2019/11/06 - 2019/11/06
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amyさん
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天気がよかったので善光寺、川中島古戦場、真田のゆかりの城下町・松代を巡ってきた。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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善光寺前の仲見世通り。善光寺の仁王門をくぐると左右に宿坊や50軒余りの土産店、飲食店が軒を並べる仲見世。参道にはここでしか味わえない名物グルメがいっぱい。
仲見世通り 名所・史跡
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そば尾張屋。2年前に訪れた時もここのお蕎麦屋さんでお昼を食べた。仲見世の賑やかさと違い静かです。
尾張屋そば店 グルメ・レストラン
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仁王門。参拝者を迎える最初の門で門の左右に阿形と吽形の仁王像が見事。
善光寺(長野県長野市) 寺・神社・教会
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六地蔵。地獄、餓鬼、畜生界などの6つの世界を輪廻し苦しむ生きるものを救うと言う菩薩様が並ぶ。
善光寺(長野県長野市) 寺・神社・教会
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山門。1750年築の重要文化財。
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楼上の額には平和の象徴な鳩が隠されている。
善光寺(長野県長野市) 寺・神社・教会
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善光寺。創建約1400年になる古刹で、善男善女が参拝する民衆の心に根ざしたお寺。
善光寺(長野県長野市) 寺・神社・教会
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善光寺。国宝に指定されている。
善光寺(長野県長野市) 寺・神社・教会
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善光寺。参拝券500円で内部も見学でき奥に進むと「お戒壇巡り」の入り口があり、暗闇の回廊を通り中程にかかる極楽の錠前を探り当てる。
善光寺(長野県長野市) 寺・神社・教会
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善光寺の御朱印。季節によって図柄が変わる御朱印があって、今回は秋のバージョンでした。
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高尾灯篭。江戸吉原の三浦屋四郎右衛門が奉納した灯篭で、遊女高尾太夫の供養塔として建設された。
善光寺(長野県長野市) 寺・神社・教会
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善光寺東公園の茶屋。
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善光寺東側にある城山公園。動物園や美術館などがあり観光客でにぎわう善光寺と違った静けさを楽しめる場所。
長野市城山公園 公園・植物園
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川中島古戦場史跡公園・佐久間象山の像。武田信玄と上杉謙信の戦いで有名な川中島古戦場に開設した公園。園内には、12,000平方メートルの築山状芝生広場、自然石を配した小川のせせらぎ、史跡公園のイメージに花を添えています。この他園内には市立博物館があり、社会教育の場として広く利用されています。また隣接する八幡社の中には武田信玄と上杉謙信一騎討ちの像があります。
川中島古戦場史跡公園 名所・史跡
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長野市立博物館。川中島古戦場の八幡原史跡公園内にある博物館。川中島合戦のあらすじを紹介したビデオや当時の文書などが展示されており歴史好きにはたまらないスポット。
長野市立博物館 美術館・博物館
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長野市立博物館。善光寺の歴史なども展示。
長野市立博物館 美術館・博物館
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川中島合戦の図。
長野市立博物館 美術館・博物館
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史跡公園に隣接して川中島古戦場跡には古くからの八幡社が静かにたたずむ。
川中島古戦場史跡公園 名所・史跡
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信玄・謙信一騎討ちの像。馬上から切り付ける白頭巾の謙信、軍配団扇で受ける机上の信玄は第4回川中島合戦のハイライトである。
川中島古戦場史跡公園 名所・史跡
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逆槐。山本勘助等の進言による「キツツキ戦法」の採用を決定した武田信玄は、1561年九月九日夜、ここ八幡原に上杉軍狭撃の陣地を構えた際、この場所に土塁を積みかさね、矢来を組み、盾をめぐらして本陣をおいた。
