2020/04/02 - 2020/04/05
107位(同エリア647件中)
ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さん
- ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さんTOP
- 旅行記91冊
- クチコミ66件
- Q&A回答1件
- 156,185アクセス
- フォロワー20人
この旅行記のスケジュール
2020/04/02
-
土讃線第一吉野川橋梁
-
旧三縄発電所跡
-
土讃線 第二吉野川橋梁
-
旧吉野川橋
-
土讃線 旧第四穴内川橋梁
-
土讃線 旧第五穴内川橋梁
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
土讃線沿線の橋梁等を巡る旅の後半、険しい大歩危峡へと続きます。その前に、土讃線の歴史に軽く触れておきます。
◆土讃線阿波池田~新改間の歴史概略
1930年(昭和5年) 角茂谷~土佐山田間開業。以降順次延伸。
1935年(昭和10年)三縄~豊永間開業、多度津~高知間が繋がる。
1950年(昭和25年)阿波川口~小歩危間を新線に切替。◆Map1
1956年(昭和31年)大歩危~土佐岩原間を新線に切替。
1963年(昭和38年)土佐岩原~豊永間を新線に切替。
1968年(昭和43年)大歩危~土佐岩原間を再度、新線に切替。
1973年(昭和48年)大杉~大王隧道間を新線に切替。◆Map2
1986年(昭和61年)大王隧道~土佐北川間を新線に切替。◆Map3
複線化するでもなく何度も路線切替を繰り返しており(これ以外にも少なからず切替があったようです)、それだけ災害に遭い急峻な場所を通っていることが伺えます。『大歩危』という地名も伊達に付いてはいません。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 利用旅行会社
- じゃらん
PR
-
【土讃線 第一吉野川橋梁】
1935年(昭和10年)竣工、下路曲弦ワーレントラス橋+上路プレートガーダー橋。トラスは1933年(昭和8年)川崎車輌製。
この付近の渓谷も見ごたえがあります。車窓からの眺めも観てみたいですね。 -
【大川橋】
1935年(昭和10年)竣工、トラス補剛吊橋。
祖谷口駅設置の条件を満たすため、『山林王』といわれた赤川庄八氏が私財を投じて建設した橋。
2019年(平成30年)9月から通行止めになってしまいました。少し上流に祖谷口橋ができたので、お役御免という事でしょう。長い間ご苦労さまでした。
※2020年度(令和2年度)に主塔等を除いて撤去されました。 -
【旧三縄発電所跡】
1912年(大正元年)四国水力電気が運用開始。1964(昭和39年)年、新三縄発電所の運用開始に伴い廃止。 -
苔むした見事な煉瓦建築物が森の中に眠っていました。
-
【川口橋】
1965年(昭和40年)竣工、下路ワーレントラス橋。
上流側に旧橋の煉瓦積みの橋台が残っています。 -
【土讃線 伊予川橋梁】
1929年(昭和4年)頃竣工、1950年(昭和25年)一部架替、上路プレートガーダー橋+下路プラットトラス橋+下路プレートガーダー橋。
旧橋のトラスは大阪環状線澱川橋梁2代目のものを、曲線トラスに改造して転用していました。 -
路線変更前の橋脚が一部残っています。
手前の橋脚は山側に拡張、2本目は架替後不要となるので、新しい桁に当たらないよう頂部を削り取り、3本目以降は架替に伴って新設。
架替前の桁も一部現用されています。 -
◆Map1
旧線のルートを紫色の破線で地理院の地図に落としてみました。
特に東側に突き出た辺りは急峻で、土砂災害の多かった事が伺え、これを避けるためにトンネルで短絡したものと思われます。 -
【青雲橋】
2004年(平成16年)竣工、自碇式PC複合トラス橋。
先日三重県で観てきた亀甲橋と同じ吊床版橋。自碇式PC複合トラス橋としては世界初の車道橋!
