2019/03/01 - 2019/03/05
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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「1996年8月26日,西スマトラの地方紙『ハルアン』(指針)に次のような記事がのった。それはミナンカバウにおける女性の従属性をよく示すとともに,ママック(母方おじ)という伝統的な権威が,必ずしもその権威を維持しうるほどの経済的な能力も,母系成員に対する責任感もないことをよく示している。
『8月8日悪性腫瘍のためブキティンギの病院に入院した18歳の女子高校生ウィジャワティは,残念ながら神に召された。彼女の母は三年前に死亡し,残された四人の子供たちはおばに引き取られた。ウィジャワティの家族は入院費用をまかなうために金の指輪を売ったりした。彼女の危機は8月7日の本紙で報じられ,その結果,善意の寄付金50万ルピア(当時の為替レートで約2万3000円)が匿名で彼女に送られた。だが既にウィジャワティが死亡したために,村長は彼女のママックに署名してそのお金を受け取るよう要請した。けれどもウィジャワティら四人の遺児を育てているおば(実母の妹)は,ママック(おばからみると兄)からまだそのお金については何の話も聞いていないという。少女たちの父親は病気がちだが,まだ生きている。』
この記事を読んで,私は次のような疑問を感じた。まず,ウィジャワティらを育てているのはママックではなく,おばなのに,村長はどうしておばではなく,おじ(ママック)にお金の受取を要請したのか。次に,『病気がち』とはいえ父はまだ生きているのに,なぜ父ではなく,おじがお金を受け取ったのか。」
「‥‥その村の村長は,次のように語った。『この村のアダットによれば,母が死んだら残された子供たちは母のカウム(一人の母を共通にする子供,および母の姉妹の子供たちからなる母系拡大家族,パルイックをさす)が面倒をみる。そのカウムの責任はママックにあり,夫は妻(子供の母)の死後は子供たちとは何の関係もなくなる』。だから,村長はこの村のアダットにしたがって,ママックにお金の受取を要請したのである。実際その後の調査で,母が先に死んだとき,残された子供を母のカウムが面倒をみることが圧倒的に多いし,それを当然だと見なす傾向が強い。『知らない義母に育てられるよりは,実際血のつながったおばに育てられるほうがはるかによい』というわけだ。
次に,ウィジャワティの父親は病気ではなく,近くにある彼の母の村に帰り,まだ再婚をせずに両親と一緒に住んでいた。子供たちの父はてっきり病気のために当事者になれないと予想していたのに,妻の死亡後子供の面倒もみないで実家へ帰ってしまった事実に,私はさらに驚いてしまった。
ミナンカバウにおいてイスラムは,19世紀初頭のパドリ派イスラム勢力のオランダ植民地支配への抵抗と,20世紀における独立運動期に,大きく普及した。『ハルアン』はアダットとイスラムとの論争に発展することを恐れて事実を曲げて報道したのかもしれない。イスラムでは,妻が死亡したあと子供の面倒をみるのは父の義務である。だがミナンカバウではそうしたイスラムの教義よりはアダットのほうが優先されている。」
「貨幣経済の浸透とともに,ママックも自分の家族を養うことを余儀なくされている。つまり父として一家の生計を支えることである。その分,自分の母系カウムの面倒は二の次,三の次になり,ときには自分のクマナカンへの善意の寄付金を猫ばばしようとするのである。村長は村の『恥』がさらに公開されることを明らかに望んでおらず,関係者へのこれ以上のインタビューは出来なかった。」
中島成久著「ミナンガパウの女性」(綾部恒雄編『女の民族誌1 アジア篇』(弘文堂1997)収録)より
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ブキッティンギで最初に入った食堂は,「Ampera」 と呼ばれる種類の簡易な飯屋だった。アタス市場内にあった。
アンペラという言葉は,実は日本語にもある。
「筕篖(あんぺら)」。マレーの藺草で編んだ筵(むしろ)のことらしい。ポルトガル語由来と言われているので,両者には関連があるのかも知れない。
インドネシアの庶民食堂は,路上に筵を敷き,客はその上に座りこんで飯を食べるのが一般的である。 -
