2019/11/19 - 2019/11/19
321位(同エリア631件中)
ペコちゃんさん
- ペコちゃんさんTOP
- 旅行記447冊
- クチコミ111件
- Q&A回答1件
- 734,859アクセス
- フォロワー24人
埼玉県・飯能市にある東郷公園は、モミジやカエデなど約約1000本の木々が植えられ、秋には真っ赤に染まる県内有数の紅葉スポット。
4年前にもこの時期に東郷公園から子ノ権現へと山歩きして、浅見茶屋のうどんを食べたことがありましたが、10月の台風19号の影響で浅見茶屋が休業中のため、今回は子ノ権現から竹寺に回るコースを歩きました。
写真は、見事な紅葉に囲まれた東郷公園のシンボル・東郷元帥の像。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
-
今回の参加者は4名。
8時15分過ぎに西武池袋線・吾野(あがの)駅へ到着。 -
今回のコースは、吾野駅 ⇒ 東郷公園・秩父御嶽神社 ⇒ 子ノ権現 ⇒ 竹 寺 ⇒ 小殿バス停 と歩き、バスで飯能駅まで戻るコース。
-
東郷公園は、吾野駅から徒歩で約20分。
この時期は、毎年「もみじまつり」が開催されています。 -
吾野駅の周りには「もみじまつり」の赤いノボリが立ち並び、木々の紅葉や黄葉が美しい。
-
紅葉や法光寺の境内を見ながら、線路沿いの道を進みます。
-
秩父御嶽神社の入口に到着・・・立派な石の鳥居です。
東郷公園は秩父御嵩神社の神苑で、1万5千坪の広大な広さ。 -
秩父御嶽神社は、信州・木曽御嶽山を本山と仰ぎ、その分霊を祀った御嶽信仰の神社。
この地に住んでいた鴨下清八(1861~1955)は、母の病を癒すために木曽の御嶽山の行者となって修行し、そのお蔭か母の病気が治ったので、神徳を深く信じていた清八は明治28年に当社を創建・・・大正14年に東郷元帥の銅像を建立した後、神社の境内は「東郷公園」と呼ばれるようになりました。 -
鳥居をくぐった所にある「みちひらき下駄」。
” 一歩一歩ふみしめて登る ” と書かれていますが、動かそうと思ってもビクともしない鉄の下駄です。 -
境内に広がる紅葉の世界。
石灯籠と鳥居、真っ赤なモミジ・・・美しい日本の秋の風景ですね! -
鳥居の右手にある里宮会館・・・会合やお祭り後の直会に使われるほか、車のお祓いもここで行われます。
-
紅葉の参道を進むと、「清貫一誠霊神の像」があります。
木曾御嶽山の行者として生涯を捧げた鴨下清八は、没後「清貫一誠霊神」として祀られ、公園の入り口に凛として立ち、人の辿るべき道筋を示しています。 -
清貫一誠霊神像の手前にある「おこころざし石」・・・もみじまつり期間中は、100円以上を入山料として納めましょう。
-
石段を登りながら、紅葉が広がる世界へ・・・この先を右側に行くと、乃木大将の銅像があります。
-
燃えるような紅葉に包まれた「乃木大将銅像」。
-
乃木希典(1849~1912)は山口県出身の軍人。
明治天皇の信頼を得て、海軍の東郷平八郎と共に日露戦争を勝利に導いた陸軍の乃木は、難攻不落と言われた旅順の203高地を攻略。
質素倹約を旨とし、明治天皇の大喪の日に殉死した乃木大将・・・鴨下は昭和4年にこの像を建立しました。 -
乃木大将が見下ろすこの辺りの紅葉は、特に鮮やか。
-
乃木像から参道に戻り、橋を渡ります・・・橋のたもとの池には、美しい錦鯉。
-
東郷像の手前にある砲弾と水雷。
右側にある砲弾は日本海海戦の時、ロシア軍バルチック艦隊より発射された主砲の巨弾で、日本海軍はこのために苦戦を強いられました。
左側の赤い球は布設水雷と言い、日本海軍の入港を阻止するために旅順港口に多数布設されたもの・・・日露戦争の後、日本軍が掃海して引き上げたものが海軍省より下賜され、ここに飾られています。 -
