2014/11/27 - 2014/12/03
153位(同エリア193件中)
爺一人旅さん
2013年にインドネシアの遺跡を訪問したので、2014年はタイのイサーン地方を歩いてみようと思った。ナコンラチャシーマ(コラート)から東に向かって、ウボンラチャターニまでは、その昔クメール人の築いた遺跡が、点々と残っている。当時は、観光化したアンコール遺跡などには興味がなくて、地元の生活に使われている遺跡の姿を見ようと、情報を集めて旅程を計画した。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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幾らかの安さと効率を重視して、成田深夜発マレー便でKLまで出て乗り換え、早朝スワンナプーム空港に到着したが、旅の初めから疲れてしまった。歳も考えねば。眠い目をこすりながら、電車を乗り継いで南バスターミナルに着き、チケット売り場に行ってみると、1階2階にあるバス会社窓口の多さにびっくりした。係員にナコンラチャシーマと言ったら、窓口に連れて行ってくれた。
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9時ころのバスで、昼には町中にある第一バスターミナルに到着した。ホテルまでは、地図を片手に歩いて行こうと思ったが、ツクツクが売り込んで来たのでお願いした。予約したシリホテルは、列車の駅近くにあって、5分くらいで到着。
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この町は、東はウボンラチャターニ、北はウドンターニに向かうバスの分岐点になっていて、小さい割りに交通の要所である。ホテルから東に歩いていくと、ごちゃごちゃした中心街が出てきて、その一角に「モー婦人」像があった。何かイベントの日だったのか、沢山の供物と参拝客で賑わっていた。
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タイは、個人や夫婦、親戚と何度か訪れているが、バンコク周辺とチェンマイだけだった。観光と縁のないこの町では、生活に溶け込んでいけそうな気がした。
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市街地は、運河で囲まれた正方形の区域で、地図で見たら城下町。カンボジアの襲撃を防いだのが、銅像になった「モー婦人」だったそうですが、当時の様子を伝えるものはありませんでした。
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翌朝、ピマーイ行きのバスに乗ろうと、第二バスターミナルまで数㎞歩きました。今日はお祭りなのか、裏通りで100人ほどの僧侶が列をなしていて、その周りで地域の人達食事の用意をしていました。
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バスに乗って1時間ほど走ると、ピマーイの町に入った。降りて100mも歩くと、「ピマーイ歴史公園」の門が見えてきた。原っぱに無造作に置かれている遺跡を想像していたので、整備されて若い人たちの来場が多いのには驚きました。
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写真の説明では、ここは1960年代に修復された遺跡で、それ以前は廃墟のような状態であった。興味津々進んでいくと、門の前が少し広いテラスになっている。
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このテラスは、「ナーガの橋」と呼ぶのだそうです。クメールの象徴である蛇か竜(ナーガ)が睨んでいます。ナーガは、この時に初めて見ましたが、この後の遺跡ではお馴染みになりました。
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通過する時に覗いた内側は、回廊になっています。屋根や窓は崩れて無いのですが、中庭側に出入口が在るので、ここいらで供物など売っていたのか、勝手に想像すると楽しくなります。
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中庭は広くて、崩れて土台だけの建物跡や、幾つかの池が残っていました。その先には、もう一つの中心に向かう入り口があります。幾つか沐浴用の池があって、水が残っていたら良い眺めになったと思う。正面には、トウモロコシ頭の本殿がある。インドネシアの「ロロジョグラン寺院」もヒンドゥー教寺院で、同じトウモロコシ形状だったのを思い出しました。先生に引率された子供たちが、頻繁に門を出入りしています。
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さあ門をくぐって、本殿のある中心入ります。
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本殿の中庭も、周りの芝が刈り取られて奇麗になっています。入ってみると、あれ程いた人の姿が見えない。子供たちは、何処へ消えたのだろうかと考えていたら、思い浮かべたよりもずっと広い敷地で、建物の中に入っていたのだと気が付きました。
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中心に在るこの本殿は、修復された建物ですが、遠目にも重量感があって荘厳な感じがします。
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裏側には風化した砂岩の建物もあって、当時を偲ぶ格好の材料になります。こんな建物にも、中に入って見学できるのです。崩れはしまいか不安もありますが。
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ピマーイ遺跡は、1000年以上も前の建築ですが、イサーン地方の遺跡は、大小合わせると数百残っているそうです。当時の、クメール人の財力と権力がどれほど大きかったものか。
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この座像(レプリカ)は、「ジャヤヴァルマン7世」だそうです。仏教をもたらした王様です。ちなみに、クメール王朝は、アユタヤ王朝に滅ぼされるまではヒンドゥー教でした。ということは、かなり後の人ですね。
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何かの穴が在りました。リンガを刺して置いたのでしょうか、わかりません。バスで来た分自由時間も多く、あちこち歩いてみました。何人もの方が、芝を掃いていたり水を撒いていたりと、景観を保つ仕事をしています。「ご苦労様です」
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歴史公園を出て少し歩くと、ピマーイ博物館があります。人気が無いのか、その時入館者は私一人でしたが、面白いレリーフがありました。上は、王様の出陣かと思ってよく見ると、人間は一人で、あとは動物の顔です。真ん中は、カーラの上に人が乗っている図。下は、王様の隣は像で、像に乗っています。意図がよくわからない、3点でした。
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翌日、町中のバスターミナルからソンテウに乗って、パノムワンのある村に向かいました。ターミナルにある観光地図には載っていたのですが、事務の人はどのソンテウが行くのか分からない。運ちゃん達に聞きまわって乗った車は、村に着くと店のおっさんに、バイタクしてやれと言い残して行ってしまった。
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距離にして1㎞くらいだから、歩いても行けるのだが兎に角暑い。片道だけとごねていたのを、往復+30分観光つきにして走ってもらった。パノムワン遺跡は、原っぱの真ん中に、ポツンと忘れ去られたように残っていた。人気は今一つかもしれないが、周りの草は刈られて奇麗になっていた。
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初めて、誰もいない遺跡に入った。ここ中庭も芝生で覆われて、打ち捨てられた遺跡とは程遠い、当時のままで保存されています。
