2019/11/13 - 2019/11/13
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minaMicazeさん
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佐久市田口で「龍岡城五稜郭」を見た後、小諸市へ移動して、「懐古園」に行きました。紅葉は見頃を過ぎつつありましたが、まだ綺麗なところも沢山ありました。
旅行記作成に際しては、懐古園のパンフレット、こもろ観光局、小諸市観光協会、小諸市のホームページ、現地の説明板、その他ネット情報などを参考にしました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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小諸市の「懐古園」、第三駐車場にやってきました。
「懐古園」には駐車場が三カ所あります。小諸駅や三の門料金所に最も近いのが第一駐車場です。北側の酔月料金所の近くには第二駐車場があります。そして第三駐車場は南東側、児童遊園地に隣接しています。ここは無料で駐められました。 -
第三駐車場からは、三の門料金所まで、「懐古園」東側の谷に沿った道を歩きます。谷を覗くと、飼育されているエゾシカが見えます。パンフレットのよると、この谷は「シカ谷」と名付けられています。
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谷の向こう側の崖は、こんな状態です。少しずつ崩れてこうなったのか、崩れないように頑張っているのか……、でも、右の木は手前に傾いていますよね。
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崖の向こう側(西側)が「懐古園」です。
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歩いてきた道を振り返ると、遊園地への案内看板がありました。
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三の丸料金所から入園して、二の丸跡の石垣の下を歩きます。
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左を見ると、色づいた葉が未だ残っています。
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二の丸跡(写真右)の石垣に沿って歩きます。紅葉の見頃は終わりかけていますが、観光客は少なくありません。
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二の丸跡に登ってみました。紅葉というよりは枯れ葉ですね。
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二の丸跡にわずかに残っていた紅葉です。
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二の丸跡から西側を見下ろすと、紅葉が残っているところもあります。右奥にみえる屋根は弓道場(北の丸跡)です。
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二の丸跡の西、番所跡には「東宮駐駕之處」と刻まれた石碑があります。大正12年(1923)に東宮殿下(のちの昭和天皇)が行啓された記念碑で、このことで「懐古園」の名が全国に知られたとのことです。
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現在は弓道場(懐古射院)として使われている「北の丸跡」です。
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紅葉が枯れ葉に変わり始めています。
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名残の紅葉です。
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「南丸跡」に登ってみましたが、ほぼ枯れ葉でした。
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更に西へ歩いて「黒門橋」を渡ります。
有時の際に敵の侵入を防ぐ仕掛け、場内に引き込める算盤橋であったといわれる橋です。 -
黒門橋がかかる空堀は、左右の田切地形の谷をつなぐように人の手で堀られた数少ない堀です。深さは、橋下約8メートルほどであったといわれています。現在は、紅葉谷と呼ばれています。
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橋を渡って、突き当たりを右に曲がると、石垣の向こうに紅葉が見えます。
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石垣の上にも、紅葉が残っています。
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イチョウは落葉が始まっています。
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石垣の先が「紅葉ヶ丘」と呼ばれるところです。
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奥に見える建物は「藤村記念館」です。 島崎藤村は、明治32年、27才のときに、小諸義塾の英語と国語の教師として赴任し6年を過ごしました。その間に、函館の網問屋秦慶治の三女冬子と結婚し、小諸町馬場裏の士族屋敷跡に新家庭をもちました。
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振り返ると、「紅葉ヶ丘」は、こんな景色です。
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名前は「紅葉ヶ丘」ですが、平らなところです。
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さらに西に歩くと、立派な紅葉があります。
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石垣と紅葉の組み合わせが「懐古園」の魅力かもしれません。
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広場の中央に四阿があります。
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イチオシ
落葉が進んでいますが、まだまだ綺麗です。
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青空が見えてきました。青空の下の紅葉は、より綺麗です。
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イチオシ
オレンジ色の状態で落葉するモミジ(?)です。
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「武器庫」です。何かのイベントが行われていました。
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「武器庫」の裏(北)には、「地獄谷」と呼ばれる谷があります。
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地獄谷には橋が架かっています。「酔月橋」です。渡った先には「酔月料金所」があり、その先に、第二駐車場、小山敬三美術館などがあります。
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橋の上から見た地獄谷です。
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橋を渡って振り返ると、こんな景色です。
