2019/09/17 - 2019/09/19
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Prof.Chickenさん
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年齢的なものを考慮し、長距離の移動は1本だけにしようと決意。その1本に選んだのがビシュケク~オシュのルートでした。噂では12時間かかるとの話で、ワゴンに詰められての移動が3200円。一方同じ移動が飛行機なら30分で、3900円。迷いましたが、タジキスタンのパミールにも負けないくらいの絶景だという噂を信じ、挑戦してみました。…結果、悲劇王の僕にまた新たな勲章が加わることになりましたが、撮れた風景に関してだけならどれもなかなかのものなはず。
写真は道中3度ほど足止めを食わされた、家畜の大移動の様子です。
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ワゴン車はオシュ・バザールの周囲3箇所ほどに待機所があり、客引きがやる気を出したり出さなかったりで人を集めます。もちろん車が満員にならないと出発しません。僕の車は13人か14人乗っていたはず。
実はこの過酷な移動だけは絶対に失敗したくないと、2度にわたってオシュバザールを探検し、まず1グループ発見。「オレのところはだいたい11時発だな」と言う運転手の兄ちゃん。こいつの運転荒い代わりに速そうだなと感じます。
でももうちょっと探して、「最初の車は朝6時台、その後もまあそこそこのペースで出て行くぜ」と言ってるオッサンのグループに期待を寄せました。アプリの地図でも確かここがオシュ行きの出発点だとされていたはず。「当日はよろしく」とこの場を去りました。
当日、ホテルからタクシーでオシュバザールの外周に乗り付けます。ところが全然違う場所。まあいいや歩いてあのオッサンのところに行けばいいんだし、と思っていたら、タクシーの運転手が余計な親切でオシュ行きのワゴンのグループと話をつけてしまいます。
「特に割り増しなしで助手席に座らせてやるから」と言われ、車の構造上写真を撮れるのはそこしかなかったので、渋々承諾します。朝の8:25でした。 -
ところが13人どころか、2人目さえも現れません。きっかり1時間だけ待ってダメなら見限って例のオッサンのところに行こうと考えました。9:25。誰も来ません。荷物を引きずり出し、「おい、金を返せ」と話していると、白人の男女がやってきます。んー。もう一度助手席に戻ります。
結局人数が集まったとおぼしきは10時半過ぎ。いきなりひどい目に遭いました。でも先日話した若い兄ちゃんのワゴンもどうせ11時発だったし、仕方がないかとあきらめます。ところがここで警官らしき奴がやって来て、路上駐車に文句をつけます。その後近くにいた20人ほどの運転手たちが集まって輪になって会議。この先の路駐取り締まり対策を議論しているのかな?いや、ここでやるなよ!
車が走り出したのは11:14。たぶんどこよりも遅いスタートでした。そしてこの時点で僕はもう3時間車にいます。 -
しばらくは快適でした。窓の外の色合いがいい。
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さすが山岳国。凄いところを走って行きます。
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カーブごとに白い山が見えたりして、この時はドライブを楽しんでいました。
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ん?もしかして雪の積もった山を越えていくのかな?