狛犬が置かれた石段を登ると、東郷元帥像があります。
-
薩摩藩士として生まれた東郷平八郎(1848~1934)は、明治時代の日本海軍の指揮官として、日清及び日露戦争の勝利に大きく貢献し、日本の国際的地位を引き上げた一人です。
-
東郷は戊辰戦争に従軍した後、英国留学(1871年~1878)で国際法などを学び、英語も堪能となりました。
日清・日露戦争が一段落して大正時代になると、東宮御学問所の総裁に任命され、当時皇太子だった昭和天皇の教育に尽力するなど、まさに文武両道に秀でた人物でした。 -
鴨下清八は、東郷元帥の武勲と威徳を後世に伝えるために、元帥の銅像建設を志します。
「皇国興廃在此一戦」の名言になぞらえ、一戦を一銭とし毎日一銭ずつ蓄える一銭貯金を行って資金を用意し、東郷邸を八十数回も訪れました。
生前の銅像建立を許さなかった東郷も、鴨下の誠意に打たれて承諾し、大正14年の除幕式には東郷本人も出席しました。 -
東郷公園の中でも、東郷元帥像の周辺が紅葉の一番の見どころ・・・その美しさは思わず息を飲むほどです。
-
人生をかけて秩父御嶽神社を開山した鴨下清八は、人生の最後はモミジのように色づきを見せるようにと、神苑の随所にモミジを植えました。
-
錦(にしき)のように色鮮やかな紅葉・・・まさに錦秋!
-
東郷元帥像の後ろから見ると、本当に燃えるような素晴らしい紅葉です。
-
元帥像の右側には、明治38年の日本海海戦で東郷が乗船して指揮を執った旗艦・三笠の被弾甲板があります。
海軍省より下賜されたもので、バルチック艦隊の集中砲火を浴びた甲板を見ると、当時の激戦の様子が窺われます。 -
頂上奥社に続く、368段の長~い階段。
-
石段を登って、秩父御嶽神社の本殿に、やっと着きました。
-
山頂の境内には梵鐘があり、 「 三つ打つ 」 といいことがあるそうで、名付けて「幸せの鐘」・・・ ” 一つ打つとき神に通じ、二つ打つとき幸せを呼ぶ、三つ打つとき平和を招く "
さほど大きくはないのですが、打ってみると「ゴ~~~ン」と美しい音が響きます。 -
現在の社殿は、開山百周年記念事業で平成10年に建て直され、お参りした時の祈りが本山の神々にこだまするように、木曽御嶽山を遥拝する向きに造営されています。
扁額には『秩父御嶽神社(元帥伯爵東郷平八郎謹書 )』と描かれています。 -
本殿を後にして、右側の登山道から子ノ権現に向かいます。
-
ここは御岳山(370m)。
-
吉田山(445m)を通過。
-
小床峠を経て・・・
-
急坂を上り、子ノ権現へと足を進めます。
-
秩父御嶽神社から約2時間、西吾野からの登山道と合流し、舗装道路を少し歩くと、《浅見茶屋まで約25分》の看板・・・4年前はここから下りて行った訳です。
-
車道沿いにある「教育地蔵尊」が山道の目印。
車道を進んでも子ノ権現に行けますが、お地蔵さんの脇からショーカットで登ります。 -
そこから数分で子ノ権現へ。
車道との合流点には、燃えるようなモミジ。 -
道路の向かいには、愛嬌たっぷりの「お掃除小僧さん」。
-
標高640mの山中にある子ノ権現(正式名:大鱗山雲洞院天龍寺)は、延喜11年(911)に子ノ聖が創建したと言われる天台宗の寺院。
-
門前にある「二本杉」の樹齢は約850年で、手前の杉は樹高36m、根回り10.9m、奥にあるもう1本は幹が途中で切られており、樹勢が衰えています。
天龍寺縁起によると、この杉は延喜11年(911年)、この峰に子ノ聖が初めて登った際に、食事に使った杉の箸を地面に差したものが根付いて大樹になった、とあります。 -
参道の茶店の先にある鳥居・・・神仏習合の名残りでしょうか。
鳥居のたもとには「禁葷酒」の石碑・・・酒やニラなどの匂いをさせて鳥居をくぐっては、いけません。 -
