2019/11/12 - 2019/11/12
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mas98765さん
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ツアーでクロアチアを訪れた時の旅行記です。
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前の旅行記から続きます。
https://4travel.jp/travelogue/11573928
14時30分過ぎにシベニクを出発してスプリットに向かいました。スプリットはクロアチアで2番目に大きな町です。ここは、ローマ帝国のディオクレティアヌス帝が住んだ宮殿跡に人々が移り住んだことで発展してきた町です。宮殿跡とその他の史跡群が世界遺産に登録されています。 -
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風車を見かけましたが止まっていました。また雨が降ってきました。 -
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風はものすごい勢いで吹いていて、バスが揺れました。左前方の窓ガラスが異常に揺れているということで、1人が席を移りました。高速道路なのに、ついに制限速度が40kmになってしまっています。運転手さんは安全を考慮しながら急いでくれました。 -
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15時30分頃、前方にスプリットの町が見えてきました。 -
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スプリットの町では少し渋滞に巻き込まれました。雨がやみました。 -
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15時50分過ぎにスプリットに到着。もう一人の男性一人参加者と現地ガイドさんが合流しました。ちなみにこの写真の位置の右斜め後ろのあたりがバスを降りたところです。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/NbQHNHAaxRStsfENA -
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正面にローマ皇帝ディオクレティアヌス帝の宮殿跡があります。スプリットの地図を別途添乗員さんが配ってくださいましたが、著作権の問題がありますから公開しません。田んぼの田の字を向こう側に倒したイメージを想像して下さいとのことでした。田の字の真ん中が正面に見えている鐘楼のあたりです。 -
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宮殿手前には海岸沿いの遊歩道があります。 -
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正面のこの部分に -
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入口があります。ここは、田の字に広がる宮殿の4つの入口の1つで、青銅の門といいます。南側の門です。かつて、皇帝の住居に直接つながる門でした。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/hBV458YDyrb1aQZZ6 -
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15時56分にこの入口を入るとこんな感じになっていて、 -
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こんな感じで -
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色々なものを売っています。まずは入口を入ってすぐの交差点(1つ前の写真のショーケースの手前)を左折すると、 -
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地下宮殿の入口があります。 -
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まずはここを見学します。ディオクレティアヌス帝の住居部分の地下だったところです。 -
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入口に地図がありました。宮殿で使う水は、当時のローマ帝国属州ダルマチアの州都だったサロナ(見にくいですが①と書かれた中央右上の部分)方面から水道橋やトンネルで運ばれたようです。②と書かれた左下の部分がスプリットです。青い線は水道です。 -
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ローマ時代のディオクレティアヌス宮殿の復元図もありました。右下に海がありますから、今入ってきた青銅の門は右下の辺の中央にあります。当時は遊歩道がなく、直接海に接していました。 -
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地下宮殿はこんな感じです。地上部分は後世の人たちが建物を壊して建て直したりしているため、当時の様子が分かりにくいですが、地下には当時の宮殿の間取りがそのまま残っています。それは、長い間ごみ捨て場になっていて誰も手を付けなかったからだそうです。 -
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ゴミを投げ入れるための穴があちこちに開いていています(たぶんこの部分ではなくて窓のような部分だと思います)。でも、穴があったため通気性が保たれ、あまり臭わなかったようです。 -
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地下宮殿の間取りがありました。個人旅行ならつぶさに回って確かめるのですが、ツアーで短時間に移動したので、どこがどの部屋か把握できていません。 -
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木材のかけらのようなものが展示されていました。たしかこれは糸杉で、ローマ帝国時代はこれを -
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壁の上部の両側の穴にさしこんで渡し、肉などをぶら下げていたようです。 -
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上の写真ではピントが合っていないので、表面をよく見るとこんな感じです。 -
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この部屋の奥には、当時のゴミを見ることができる場所がありました。ゴミと言ってもだいぶ経っていますから、土砂の層のようなもので全く臭いません。 -
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16時13分、「ここが古代ローマ時代のトイレです」という案内でトイレ休憩になりました。わたしは真に受けてしまって、本当にトイレとして使われていた所ですか?と聞いたところ、冗談だとわかりました。ガイドさんは分かりやすい英語を話しました。16時30分ころ全員が集合して続きを見ました。 -
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このような円形のホールに案内されました。 -
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天井も丸いです。 -
