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韓国旅行の5日目(最終日)。ソウルの世界遺産 宗廟の観光と帰国の旅程。

韓国旅行記(5日目)

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2011/05/01 - 2011/05/05

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パンダ番長

パンダ番長さん

韓国旅行の5日目(最終日)。ソウルの世界遺産 宗廟の観光と帰国の旅程。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
ホテル
3.0
グルメ
3.0
同行者
友人
一人あたり費用
15万円 - 20万円
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
  • <帰国日の朝と朝食の“鮑粥”><br />今日は旅行最終日である。朝はやはり体調が良くない。熱も昨日程ではないがある様である。<br />目が覚めたのは6時頃である。まだ、起きるまでには時間はある。<br />もう少し寝ようとするが、頭が少し痛く、寝つけない。6時半頃に起きて顔を洗う。顔を洗い終え、再びベッドに潜り込む。<br />7時前になり、冨田君が起き出す。そして顔を洗い、出発の準備を始める。<br />私も出発の準備を始める。冨田君に大丈夫かと聞かれるが大丈夫ではないと言う。しかし、今日1日なので心配要らないと告げる。そして、出発までの時間を椅子に座り、少しでも体を休める。<br />8時になり、少し集合時間に早いがチェックアウトもあり、1階のフロントに下りる。<br />フロントでチェックアウトを済ませ、趙さんが来るのを待つ。<br />趙さんは8時10分頃に現れた。チョックアウトが済んでいる事を告げ、ホテルを出る。<br />  <br />昨日と同じ車に乗り込み、今日の朝食場所に移動する。今日は鮑粥を他のホテルのレストランで食べる。<br />車はソウル市内を走り、15分程で目的地のホテル横の路地道に到着した。この路地道で車を降りる。<br />ここから少し歩き、ホテルの入口に到着する。ホテルはニューソウルホテルである。この中に鮑粥のレストランがある。ホテル入口に既にそのレストランの看板が日本語で出ている。<br />  <br />

    <帰国日の朝と朝食の“鮑粥”>
    今日は旅行最終日である。朝はやはり体調が良くない。熱も昨日程ではないがある様である。
    目が覚めたのは6時頃である。まだ、起きるまでには時間はある。
    もう少し寝ようとするが、頭が少し痛く、寝つけない。6時半頃に起きて顔を洗う。顔を洗い終え、再びベッドに潜り込む。
    7時前になり、冨田君が起き出す。そして顔を洗い、出発の準備を始める。
    私も出発の準備を始める。冨田君に大丈夫かと聞かれるが大丈夫ではないと言う。しかし、今日1日なので心配要らないと告げる。そして、出発までの時間を椅子に座り、少しでも体を休める。
    8時になり、少し集合時間に早いがチェックアウトもあり、1階のフロントに下りる。
    フロントでチェックアウトを済ませ、趙さんが来るのを待つ。
    趙さんは8時10分頃に現れた。チョックアウトが済んでいる事を告げ、ホテルを出る。

    昨日と同じ車に乗り込み、今日の朝食場所に移動する。今日は鮑粥を他のホテルのレストランで食べる。
    車はソウル市内を走り、15分程で目的地のホテル横の路地道に到着した。この路地道で車を降りる。
    ここから少し歩き、ホテルの入口に到着する。ホテルはニューソウルホテルである。この中に鮑粥のレストランがある。ホテル入口に既にそのレストランの看板が日本語で出ている。

  • レストランの名前は“松竹”である。ホテル入口からそのまま階段を使い、2階に上がる。<br />階段を上がったところにレストランのフロントがあり、そこから店員に席へ案内される。<br />店は最近出来たのか、非常に綺麗な造りである。そのテーブル席のひとつに我々は座る。<br />店は他の日本人客で、ほぼ席は満席状態である。<br />我々が席に着くとお水とミッバンチャンが出される。ここのミッバンチャンは白菜キムチ、もやし、海鮮キムチである。<br />程なく、メインの鮑粥も運ばれて来た。綺麗な白い粥の上に卵の黄身と擦りゴマ、そして韓国のり?を細かくしたものが真ん中に乗っている。<br />  <br />これを良く混ぜてから食べるのである。黄身を潰し、良く粥を混ぜる。<br />するとパスタのカルボナーラの様な色合いになり、見た目は非常に食欲をそそる。<br />  <br />食べると少し胡椒の利いた粥で、塩気が少し少ない。もう少し塩気を足すと更に美味しくなるのではないだろうか?そう思い、テーブルに塩がないかを見ると、テーブルには調味料は何も置かれていない。<br />少し残念である。鮑については確認し辛いが、粥はそこそこの味である。<br />しかし、体調が悪く、食欲が湧かない。無理をして食べるがそれでも半分食べるのがやっとであった。<br />私は食事を終え、冨田君の食事を終えるのを待つ。<br />丁度、その時に趙さんがテーブルに現れた。趙さんが、「美味しかったですか?」と聞く。<br />我々が、「美味しかった!」と答える。趙さんが満足気な顔をして、我々をレストランから1階のホテルフロントに誘導する。そして、このフロント前で暫く待つ様に言われる。<br />フロントの前の椅子に座り、暫く趙さんが現れるのを待つ。5分程で趙さんが戻り、いっしょにホテルを出る。そして先程車を降りた路地道に戻り、車に乗り込む。<br /><br />

    レストランの名前は“松竹”である。ホテル入口からそのまま階段を使い、2階に上がる。
    階段を上がったところにレストランのフロントがあり、そこから店員に席へ案内される。
    店は最近出来たのか、非常に綺麗な造りである。そのテーブル席のひとつに我々は座る。
    店は他の日本人客で、ほぼ席は満席状態である。
    我々が席に着くとお水とミッバンチャンが出される。ここのミッバンチャンは白菜キムチ、もやし、海鮮キムチである。
    程なく、メインの鮑粥も運ばれて来た。綺麗な白い粥の上に卵の黄身と擦りゴマ、そして韓国のり?を細かくしたものが真ん中に乗っている。

