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2017年11月25日(土)の夕方6時前。フライトキャンセルですっかり遅くなったモンテビデオ(Montevideo)観光。ようやく旧市街(Ciudad Vieja)観光を終えて、新市街(Centro)に進む。旧市街と新市街を分けるのが独立広場(Plaza Indepencia)。1837年に町の拡張計画時に設計されたもの。パリ(Paris)のリヴォリ通り(Rue de Rivoli)にインスピレーションを得ている。広場は33本のヤシの木で囲まれているが、これは1825年に当時ウルグアイを占領していたブラジルに対して独立戦争を起こした33人の東方人(Los Treinta y Tres Orientales)へのオマージュ。<br /><br />広場の西側(旧市街側)には城門(Puerta de la Ciudadela)があり、東側(新市街側)は7月18日通り(Av. 18 de Julio)の西端となる。城門は1829年に取り壊された旧市街を囲んでいた城壁の一部を残したもの。広場の中央に立つのはホセ・アルティガス(Jose Gervasio Artigas)の騎馬像。地下は墓所となっており、衛兵が立つ。アルティガスはウルグアイ建国の父と呼ばれ、1811年のスペインからの独立戦争で軍隊を率いた英雄。結果的には20年にブラジルから侵攻したポルトガル軍に敗れ、アルゼンチンで再起を図るが叶わず、パラグアイで隠遁生活を送った。<br /><br />広場の南側の真ん中にあるのはエステベス宮殿(Palacio Estevez)で、旧大統領府。1873年に裕福な金融商人のエステベス氏が建てたもので、1880年に国のものとなり1890年から1985年まで大統領府として使われた。現在は博物館として公開されている。また、現在大統領府は09年から、08年に西隣りに完成したエグゼクティブタワー(Torre Ejecutiva)に置かれている。<br /><br />広場の東側、7月18日通りの南側に建つのはサルボ宮殿(Palacio Salvo)。町のどこからでも見えるモンテビデオのランドマーク。1928年にサルボ(Salvo)兄弟のためにアルゼンチン人建築家マリオ・バランティ(Mario Palanti)によりデザインされた。27階建て、高さ95mの建物は新市街のなかでも群を抜いて高く、1936年にブエノスアイレス(Buenos Aires)のサンマルティン将軍広場(Plaza General San Martin)に立つカバナフ・ビル(Edifico Kavangah)に抜かれるまで南米最高を誇っていた。現在は市内で7番目の高さ。12年にアンテナが取り外されるまでは高さ100mあった。元々ホテルとして使われる計画だったが、結局はテレビ塔やオフィス、住居として利用された。残念ながら中に入ることはできない。<br /><br />独立広場からはほぼ真東にまっすぐ続くモンテビデオ一の繁華街、7月18日通りを歩く。この通りは、独立広場から1.2㎞ほど東で少し北に方向を変え、アルティガス大通り(Artigas Boulevard)のオベリスク(Obelisk of Montevideo)まで3㎞以上続く通りだが、独立広場から市庁舎辺りまでのセントロ地区(Centro)には、ホテルやレストラン、カフェ、各航空会社などが建ち並ぶ。7月18日は1830年にウルグアイ初の憲法が制定された日。<br /><br />7月18日通りを3ブロックほど行くと、南西の角にあるウルグアイ銀行(Banco de la Republica Oriental del Urguay)の建物内にあるのがガウチョ博物館(Museo del Gaucho)。銀行内の2、3階が博物館となっており、ウルグアイ伝統のガウチョ(Gaucho=カウボーイ)たちの歴史の記録や彼らが使用した革製品、銀細工、独特の工具や武器、生活用具などが展示されている。1978年オープン。また、2階には銀行の歴史やウルグアイのコインなどのコーナーもある。時間的にも6時過ぎで遅いが、銀行なのでいずれにせよ土日は休み。この4階建ての銀行の建物も立派で、1896年に建てられたもの。手前(西隣り)のブラジル宮殿(Palace Brasil)ビルも凝ってる。1918年築。反対側、道を挟んだ東隣りのイタウ銀行エントレベロ支店(Banco Itau Sucursal Entrevero)のビルも高い塔を持つ立派なビルだが、詳細は不明。<br /><br />その向かい、7月18日通りの北側にある広い広場はファビーニ広場(Plaza Juan Pedro Fabini)。中央にある噴水の彫刻の名前からエントレベロ広場(Plaza del Entrevero)とも呼ばれる。1964年にオープンした公園で、モンテビデオ市長などを務めたフアン・ペドロ・ファビーニ(Juan Pedro Fabini)の名を取っている。