2020/01/07 - 2020/01/10
1517位(同エリア4965件中)
明石DSさん
午前5時14分 26階エレベーターホールにて
帰国時はいつもウキウキ なんでやねん?
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マカオから帰国
2020:令和2年1月7日(火)~1月10日(金)
3泊4日
4日目:1月10日(金):晴れ
マカオから帰国へ
2020.令和2年1月10日(金)
■帰国の朝!
一応設定はしていたがスマホのアラームに頼ることなく午前4時前には起きていた。午前8時15分(発)「マカオ航空 NX856便」なので2時間前には空港に・・・ということは6時15分なので5時過ぎにタクシーで向かう。昨夕中国語で明日5時過ぎに空港行きタクシーをフロントの服務員に頼んだら返事は頷きながら一言「ノープログラム」と英語だった。
私は仕事柄、時間は余裕を持って常に早い目早い目なのでいくら早く着き過ぎても苦にならず。部屋を綺麗に片づけロビーに降りて行った。私にとって添乗員のいない海外旅行はどんなところでも大冒険。関空に着陸するまで気は休まらず。
5時12分部屋を出てロビーに降りてチェックアウトし「空港までのタクシーを・・・」と言ったらボーイのような人が表に出てタクシーを呼んでくれた。
午前5時18分にはタクシー車内、一路空港へ。5時26分たった8分で空港到着。メーターは幾らになってたか忘れたが100パタカ札を渡した。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
フロントでチェックアウト
タクシーを呼んでもらう -
タクシーに乗車 一路空港へ
午前5時の早朝から店はどことも灯り煌々
マカオ中心部に眠りはないのか? -
さすがに道路はガラガラ
運転手とは会話もなし
中国語の練習ならず -
橋を渡るが この写真はどこなのか分からず
-
え~、たった8分で空港到着・・・・って
残してた一枚の100パタカを渡す
タクシー代は覚えてないけど
おつりはチップだが、ちょっとだった -
自分では、めちゃ早く来たつもりでも
もっと早く来ている人はかくのごとし
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■マカオ国際空港
早朝でも空港内はそれなりの賑わいがある。搭乗手続きカウンターにはいつもように人が並んでいた。誰しも飛行機で海を越えて遠くの国へと移動するにはいくら早朝だろうが遅れないように駆けつける。非日常の特別なことになるはずだ。
祖国日本に戻る私、外国である日本に行く外国人たち。「マカオ航空 NX856便」に乗るのだけは同じだがその他はすべてが違う。乗客の中で、今が幸福だと感じている人の割合はどれくらいなのか?幸福度のマックスを「100」とすれば自己採点で今の自分の幸福度は?私の幸福度は迷わず「100」、ハハハ。
70才間近になって「今、この瞬間」というのがいかに大切かが分かった。「今この瞬間が楽しければ・・・」それこそが幸福であり、幸せに生きる人生の達人と言える。今が楽しければ過去にどんなことがあろうとも、それがあっての今の楽しさだから。
今を大切に!今を楽しく!今を有意義に!どんな過去もどんな未来でも構わない。何とか今を楽しむ努力をしよう!「幸不幸すべて心にあり」・・・か。最近にして人生の極意が心底分かったけど実践はなかなか難しい。ネガティブ人間の私にとって、だが難しいからこそ面白いはずだ。
搭乗手続きが終了、座席は窓側を頼みゲット。「搭乗口G4」「搭乗時間7:45」「座席27A」空港到着後30分、5時58分には搭乗口前に来ていた。まだ手元に残っていたマカオのお金をかき集め¥70パタカの「ドライフルーツしょうが」を購入。小銭を残し使い切った。 -
搭乗券をもらい出国審査を通り抜け
早くも搭乗口へと向かう
ここまで空港到着後26分経過 -
搭乗口G4
搭乗時間の午前7時45分まで
まだ1時間47分あり -
残ったわずかなパタカを使い切るために店を物色
小銭もかき集めて70パタカちょっとあった -
¥70パタカの「ドライフルーツしょうが」
計算通り これが我が家への土産 食えた -
搭乗時間が近づけばこの通り
早朝から大阪に行く人多し
みんなそれぞれの目的あり
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■マカオから関空へ
7時15分くらいになると搭乗口前に大勢の乗客が集まってきた。7時50分バスで飛行機の下に、タラップの階段を上って機内に入る。座席に座ったら往路の機内と違って前が広い、ラッキー。8時34分機体が浮き上がり地上を眼下に見る。
すぐに機は雲の上に・・・。下は雲海、上は青空、何回飛行機に乗っても外を見ておきたい。そして離陸後40分で機内食が配られた。美味しい。満足満足。そしていつの間にか眼下に陸地が見え出した。
残念ながらこの飛行機に座席モニターはなく、現在地が分かるフライト情報がないので眼下の大地がどこなのか?分からないままだけど下を覗き込んでいた。そして日本時間11時49分噴煙あがる「桜島」を眼下に発見!