    これを良く混ぜてから食べるのである。黄身を潰し、良く粥を混ぜる。
    するとパスタのカルボナーラの様な色合いになり、見た目は非常に食欲をそそる。

    食べると少し胡椒の利いた粥で、塩気が少し少ない。もう少し塩気を足すと更に美味しくなるのではないだろうか?そう思い、テーブルに塩がないかを見ると、テーブルには調味料は何も置かれていない。
    少し残念である。鮑については確認し辛いが、粥はそこそこの味である。
    しかし、体調が悪く、食欲が湧かない。無理をして食べるがそれでも半分食べるのがやっとであった。
    私は食事を終え、冨田君の食事を終えるのを待つ。
    丁度、その時に趙さんがテーブルに現れた。趙さんが、「美味しかったですか?」と聞く。
    我々が、「美味しかった!」と答える。趙さんが満足気な顔をして、我々をレストランから1階のホテルフロントに誘導する。そして、このフロント前で暫く待つ様に言われる。
    フロントの前の椅子に座り、暫く趙さんが現れるのを待つ。5分程で趙さんが戻り、いっしょにホテルを出る。そして先程車を降りた路地道に戻り、車に乗り込む。

  • <最後の世界遺産観光:宗廟(チョンミョ)><br />これから次の目的地の宗廟に向かう。ソウルのメイン通りである世宗路を北に向かうと、武将の銅像が見えて来る。これが忠武公と諡号された李瞬臣将軍である。<br />更に北に進むと、今度は椅子に腰掛けた銅像が現れる。<br />これが世宗大王の銅像である。<br />それを趙さんから教えられた冨田君が必死に車内から写真を撮ろうとしている。<br />そして李氏朝鮮の正宮である景福宮の正門である光化門前に突き当たり、そこから東に方向を変える。そして5分程で宗廟の正門近くの公園脇で車が止まる。<br />ここから宗廟の正門まで歩く様である。<br />この公園の様な場所は、趙さんに聞くと公園と言うよりは市民広場と呼ばれている場所なのだそうだ。<br />その中を通り抜け、宗廟の入口に向かう。<br />すると前方に門の様なものが見えて来た。あそこが宗廟の入口である。<br />趙さんが入場手続きに走る。我々はその間にこの宗廟入口門の写真などを撮る。この門が、この大きな宗廟の正門で、蒼葉門と言う。<br />

    <最後の世界遺産観光:宗廟(チョンミョ)>
    これから次の目的地の宗廟に向かう。ソウルのメイン通りである世宗路を北に向かうと、武将の銅像が見えて来る。これが忠武公と諡号された李瞬臣将軍である。
    更に北に進むと、今度は椅子に腰掛けた銅像が現れる。
    これが世宗大王の銅像である。
    それを趙さんから教えられた冨田君が必死に車内から写真を撮ろうとしている。
    そして李氏朝鮮の正宮である景福宮の正門である光化門前に突き当たり、そこから東に方向を変える。そして5分程で宗廟の正門近くの公園脇で車が止まる。
    ここから宗廟の正門まで歩く様である。
    この公園の様な場所は、趙さんに聞くと公園と言うよりは市民広場と呼ばれている場所なのだそうだ。
    その中を通り抜け、宗廟の入口に向かう。
    すると前方に門の様なものが見えて来た。あそこが宗廟の入口である。
    趙さんが入場手続きに走る。我々はその間にこの宗廟入口門の写真などを撮る。この門が、この大きな宗廟の正門で、蒼葉門と言う。

  • この蒼葉門は、構造形態がとても簡潔で品のあるのが特徴なのだと言う。昨日までに見て来たソウル市内にある李氏朝鮮の王宮の正門に比べると、規模や色彩なども非常に簡素な造りである。<br />彩りについて言うと、蒼葉門は赤と緑の2色だけしか使用されていない。<br />趙さんが戻り、蒼葉門から中に入る。<br />丁度、蒼葉門のところにこの宗廟のパンフレットが置かれていたので、日本語のパンフレットを貰う。<br />中に入ると、木々が生い茂る公園の様なところで、道の真ん中に石畳の道が奥に真直ぐ延びている。<br />

    この蒼葉門は、構造形態がとても簡潔で品のあるのが特徴なのだと言う。昨日までに見て来たソウル市内にある李氏朝鮮の王宮の正門に比べると、規模や色彩なども非常に簡素な造りである。
    彩りについて言うと、蒼葉門は赤と緑の2色だけしか使用されていない。
    趙さんが戻り、蒼葉門から中に入る。
    丁度、蒼葉門のところにこの宗廟のパンフレットが置かれていたので、日本語のパンフレットを貰う。
    中に入ると、木々が生い茂る公園の様なところで、道の真ん中に石畳の道が奥に真直ぐ延びている。

  • よく見てみると真ん中の石畳の道が左右の道よりも少し高くなっている。この石畳の道は貰ったパンフレットによると“香御路”と言うらしい。この“香御路”は3つに分けられている。<br />最も高い真ん中の道を“神香路”、右側を“御路”、左側を“世子路”と言う。因みに真ん中の最も高い道は神が通る道で、右は名前の通り、王が通る道、そして左は皇太子が通る道である。<br />趙さんに、「ここはあんまり通らない方がいい。」と言われる。更に最近の韓国の若者でも、この事を知らずに、ここに来た時に良く、この“神香路”を歩く人が多いのだと言う。<br />我々はその石畳の“香御路”を踏まず、その脇を通り、奥に進む。<br />すると、右手にお目当てのひとつである世界遺産の記念碑が見えて来る。ここの記念碑もソウル市内で見た他の世界遺産の場所と同様に四角い段差の付いた三面から成る記念碑である。<br />