子の年(832年)の子の月・子の日・子の刻に紀伊国で生まれた子ノ聖は、諸国を回って修行を積んだ後、911年に草ぶきの家をこの地に建てて十一面観音を祀りましたが、これが子ノ権現・天龍寺の起源となっています。
黒門が見えてきました。 -
山を開こうとした子ノ聖は、悪鬼の仕業により下半身に火傷を負いましたが長生きしました。
昇天の際に「我、登山の折り、魔火の為に傷を負って悩める事あり、よって腰より下の病のある者、我を念ずれば必ずや霊験を授けん」という誓願を残し、その後、子ノ権現は足腰守護の神仏として知られるようになりました。 -
黒門の後ろに立ちはだかる仁王像は、昭和11年にコンクリート彫刻家の花井探嶺によって造像されたもの。
その勇壮な姿は邪悪な者を退治し、仏法を護持しようとする意味が込められています。 -
江戸末期に建てられた本坊・・・屋根は茅と杉の皮で葺かれています。
建物の風格からすると、本堂のような印象を受けますが、ここは御朱印など寺の事務を行う建物。 -
仁王像とともに目を引くのが鉄製の大ワラジ・・・信仰の象徴である鉄ワラジの重さは約2トンで、日本一の大きさ。
-
子ノ権現は足腰にご利益があるお寺なので、絵馬もワラジ。
-
大ワラジの左側には、平成8年に奉納された巨大な「めおと下駄」。
健康で夫婦円満の御礼だそうですが、我が家は(?) -
天龍寺の旧本堂は落雷で焼失し、2年後の1988年に現在の建物が再建されました。
足腰守護の神仏として信仰されている子ノ権現は、明治の頃には人力車組合や荷車組合の人々の信仰が厚く、現在は農家やスポーツ選手など足腰強健を願う人や、足腰守護を願う中高年者の参拝が絶えません。 -
本堂に奉納されている、巨大なハイヒール・・・和田アキ子でも大き過ぎますね。
-
子ノ権現から竹寺に向かいます。
竹林と紅葉のコラボが美しい。 -
竹林の先の方を見ると、巨大な手の彫刻が・・・これは、京都精華大学芸術学部教授・西雅秋氏が寄贈したもの。
お寺のそばにこんな物を置くと、仏の手だと思われることが多く、批判もあったようですが、住職さんは気に留めていないそうです。 -
途中で見えた伊豆ヶ岳(右側)。
-
紅葉もいい感じ。
-
子ノ権現から下った所にある「豆口峠」・・・ここから竹寺までは1.1km。
崩れかけた下の写真の建物は「神送り場」・・・昔はここで疫病退治の神事が行われていました。 -
13時に竹寺へ到着。
竹寺は天台宗の寺院で、正式には「医王山薬寿院八王寺」。
明治の廃仏毀釈(神仏分離令)の際に、あまりにも山奥過ぎて新政府が見落としたため、東日本で唯一の神仏習合の姿を残す遣構として現在に至っています。
境内入り口にある「山内案内図」・・・現存しない三重塔も描かれていますので、かなり古いもののようです。 -
本尊に「牛頭天王(ごずてんのう)」を拝し、本地仏に「薬師如来」を祀る竹寺は、857年に慈覚大師が東国を巡礼した際、この地に病人が多いことを憐れんで道場を開き、大護摩の秘法を修めたのが起源とされます。
境内入り口の鳥居には「医王山」の額束、手前の石碑には「牛頭天王参道」と刻まれています。 -
牛頭天王は釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされる神仏習合の神様で、京都・八坂神社の祭神になっています。
境内に祀られたこの像は、平成4年に中国人民有志により寄贈されたもので、右手に斧、左手に索を持ち、悪魔を降伏させる力強い姿を表現しています。
牛頭天王には8人の子(八王子)がいたことから、竹寺の正式名が八王寺となったのでしょう。 -
紅葉に彩られた「弁天池」。
-
聖観世音菩薩を祀る「観音堂」は、西武池袋線沿いに練馬区から飯能へと続く「武蔵野三十三観音霊場」の三十三番結願所になっています。
-
1945年にフィリピンのバギオに落とされたアメリカ軍の不発弾で造られた「平和の鐘」。