こんな風に機内から桜島を見たのは初めてなので、やったァ!と感動。火口からモクモクと噴き出す噴煙は西から東へとたなびいていた。マカオに三吉たちの足跡を訪ねての帰り、上空から鹿児島湾、桜島を見るのは何かの導きなのか?
2020年の今年から遡って183年前の1837年(天保八)7月末、マカオから薩摩人四人を含む七人の日本人漂流民を日本に帰国をさせるためにモリソン号は日本にやってきた。しかし江戸湾に進入したモリソン号は浦賀沖で砲撃に追われ上陸ならず。薩摩を頼みに8月10日鹿児島湾に入り、庄蔵、寿三郎、岩吉の三人が一旦上陸したものの船の停泊許可は出ず。
そして浦賀沖と同様、薩摩半島「児ヶ水」からの砲撃で七人は日本への帰国を断念せざるを得ずマカオに戻ることになった。上空からその薩摩がはっきりと見えていた。彼らも見たであろう桜島もその時もきっと上がっていただろう噴煙も、故郷薩摩に戻ってきた同胞に向かって砲撃してきた薩摩藩。その絶望感は如何にあろう。
モリソン号の航海
http://ktymtskz.my.coocan.jp/denki2/hyoryu2.htm
『八月十三日の朝、モリソン号の船長夫人キングは、甲板に現れた岩吉・久吉・音吉の頭を見て、びっくりした。三人は髪をそって、丸坊主になっているのだ。「どうしたのか。」と、たずねると、三人は応えた。「私たちは今日かぎり祖国を捨てることにしました。その決心を言葉よりも強く表わすために、こうしたのです。」』
鹿児島が見えなくなり四国の南岸沿い上空を飛行機は飛んでいた。海近くに飛行場があると思って写真を撮り帰国後“Google・Map”で確認したらそれは高知空港だった。徳島県の山また山の上をこえ徳島空港・大鳴門橋を見て、淡路島をかすめて大阪湾から関空へ。
12時40分関空に無事着陸。関空⇔ポートアイランドアのアクセス、ベイシャトル船乗り場までのバスが13:00(発)。20分で間に合うことを願ったが、手荷物受取ブースであっけなく時間切れ。次のバスは14:30分。1時間半待ちとなる。 -
地上よりタラップを上って機内に入る
このタラップ搭乗は飛行機に乗る気分が出る -
どの飛行機でも左が機長席だから機長さん
軍人になるなら空軍、戦闘機乗りを希望する -
搭乗口には沢山の人がいたけど
座ってみると空席多し -
往路に乗った飛行機に比べて
膝前にこの余裕
今のビジネス席がエコノミーの席になれば
長時間の空の旅の苦痛も軽減されるのに
生きている間に実現しそうにないなあ -
マカオ→関空 「NX856便」離陸待ち
マカオ国際空港:澳門國際機場 -
午前8時36分 大空へ飛び立つ
エアバスA321 80t以上の重量なのに空を飛ぶ
飛行機作って飛ばす人間は凄いなァ~ -
機上より眼下の景色を眺める
板樟山 森林公园 広東省 香洲区
飛行機から・・・ならではの風景 -
雲の上を飛ぶ飛行機 何回見ても美しい
今を生きる人でこの景色を見たことがある人は
地球人口の何パーセントくらいなのだろう?