噴水は翌1965年に設置されたもので、ウルグアイ人の彫刻家ホセ・ベローニ(Jose Belloni)の作品でエルエントレベロ(El Entrevero=努力とか闘争とか云う意味)と云う(下の写真1)。この季節、大きなクリスマスツリーが設置されていた。<br /><br />ファビーニ広場からさらに東に進むと1839年のアルゼンチンも巻き込んだ内戦、大戦争(Guerra Grande)で後に初代大統領となったリベラ(Fructuoso Rivera)がアルゼンチン軍を破ったカガンチャの戦い(Batalla de Cagancha)の翌年の1840年に造られたカガンチャ広場(Plaza de Cagancha)の真ん中を横切るが、通りの真ん中には平和の柱(Columna de La Paz)が建っている(下の写真2)。1867年築のこの柱がウルグアイの国道の0㎞地点となっている。また、公園の北側には1954年に建てられた立派な円形劇場(Teatro Circular de Montevideo)もある(下の写真3)。<br /><br />さらに3ブロック進むと南側に市庁舎(Palacio Municipal de Montevideo)。1941年完成のビルでタワーの高さは計画時には当時トップのサルボ宮殿を抜く114mだったが、78mで打ち切られた。中には美術史博物館(Museo de Historia del Arte)もある。この日、11月25日は「女性に対する暴力廃絶のための国際デー(International Day for the Elimination of Violence against Women)」で、集会が行われていた(あとで宿のおかみさんに聞いて分かった)。1960年のこの日、ドミニカ共和国のトルヒーヨ(Rafael Leonidas Trujillo Molina)独裁政権に反対していたミラバル(Mirabal)姉妹が殺されたことからこの日が制定された。<br /><br />6時20分、7月18日通りが少し方向を変えるところにようやく到着。この突き当りにはガウチョ像(Monumento al Gaucho)が建っている。1927年にウルグアイの独立のために戦ったガウチョを称えて造られた銅像。ピンクの花崗岩で作られた台座のレリーフも見事。奥にあるのは1913年に建てられたメソジスト教会(Iglesia Metodista)。<br /><br />ガウチョ像で折り返し集会で賑わう市庁舎とカガンチャ広場の真ん中辺りまで戻ると7月18日通りの北側に南京錠で周りの柵が覆われた噴水がある。南京錠の噴水(Fuente de los Candados)と呼ばれているが、自然発生的に誕生した恋人たちの聖地。06年にこの交差点の北西角にあるFacalと云うバー&amp;グリルのオーナーが店の前に石の噴水を設置し、鉄柵で周りを囲んだところ、どんどんと南京錠が付けられるようになったそうで、オーナーが理由を調べたところ、2人のイニシャルが付いた南京錠を噴水に置くと、永遠に一緒にいられると云う国際的な伝説を見つけたとのこと。で、これは店の宣伝にもなると云うことで、後付けで説明版を追加したそうだ。重みで柵が壊れないかが心配。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2150311501705529&amp;type=1&amp;l=8a89379cb0<br /><br />6時半過ぎ、ファビーニ広場へ戻って来た。少し早いが公園の中にあるラパシバ(La Pasiva)と云うカフェで夕食にする。50年以上の歴史を持つウルグアイでは有名なカフェレストラン。公園の前では多分ウルグアイタンゴ(Uruguayan Tango)で皆さん踊っている。「チャッ チャッ チャッ チャ~~~ッ チャチャチャチャ~チャ」で分かるかな?、名曲ラクンパルシータ(La Cumparsita)はウルグアイ人のヘラルド・エルナン・マトス・ロドリゲス(Gerardo Matos Rodriguez)がこの町で書いたもの。<br /><br />この日食べたのはミラノ風カツレツとビールとワインで591ペソだったので、2400円くらいだった。8時前までゆっくりと食べるとようやく日が暮れて来、公園の別名の由来となったエルエントレベロの噴水がライトアップされて綺麗だった。8時過ぎにはホテルに戻る。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2150316531705026&amp;type=1&amp;l=8a89379cb0<br /><br />正直、ここが見たいと思ってきた町でなく、せっかく地球の裏側まで来たんだから、ウルグアイにも寄って行こう的な感覚で来た町ではあったが、フライトキャンセルのお陰で夕方4時からしか観光できなかったのはちょっと残念ではあった。でも、まあ、私に取って一番南を更新出来たと云うことで満足。<br /><br /><br />短い滞在だったが、ウルグアイ終了。