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ここにある胸像がディオクレティアヌス帝(244-311)です。ローマのテルミニ駅の近くにも彼の名前のついた浴場跡があります。先ほどの地図にあったサロナ出身で、今で言えばクロアチア人です。優れた皇帝でした。解放奴隷の子でありながら軍人として出世し皇帝に。皇帝権を分け与え、帝国を4つに分けて統治。また、皇帝として初めて自らの意思で退位してスプリットの宮殿で余生を過ごしました。でも、悪名高い皇帝です。キリスト教徒を大弾圧したからです。 -
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別の円形の部屋だったでしょうか。 -
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ここにはこんなものが。ディオクレティアヌス帝がエジプトから持ってきたスフィンクスです。でも、後世の人たちによって首をちょん切られています。 -
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別の部屋には、石でできた圧搾機がありました。オリーブの圧搾に使われていました。 -
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ローマ帝国時代の水道管が並んでいます。 -
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これはオリーブを貯めるための容器だったと思います。中は空でした。 -
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これは、ロバなどを使ってオリーブを圧搾するための石臼だそうです。 -
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16時44分、青銅の門を入ったところの通路に出てきて、 -
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正面の階段を上っていくと -
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このような場所に出ました。ペリスティルといいます。コリント式の列柱が両側(東西方向)にあります。この写真は北を向いて写したもので、後ろ側(南側)が皇帝の住居です。右側(東側)に大聖堂があります。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/3r2Gfs8hwtEdQB638 -
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大聖堂の入口です。現在16時45分ですが、ガイドさんが訊きに行ってくれたところ、17時まで開いているとのこと。11月から休みとガイドブックに書かれていたので予想外でした。行きたい人?と添乗員さんが尋ねてくれたので真っ先に手を挙げました。ひとまず15分自由時間にしてもらい、大聖堂へ。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/m1qh2ZvCkBTjVqdU7 -
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25クーナで大聖堂と洗礼室の両方を見ることができました。 -
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この大聖堂は聖ドムニウスの大聖堂といいます。もとはディオクレティアヌス帝の霊廟だったところですが、皮肉なことに、皇帝によるキリスト教徒迫害で殉教したサロナの司教ドムニウスを祀る大聖堂に造り替えられました。ディオクレティアヌスの遺体は行方不明だそうですが、キリスト教徒から相当な恨みを買っていたことから、色々な想像をすることができます。 -
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入れると予想しておらず予習不足だったのと、時間が限られていたのとで、目に着くものを早撮りしました。後でインターネット等で調べた説明を加えます。入ってすぐ左手を見るとこんな感じで、ここに説教壇があります。ロマネスク様式の八角形の説教壇です。左上に鷹がいますが、これは使徒ヨハネのシンボルです。 -
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その右を見ると、祭壇があります。バロック様式の聖ドムニウスの祭壇です。1770年にヴェネチアの彫刻家ジョバンニ・マリア・モルライテルによって作られました。 -
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左の女性は信仰を、右の女性は不変性を表していて、これらは殉教者の美徳とされたそうです。 -
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この祭壇の上にキリストの磔刑像があります。 -
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その右側(つまり主祭壇の左横)にはこのような祭壇があります。聖ストシャの祭壇です。ダルマティナッツによって作られました。前回の旅行記で見たシベニクの聖ヤコブを手掛けた人です。 -
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聖ストシャもディオクレティアヌス帝のキリスト教徒迫害で殉教しました。首に石臼をロープで巻き付けられて川に投げられたそうで、それらしい石が下に描かれています。 -
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土台の中央には、キリストが罵倒されている場面が描かれています。 -
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こちらがバロック様式の主祭壇です。上のアーチの部分が豪華で見どころらしいのですが、あいにく写真に撮っていませんでした。 -
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主祭壇の右手にも聖ドムニウスの祭壇があります。1427年にミラノの彫刻家ボニーノによってゴシック様式で作られたそうです。土台部分にはイエスを抱えた聖母マリアが描かれています。マリアの左側には聖ストシャ(首から石臼を下げています)と聖ドムニウスが、右側には聖マルコ(ライオンを連れています)と聖ペテロ(鍵を持っています)が描かれています。 -
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天井を見上げます。ディオクレティアヌス帝の霊廟として作られた大聖堂は八角形をしていて、それに合わせて8本のコリント式の柱が天井を支えています。 -
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キリスト教徒から恨まれて、ディオクレティアヌス帝のものはすべて取り除かれてしまっている大聖堂ですが、唯一残っているところがあります。丸い天井の縁に沿って、もじゃもじゃした浮き彫りが並んでいて、ここにディオクレティアヌス帝や妻のプリスカが描かれていると言われています。天使が持っている輪の中がディオクレティアヌス帝のようです。 -
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入口の扉です。受胎告知から昇天までのキリストの一生が彫刻されています。 -
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もう一方の扉です。 -
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今度は洗礼室に行くため、大聖堂を出て向かい側の路地に入ります。最初、洗礼室に行く道を心配していましたが、真向かいの路地なので全く迷うことはありませんでした。 -
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進んでいった -
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突き当りに洗礼室があって -