    よく見てみると真ん中の石畳の道が左右の道よりも少し高くなっている。この石畳の道は貰ったパンフレットによると“香御路”と言うらしい。この“香御路”は3つに分けられている。
    最も高い真ん中の道を“神香路”、右側を“御路”、左側を“世子路”と言う。因みに真ん中の最も高い道は神が通る道で、右は名前の通り、王が通る道、そして左は皇太子が通る道である。
    趙さんに、「ここはあんまり通らない方がいい。」と言われる。更に最近の韓国の若者でも、この事を知らずに、ここに来た時に良く、この“神香路”を歩く人が多いのだと言う。
    我々はその石畳の“香御路”を踏まず、その脇を通り、奥に進む。
    すると、右手にお目当てのひとつである世界遺産の記念碑が見えて来る。ここの記念碑もソウル市内で見た他の世界遺産の場所と同様に四角い段差の付いた三面から成る記念碑である。

  • 中国や日本などの世界遺産記念碑では、この様な形の記念碑はない。<br />その記念碑を過ぎ、右手に進路を取り、香御路からも離れて奥に進むと、池が見えて来る。この池は“中池塘”と言う。<br />趙さんの説明によるとこの池は四角い池に丸い島が中央に造られていて、これは“天圓地方”(天は丸く地は四角である)思想と“陰陽思想”に深く関わりがあるのだと言う。四角形の池は、地を象徴すると同時に「陰」を意味し、丸い島は天を象徴すると同時に「陽」を象徴している。<br />また、殆どの宮殿の池には松の木が植えられているらしいが、ここにはイブキという木が植えられている事と、中央の島に東屋がないという事が特徴である。<br />  <br />またこの池には蓮の花がなく、周辺にも花の咲く木が植えられていないのは、この宗廟が祭礼空間という特殊な場所だからである。<br />その池の脇を抜け、最初の建物である。香大庁の建物である。<br />

    中国や日本などの世界遺産記念碑では、この様な形の記念碑はない。
    その記念碑を過ぎ、右手に進路を取り、香御路からも離れて奥に進むと、池が見えて来る。この池は“中池塘”と言う。
    趙さんの説明によるとこの池は四角い池に丸い島が中央に造られていて、これは“天圓地方”(天は丸く地は四角である)思想と“陰陽思想”に深く関わりがあるのだと言う。四角形の池は、地を象徴すると同時に「陰」を意味し、丸い島は天を象徴すると同時に「陽」を象徴している。
    また、殆どの宮殿の池には松の木が植えられているらしいが、ここにはイブキという木が植えられている事と、中央の島に東屋がないという事が特徴である。

    またこの池には蓮の花がなく、周辺にも花の咲く木が植えられていないのは、この宗廟が祭礼空間という特殊な場所だからである。
    その池の脇を抜け、最初の建物である。香大庁の建物である。

  • この香大庁一帯には、祭祀を行う時に王が身体を休める為に滞在する“望廟楼”、高麗王朝第31代王・恭愍王を祀った“恭愍王神堂”、祭祀に使われる物を保管していた“香大庁”がある。<br />ここは入口からしか見学が出来ない。中には入れない様である。<br />丁度、この5月1日(日)にこの宗廟で宗廟祭礼が行なわれたところで、その際に使用された物を数人のおばさん達が、中の庭に立てられたテントの下で整理をしている。<br />宗廟祭礼は、国王が臣下を率いて歴代王の魂が眠る宮を祀る、李氏朝鮮王室の祭礼儀式である。<br />年に一度、毎年5月第1日曜日、歴代王と皇后の霊が眠る宗廟で行なわれる。別名、宗廟大祭とも言われる。<br />現在は、王族の末裔の李氏一族が韓国全土から集まり、雅楽が響く中、厳かな儀式が執り行われる。<br />一族の人達が正殿の朱色の廊下を伝統的な衣装に身を包み、ゆっくりと歩く姿は厳かで圧巻だそうだ。<br />是非、今度はこれだけを見にこのソウルを訪れるのも悪くない。<br />    <br />この香大庁から今度は、斎宮に向かう。<br />この斎宮は、祭祀の前に王と皇太子が心身を清めるため滞在した場所である。<br />

    この香大庁一帯には、祭祀を行う時に王が身体を休める為に滞在する“望廟楼”、高麗王朝第31代王・恭愍王を祀った“恭愍王神堂”、祭祀に使われる物を保管していた“香大庁”がある。
    ここは入口からしか見学が出来ない。中には入れない様である。
    丁度、この5月1日(日)にこの宗廟で宗廟祭礼が行なわれたところで、その際に使用された物を数人のおばさん達が、中の庭に立てられたテントの下で整理をしている。
    宗廟祭礼は、国王が臣下を率いて歴代王の魂が眠る宮を祀る、李氏朝鮮王室の祭礼儀式である。
    年に一度、毎年5月第1日曜日、歴代王と皇后の霊が眠る宗廟で行なわれる。別名、宗廟大祭とも言われる。
    現在は、王族の末裔の李氏一族が韓国全土から集まり、雅楽が響く中、厳かな儀式が執り行われる。
    一族の人達が正殿の朱色の廊下を伝統的な衣装に身を包み、ゆっくりと歩く姿は厳かで圧巻だそうだ。
    是非、今度はこれだけを見にこのソウルを訪れるのも悪くない。