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どうやらそのようです。どんどん登ります。
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9月中旬でこれですから、1年を通して走れる道ではないのかも。
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トンネルを前にして車が止まらされます。「凍っていて通れないのかな?」などと推測し、旅もここまでかと不安になりました。
実際には家畜を連れた人が移動していて、その人がトンネルに入ってしまったために車が通れなくなったというオチでした。この後家畜たちがわらわらトンネルから出てきました。
これで順調だったペースがおかしくなります。普通タクシーの運転手というのは一般人より腕に自信があり、狭いところでもスピードを落とさず他の車をギュンギュン抜くものです。世界中そうです。ところが僕の運転手(おじいさん)、ひたすら抜かれます。常にバックミラーで後方の車を気にして、脇に寄せて抜かせてやること100台以上。いや、50台抜いて150台に抜かれた感じかな。前にトラックがのろのろしていても、自分が抜くのではなく後方の車が抜きたがっているのを気にかけているような運転でした。 -
なんとか雪山は越えました。ここまで4時間半ぐらい。ユルトらしきものが見えます。おじいさん運転手、さっきトンネル待ちぐらいから頻繁に電話で暇つぶしを始め、正直この1時間で50分ぐらい電話しています。電話しながらだと運転も前がかりではなくなり、遅い車もあまり抜いてくれません。
僕が身体がきついのにこの車に乗った理由は、途中の美しい風景を見るためです。普通でも12時間かかると言われていたのに、このおじいさん絶対普通じゃない。夜の7時を過ぎれば周りは見えなくなるでしょうし、せめて中間点の湖ぐらいまでは明るいうちに着いてくれよと、途方に暮れた気分になってきました。 -
さて実はこれ合成写真なのですが、似たような風景に感動したので、無理矢理載せてみました。
キルギスの小学校の女の子はみんな頭に大きな白いポンポンみたいなのをつけています。それも可愛かったんですが、僕が見たのは果てしない荒野に続く一本道に、小2ぐらいの女の子が2人手をつないで、おそらく学校帰りの道を歩く後ろ姿。でも、集落らしきものが肉眼で見えないぐらい道が果てしないんです。えっ?この子たちは毎日こんな苦労をして学校に通っているの?と思うと、ぶわっと感動が溢れました。
教師を一旦辞めてすぐの頃、「世界の果ての通学路」という映画を見ました。世界の子供達が、もの凄く苦労をして学校に通っているというほぼドキュメンタリーな映画。学校とはそうまでの思いをしてでも行きたい場所なのだと痛感しました。やはりどんな形であれ教育に携わりたいなと、そんな思いになったのです。
その映画のような情景がまさに実景でそこにありました。周囲の色合いも、もっと神秘的な色合いで。あの風景を持ち帰れなかったのが残念なほど、息を呑む光景でした。 -
さて僕の不安が的中です。やっと中間点、トクトグル湖に来ましたが、青くて宝石のように美しいと評判のこの湖、もう光がなくて白く反射するばかり。確かもう19:50ぐらいだったかな。せめて半分は綺麗な風景が見たかったのですが、叶わずです。ん?8時間走ったのにまだ半分?
着くのいつになるんだよ! -
粘っていた太陽もこの有様です…。
ただ、夕食休憩の時に気づきました。客の1人が妊婦さんだったんじゃないかなと。それで超絶の安全運転をしてるんじゃないか。僕以外の地元民が何も文句を言ってないのも妙だなとは思っていたのです。
それなら僕ももう写真撮れないし、助手席だけがいいクッションなので、席はこっちの方がいいんじゃないかしらと思ったけど、言葉は全く通じずでした。 -
とっぷり夜です。右にある杭はウズベキスタンとの国境。ウズベキスタンは時差が1時間あるので、僕のスマホの時間表示が翌日0時半になったり前日23時半になったりチカチカ変動します。
最後にひと事件?ありました。日も替わってしまうし、予約しているホテルに「到着は深夜になると電話したい」と訴えます。でも英語ができる人はいません。売店に停まった時、おじいさんが英語ができる奴を連れてきます。
「I will arrive very late, so I want to call to say it to my hotel.」
安定のクズ英語ですが、まあ普通通じるはず。でもその男、「お前は『アライホテル』に泊まりたいんだな?車で送って欲しいんだな?そうだろう?」ばかり繰り返します。そのたび僕が違う違うと、さっきの英語を繰り返すのですが、また「アライホテル」と言われます。周りは爆笑。いや笑い事じゃないんだって!なんだよその「新井ホテル」とかいう日本語っぽい名前は!
もうしょうがない。女性陣にホテルの電話番号を見せ、腕時計をバシバシ叩き、困ったようという顔でアピールです。勘のいい人が気づきました。そして代わりに電話で伝えてくれました。こんな騒動でまた25分経過です。 -
オシュに着いたのは午前2時前。車に乗ること14時間半。いや、僕は車内で3時間待っていたので、17時間超えの旅になりました。そのうち山越えの美しい風景を見ていられたのは3時間程度。飛行機を選ぶべきだったよな、とつくづく思いました。
ありがたかったのはこの宿。誰かの空き家をまるまる貸してくれる感じで、かなりの豪邸です。午前2時前なのに夫婦(棟違いの本邸にいました)が揃って起きて待っていてくれました。親切です。明日の朝、朝食をこのテーブルまで運んでくるから、献立と時間をリクエストして、とまで言われます。疲れちょっとマシになりますね。ちなみに1泊2400円です。booking.comには大絶賛のレビューを書いておきました。 -
寝室です。街の地図を見ていると、巨大な「アライホテル」というホテルがあるのを見つけました。これか!
