葉松で、元々は54mあったが平成6年、松食い虫の被害にあい現在は15mとのこと。(10月撮影)
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多宝塔は重要文化財。
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こちらは桂昌院稜。桂昌院の遺髪が納められている。(遺骨は東京の増上寺)
ここで桂昌院、及び「玉の輿」についてスタディ
桂昌院は京都の八百屋の娘で、 その名をお玉といいました。成長して三代将軍家光の側妾お万の方の侍女となり江戸へ下ったお玉は、将軍家光の寵愛を受けて徳松を安産します。
家光の没後は桂昌院となり、その子は綱吉となります。 四代将軍家綱には子供がなかったため、その没後、綱吉が五代将軍となり、桂昌院は将軍の御母堂 として江戸城へ迎えられます。
何不自由のない身分となった桂昌院は、幼いころ通った善峯寺のため、たびたび寄贈を行い、それが建物や、仏像、宝物として今に伝わっております。(善峯寺HP参照)
という訳で、八百屋の娘から将軍の妻、そして将軍の母親になるなど、女性ならではの大出世のことを「玉の輿」って言うんですね。 -
釈迦堂からも京都の町が眺められる。
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奥の院から眺めた釈迦堂。
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そして、京都の町。
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UPです。
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次ぎは西山三山のひとつ光明寺。ただし取材時期は2007年11月24日となっていますので、ご了承を。写真は光明寺の総門を入り、御影堂まで続く坂道が表参道。一般的には女人坂と呼ばれている。
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1175年に浄土宗を開いた法然はこの地で初めて念仏の法門を説いた。法然が初めて「お念仏」の教えを説いた地であることからこの地は「浄土門根元地」といわれている。その後、法然を慕い帰依した弟子の蓮生(熊谷直実)が、1198年に法然ゆかりの当地にお堂を建立し、法然から「念仏三昧院」の寺号を頂戴したのが光明寺の始まり。
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振り返ると総門が見える。
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御影堂が見えてきた。
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賑やかです。
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鐘楼
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釈迦堂へ続く道の途中に輝いていた紅葉。
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勅使門。一般の人はここからは入れない。
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勅使門から総門まで続く参道が所謂「もみじ街道」。
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紅葉の大UP。
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当日は長岡京市もみじ祭りが開催されており、大繁盛の休憩所が設置されていた。
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薬医門が見えてきた
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紅葉 1
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紅葉 2
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紅葉 3
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LASTは京都五山のひとつ東福寺。JR東福寺駅から紅葉目当ての観光客で大渋滞。写真は日下門から入った広場だが、この混雑は何。
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通天橋へ向かう回廊も渋滞中。
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回廊からは庭園を散策する観光客がよく見えた。中には着物を着た方も。
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写真は通天橋から眺めた臥雲橋。まるで紅葉の雲海に浮かんでいるようだ。
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鈴なりの通天橋。
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そして紅葉
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洗玉澗と呼ばれる水路が谷底を流れている。
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洗玉澗を縦構図で一枚。
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このような密集・密接な画像を眺めていると、渋滞や行列はあっても、コロナ禍の無い平和な時代が、どんなに素晴らしいことか解ります。人類の叡智を結集して、治療薬、ワクチンが一日も早く出来ることを祈らずにいられません。
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最後に東福寺の経藏と紅葉の写真を貼って「2008年 晩秋の奈良・京都を往く」を終了とします。本日も古い旅行記を最後までご覧いただきありがとうございます。
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