    この香大庁から今度は、斎宮に向かう。
    この斎宮は、祭祀の前に王と皇太子が心身を清めるため滞在した場所である。

  • この斎宮の門に向かい、また香御路が現れる。この斎宮は中に入れる。小さな入口門を潜り、中に入る。<br />中央の建物も扉が開かれ、中が見学出来る様になっている。<br />建物の中を覗くと、中には何も置かれていなかった。ただ、少し気になったのが、その床である。板敷きなのであるが、日本の板敷きの土間とは大分違う。板の敷き方が違うのである。日本の歴史的な建物の場合、板敷きの土間などは並行に一枚の長い板が敷かれている場合が多いが、ここの板敷きは、まず大きく縦横に長い板が格子状に敷かれ、その間を埋める様に小さな板が敷かれている。この様な板敷きは日本ではあまり見かけない。<br />

    この斎宮の門に向かい、また香御路が現れる。この斎宮は中に入れる。小さな入口門を潜り、中に入る。
    中央の建物も扉が開かれ、中が見学出来る様になっている。
    建物の中を覗くと、中には何も置かれていなかった。ただ、少し気になったのが、その床である。板敷きなのであるが、日本の板敷きの土間とは大分違う。板の敷き方が違うのである。日本の歴史的な建物の場合、板敷きの土間などは並行に一枚の長い板が敷かれている場合が多いが、ここの板敷きは、まず大きく縦横に長い板が格子状に敷かれ、その間を埋める様に小さな板が敷かれている。この様な板敷きは日本ではあまり見かけない。

  • この斎宮を出て、今度は典祀庁の建物前に向かう。その横はもう正殿を囲む塀が続いている。<br />その正殿の塀沿いに典祀庁前まで来ると、その前にタイル状の石で造られた台の様なものが2つ並んでいる。これが犠牲台と饌幕壇である。<br />    <br />この饌幕壇は祭礼の時に使われる食べ物を前もって検査していた壇で、犠牲台は牲省台とも呼ばれ、祭礼の時に供える牛、羊、豚を検査していた場所である。左手の大きな台が饌幕壇で、奥の小さな台が犠牲台である。<br />その奥に典祀庁の建物が建っている。<br />典祀庁は、祭祀で使われる道具や供え物、祭器を保管したり準備したりした場所である。<br />その手前には、この典祀庁に保管されている祭器の説明書きの看板もある。<br />その典祀庁の左前には、本殿を囲む塀に門がある。その門の門柱下にまた、興味深いものを発見した。<br />

    この斎宮を出て、今度は典祀庁の建物前に向かう。その横はもう正殿を囲む塀が続いている。
    その正殿の塀沿いに典祀庁前まで来ると、その前にタイル状の石で造られた台の様なものが2つ並んでいる。これが犠牲台と饌幕壇である。

    この饌幕壇は祭礼の時に使われる食べ物を前もって検査していた壇で、犠牲台は牲省台とも呼ばれ、祭礼の時に供える牛、羊、豚を検査していた場所である。左手の大きな台が饌幕壇で、奥の小さな台が犠牲台である。
    その奥に典祀庁の建物が建っている。
    典祀庁は、祭祀で使われる道具や供え物、祭器を保管したり準備したりした場所である。
    その手前には、この典祀庁に保管されている祭器の説明書きの看板もある。
    その典祀庁の左前には、本殿を囲む塀に門がある。その門の門柱下にまた、興味深いものを発見した。

  • 太鼓状の3色に塗り分けられた太極図ではなく、三つ巴に似たマークである。<br />  <br />趙さんに、「これは何を表しているのですか?」と聞いたが、良く判らない様であった。そして、「韓国国旗の古い文様である。」と適当な事を言っていた。これは明らかに韓国国旗の太極文様とは違う。<br />いったい何を表しているのであろうか?<br />

    太鼓状の3色に塗り分けられた太極図ではなく、三つ巴に似たマークである。

    趙さんに、「これは何を表しているのですか?」と聞いたが、良く判らない様であった。そして、「韓国国旗の古い文様である。」と適当な事を言っていた。これは明らかに韓国国旗の太極文様とは違う。
    いったい何を表しているのであろうか?

  • その門を潜ると、正殿横である。正殿はさすがに大きい!写真などで見て、非常に大きな建物である事は想像していたが、それでもそれを目の当たりにすると、圧倒される程の大きさである。<br />  <br />残念な事に基台となっている石畳の上に、更に造られた壇があり、その壇の上に正殿がある。その壇にも上がれない。基台の石畳の上を歩くだけである。<br />それにしても、この様な建物をどの様にして造ったのであろうか?<br />趙さんに聞くと、元は左端の数部屋のみであったが、王朝の継続に伴い、徐々に右側に継ぎ足す様に増改築を繰り返し、今の横長の全19室からなる本殿となったそうだ。<br />ここで少し、この本殿の説明を加えると、この本殿は、勿論韓国国宝で、韓国国宝第227号である。<br />宗廟の中心的な建物で、もともとこの建物が宗廟と呼ばれていたが、永寧殿が建てられてからは太廟と呼ばれたりもした。李氏朝鮮時代の初期には太祖の4代祖の位牌を祀り、それ以降は当時の在位王の4代祖と歴代王の中でも特に功績のある王と王妃の位牌を祀り、祭祀を行って来た。<br />現在、正殿には西側を最も上とし、第1室である西側1番目の間に祀った太祖(1代目)の位牌を始め、李氏朝鮮の最後の皇帝である純宗皇帝(第27代)まで、各王と王妃合わせて計49位の位牌が、19室に祀られている。正殿の建築様式は単純なものであるが、韓国の単一建物としては最長の建物で、横幅は101mである。<br />前面に長く整えた石を積み上げて造った基台は、月台と呼ばれ、東西109m、南北69mの広さである。<br />この月台は祀廟建築としての品位と荘重さを表わしている。<br />