僕と例の男の英語の下手さが相乗効果となり、「arrive late」(アライブ・レイト)が「アライホテル」になったのでしょう。実在のホテルなら仕方ないか。…いや、あいつのせいで到着遅れたんだよ全くもう。 -
一夜明けてのオシュ。街のシンボルである丘が宿のすぐ近くでした。観光にこれほど困らないのも珍しい。
丘の名は「スレイマン・トー」。預言者スレイマンの霊山、ということらしいです。スレイマンが誰なのかよくわからなかったんですが。 -
まず目立つドーム(近づくとドームじゃなくアーチでした)に向かって丘を登ります。整備された階段があったのに知らずに墓地の横の崖を登りました。文化史博物館というものらしく、岩絵などが岩山をくり抜いた中に展示してありました。入場料150ソム(240円)。
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展示物より空間自体が珍しい。
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同じ顔をしてみたつもりですが、本家のかわいさに勝てません。
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博物館を出たところで街を見下ろしてみました。
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次にムガール帝国の初代皇帝バーブルが祈りを捧げた場所だとされる、「バーブルの家」に来ました。地元観光客はこの裏に集結しています。
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キルギス国旗がはためきます。でもこの街、実はウズベク系住民の方が多いらしいんですよね。ウズベクの国境すぐそこだし。ちょっと西にはウズベキスタンの飛び地があったりしますし。
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こちらは「大シルクロード博物館」。入場料150ソム。正直、中はスカスカです。
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先ほど紹介したムガール帝国初代皇帝バーブルの展示コーナー…だと思います…よくわからないまま帰ってきたんですけど…。
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バザールに行ってみました。いかにも中近東らしいです。でもこの街も、さきほどのシルクロード博物館のあたりは現代的なファストフード点がいっぱいあって、大学も近くにあり、中高生の通学マルシュルートカ(乗り合いワゴン)乗り場もあるおかげで、買い物も食事も困りません。
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高校生に声をかけてみると撮影に喜んで応じてくれました。SNSに使ってもいいか、までは話ができなかったので詳細は自粛です。
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彼が僕を午前2時まで待ってくれていました。彼のお父さんも英語がぺらぺらで、ユニークな人徳者でした。
ここからウズベキスタンのフェルガナに向かうか、バトケンという国境からタジキスタンのイスファラに向かうか悩みました。隣がちょうど旅行案内のオフィスで、そこの人に「景色がいいからバトケンから出国すれば」とアドバイスされたので、方針が決まりました。
出発時間はお父さんの進言で朝7:30。すると見事に乗り合いワゴンの最後の1人で、今度は待ち時間ゼロで出発できました。お父さんありがとう。 -
オシュを出るとまたもや車は山あいの道へ。景色は確かに綺麗でしたが、撮影できるような座席ではなかったので残念ながら記録無し。
オシュ7:42発、バトケン11:33着、僕は国境(ロシア語で「グラニス」)まで送ってもらって11:51着でした。車代1000ソム(1600円)。あの14時間のワゴンが2000ソムだっったのに比べると高いかな。
ただ、なぜかキルギス出国の国境の対応が厳しく、そもそも数人ずつしか敷地内に入れてもらえない上、僕は外国人だからとちょっと待たされました。トランシーバー?でOKが出ましたが、ドキドキしました。
キルギスは人のあたりが柔らかく、食べ物がおいしく、自然も綺麗で、また来てもいい国だと思いました。次回はさすがにオシュまで飛行機に乗るとは思いますけどね~(笑)
(注:ビシュケク→オシュは5日前ぐらいまで3900円でしたが、それを過ぎると6500円ぐらいになってました。予約はお早めに)
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