未だ飛行機に乗った経験がない人が多数だと思う -
機内食は二年前くらいから格段に美味しくなった
もはやコンビニ弁当を凌駕してるかも?
これも美味しかった -
下の陸地をみながら、この時はまだ「ここはどこ?」と
想像をいろいろめぐらしていたが・・・次の瞬間 -
桜島が見えた!
初めて見た上空からの桜島
鹿児島湾と立ち上る噴煙 -
1837年 モリソン号が浦賀で追われ薩摩に来航
この薩摩でまたもや砲撃を受け
漂流民七人は帰国叶わずマカオに戻る
時代は変われど上空からの風景は変わらず -
高知龍馬空港上空を飛ぶ
飛行機も年に数回乗るだけなので
いつも窓側席で機外の風景を眺めていたい -
徳島県徳島市上空を飛ぶ
“Google・Map”の航空写真で確認できる
無論“Google Earth”も詳細で素晴らしい
無料で自由に使えるなんて!ほんまかいな -
徳島空港 発見
展望タワーにお金を出して上るより
高い山の頂上からの景色より
もっともっと高いところから
ず~と下界の景色を見れる
それも高速移動しながら見れる
これを楽しまずして何を楽しむ -
大鳴門橋
左:四国⇔右:淡路
「鳴門の渦潮」
鳴門海峡は、瀬戸内海と太平洋とを結ぶ
幅が約1.3km 潮汐により1日に2回
潮流は13 - 15km/hの速度で流れる
大潮の時には20km/hに達することもある
潮流の速度は日本で一番速く「世界三大潮流」とも -
関空到着 12時33分
我が祖国日本に帰国した -
2020/令和2年1月10日「NX856便」
乗客はこんな感じ 六割くらいかも -
「関空国際線」到着出口の風景
世はますます人の移動が簡単になり
グローバル化が進むと共に新たな問題も出てくる
問題山積魑魅魍魎の世界こそ私が望む理想社会
どんな世にも負けず自ら信じる生き様を貫け! -
ベイシャトルのバス待ちで「そじ坊」へ
日本に戻りさえすれば怖い物なし
緊張も不要で一気に安らぐ
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■関空から自宅へ
海外旅行帰国時のルーティーンでもある空港3Fの「そじ坊」で「葉わさびそば」なるものを食べ無事帰還にホッとする。そして関空桟橋を午後2時45分頃にベイシャトルは出航、大阪湾を高速艇で横断しポートアイランドア着は3時20分。
駐車場のマイカーを運転し一路我が家に戻る。我が家到着は午後4時35分。かくしてマカオへの旅は一応終了。仏壇の前に鎮座し線香をあげて旅道中の無事をご先祖に感謝。デジカメのSDカードをパソコンに一日づつのを四日分4枚を順次挿入。パソコンに無事写真が保存されて一段落。
これからの旅行記製作が長い。一体こんなことをいつまで続けることが出来るのだろうか?神のみぞ知る。 -
日本食より旨いものなし
空腹に勝る美味い物なし
精神病の良薬は空腹なり
空腹はすべてを無にする -
これからベイシャトル行きのバスに乗る
-
「そら」で海を渡る
そら・うみ・かぜ 三隻で運行「かぜ」は予備船 -
30分で大阪湾を横断しポートアイランドへ
-
ポーアイ着岸
先頭で駐車場へ向かう
せっかちは死ぬまで治らない -
駐車場は船の利用者は何日でも無料
但し30日以上は事前申請が必要なり
この駐車場サービスがないと乗船客は激減だろう -
あと5分足らずで我が家到着
前車は左ブレーキランプ切れ
ガソリン給油がセルフスタンドばかりなので
ブレーキランプの球切れを教えてもらえない -
歩数「6582」
今まで歩いた距離は6、5キロほどか
マカオの旅より無事に帰国す
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マカオの旅を終えて