    その門を潜ると、正殿横である。正殿はさすがに大きい!写真などで見て、非常に大きな建物である事は想像していたが、それでもそれを目の当たりにすると、圧倒される程の大きさである。

    残念な事に基台となっている石畳の上に、更に造られた壇があり、その壇の上に正殿がある。その壇にも上がれない。基台の石畳の上を歩くだけである。
    それにしても、この様な建物をどの様にして造ったのであろうか?
    趙さんに聞くと、元は左端の数部屋のみであったが、王朝の継続に伴い、徐々に右側に継ぎ足す様に増改築を繰り返し、今の横長の全19室からなる本殿となったそうだ。
    ここで少し、この本殿の説明を加えると、この本殿は、勿論韓国国宝で、韓国国宝第227号である。
    宗廟の中心的な建物で、もともとこの建物が宗廟と呼ばれていたが、永寧殿が建てられてからは太廟と呼ばれたりもした。李氏朝鮮時代の初期には太祖の4代祖の位牌を祀り、それ以降は当時の在位王の4代祖と歴代王の中でも特に功績のある王と王妃の位牌を祀り、祭祀を行って来た。
    現在、正殿には西側を最も上とし、第1室である西側1番目の間に祀った太祖(1代目)の位牌を始め、李氏朝鮮の最後の皇帝である純宗皇帝(第27代)まで、各王と王妃合わせて計49位の位牌が、19室に祀られている。正殿の建築様式は単純なものであるが、韓国の単一建物としては最長の建物で、横幅は101mである。
    前面に長く整えた石を積み上げて造った基台は、月台と呼ばれ、東西109m、南北69mの広さである。
    この月台は祀廟建築としての品位と荘重さを表わしている。

  • この月台の上を歩き、正殿全体を見て廻る。この月台の中央にも香御路が延び、また正殿手前には、タイル状の石を敷き詰めた台がここにもある。これは何に使用されたものであろうか?<br />また、月台から本殿に向かい延びるタイル状の石畳は神香路か?<br />正殿は朱色の太い柱が並び、良く見るとその柱も真ん中部分が丸みを帯びたエンタシスの柱である。また、各部屋の扉も重厚な感じである。趙さんによれば、この扉は特殊な構造になっていて、正殿内に少しの光も差し込まない様な工夫が施されているそうだ。どの様な工夫が施されているのかは趙さんの説明が無く、良く判らない。<br />この正殿の前には、功臣堂と七祀堂の建物が壁沿いに建っている。<br />

    この月台の上を歩き、正殿全体を見て廻る。この月台の中央にも香御路が延び、また正殿手前には、タイル状の石を敷き詰めた台がここにもある。これは何に使用されたものであろうか?
    また、月台から本殿に向かい延びるタイル状の石畳は神香路か?
    正殿は朱色の太い柱が並び、良く見るとその柱も真ん中部分が丸みを帯びたエンタシスの柱である。また、各部屋の扉も重厚な感じである。趙さんによれば、この扉は特殊な構造になっていて、正殿内に少しの光も差し込まない様な工夫が施されているそうだ。どの様な工夫が施されているのかは趙さんの説明が無く、良く判らない。
    この正殿の前には、功臣堂と七祀堂の建物が壁沿いに建っている。

  • 正殿の月台の南側右下に位置する建物が功臣堂である。この建物は李氏朝鮮王朝の歴代功臣の位牌を祀った場所である。この建物も創建時に3間にすぎなかったものが以降9間に増え、現在は16間もある長い建物になっている。<br />功臣堂と門を挟み、逆側に建っているのが七祀堂である。この建物は季節毎の7人の小神の位牌を、北側を上位に建物内部に祀っている。<br />この正殿前から西の塀にある門を潜り出る。そして、この宗廟最後の建物である永寧殿に向かう。<br />永寧殿は、正殿に祀られていなかった王と王妃の位牌を移動させ、祭祀を行った別廟である。<br />  <br />1421年(世宗3年)、定宗(李氏朝鮮第2代王)の位牌を宗廟に奉納する時に正殿の空間が不足していた為、別途建立された。永寧殿の「永寧」とは祖宗(国王の先祖)と子孫の道が共に平安である様にという意味が込めれている。永寧殿の建物と廟庭の規模は正殿よりも小さく、2つの建物の階級の違いを表わしている。<br />また、この永寧殿の中でも、真ん中の太祖の4代祖を祀った4間とその左右の夾室6間とでもその高さを変え、階級を区別している。<br />現在は王と王妃、合わせて34位の位牌が16室に祀られている。<br />永寧殿前に行くと、規模は違えども、本殿と同じ様な造りである。違いは、真ん中の建物が少し出っ張った様な形になっている(高さが違う)だけである。<br />しかし、この様に同じ王でも本殿に祀るか、この永寧殿に祀るかを当時はどの様な基準で決めていたのか、非常に興味深いところである。勿論時代が大きく違うので、基準などは基から違う様には思うが?<br />これで宗廟の建物は全部見学が出来た。永寧殿の門を出て、香御路沿いに入口の蒼葉門に戻る。<br />  <br />木立の間の道は朝方でもあり、非常に心地よいが体調が優れない私にとっては歩く距離が長いと応える。<br />それでもゆっくりと蒼葉門に向かう。我々がこの宗廟に入った頃に比べると、観光客も多くなっている。<br />途中、日本人の観光客が趙さんに何か聞いている。<br />どうも、宗廟での祭器などがどこかに展示されていないかを聞いている。<br />趙さんが、「どこにも展示されていません。」と答えている。その日本人観光客はガイドなしで、このソウルに滞在しているのだと言っていた。<br />