アタス市場の一角にあったこの店。付近には同じような飯屋が密集している。
これらは「ナシ・カパウ」(カパウ料理)の飯屋である。カパウはブキッティンギ近郊の村で,パダン料理の中でも独自の食文化を持つ地域と言われている。
小さな店なので惣菜の品数は限られているが,皿飯におすすめの惣菜をのせてもらった。
一皿15kIDR。(1kIDR=約8円) -
イカン・ゴレン(揚げ魚)にチャベ・メラのサンバルを和えたもの,キャッサバとインゲンの煮いたん,米飯。
盛りつけの美意識に関してはほぼ零点だが,文化の違いなので気にしてはいけない。イカン・ゴレンを小皿にのせているのは,勘定を間違えないようにするためかと思われる。
生のチャベ・メラ(赤唐辛子)のサンバルはほとんど辛くない。それはパダンで学んだので,存分に米飯になじませて食べる。チャベ・メラと柑橘と塩だけでシンプルに作ってあるが,飯によく合う。
ところでこの店では,デフォルトで米飯にグライ(味のついた汁)をたらりとかけて出してくれる。そのサービスがとても興味深かった。
例えば日本では,「ごはん」と注文したら白飯が出てくる。それに勝手にタレをかけたりはしない。
米飯にグライをかけるサービスがあれば,「米飯だけ」,あるいはおかずになりづらいような(旨味がなく値段の安い)「野菜料理と米飯だけ」でも腹を満たすことができる。
実際,インドネシアの屋台では,「米飯だけ」を注文し,それに何らかの味をつけてもらったものを食べている貧しそうな老人の姿を何度も見たことがある。
カパウ料理の文化には,そんな貧者目線のサービスが残っているのかも知れない。こういうのを見つけると,ちょっと心が温かくなる。
「Ampela NELI」(Google座標:-0.303488,100.370934) -
他日,同じアタス市場内のナシ・カパウ食堂へ入った。
この店は,もともと屋台か飯屋だったのが繁盛して有名になり,立派な店を構えるようになったもののようだ。 -
店内には,功成り名を遂げた女主人のポートレートが掲げられていた。
-
食卓の上には「Teh Botol」の瓶がずらりと並び,コボカン(小型のフィンガーボウル)に湯冷ましの入ったグラス(もちろん飲むものだ)がぶち込んである。
店舗を構えてからも,屋台時代のスタイルを変えずにいるのだろう。 -
拙いマレー語で注文をしようとするが,女主人に「これとこれを喰え!」と命じられたのでそれに従う。
真っ赤なグライが入った盥(たらい)に突き刺さった柄の長い杓子(↑)。これも店の誇りのひとつなのではないか。
繁盛している屋台ではたくさんの惣菜を並べることができるため,グライの盥は置く場所が遠くなる。だから柄を長くする。つまり繁盛店のあかしだ。 -
女主人の勧めで作られた皿飯は,デンデン・バラド(干肉のサンバル和え),ナンカ(ジャックフルーツ)の煮いたんなど。
ナンカの煮いたんは,ジョグジャのグドゥッと較べてずっとあっさり味で,日本人好みだと思う。
一人前30k~35kIDRくらい。(1kIDR=約8円)
皿飯の値段としてはいささか高いと思うが,有名になって値上げしたのだろう。
「Nasi Kapau UNI LIS」(Google座標:-0.303943,100.371342)
※上記の座標は参考程度に。雑然とした市場内の場所なので確かなことは言えないが,実際の所在地とは相当異なっている(徒歩数分程度)ような気がする。 -
一見,異様なこの食材。
Tambunsuと呼ばれ,牛腸に豆腐と玉子を詰めたものである。
カパウ料理独特の食材で,グライに仕立ててあるのをよく見た。
今回は残念ながら食べる機会がなかった。次回の楽しみということにしよう。 -
ブキッティンギ繁華街のアーマッ・ヤニ(Ahmad Yani)通りにあるパダン料理店にも入ってみた。
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パダン料理店は,ブキッティンギでもシステムは同じだ。
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卓上に料理がどんどん積み上げられるが,パダンで調子に乗って食べて馬鹿高い勘定になってしまったのと同じ轍を踏んではならない。
ここでは料理を「4皿」に限ることとしよう。 -
