2020/02/03 - 2020/02/06
15184位(同エリア15594件中)
のりじいさん
小倉に来ました。確かに、この都市は北九州市の中心ですね。魚町のアーケードは大したもので、延々とお店が並んでいます。小倉城はあのガラシャさんの夫の細川氏が建立したのです。関ケ原で、夫が東軍について戦ったので、自害したと紹介されています。
もともと小倉はアメリカが第二の原子爆弾を落とす予定地だったそうです。しかし、当日視界が悪く、長崎になったということです。この小倉城はミュージアムで、見事にきれいになっています。またこの城主の細川氏は肥後に国替えになり、その後はあの元首相の細川護熙さんがいるのです。
徳川から、九州の目付になる使命を受けて、小笠原氏がその後の城主になり10代続くことになります。しかし明治維新になり、やがてここに陸軍の12師団が置かれ、その軍医になった森鴎外もここに通うようになります。
ところで、小倉市が生んだかの有名な松本清張はこの地に生まれました。その記念館には、彼の人生の映画が上映されていて、先ず12:50-14:10の長編でした。松本氏の取り組む事件の内容が紹介されています。帝銀事件、下山事件、松川事件などでした。最期に『黒地の絵』の作品の背景に触れいます。これはここに来ないと見れない映画なのでしょう。
また松本氏の書斎、応接間、書庫が陳列されています。小倉に来たら必見です。また彼は、ポーの約100年後に生まれたのか、影響を受けたということで、ポーとの関係について展示会があり、そこでは写真が撮れました。今朝床屋で髪を切りましたので、恥ずかしいですが、ポーと松本氏の記念館での記念です。これもここでないと撮れないのでしょう。生涯一度かも?
帰りは天気がいいので、魚町のアーケードを通り、小倉駅経由でホテルに到着しました。実は、今日はそれ以外にニュースがありました。倒産して再建したというNさんから新潟でしょうが、電話があったのです。これはまた後で。
ところで、小倉はなぜ栄えたのか、もちろん、港町ですので、交通の要地でしたね。しかし、どうも参勤交代でのこと、皆瀬戸内海を船で渡って、大阪から陸路で江戸に行ったらしい。今は、新幹線があり、また空港がありで、交通手段もいろいろです。
最期の小倉の北には、武蔵と小次郎の戦いのあった、巌流島があります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 新幹線 JR特急 JRローカル 私鉄
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