    正殿の月台の南側右下に位置する建物が功臣堂である。この建物は李氏朝鮮王朝の歴代功臣の位牌を祀った場所である。この建物も創建時に3間にすぎなかったものが以降9間に増え、現在は16間もある長い建物になっている。
    功臣堂と門を挟み、逆側に建っているのが七祀堂である。この建物は季節毎の7人の小神の位牌を、北側を上位に建物内部に祀っている。
    この正殿前から西の塀にある門を潜り出る。そして、この宗廟最後の建物である永寧殿に向かう。
    永寧殿は、正殿に祀られていなかった王と王妃の位牌を移動させ、祭祀を行った別廟である。

    1421年(世宗3年)、定宗(李氏朝鮮第2代王)の位牌を宗廟に奉納する時に正殿の空間が不足していた為、別途建立された。永寧殿の「永寧」とは祖宗(国王の先祖)と子孫の道が共に平安である様にという意味が込めれている。永寧殿の建物と廟庭の規模は正殿よりも小さく、2つの建物の階級の違いを表わしている。
    また、この永寧殿の中でも、真ん中の太祖の4代祖を祀った4間とその左右の夾室6間とでもその高さを変え、階級を区別している。
    現在は王と王妃、合わせて34位の位牌が16室に祀られている。
    永寧殿前に行くと、規模は違えども、本殿と同じ様な造りである。違いは、真ん中の建物が少し出っ張った様な形になっている(高さが違う)だけである。
    しかし、この様に同じ王でも本殿に祀るか、この永寧殿に祀るかを当時はどの様な基準で決めていたのか、非常に興味深いところである。勿論時代が大きく違うので、基準などは基から違う様には思うが?
    これで宗廟の建物は全部見学が出来た。永寧殿の門を出て、香御路沿いに入口の蒼葉門に戻る。

    木立の間の道は朝方でもあり、非常に心地よいが体調が優れない私にとっては歩く距離が長いと応える。
    それでもゆっくりと蒼葉門に向かう。我々がこの宗廟に入った頃に比べると、観光客も多くなっている。
    途中、日本人の観光客が趙さんに何か聞いている。
    どうも、宗廟での祭器などがどこかに展示されていないかを聞いている。
    趙さんが、「どこにも展示されていません。」と答えている。その日本人観光客はガイドなしで、このソウルに滞在しているのだと言っていた。

  • その後、少し歩くと、世界遺産記念碑のところまで戻って来た。<br />行きの際に撮れなかったので、この前で記念撮影を行なう。<br />そして蒼葉門が目の前に見えて来た時に、韓国人の大学生くらいの若い男性が、香御路のそれも神香路を堂々と歩いているのに遭遇する。<br />趙さんがそれを指差し、我々にしかめ面を向ける。そして、その若者に近寄り、注意をしている。<br />この宗廟で最初に聞いた事を目の当たりにしたのである。<br />そして再び、蒼葉門を潜り、宗廟を出る。時刻は10時10分過ぎである。<br />1時間程、この宗廟を見学していた。そして、市民広場前から車に乗り込む。これで韓国での観光は全て終了である。これから空港に移動するだけである。<br />車が動き出すと、趙さんが、「空港に向かうにはまだ少し早いので、良ければもう一度違う免税店に立ち寄りますが、どうですか?」と聞いて来る。<br />我々がOKを出すと、「ロッテ百貨店の免税店に行きます。」と言う。非常に商売上手なおばさんである。<br /><br />

    その後、少し歩くと、世界遺産記念碑のところまで戻って来た。
    行きの際に撮れなかったので、この前で記念撮影を行なう。
    そして蒼葉門が目の前に見えて来た時に、韓国人の大学生くらいの若い男性が、香御路のそれも神香路を堂々と歩いているのに遭遇する。
    趙さんがそれを指差し、我々にしかめ面を向ける。そして、その若者に近寄り、注意をしている。
    この宗廟で最初に聞いた事を目の当たりにしたのである。
    そして再び、蒼葉門を潜り、宗廟を出る。時刻は10時10分過ぎである。
    1時間程、この宗廟を見学していた。そして、市民広場前から車に乗り込む。これで韓国での観光は全て終了である。これから空港に移動するだけである。
    車が動き出すと、趙さんが、「空港に向かうにはまだ少し早いので、良ければもう一度違う免税店に立ち寄りますが、どうですか?」と聞いて来る。
    我々がOKを出すと、「ロッテ百貨店の免税店に行きます。」と言う。非常に商売上手なおばさんである。

