2020/02/25 - 2020/02/25
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放浪老人さん
コロナを警戒して、ヨーロッパ行きを中止した穴埋めに、マイレージの特典航空券で沖縄へ彷徨い出ました;寒くない、スギ花粉が飛んでいないの2点しか考えていませんでした;訪問地も帰る日も決めずに、一泊目のホテルだけ予約して羽田から最終便で出発しました。
翌朝、天気予報が芳しくないので、休館日とは知らずに、県立沖縄博物館でも行って今後の計画を考えようかと街を歩いているときに、偶々、崇元寺の石壁に出会いました;その、簡素ながら完成度の高い石積みと日本的でない佇まいに驚きました;で、熱くも寒くもなく心地よい境内に腰掛けて、ネットを検索し、次のことを調べました。
沖縄本島南部には、広く琉球石灰岩が露岩しています;石灰岩や大理石は、目立つ白さに加えて、粘度と硬度のバランスが加工に適しているので、世界各地の石灰岩の産地ーアドリア海・エーゲ海・ユカタン半島周辺等ーには、特徴的な建造物や彫刻等が残されています。沖縄も例外でなく、石灰岩を利用した独自の建築物群があります;これらの、中国とも日本とも違う建築物群が、世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」に指定されています;今回の度は、Googleマップ(以下 Gマ)を利用して、この遺産群を巡ることにしました。
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10:22 国際通り傍の、我部祖河そば;朝から沖縄そばをいただきました;この日は雨がちの予報だったので、市内に留まり、沖縄県立博物館にでも行こうかな(?)
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11:12 Gマを参考に博物館を目指す途中、ごく普通の町並みの中に、切石を隙間なく積み上げた石壁が現れました;中央部には、さりげなくアーチ門が3箇所並んでいます。
沖縄を除く日本(以下本土)では見たことのない、簡素で美しい石壁とアーチ門です;国外の石灰石地帯でも、これだけ隙間なく、漆喰やセメントを使わず、積み上げられた、石壁とアーチ門は記憶にありません;Gマで調べると、16世紀に創建された崇元寺の外壁(重要文化財)でした。 -
中央のアーチ門を通って中に入ります;本土では、屋敷や寺院の門は木材や漆喰で作られて、アーチの石門は極めて珍しい。
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アーチ門をくぐって敷地に入ると、正面の低い石段の上に、ガジュマロの巨木が鎮座しています;この敷地には、崇元寺や琉球王家の霊廟等が建ち、国宝に指定されていましたが、第二次大戦の沖縄戦で破壊されました;ガシュマロの奥は、空き地のまま崇元寺公園とされています;沖縄戦で周りの石壁も破壊されましたが修復されました。
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ガジュマロ気根が地面について、支柱根となって石段の表面を覆い、更に下の地面に広がっています;いまや、この敷地の支配者の貫禄があります;アンコールワット遺跡群やアユタヤ遺跡が思い出されます。
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境内から3連のアーチ門:扇型に切り出した2枚の石板でアーチを作っています;直線の梁を架けるよりは強度があるでしょうが、かなり簡便なアーチ構造です;琉球石灰石の整形しやすさを活用しています。
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東側から崇元寺の敷地内:暑くも寒くもなくここち良いので、石段に腰掛けて、知識がなかった、崇元寺や琉球の石造関連の情報をipadで検索しました;この石壁は玉陵や國比屋武御嶽石門(共に世界遺産)と同じ16世紀の建造で、琉球の石造技術の完成形と言えます。崇元寺に出会ったのは全くの偶然ですが;ここで、今回の旅のテーマは、琉球石灰岩の建造物にしました。
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石壁は、方形でない、多角形に切り出した石を隙きなく積み上げた、相方積みです;加工しやすい琉球石灰岩を利用していますが、高い技術が必要とされます;ギリシャ等の地中海周辺や、ユカタン半島のマヤ遺跡にも、石灰岩の石壁が多くありますが、積み方は方形を積み上げた布積みで、相方積みを見た記憶がありません。
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11:21 石壁の外の東南角近くにある下馬碑:1527年建立とされていて、片面は漢文、裏面は仮名まじりで下馬を命じています;日本・中国の両国に挟まれた琉球の立場が伺えます。
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11:23 側面に回ると、寺の敷地が崇元寺公園になっているのがわかります;この面も、相方積みの石垣です。
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11:34 沖縄県立博物館:火曜日は休館日でしたーGマで分かることです!ー;急遽予定を変更して、Gマの提案に従い、隣のサンエー那覇メインプレイスの南側からバス13番で首里城へ向かいます。
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12:30 バスは坂道を登り、丘の上に出ます;左折して坂を下って行くバスを[山川]で下車して、首里城方面に更に登ります。
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12:37 首里城前:左右の道が、那覇港と首里城を結んでいた綾門大道で、左に行くと首里城、右に行くと玉陵があります。
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首里杜館:1階はビジターセンター、首里城の資料やビデオを見ることが出来ます。
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首里城の焼けた部分を迂回する見学コースが設定されています;2時間以上で、城の周辺の古い首里の街をめぐるコースもあります;ガイドブック等は、火事の前のバージョンです。
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舗装は変わりましたが、道幅は昔と変わっていない綾門大道を東に進みます。
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12:50 守礼の門:小さな門ですが、首里城の象徴です;今回が3回目の来訪になりますが、初めて沖縄を訪れたときは、この門だけが再建されていて、ややがっかりした記憶があります。
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歓会門:アーチ門の上に木造の門楼が乗っています;アーチは弓状の一枚岩で造られているように見えます;石垣は布積みです;城壁の角がくちばしのように突き出しているのが、隅がしらで、魔除けのためについています;手がかりになるので、防御上はマイナスがあると思います。
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歓会門を通過して、城郭の北側を東に進むと、瑞泉門へ登る階段があります;その先に宮殿が見えてきます。
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12:55 瑞泉門:アーチを作らずに、城壁の切れ目に木造の門楼を築いた櫓門形式の門です。
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石段の右側、城壁との間に、龍の頭から水が出る泉、龍樋、があります。
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瑞泉門の次が、漏刻門:瑞泉門と同じ櫓門形式です;櫓内に水時計が置かれていたので漏刻門と名付けられました;門の奥の広場の日影台=日時計で大枠の時刻を決めて、その間の細かい時間経過を水時計で計り、太鼓で報知したと思われます。