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その手前左に首のないスフィンクスがあります。洗礼室の建物自体を写していませんでしたが、もともとはディオクレティアヌス帝がジュピター神殿として建てたものです。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/cujRV7ovZhqGFWMa7 -
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中はシンプルな作りで、正面に洗礼者ヨハネの像があります。洗礼者ヨハネはイエスに洗礼してあげた人です。ヨハネの母エリザベトと聖母マリアは親戚で、マリアがエリザベトを訪問してヨハネの出産を助けました。 -
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手前には十字架の形をした洗礼盤があります。 -
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洗礼盤は深くて、正面にはチケットと同じ絵が描かれています。 -
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中には各国のお金が投げ入れられていて、賽銭箱のようになっています。 -
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天井はこんな感じで -
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このサイズではよくわかりませんが、正方形が並んだ形をしていて、それぞれの中心には神々や英雄の顔が描かれています。 -
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洗礼者ヨハネの像はクロアチアの代表的な彫刻家であるイヴァン・メシュトロヴィッチが手がけました。 -
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手に持っているのは洗礼盤です。 -
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左足はみんなが触って金色になっています。 -
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洗礼者ヨハネ像の左下には石棺があって、スプリットの初代大司教イヴァン・ラヴェンニャのものだそうです。 -
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右下にも石棺があって、スプリット教会の大司教ロヴレのものだそうです。 -
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ペリスティルに戻りました。これは南に向いて撮ったもので、左手が大聖堂、右手が洗礼室です。正面がディオクレティアヌス帝の住居部分だったところです。大聖堂や洗礼室を見ている間に残った人たちはガイドさんの案内で見たのかもしれませんが、ツアーでは案内を受けなかったので、 -
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後で自由時間になってから撮った写真で説明します。1つ前の写真の左手奥に、このようなスフィンクスがあります。 -
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ディオクレティアヌス帝がエジプトから持ち帰ってきたものです。全部で12体あったらしいですが、どれも首をちょん切られてしまい、唯一残ったのがこの1体です。
正面住居部分の階段を上り、中央の入口を入ると円形の空間があり、 -
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見上げるとぽっかり空が現れます。皇帝住居の玄関だったところで、前庭と呼ばれます。当時はもちろん天井がありました。 -
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入って奥の右手のあたりから見上げると、大聖堂の鐘楼がほんの少しだけ顔を出します。 -
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16時58分、全員集合してツアー再開。大聖堂の鐘楼が浮かび上がっています。 -
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だいぶ暗くなりました。スプリットの散策では、どこも明るめに撮ってしまい、現実の見た目とかけ離れてしまったので、ところどころ普通に撮った写真ものせます。 -
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ある店の中 -
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17時、ペリスティルのところから北に向かう路地を進んでいきました。 -
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途中で店の人が出てきて、チョコレートか何かを味見させていただきました。 -
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更に進むと -
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二重の門があって -
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こんな感じで -
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上を向くとこんな感じです。これは金の門と呼ばれる北の門です。二重になっているのは敵の侵入を防ぐためのようです。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/Tw11zmA9tbJJEgtT9 -
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金の門から北側を眺めるとこんな感じで -
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大きな像が立っています。ツアーでありながら単独行動して真っ先に来てしまったので人が写っていませんが、人の何倍もある大きな像です。これは司教グルグールの像です。10世紀の宗教会議で、教会でのラテン語の使用を強要されたことに抵抗してスラブ語の保護に貢献した人です。この像は、イヴァン・メシュトロヴィッチが作りました。先ほどの洗礼者ヨハネ像を作った人です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/MuVRSKZfJZJvWKPC8 -
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左足の親指が金色に輝いています。触ると幸運が訪れると言われていて、みんなが触るからです。やがてツアーのみなさんもやってきました。この瞬間だけパラリと雨が降りました。 -
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金の門を振り返るとこんな感じです。左手に黒っぽくはげたような跡がありますが、かつては門の両側に八角塔があったということで、その跡だと思います。壁のくぼんだ部分には、ディオクレティアヌス帝などのローマ皇帝の像があったそうです。 -
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金の門の入口で見上げると -
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こんな像が並んでいて、インターネットのあるサイトによると馬の耳だからケンタウロスだということです。 -
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二重門の内側の上の部分には昔兵士たちがいて見張りをしていたそうです。 -