  • <ロッテホテルに併設するロッテ百貨店での買物><br />車は宗廟から10分程で、ロッテホテルに到着した。このホテルに百貨店が併設されている。<br />ホテル内を抜け、百貨店のエリアに行き、エレベーターで免税店街の階に上がる。<br />エレベーターを下り、免税店街の入口で、趙さんが、「それではこれから40分間自由行動として、11時にこの場所に集合とします。」と言う。そして趙さんと別れ、我々はその階の店を見て廻る。<br />しかし、何と人の多い事か?それも殆どが日本人である。飛び交う言葉は殆どが日本語だ!<br />免税店なので、とにかくブランド物の店が殆どである。その中で、1角だけ、民芸品やお菓子などの土産物を売るエリアがあった。そこで冨田君と土産物を見て廻る。<br />韓国紙幣を残して帰っても仕方が無いので、なるべく紙幣を使い切る様に土産を買いたい。<br />しかし、これから、まだ空港で食事も取らなければならないので、その分のお金は確保しておかなければいけない。微妙なところである。<br />小物などを見るが、南大門市場の土産物店で見たものと変り映えしないが、値段も高くはない様である。<br />時間を持て余し気味に、土産物を見ていると、また術中にはまり、何か買いたくなって来る。<br />そこで誰にでもあげられる様なストラップや金属製のお箸など数点を購入する事にした。値札も全て米ドル表示なので、カードで購入し、韓国紙幣は空港用に取って置く事にした。<br />そして、冨田君を探すと冨田君も何か購入していた。その後、その場所を2人で離れ、その階のフロアを見て廻るが、ブランド物の店ばかりで、2人とも興味なしである。<br />更にもう1階下も免税店である表示を見て、下りてみるが、そこは香粧品関連のフロアであった。<br />このフロアも日本人観光客でいっぱいである。どうして日本人はこんなに買物好きなのであろうか?<br />再び、元の階に戻る。私は疲れていたので、もう歩き廻る事を止め、待合せ場所付近で待つ事にした。<br />冨田君は再度、フロアを見て廻っている。<br />時刻は10時50分前である。待合せ時間まであと10分程である。<br />待合せ場所で、買物客を見ていると、ある事に気が付いた。親子で来ている人が多い事である。それも母親と娘と言う組合せが圧倒的に多い。男性客が非常に少ないのである。当たり前と言えば、当たり前なのかも知れないが?勿論、男性はこの様なところでの買物はあまり好きではない。<br />その様な買物客を観察していると、冨田君も合流した。そして11時過ぎに趙さんが少し遅れて、待合せ場所に現れた。<br />再び、エレベーターで1階に下り、そこから再びホテル内を入り、2階に上がる。そしてホテル内にある旅行案内所前を抜け、2階にある駐車場に出る。そこに車が止まっていた。<br />車に乗り込み、今度こそ空港を目指す。目指す空港は仁川国際空港である。<br />ここから1時間程かかる予定である。<br /><br /><仁川国際空港での時間><br />この買物でかなり疲れた。そこで空港に着くまで寝る事にした。車が動き出し、ソウル市内を走り出すと、暫くは車窓を眺めていたが、何時の間にか寝てしまっていた。<br />次に目が覚めたのは仁川国際空港のある永宗島に架かる永宗大橋の上を走っている途中であった。<br />橋の向こうに空港施設がもう見えている。それから5分程で空港ターミナル前に到着した。<br />時刻は12時20分である。少し予定時間よりも時間がかかった様である。<br />車から荷物を下ろし、ターミナル内に移動する。そしてアシアナ航空のカウンターに向かう。<br />既にカウンターでは搭乗手続きが開始されている。<br />趙さんが、無人機による手続きを行い、チケットが発券される。丁度、2人並びで席が確保出来た様である。<br />

    <ロッテホテルに併設するロッテ百貨店での買物>
    車は宗廟から10分程で、ロッテホテルに到着した。このホテルに百貨店が併設されている。
    ホテル内を抜け、百貨店のエリアに行き、エレベーターで免税店街の階に上がる。
    エレベーターを下り、免税店街の入口で、趙さんが、「それではこれから40分間自由行動として、11時にこの場所に集合とします。」と言う。そして趙さんと別れ、我々はその階の店を見て廻る。
    しかし、何と人の多い事か?それも殆どが日本人である。飛び交う言葉は殆どが日本語だ!
    免税店なので、とにかくブランド物の店が殆どである。その中で、1角だけ、民芸品やお菓子などの土産物を売るエリアがあった。そこで冨田君と土産物を見て廻る。
    韓国紙幣を残して帰っても仕方が無いので、なるべく紙幣を使い切る様に土産を買いたい。
    しかし、これから、まだ空港で食事も取らなければならないので、その分のお金は確保しておかなければいけない。微妙なところである。
    小物などを見るが、南大門市場の土産物店で見たものと変り映えしないが、値段も高くはない様である。
    時間を持て余し気味に、土産物を見ていると、また術中にはまり、何か買いたくなって来る。
    そこで誰にでもあげられる様なストラップや金属製のお箸など数点を購入する事にした。値札も全て米ドル表示なので、カードで購入し、韓国紙幣は空港用に取って置く事にした。
    そして、冨田君を探すと冨田君も何か購入していた。その後、その場所を2人で離れ、その階のフロアを見て廻るが、ブランド物の店ばかりで、2人とも興味なしである。
    更にもう1階下も免税店である表示を見て、下りてみるが、そこは香粧品関連のフロアであった。
    このフロアも日本人観光客でいっぱいである。どうして日本人はこんなに買物好きなのであろうか?
    再び、元の階に戻る。私は疲れていたので、もう歩き廻る事を止め、待合せ場所付近で待つ事にした。
    冨田君は再度、フロアを見て廻っている。
    時刻は10時50分前である。待合せ時間まであと10分程である。
    待合せ場所で、買物客を見ていると、ある事に気が付いた。親子で来ている人が多い事である。それも母親と娘と言う組合せが圧倒的に多い。男性客が非常に少ないのである。当たり前と言えば、当たり前なのかも知れないが?勿論、男性はこの様なところでの買物はあまり好きではない。
    その様な買物客を観察していると、冨田君も合流した。そして11時過ぎに趙さんが少し遅れて、待合せ場所に現れた。
    再び、エレベーターで1階に下り、そこから再びホテル内を入り、2階に上がる。そしてホテル内にある旅行案内所前を抜け、2階にある駐車場に出る。そこに車が止まっていた。
    車に乗り込み、今度こそ空港を目指す。目指す空港は仁川国際空港である。
    ここから1時間程かかる予定である。

    <仁川国際空港での時間>
    この買物でかなり疲れた。そこで空港に着くまで寝る事にした。車が動き出し、ソウル市内を走り出すと、暫くは車窓を眺めていたが、何時の間にか寝てしまっていた。
    次に目が覚めたのは仁川国際空港のある永宗島に架かる永宗大橋の上を走っている途中であった。
    橋の向こうに空港施設がもう見えている。それから5分程で空港ターミナル前に到着した。
    時刻は12時20分である。少し予定時間よりも時間がかかった様である。
    車から荷物を下ろし、ターミナル内に移動する。そしてアシアナ航空のカウンターに向かう。
    既にカウンターでは搭乗手続きが開始されている。
    趙さんが、無人機による手続きを行い、チケットが発券される。丁度、2人並びで席が確保出来た様である。