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バイタクのおっさんは、久しぶりに来たのか、遺跡のあちこちで拝んでいます。白い建物は、修復した物のようです。
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中には、仏像が置いてあって、供物もおかれていた。近くの方たちが、日々手入れをしているのだろうと思う。バイタクで来た手前、昼寝などする時間も無いので、写真を撮ったら連れ帰ってもらった。地球の歩き方には、良い評価は載っていなかったが、自力で来られるなら数時間横になっていたいほどだ。この町で見る遺跡はこれだけなので、明日はブリーラムに移動します。
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バスで2時間ほど、ブリーラムに着いた。分かり易い道だったので、街外れのホテルまで歩いた。レセプションの受付嬢に、明日の「パノムルン」行きタクシーを頼んで、街の様子を見に行ったのだが、繁華街らしき所もなく寂しい雰囲気。ホテル前のカラオケが、深夜までうるさかったのが印象に残った。
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朝待っていると、サングラスをかけた派手なポロシャツの爺様が、大音量とともにやってきた。行先は心得ているらしく、猛烈なスピードで走って遺跡の山頂に着くと、時々人が出てくる門を指さし、そこから入れという。「しょぼい遺跡だな~ぁ」と思いつつ入ったら、何のことはない遺跡の出口だった。運ちゃんは、境内から登るのが面倒だったのか、上から降りるを選んだのだった。
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「遺跡は正面からだよな」と独り言ちながら境内まで降りて、振り返って見たら大感激。規模はピマーイと同列だろうが、小山全体が遺跡に見えて、平地とは異なった威圧感があって何ともすごい。丁度、学生たちが見学に来ていた。
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階段の登り口には、お馴染みの「ナーガ」。見上げると、塔の頭が見える。
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途中から見下ろすと、数百m続く石畳の真っ直ぐな参道が見える。流石に壮観だ。
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山頂にある建物は、見栄えが良い。日本の寺も、威厳のあるシンボルとして、庶民が見上げる山の上に建てられてる。この建物の保存状態は極めてよく、ホテルの人が自慢しただけのことはありそうだ。
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人は次々入ってくるのだが、中で消えてしまう不思議を味わう。ピマーイもそうだったが、見てくれよりずっと大きな敷地なのだろう。一番高い塔が本殿で、右の立派なのが偉い人の詰め所だったのか? 知識の無い素人なので、只々眺めては悦に浸っているだけである。
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本殿入り口に置かれた、兵士の像。
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よく出てくる、扉が石の開かない建物。
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当時を偲ぶ建物群。
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ヒンドゥー教の神、牛の像です。
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本殿の裏側ですが、2つのレンガ建築の跡と、パネルに書いてありました。
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出入口の柱と、通路の上に彫られたヨガのレリーフ。インドから伝わったヒンドゥー教、インドの影響が大きい。
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パノムルンから少し走ると、ムアンタムの町に着いた。ムアンタム遺跡は、整備された公園の中にあって、丁度見学を終わった生徒たちが、バスに乗り込むところだった。
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空いてよい具合になったので、さっそく入ってみます。
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広い敷地には、沐浴場や何かの土台の跡があちこちに見られ、その向こうに回廊に囲まれた本殿が見える、中ぶりの遺跡です。
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入り口は、大きな砂岩を切って組んであり、しっかりしています。
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中庭は結構な広さで、パノムルンには無いレンガ造りの塔だけで、他には拝殿らしきも物は有りません。レンガ塔は、当時は5段の塔だったと説明がありましたが、上が崩れて3段の塔になっています。五重塔のレンガ建築になりそうです。
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5段の塔の頂上に在ったのが、この「蓮の芽」を模った彫刻だと説明が有りました。無造作に置いて在りましたが、本物なのでしょうか。
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中には、原形を留めない遺跡もあります。
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レンガ造りの塔の入り口に在った、面白いレリーフ3点。中心に踊るシヴァ神、牛に乗るシヴァ神、下に怪獣のような「カーラ」がいます。鼻だけ見ると豚か猪ですが、口が大きくて歯が見えます。本物は博物館にあると思いますが、写真で眺めてあらためて感心した次第です。
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門の柱にたたずんでいる小さな人。これもヨガと言えるのか?
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次に周った「バン・ナン・ブア・ライ」遺跡は、村の奥まった原っぱにあって、運ちゃんは苦労しながら入ってきました。やせた牛は、私を見て一声なくと、興味なさそうに向こうに行ってしまった。
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施寮院の遺跡なので、ちょっと休める程度の大きさです。クメール王朝時代には、旅人を援助するために、一里塚のように造られていたと聞きますから、すごい数が運用されていたことになります。財力と権力が、尋常ではありません。
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横に回ると、かなり傷んでいます。
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中には入れますが、何もありません。しかし、ものすごい数の蚊がいます。早々に退散です。
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今日の最後は、学校の校庭にある「バンブー」遺跡です。さっきの施寮院より大きいのですが、さらに崩れた遺跡です。窓があることから、集会場的な建物のようですが、修復しないのでしょうか、残念ですね。
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横から見ると、崩れないのが不思議です。
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丁度お昼時期に入ったので、子供たちがお弁当を広げていました。私に手を振ってくれる子もいて、楽しい気持ちになりました。後はホテルに戻るだけです。Taxi代2,500バーツでした。
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