オレンジ色に塗られたトラスが緑にとても映え、珍しい構造を一層引き立てています。
【fib最優秀賞受賞】
【田中賞受賞】青雲橋 名所・史跡
-
【土讃線 鮎戸瀬橋梁跡】(正式名称不明)
旧線の遺構が残っていました。 -
【国政橋】
1976年(昭和51年)竣工、吊橋。
こういう車の止め方はやめて欲しいです・・・ -
【土讃線 井ノ川原橋梁跡】(正式名称不明)
この他にも橋脚・橋台・隧道等の遺構が残っているようです。 -
【旧白川橋】
1950年(昭和25年)竣工、下路ポニートラス橋。
奥に見えるセメント工場の閉鎖後、この橋も通行止めになってしまいました。曲線を描いたガセットプレートが特徴的です。 -
イチオシ
【土讃線 白川橋梁】
1935年(昭和10年)竣工、上路ワーレントラス橋+上路プレートガーダー橋。
丁度列車が来てくれましたが、慌てていて設定を直す暇がなく、列車がブレています。 -
【赤川橋】
1975年(昭和50年)竣工、吊橋。
こちらも初代の橋は赤川庄八氏が建設し、この2代目の橋は庄八氏の孫、庄市氏が架けたそうです。庄八氏の銅像が建っていました。 -
【土讃線 第二吉野川橋梁】
1935年(昭和10年)竣工、下路曲弦ワーレントラス橋+上路プレートガーダー橋+下路プレートガーダー橋。トラスは川崎車輌製。
左奥に見えているホテルに泊まりました。この橋の写真は宿から撮れますしまだ日暮れまで時間があるので、先に進みます。 -
【豊永橋】
1931年(昭和6年)竣工、下路ワーレントラス橋。
立派な親柱に地元の思いが伝わってきます。 -
【旧長瀞橋】(ながとろ)
1935年(昭和10年)竣工、1963年(昭和38年)廃止、吊橋。
高知県に入りました。主塔と桁が残存しています。
少し上流に新橋が架かっていますが、こちらもランガーの垂直材を守るガードを設置する程幅員が狭いので、架替或いはバイパスの整備が検討されているかもしれません。 -
【旧吉野川橋】
1911年(明治44年)竣工、1954年(昭和29年)地すべりにより損傷し廃止、下路平行弦プラットトラス橋(ピン結合)+下路ボウストリングトラス橋(ピン結合)。
1985(昭和60)年頃に鋼板を敷設、幅員1.5mの通路として供用、現在は通行止め。
今回の旅のメインスポットの一つです! -
以前観てきた高山本線新神通川橋梁等のクーパートラスと同様ピン結合ですが、こちらは端部のアイバーがプレートでハニカム状に補強されています。
-
イチオシ
隅角部を石積みにした、背の高い5段の煉瓦積み橋脚に圧倒されます。
1954年(昭和29年)に発生した地滑りによって桁が押され、下弦材が歪んでしまった為、廃止されました。
プラットトラス下弦材端部(右端)のアイバーが変形しているのは、この時の損傷かもしれません。左岸側橋脚は元々煉瓦積みでしたが、上からRCで巻かれているので、通路として供用するにあたって補強したのかもしれません。 -
グニャリと曲がっているアイバーの拡大写真です。
反対側は横桁とアイバーとの接続部が断裂!ブレースも多々断裂して垂れ下がっていて、もういつ落ちてもおかしくないと長年言われ続けていますが、上弦材がしっかりしているせいか意外と落ちないものです。
落ちる前に観られて良かったです。合掌... -
【吉野川橋】
1958年(昭和33年)竣工、下路曲弦ワーレントラス橋他。
この橋の辺りで吉野川と支流の穴内川が合流、土讃線は穴内川に沿って南へ向かいます。
暗くなってきたので、通り過ぎた宿へ戻ります。 -
【歩危観橋】
1934年(昭和9年)竣工、トラス補剛吊橋。
主塔が残っていました。現在は左奥にちらっと見える大歩危橋にバトンタッチしています。 -
宿から第二吉野川橋梁の眺めです。
この橋を眺める為の鉄道部屋「ムーンライトおおぼけ」という特別室もありますが、私は普通の客室に泊まりました。
ちょっと電線が目障り。大歩危温泉 サンリバー大歩危 宿・ホテル
-
《郷土料理でこまわし》
祖谷地方に伝わる郷土料理で、里芋やジャガイモ・蒟蒻・岩豆腐等の味噌田楽です。
旅先でその土地々々の物が食べられるのは嬉しいですね。 -
イチオシ
翌朝も早速第二吉野川橋梁の写真を撮りました。
今回観てきたJR四国の橋はどこも電化されていないので、架線が邪魔にならずに橋や列車を撮れるのが嬉しいです。 -