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右奥に「水の手展望台」が見えます。展望台に渡る橋も見えます。
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ところどころに紅葉が残っています。
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「酔月橋」を渡って戻ってきました。
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「水の手展望台」へ行く途中から見た、地獄谷と酔月橋です。
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「水の手展望台」は「懐古園(小諸城趾)」の西端の崖上にあり、西には千曲川が流れています。
この断崖と千曲川が、小諸城の西を守っていました。 -
「水の手展望台」の下には、「水の手門」と呼ばれる「小諸城の裏門」がありました。千曲川に通じる門なので「水の手門」と呼ばれ、ここから攻め込まれないように祈願して「不開(あかず)の門」とも呼ばれました。
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「水の手展望台」から戻って、写真右方向(南)へ歩きます。
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下の奥に「水の手展望台」が見えます。
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南(写真奥方向)に向かって歩きます。
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イチオシ
振り返って北方向を見ると、四阿と、その向こうに武器庫が見えます。
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歩いて行く途中、西の崖下方向へ降りる道があったので、いってみました。
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イチオシ
そうしたら、こんなのやら……
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イチオシ
こんなのが、ありました。
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戻って、南へ歩きます。途中、見かけた石碑は、高浜虚子の句碑でした。
「紅梅や 旅人我に なつかしき 虚子」と、刻まれているそうです。 -
北側に見える石垣は、天守台の石垣です。高さ約6mの野面積みとのこと。この本丸は、戦国武将・仙石秀久が小諸城主であったとき、関東に移封された家康に対する西の備えとして築かれたと考えられています。金箔瓦で葺かれた三層の天守閣がそびえていたといわれます。
寛永3年(1626)に落雷で焼失し、幕府の許しが得られず再建さませんでした。 -
手前は「馬場」です。
現在では多くの桜の木が植えられています。小諸市の開花標準木「観測の木」や、小諸特有の「小諸八重紅枝垂」の原木はここにあります。「日本さくら名所100選」に選ばれています。 -
馬場の南端には、立派な木(松?)があります。○○の木、とかいう名前が付いていて、それらしい”謂われ”があるのかもしれません。
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西南の端には「富士見展望台」があります。
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遠見番所があった場所だそうです。
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イチオシ
「富士見展望台」の手前、売店の西側に、綺麗な紅葉が残っていました。写真は、展望台側から、振り返って見ています。
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「富士見展望台」からは、(条件が良ければ)富士山が見えるとのことです。
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「懐古園」の南に隣接する「小諸市動物園」には、展望台の横の橋を渡って行きます。
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でも、動物園には行かず、売店の横を通って、東へ歩きます。
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売店の横の紅葉が綺麗でした。
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馬場の南を通り抜け、
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石垣の横を歩いて行くと、
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「懐古神社」があります。
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小諸城は明治4年(1871)の廃藩置県で廃城となり、明治政府が民間に払い下げることになります。
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イチオシ
小諸藩の元藩士らは、小諸城が荒廃していく様を憂いて、資金を集め、小諸城三之門から内側を買い取りました。
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イチオシ
そして、本丸跡に、「懐古神社」を祀りました。
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「懐古神社」には、城の鎮守神として紅葉ヶ丘に祀られていた天満宮(菅原道真公・天神様)と火魂社(火之加具土命・荒神様)、及び、歴代の小諸藩主の霊が合祀されています。
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池の周りには、綺麗な紅葉が残っています。
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でも、池には噴水があるので、水鏡にはなりません。
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園内図によると、懐古神社の東側が「本丸跡」のようです。
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ここは「お駕籠台跡」です。
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「南の丸跡」まで戻ってきました。
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「三の門料金所」まで、戻ってきました。
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「三の門料金所」の横の紅葉も綺麗です。
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第一駐車場の端には、C56が置かれています。
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かつて、小海線を走っていたSLです。
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第一駐車場へは行かず、第三駐車場に戻ります。
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第三駐車場に戻ってきました。坂の上、フェンスの中が駐車場です。これで帰ります。
( おしまい )
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