4皿をどういう構成にするか迷うところだが,やはり飯の友ルンダン・サピと,
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インドネシアでしか味わえないアヤム・ポップは外せない(こちらは飯が進むというよりそれ自体を味わう料理だが)。
料理4皿で米飯をたらふく食べ,勘定は63kIDRだった。(1kIDR=約8円)
前述のカパウ料理の皿飯とほぼ同じ水準に収まった。作戦奏功である。
「Rumah Makan SELAMAT」(Google座標:-0.304153,100.369176) -
さて,夕方になると繁華街には屋台が出始める。
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ここはマルタバ・マニスの屋台。
インドネシアの街には多くのマルタバ屋台があり(基本的に夜に営業する),「マルタバ・マニス」の屋台と「マルタバ・アスィン」の屋台が軒を並べたりしているのだが,これらふたつのマルタバは全然違うスナックなので注意が必要だ。
↑のマルタバ・マニス(甘いマルタバ)は,練乳・砂糖・インドネシアチーズなどをたっぷりとトッピングして食べるパンケーキだ。
(ちなみに,インドネシアのチーズは,日本人にはチーズの風味が感じられないほど弱く,ほぼ油脂分としての働きしかしない。しかし,インドネシア人はこのチーズが大好きだ。グレーターなどでおろして使う。なお,インドネシアのスーパーではチーズを「常温」で売っている。) -
一方,「Martabak Mesir」(エジプトマルタバ)とか「Martabak Telor」(玉子マルタバ)とか書いてあるのは,マルタバ・アスィン(塩辛いマルタバ)の屋台である。
インドネシア以外の国で見られるムスリムフード「ムルタバ」の系統にあたるのがこの「マルタバ・アスィン」で,「インドネシアのお好み焼き」と紹介されているのをよく見る。
どちらのマルタバも,屋台は注文を受けてから作り始める。
マルタバ・アスィンは,焼くのに熟練の技術が必要だが,調理時間は比較的短いのでそんなに待たずに買うことができる。
一方,マルタバ・マニスは,焼き上がるのに10-15分くらいかかる。先客がいたりすると,かなり待つことになるが,そんな夜の時間もまた楽しい。
スマトラ島では基本的に酒が飲めないので,夜は長いのだ。 -
屋台のひとつで,スコテン(Sekoteng)を食べた。
ロンデのような温かい生姜スイーツと思っていたのだが,この屋台の作り方はなかなか面白かった。 -
1)卵黄をタンブラーの中に落とし,ハンドミキサーで攪拌する。
2)タンブラーの中に炒った南京豆,茹でた小さな豆,赤いタピオカ,食パンの耳を刻んだものを入れる。
3)タンブラーに熱い生姜湯を注ぐ。
4)最後に練乳をたっぷりと入れて,長い匙とストローを差して供する。
ひとつ20kIDRだった。(1kIDR=約8円) -
最後にミナンカバウらしい甘味をふたつ。
↑は「Es Tebak」。ミナン風のチェンドルという感じで,甘草ゼリーやタピオカパールも入っている。
特徴的だったのは,碗の中に大きなタパイの塊が沈んでいたことだ。
タパイは,にぎり飯を麹発酵させたもので,日本の甘酒そのものの味をしている。私の好物だ。
タパイからは相当のアルコール分が感じられるが,広くマレー系ムスリムに愛されている。だって,うまいものはうまい。シャリーアよりアダットだ。 -
もうひとつは「Ampiang Dadiah」。
アムピャンというのは焼き米のようなもので,戻したものが碗の底に敷いてある。
ダーディア(ディアに強勢,「ダディ(Dadih)」とも言う。インドの「ダヒ」と同じ語か)は,スマトラ島伝統のヨーグルトのこと。
↑はダーディアの上に生姜風味の黒い椰子シロップがかけられ,かき氷をのせたものである。
食べた感じは,スマトラ版ミューズリー?(こっちのほうが美味しいが)。
甘味処の店頭に竹筒が置いてあったら,それが「ダーディアあります」のしるしだ。 -
トリを飾るのは,ブキッティンギの街角で出会ったヤクルト・レディさん。
インドネシアでも活躍中。
ブキティンギ逍遥~その1:街歩き&アウルクニンBT
https://4travel.jp/travelogue/11558530
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