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城郭の北の城壁から北方向:首里・那覇の町並みの向こうに東シナ海が見渡せます;世界の他の石灰岩文化と同じように壮大な石造の城郭が作られています;ただし、沖縄の城郭には、他の文化と違い、塔や宮殿などの石造の建物は全く有りません;沖縄の高温多湿の気候が、石造の住居での生活に適さなかったからでしょうか;但し、沖縄よりさらに蒸し暑いユカタン半島のマヤ遺跡には、石造の住居が多く残されています。
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12:59 奥が本丸に当たる場所で、焼けた正殿が見えます;2度目に訪れた時に、正殿が再建されていて、首里城の印象が大きく変わりました;4度目には元に戻っていることを祈ります。
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下之御庭:
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京の内から焼けた正殿:クレーンは焼け跡の片付けに使われています。
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13:10 京の内の物見台:
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京の内の物見台から南方向:太平洋は見えていないようです。
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城郭の南城壁:
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南の城壁の内側は、相方積みの石垣です。
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13:19 西のアザナ:
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西のアザナから西:手前の赤い屋根は、首里杜館;この方向に玉陵、さらに那覇港があります。
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13:21 木曳門から外へ出ます;弓状の一枚岩のアーチです。
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13:56 綾門大道を西へ玉陵(タマウドン)へ向かいます。
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13:59 玉陵入口:那覇港から首里城の正面につながる、王国時代のメインロード、綾門大道に面していました;中国や日本等からの来訪者に琉球王国の権力・技術を見せつける意味もあったのでしょうか。
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玉陵奉円館:地階の博物館は内装工事中でした。
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外周石壁と前門;左奥にあるのが再建された東の御番所(あがりのうばんじゅ);写した場所付近には、西の御番所がありました。
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前門:門の天井は石梁の横渡しでアーチではありません;石壁は、布積みに近い、相方積みです。
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外庭と中央石壁:内庭への門もアーチではなくて、弓形に整形した石梁で作られています;石壁は相方積みです。
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14:07 正面の、両脇に石獅子が載っているのが、王と王妃が葬られた東室;左の石獅子が載っているのは露岩で、天然の岩屋を利用して墓室が作られていることがわかります;世界遺産に含まれる、唯一の建物(?)です;さらに、沖縄唯一の国宝の建造物です;沖縄では、生者は石造には住みませんが、死者は石造です。
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14:15 玉陵の西の切り通し、途中に首里城の駐車場があります、を抜けて、城の南側の斜面の上に出ます。
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14:20 バス停[中健児の塔入口]を過ぎて東に進むと右側に斜めに下るアスファルト舗装の道を下ると、山側に禰覇(ニーファ)川(井戸)の跡があります。
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アスファルト舗装が石畳に変わります;特に記述は有りませんが、金城町石畳道と同じように、古い道のようです。
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14:23 山側に、金城大樋川があります:金城村の共同井泉でした。
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目に見える水の流れはありませんが、石灰岩地帯特有の、硬い透明な水が溜まっているので、少ないながら水が湧いているようです。
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金城大樋川の隣は、金城村屋=集会場が再現されています;琉球風の家屋は、石・漆喰・土等を全く使わず、瓦以外はすべて木で作られています;このような、庶民の建物の石垣も丁寧に相方積みで作られています。
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14:30 金城村屋の東側で、降りてきた石畳道が右から下ってきた金城町石畳道と合流します。
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金城町石畳道を下ります:家屋は新しくたちかわっていますが、石畳と両側の石壁が歴史を感じさせます。
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金城町石畳道の入口(出口?):Gマで[金城町石畳道]を検索するとここになりますが、坂を登るのは大変です;首里城を見た後、下ってくるのが正解です。
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14:38 首里殿内:時間は過ぎていますが、昼食休憩に入りました。
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古い民家、かなりの豪邸、の雰囲気を残しています;
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敷地内の石壁とアーチの通路:細かい石を用いて、アーチと相方積みの壁をしっかりと組み上げています;弓状に切り出した石を合わせただけの首里城・崇元寺等のアーチより、アーチらしい(?)。
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レストランの奥に、泡盛などの博物館が併設されています;敷地の周りの塀や敷地の舗装は石造ですが、家屋は100%木造です;敷地の一番奥にあるのが;
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石造りの便所兼豚小屋:沖縄の豚食文化の原点です。
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中庭;
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ラフテー定食:
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15:32 金城橋から金城町石畳道・首里殿内等:Gマで適当なバスがなかったので、30分ほど歩いて国際通りのホテルに帰りました。
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19:31 夕食は「なかむら屋 屋台そば駅前店」でソーキそば。
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