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でも、今はアパートとして使われていて、門の下を見ると入口があります。 -
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17時09分頃ペリスティルに戻って、今度は東に向かって歩いていきます。 -
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こちらは銀の門という東門です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/ZgiFQmTxUX3piKMJA -
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途中の店 -
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外側から眺めた銀の門です。
さて、ここで17時55分まで自由時間となりました。45分ほどありましたが、動画撮影もしながらあちこち回っているうち、あっという間に時間が過ぎてしまいました。 -
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銀の門からペリスティルに戻る間に大聖堂を眺めると、八角形の形が分かります。 -
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鐘楼です。 -
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ペリスティルから西の方向に歩いていきます。 -
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すると、広場に出ました。これはナロドニ広場というところです。この時点で西側の門を出ていました。後で振り返ります。 -
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屋外のレストランに人が集まっています。 -
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広場は細長く続いています。 -
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右側(北側)にあるこの建物はベネチア時台に市庁舎だったところです。ゴシック様式で造られています。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/r3L3avHRLNTC3gDq6 -
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向こうの端の建物です。 -
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逆方向を振り返るとこんな感じです。 -
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ロマネスク様式の時計塔があります。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/vLtAZNMFwUjp9Ckz5 -
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この部分が門になっていて、鉄の門といいます。ツアーで唯一見ていなかった西側の門です。二重の門になっています。自由に入ってくる人々をここでチェックしていたようです。 -
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ナロドニ広場から鉄の門の手前を右手(南側)に歩いていきます。 -
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すると、目の前に塔が見えて、これはベネチア時代のものです。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/ZXM6Mi6P3HNbybyw7 -
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視線を右下に持っていくと、このような広場にやってきました。ブラチェ・ラディッチ広場といいます。果物広場とも呼ばれます。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/n2piNXPFf5LrgTmt9 -
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広場の北側にはこのような建物があります。ミレシ宮殿といいます。バロック様式の建物です。 -
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宮殿の手間にはマルコ・マルリッチの像があります。この像もイヴァン・メシュトロヴィッチが作りました。先ほどのグルグールの像を作った人です。マルコ・マルリッチはクロアチアの詩人で、心理学という用語を作り出した人です。 -
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海辺の遊歩道をもう一度。
ここで、前庭(ディオクレティアヌス帝の住居の玄関)を見ていないことに気づき、慌てて引き返しました。この時の写真は先に掲載しました。 -
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試しに洗礼室に行ってみると、人気が全くなくて、入口の扉は閉まっていました。特別なライトアップがあるわけでもありませんでした。 -
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手前の首をちょんぎられたスフィンクスをもう一度見ておきます。 -
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銀の門から出て南に歩き、バスまで戻りました。途中の店にトランペットを吹く女の子たちの動く人形があって目につきました。 -
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17時50分過ぎ、バスに乗ってトロギールにあるホテルに行きました。トロギールも世界遺産として有名ですが、ホテルはあいにく中心からずっと離れたところにありました。それでもせっかく来たので、夕食後に一人で行ってみました。次はまず、トロギールの旅行記を書きます。次の旅行記に続きます。
https://4travel.jp/travelogue/11575400
旅行記の目次はこちらです。
https://www2.hp-ez.com/hp/travelmasa/page25
なお、参考までに動画です(3分29秒)。
https://www.youtube.com/watch?v=Jlz0TTCLSJU
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この旅行記へのコメント (2)
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- ヒゲGさん 2019/12/14 22:59:50
- 始めましてひげG
- 写真撮影がお好きなようですね。
私と同じ宮殿を撮影したとは思えない情報量の多さにビックリです。
女房と「こんな処あった? 覚えている?」と言いながら見せていただきました。
行動力と撮影意欲に感服いたします。
- mas98765さん からの返信 2019/12/17 18:01:25
- RE: 始めましてひげG
- ヒゲGさん、コメントありがとうございます。わたしの旅行記は写真が多すぎて書くのも読むのもいやになってしまいます。ヒゲGさんの旅行記の方がまとまりがあっていいと思います。それに青空が欲しかったですね。うらやましいです。
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