ウルグアイ モンテビデオ新市街(Centro, Montevideo, Uruguay)

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2017/11/25 - 2017/11/25

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旅行記グループ ウルグアイ

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ちふゆ

ちふゆさん

2017年11月25日(土)の夕方6時前。フライトキャンセルですっかり遅くなったモンテビデオ(Montevideo)観光。ようやく旧市街(Ciudad Vieja)観光を終えて、新市街(Centro)に進む。旧市街と新市街を分けるのが独立広場(Plaza Indepencia)。1837年に町の拡張計画時に設計されたもの。パリ(Paris)のリヴォリ通り(Rue de Rivoli)にインスピレーションを得ている。広場は33本のヤシの木で囲まれているが、これは1825年に当時ウルグアイを占領していたブラジルに対して独立戦争を起こした33人の東方人(Los Treinta y Tres Orientales)へのオマージュ。

広場の西側(旧市街側)には城門(Puerta de la Ciudadela)があり、東側(新市街側)は7月18日通り(Av. 18 de Julio)の西端となる。城門は1829年に取り壊された旧市街を囲んでいた城壁の一部を残したもの。広場の中央に立つのはホセ・アルティガス(Jose Gervasio Artigas)の騎馬像。地下は墓所となっており、衛兵が立つ。アルティガスはウルグアイ建国の父と呼ばれ、1811年のスペインからの独立戦争で軍隊を率いた英雄。結果的には20年にブラジルから侵攻したポルトガル軍に敗れ、アルゼンチンで再起を図るが叶わず、パラグアイで隠遁生活を送った。

広場の南側の真ん中にあるのはエステベス宮殿(Palacio Estevez)で、旧大統領府。1873年に裕福な金融商人のエステベス氏が建てたもので、1880年に国のものとなり1890年から1985年まで大統領府として使われた。現在は博物館として公開されている。また、現在大統領府は09年から、08年に西隣りに完成したエグゼクティブタワー(Torre Ejecutiva)に置かれている。

広場の東側、7月18日通りの南側に建つのはサルボ宮殿(Palacio Salvo)。町のどこからでも見えるモンテビデオのランドマーク。1928年にサルボ(Salvo)兄弟のためにアルゼンチン人建築家マリオ・バランティ(Mario Palanti)によりデザインされた。27階建て、高さ95mの建物は新市街のなかでも群を抜いて高く、1936年にブエノスアイレス(Buenos Aires)のサンマルティン将軍広場(Plaza General San Martin)に立つカバナフ・ビル(Edifico Kavangah)に抜かれるまで南米最高を誇っていた。現在は市内で7番目の高さ。12年にアンテナが取り外されるまでは高さ100mあった。元々ホテルとして使われる計画だったが、結局はテレビ塔やオフィス、住居として利用された。残念ながら中に入ることはできない。

独立広場からはほぼ真東にまっすぐ続くモンテビデオ一の繁華街、7月18日通りを歩く。この通りは、独立広場から1.2㎞ほど東で少し北に方向を変え、アルティガス大通り(Artigas Boulevard)のオベリスク(Obelisk of Montevideo)まで3㎞以上続く通りだが、独立広場から市庁舎辺りまでのセントロ地区(Centro)には、ホテルやレストラン、カフェ、各航空会社などが建ち並ぶ。7月18日は1830年にウルグアイ初の憲法が制定された日。

7月18日通りを3ブロックほど行くと、南西の角にあるウルグアイ銀行(Banco de la Republica Oriental del Urguay)の建物内にあるのがガウチョ博物館(Museo del Gaucho)。銀行内の2、3階が博物館となっており、ウルグアイ伝統のガウチョ(Gaucho=カウボーイ)たちの歴史の記録や彼らが使用した革製品、銀細工、独特の工具や武器、生活用具などが展示されている。1978年オープン。また、2階には銀行の歴史やウルグアイのコインなどのコーナーもある。時間的にも6時過ぎで遅いが、銀行なのでいずれにせよ土日は休み。この4階建ての銀行の建物も立派で、1896年に建てられたもの。手前(西隣り)のブラジル宮殿(Palace Brasil)ビルも凝ってる。1918年築。反対側、道を挟んだ東隣りのイタウ銀行エントレベロ支店(Banco Itau Sucursal Entrevero)のビルも高い塔を持つ立派なビルだが、詳細は不明。

その向かい、7月18日通りの北側にある広い広場はファビーニ広場(Plaza Juan Pedro Fabini)。中央にある噴水の彫刻の名前からエントレベロ広場(Plaza del Entrevero)とも呼ばれる。1964年にオープンした公園で、モンテビデオ市長などを務めたフアン・ペドロ・ファビーニ(Juan Pedro Fabini)の名を取っている。噴水は翌1965年に設置されたもので、ウルグアイ人の彫刻家ホセ・ベローニ(Jose Belloni)の作品でエルエントレベロ(El Entrevero=努力とか闘争とか云う意味)と云う(下の写真1)。この季節、大きなクリスマスツリーが設置されていた。