最初「香港のついでに立ち寄るマカオ」そんな感じのマカオだったが、日本との関りを知って興味深い旅になった。マカオの住民の大半は見た目大陸と同じ華人だが、雰囲気は全然違った。反日ではなく親日だという感じが伝わって短い滞在だが居心地は良かった。
マカオ半島の多くの路地は大陸と同じだが歩道に駐車なく、走る車の警笛なく、街には清潔さがある。カジノ景気で滑沢な税収なので当然のことだろうが、中共の縛りと干渉に苛立ち、自由を求める香港とは違っている。今はマカオも「一国二制度」をうまく受け入れているようだ。
しかしこんな関係がいつまで続くのか?1999年12月20日に中華人民共和国へ返還され、以降50年間は特別行政区として大陸と一線を画しているが、あと30年後に特別ではなく中国の一地方都市と同じになることを今のマカオ市民が受けいれるとは到底思えない。
もっとも私はその時はこの世にはいなく、そして共産党一党独裁の中華人民共和国という国も存在してないはずだ・・・が。かって日本人が暮らしていたマカオ、マカオ半島の散策は実質二日間で自信が付いた。生きて再び行く機会はないと思うが、今回マカオを旅先に選択して万々歳。
カジノと歴史地区。その二つが今のマカオの代表だが、今やマカオの経済・収益という点ではカジノが圧倒的比重を占めているようだ。そんな幸福絶頂のマカオを垣間見て日本に帰国した。しかし帰国二週間後の春節前から「武漢ウィルス」登場によって2020年3月現在世界は「戦争」という言葉が使われるくらい大事件の渦中にある。
私もギリギリセーフの旅だった。マカオ入境翌日の1月8日、9日の二日間にカジノ見学で入場時、赤外線放射体温計で何度か体温測定をされた。まだその時は中国は隠蔽中だったが、マカオ政庁(澳葡政府)には情報が入っており警戒中だったのだろう。
このところ世界中が「武漢ウィルス」感染拡大のニュース一色で、各国で都市の封鎖が現実となっている。今私が驚いてるのは先進国であるはずの欧州・米国に感染拡大が急激に広がり混乱していることだ。それに比較すれば日本の対応と現状は今のところまだましだ。
未知のウィルスとの戦いは、不安でしかない。未知の危機との戦いはどんな時でも最悪に備えて出来る限りの最善の策を実行することだ。結果的に「あれはやり過ぎ」「大袈裟だった」と言われることこそ望ましい。万万が一侮って舐めて掛かって取り返しの付かない窮地に至れば、リーダーたるもの自らの命を捧げても罪は消えず。
私も今年70才になるが、人生最大の脅威を感じている。今のところまだウィルスの正体が不明で未知だから・・・。危機が甚大であればあるほど国家の力量・個々人の力量が問われる。私は自らが感染し、家族も感染し・・・という最悪を想定している。
無論感染を防ぐために私になりに努力はしてるが、邪魔くさ人間なので完璧とは程遠いし、どこで感染するかもなので無理だ。だから感染したらどうするのか?を考え、いろんなパターンで心の準備をしている。息子たちにもそう言っている。そして今後大恐慌になり、それに起因し戦争が起きるかもしれない。
所詮人間も動物であり「死ぬか生きるか」に追い詰められれば国家も個人も「生きるために」は手段は選べない。そんな最悪は想定だけで現実にならないと思いたいが・・・。とにかくこの危機を楽しもう。家族を守り自分を守り、何が何でも乗り切るのだ。命あればゼロになっても一からやり直せば良い。
ハハハ、こんな大袈裟なことを考え、ここに記して来年これが笑い話になることを祈る。
了、三月吉日
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