約30年前に来日したフィリピンの映画監督・キドラット タヒミック氏により奉納されたものです。 -
本地堂(瑠璃殿)には薬師如来が祀られています。
-
境内の美しい紅葉。
-
茅葺き屋根の「本坊」。
観音巡礼の結願の御朱印はこちらで貰えます。 -
本坊の右側に続く庫裏・・・ここで精進料理(要予約)などの食事が出来ます。
左側の柱には「奥武蔵 俳句寺」の札。 -
太田道灌が植えたと伝わるコウヤマキ。
幹回り:3.86m、樹高:約26mの巨木で、推定樹齢は400年。 -
その先には、竹寺の名の通り見事な竹林が広がっています。
-
多くの文人墨客が訪れ、俳句寺としても有名な竹寺には、多数の句碑があります。
「竹寺の 青黛刷ける 紅葉かな」 渡辺佳子
「竹寺は 薬師の浄土 風光る」 中谷孝雄 -
紅葉を見ながら広い境内を本殿の方に登って行きます。
-
赤い鳥居の先には「医王稲荷社」があります。
-
牛頭天王本殿の登り口の鳥居にある「茅の輪(ちのわ)」。
これをくぐることで心身が清められます。 -
牛頭天王やその子の八王子権現は疫病を司る神様で、竹寺は「疫病消除」「除災招福」「出世開運」の神様として信仰されています。
-
本殿には木造の牛頭天王坐像と八人の童子(八王子)が祀られています。
-
高台にある本殿から境内を見渡すと、紅葉に混じって冬桜が満開。
-
本殿の牛頭天王社は1999年に焼失し、2003年に再建されました。
苔むした茅葺き屋根には風格が漂っています。 -
竹寺から名栗方面への道を下り、小殿バス停に向かいます。
-
竹寺周辺の紅葉も鮮やか。
-
境内から離れた山の上にある竹寺の鐘楼。
-
竹寺から40分ほど山を下り、14時に小殿バス停近くの登山口に到着。
-
県道を少し歩くと、見えてきました「Turnip」の黄色い看板。
昼の部は15時までやっていますが、サービスランチは14時まで・・・ヤバい! -
紅葉の坂道を少し登った所に、黄色の建物とテラスが見えてきました。
-
14時を少し過ぎていましたが、何とかサービスランチにありつけました。
「Turnip」とは野菜のカブのことですが、店名の由来を聞いたところ、オーナーが冠木(かぶき)さんなので、カブ=ターニップにしたのだとか。 -
テラスからは、紅葉が奇麗な白雲山・鳥居観音が望めます。
-
白雲山の中腹にある鳥居観音の建造物。
(左上)救世大観音(高さ33m・昭和46年建立)
(右上)玄奘三蔵塔(高さ33m・昭和35年建立)
(左下)大鐘楼(昭和52年建立)
(右下)平和観音(昭和50年建立) -
これが評判の「焼きカレー」・・・チーズの下に卵が入ったアツアツの絶品。
-
今日も紅葉を楽しみながら、約6時間、よく歩きました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- マリオットさん 2019/12/20 20:12:52
- 山歩き
- 始めました、足跡からきましたマリオットです。
吾野は行ったことがあり、根の権現も聞いたことはあるのですが、これだけの山歩きコースを歩いたことはありません。吾野の観光農園辺りで終わっていたでしょうか。6時間の山歩きと多数の写真で力作と感じました。
知っているようで知らないところもあったので、機会があれば参考にして歩いてみたいと思います。
- ペコちゃんさん からの返信 2019/12/20 20:23:59
- RE: 山歩き
- 連絡、有難うございました。
飯能や秩父の山はそれほど高くないので、美しい高山植物はあまりありません。
このコースは11月下旬の紅葉の時期が一番おススメです。
来年チャレンジしてみては如何でしょうか。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
88