ファビーニ広場からさらに東に進むと1839年のアルゼンチンも巻き込んだ内戦、大戦争(Guerra Grande)で後に初代大統領となったリベラ(Fructuoso Rivera)がアルゼンチン軍を破ったカガンチャの戦い(Batalla de Cagancha)の翌年の1840年に造られたカガンチャ広場(Plaza de Cagancha)の真ん中を横切るが、通りの真ん中には平和の柱(Columna de La Paz)が建っている(下の写真2)。1867年築のこの柱がウルグアイの国道の0㎞地点となっている。また、公園の北側には1954年に建てられた立派な円形劇場(Teatro Circular de Montevideo)もある(下の写真3)。

さらに3ブロック進むと南側に市庁舎(Palacio Municipal de Montevideo)。1941年完成のビルでタワーの高さは計画時には当時トップのサルボ宮殿を抜く114mだったが、78mで打ち切られた。中には美術史博物館(Museo de Historia del Arte)もある。この日、11月25日は「女性に対する暴力廃絶のための国際デー(International Day for the Elimination of Violence against Women)」で、集会が行われていた(あとで宿のおかみさんに聞いて分かった)。1960年のこの日、ドミニカ共和国のトルヒーヨ(Rafael Leonidas Trujillo Molina)独裁政権に反対していたミラバル(Mirabal)姉妹が殺されたことからこの日が制定された。

6時20分、7月18日通りが少し方向を変えるところにようやく到着。この突き当りにはガウチョ像(Monumento al Gaucho)が建っている。1927年にウルグアイの独立のために戦ったガウチョを称えて造られた銅像。ピンクの花崗岩で作られた台座のレリーフも見事。奥にあるのは1913年に建てられたメソジスト教会(Iglesia Metodista)。

ガウチョ像で折り返し集会で賑わう市庁舎とカガンチャ広場の真ん中辺りまで戻ると7月18日通りの北側に南京錠で周りの柵が覆われた噴水がある。南京錠の噴水(Fuente de los Candados)と呼ばれているが、自然発生的に誕生した恋人たちの聖地。06年にこの交差点の北西角にあるFacalと云うバー&グリルのオーナーが店の前に石の噴水を設置し、鉄柵で周りを囲んだところ、どんどんと南京錠が付けられるようになったそうで、オーナーが理由を調べたところ、2人のイニシャルが付いた南京錠を噴水に置くと、永遠に一緒にいられると云う国際的な伝説を見つけたとのこと。で、これは店の宣伝にもなると云うことで、後付けで説明版を追加したそうだ。重みで柵が壊れないかが心配。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2150311501705529&type=1&l=8a89379cb0

6時半過ぎ、ファビーニ広場へ戻って来た。少し早いが公園の中にあるラパシバ(La Pasiva)と云うカフェで夕食にする。50年以上の歴史を持つウルグアイでは有名なカフェレストラン。公園の前では多分ウルグアイタンゴ(Uruguayan Tango)で皆さん踊っている。「チャッ チャッ チャッ チャ~~~ッ チャチャチャチャ~チャ」で分かるかな?、名曲ラクンパルシータ(La Cumparsita)はウルグアイ人のヘラルド・エルナン・マトス・ロドリゲス(Gerardo Matos Rodriguez)がこの町で書いたもの。

この日食べたのはミラノ風カツレツとビールとワインで591ペソだったので、2400円くらいだった。8時前までゆっくりと食べるとようやく日が暮れて来、公園の別名の由来となったエルエントレベロの噴水がライトアップされて綺麗だった。8時過ぎにはホテルに戻る。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2150316531705026&type=1&l=8a89379cb0

正直、ここが見たいと思ってきた町でなく、せっかく地球の裏側まで来たんだから、ウルグアイにも寄って行こう的な感覚で来た町ではあったが、フライトキャンセルのお陰で夕方4時からしか観光できなかったのはちょっと残念ではあった。でも、まあ、私に取って一番南を更新出来たと云うことで満足。


短い滞在だったが、ウルグアイ終了。

  • 写真1 エルエントレベロの噴水

    写真1 エルエントレベロの噴水

  • 写真2 カガンチャ広場の平和の柱

    写真2 カガンチャ広場の平和の柱

  • 写真3 円形劇場(Teatro Circular de Montevideo)

    写真3 円形劇場(Teatro Circular de Montevideo)

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