【土讃線 第六穴内川橋梁】
1934年(昭和9年)竣工、上路プレートガーダー橋。 -
【土讃線 第五穴内川橋梁】
1934年(昭和9年)竣工、上路プレートガーダー橋。
桜もピークは過ぎたようでした。 -
【土讃線 新旧線分離地点】
大杉隧道の脇から谷沿いの旧線跡が続いています。 -
◆Map2
大杉駅~大王隧道間の旧線ルートです。
地すべりが発生し、峡谷を避けてトンネルで迂回したようです。国道もトンネルです。 -
【土讃線 旧第四穴内川橋梁】【ヨボーシ橋】
1932年竣工、1973年改修、上路プレートガーダー橋。
旧線の橋が道路橋として転用され、残っています。 -
イチオシ
【土讃線 旧第三穴内川橋梁】【カマケタ橋】
1932年竣工、上路プレートガーダー橋。
こちらは旧橋のまま、橋側歩道が道路橋(歩道)として転用されていました。軌框が撤去されているので、橋側歩道を受けるレールを加工した部材の取付方がよく判ります。
この先、廃線跡を辿っていくと現在線との合流部に出られるようですが、先を急ぐので割愛します。 -
【土讃線 新旧線分離地点】【大王隧道】
その合流部の先にある大王隧道を抜けると、また旧線との分離地点になります。 -
◆Map3
大王隧道~土佐北川駅付近までの旧線ルートです。
この区間は1986年(昭和61年)に新線に切替られましたが、国鉄の分割民営化が翌年なので、民営化前に土砂災害の起こりそうな箇所をさけるルートに切り替えておこうという親心かもしれません。特に「穴内川」と書いてある辺りは等高線が蜜になっていて、急峻なのが伺えます。 -
大王隧道の写真の反対側です。
左が旧線跡で、まっすぐの道路になっていました。この先地すべりの危険性の少ない部分は道路に転用されています。 -
【土讃線 第四穴内川橋梁】
1986年(昭和61年)竣工、下路平行弦ワーレントラス橋。
新線は右へ曲がって穴内川を渡り、大豊トンネルへと進んでいきます。マクラギを使用しない鋼橋直結レール締結装置を採用して省力化を図っています。 -
【土讃線 第三穴内川橋梁】
1986年(昭和61年)竣工、下路平行弦ワーレントラス橋。 -
【土佐北川駅】
駅のホームが橋の中にすっぽり入っています。 -
【鋼橋直結レール締結装置】
こちらも鋼直締結装置を採用しています。軌道桁に直接レールを締結しているのでマクラギがありません。
鋼橋なので、絶縁性の確保が難しそうです。 -
【土讃線 新旧線分離地点】
旧線は川を渡らずに谷沿いに山際を走っていて、旧土佐北川駅もこの先にありました。 -
【平和橋】
1930年(昭和5年)竣工、下路ボウストリングトラス橋他。
上弦材が垂直材の無い所で折点を設けているのが特徴的! -
【土讃線 角茂谷架道橋】
1932年(昭和7年)竣工、上路プレートガーダー橋。
特急南風が通りました。2000系気動車は制御付振り子式車両で、曲線のスピードアップを図ると同時に傾斜タイミングの遅れを改善しています。 -
イチオシ
新旧色んな形式の橋が観られて楽しい旅でした。中でも大変身を遂げた三好橋や落橋確実と言われる旧吉野川橋が間近に観られたのは至福です。
四国山脈を横断する土讃線については、急峻な大歩危峡との厳しい闘いを感じさせられました。次回は是非振り子式車両の特急南風に乗車して、車窓の風景を楽しみたいと思います。
早く武漢ウィルスを駆逐して、普通に旅ができる世の中に成ると良いのですが、どうやら長期戦の様相を呈してきました。接触感染・飛沫感染の対策を個人個人でしっかりしつつ、経済を回していくことになりそうです。
《トータル 橋46、SL1、他4》を巡る旅でした。
※この後奈半利に宿泊、魚梁瀬森林鉄道廃線跡を辿る旅に続きます。
⇒https://4travel.jp/travelogue/11620266ホテル なはり 宿・ホテル
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
この旅行で行ったスポット
祖谷渓・かずら橋・大歩危(徳島) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ ◆土讃線沿線の橋梁等を巡る旅◆
0
44