このとき土塁の土どめに自生の槐の杭を根を上にして打ち込んだのが芽を出し、その後約四百年を経てこの巨木に成長したものと伝えられる。川中島古戦場史跡公園 名所・史跡
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三太刀七太刀の跡地。武田信玄、上杉謙信の一騎打ちの場所に立つ。上杉謙信が武田信玄をめがけて太刀3度切り付けたが、武田信玄の団扇を調べると刀の傷が7つもあったことからこう呼ばれる。
川中島古戦場史跡公園 名所・史跡
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執念の石。武田本陣の武田信玄めがけて上杉謙信が切り込んできた。謙信の鋭い太刀に、信玄は手にしていた軍配で受け止めたが、腕に傷を負った。信玄のもとに駆けつけた家臣の原大隅守は傍にあった信玄の槍で馬上の謙信を突くも槍先は外れてしまう。謙信を打ち損じた無念さから傍の石をやりでつき通したと伝わる。
川中島古戦場史跡公園 名所・史跡
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武田信玄と上杉謙信一騎打ちの場・八幡原史跡公園。
川中島古戦場史跡公園 名所・史跡
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首塚。
1561年9月10日の激戦の後、武田方の高坂弾正が敵味方の区別なく死骸や散乱した武具を集めて埋葬した跡が首塚と言われています。現在、八幡社境内の「一条塚」と史跡公園南西隅にある「千人塚」の2カ所が残っています。川中島古戦場史跡公園 名所・史跡
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武田信玄・上杉謙信一騎討ちの像。「風林火山」の旗と上杉謙信の「毘」の旗がはためき、両雄激突の情景が見事に再現されている。
川中島古戦場史跡公園 名所・史跡
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城下町・松代。真田信之が上田城から移封になって以来、松代真田家10代、250年にわたり栄えた。
城下町松代 名所・史跡
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真田宝物館。前回来たときに見たので今回は入館しなかったです。
真田宝物館 美術館・博物館
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真田邸。9代藩主が江戸から松代に帰る母のために建てた城外御殿。
真田邸 名所・史跡
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真田邸。敷地内には主屋(御殿)と表門、7棟の土蔵などの附属施設に加え、庭園が一体のものとして残されており、全国でも少ない御殿建築の遺構です。
松代城跡の建築物として唯一、当時のままに残った貴重な建物で、間取りなどに武家屋敷の面影を色濃く伝えています。真田邸 名所・史跡
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旧樋口家住宅。 江戸時代の樋口家住宅は、他の藩士たちの住宅と同様、一種の公舎でした。現在は主屋、土蔵、長屋、屋敷神の祠、表門、土塀、板塀がありますが、表門については、移築されてきたものといわれています。
このうち、主屋、土蔵、長屋の3棟が、長野市の文化財(建造物)に指定されており、中でも、主屋と土蔵は建築年代がわかります。旧樋口家住宅 名所・史跡
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旧白井家表門。松代中級藩士・白井家の表門を、2000(平成12)年に現在の場所に移築復元しました。1846(弘化3)年に建てられた三間一戸形式の長屋門で、20メートルもの広い間口、出窓、見張り窓など、松代城下の武家屋敷の長屋門の特徴を表しています。白井家は藩の御金奉行、御普請奉行、医師などを輩出し、佐久間象山とも親交がありました。
旧白井家表門 名所・史跡
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松代城跡。武田信玄が川中島の戦いに備えて山本勘助に造らせたといわれる城。川中島の戦いでは信玄の本陣となった。
松代城跡 名所・史跡
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松代城・太鼓門。城の本丸正面に位置し、松代城で最も大きい門。藩士に登城時刻を知らせたり、緊急連絡をするための太鼓が備えられていたため、太鼓門と呼ばれます。
松代城跡 名所・史跡
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松代城・北不明門。本丸裏側の門。
松代城跡 名所・史跡
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松代城。松代城は、北側に千曲川、東と南には大きな堀を持つ、守りの固い城でした。石垣は地元で採掘された柴石(しばいし)や皆神山の石を使い、自然の形のまま積む、野面積みで築かれています
松代城跡 名所・史跡
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松代城御朱印。松代観光案内所で300円で販売してます。
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