  • その後、荷物を預ける為にカウンターに並ぶ。然程時間もかからず、カウンターで荷物を預ける事も出来た。その際に冨田君とどれくらい旅行カバンが重たくなっているかをチェックする。<br />行きの関西空港では、2人の旅行カバンを合わせて、18kgであった。それが、冨田君の旅行カバンは12.5kgに、私の旅行カバンは13kgになっていた。どちらも1.5倍くらい重くなっている。<br />荷物も預け、そのまま入口に向かう。<br />ここで趙さんとはお別れである。お礼を言い、握手をして入口前で別れた。<br />中に入ると、手荷物検査である。手荷物を全て出し、金属探知機を潜る。何も問題なく、通り抜ける。<br />その後、通関も然程並ぶ事もなく、通り抜けられた。<br />免税店などを見て、日本人観光客の多さに驚いたので、もう少し時間がかかると覚悟していたが、拍子抜けである。今日、日本へ帰る日本人は少ないのであろうか?それとも時間が早く、もっと遅い時間で帰る人が多いのか?<br />帰りの便はアシアナ航空のOZ114便である。出発時刻は14時10分予定である。搭乗開始予定時刻は13時40分である。現在の時刻は12時50分過ぎである。あと1時間弱である。<br />まず、搭乗口近くまで行く事にした。その近くにも案内図では食べるところはある。搭乗口は32ゲートである。その近くまで行き、その途中にある店などを見て廻る。<br />私は体調も悪く、食欲もあまり無かったので、軽食でも良かった。<br />それで丁度、搭乗口前にはマクドナルドもあったのでそこでも良かったが、冨田君に否定され、その手前で見ていたレストラン街に行く事にした。<br />レストランは階上にあり、この階のエスカレーター前にあるカウンターで食べたいものを注文するシステムになっている。最初に訪れたカウンター前で、2人で何を食べるか迷っていると、そのカウンターに行列が出来始め、このカウンターで注文出来る食べる物は諦める事になった。<br />それで反対側にあるカウンターで食べる物をまた探す。ここには食品サンプルではないが写真が展示されているので、目で注文する料理が確認出来る。<br />しかし、食べたい様な物は見つからず、悩んだ挙句、中華風カツレツを注文する事にした。<br />値段は丁度、10,000WONである。それをカウンターで注文し、呼び出しベルを受け取り、エスカレーターで階上に上がる。階上には店の前にテーブルが並んでいるが、どのテーブルも満席の状態である。<br />店も5、6軒が連なっている。そして空いている席を探す。一番奥の店前の席が空いていたので、そこに座る。<br />暫く、冨田君と話をしながら、料理が出来上がるのを待つ。私のベルが先に鳴り、店に料理を取りに行く。<br />私が席に戻ると今度は冨田君のベルが鳴る。<br />私の中華風カツレツは、巨大なカツにデミグラスソースがたっぷりとかかった料理である。<br />どこが中華風なのか?と思ったが、デミグラスソースが違った。デミグラスソースだと思っていたソースが、ソースではあるが、中華の甘酢あんかけを濃くした様なソースで、甘酸っぱいのである。<br />しかし、甘酢あんかけとも違う何とも奇妙な味であった。カツは普通のトンカツである。<br />  <br />食欲もあまり無かった事もあり、あまり美味しく感じなかった。非常に甘ったるい感じのカツである。<br />最後の方は、出来るだけソースをカツから取り、カツだけを食べた。<br />それでも完食出来ず、残してしまった。<br />

    その後、荷物を預ける為にカウンターに並ぶ。然程時間もかからず、カウンターで荷物を預ける事も出来た。その際に冨田君とどれくらい旅行カバンが重たくなっているかをチェックする。
    行きの関西空港では、2人の旅行カバンを合わせて、18kgであった。それが、冨田君の旅行カバンは12.5kgに、私の旅行カバンは13kgになっていた。どちらも1.5倍くらい重くなっている。
    荷物も預け、そのまま入口に向かう。
    ここで趙さんとはお別れである。お礼を言い、握手をして入口前で別れた。
    中に入ると、手荷物検査である。手荷物を全て出し、金属探知機を潜る。何も問題なく、通り抜ける。
    その後、通関も然程並ぶ事もなく、通り抜けられた。
    免税店などを見て、日本人観光客の多さに驚いたので、もう少し時間がかかると覚悟していたが、拍子抜けである。今日、日本へ帰る日本人は少ないのであろうか?それとも時間が早く、もっと遅い時間で帰る人が多いのか?
    帰りの便はアシアナ航空のOZ114便である。出発時刻は14時10分予定である。搭乗開始予定時刻は13時40分である。現在の時刻は12時50分過ぎである。あと1時間弱である。
    まず、搭乗口近くまで行く事にした。その近くにも案内図では食べるところはある。搭乗口は32ゲートである。その近くまで行き、その途中にある店などを見て廻る。
    私は体調も悪く、食欲もあまり無かったので、軽食でも良かった。
    それで丁度、搭乗口前にはマクドナルドもあったのでそこでも良かったが、冨田君に否定され、その手前で見ていたレストラン街に行く事にした。
    レストランは階上にあり、この階のエスカレーター前にあるカウンターで食べたいものを注文するシステムになっている。最初に訪れたカウンター前で、2人で何を食べるか迷っていると、そのカウンターに行列が出来始め、このカウンターで注文出来る食べる物は諦める事になった。
    それで反対側にあるカウンターで食べる物をまた探す。ここには食品サンプルではないが写真が展示されているので、目で注文する料理が確認出来る。
    しかし、食べたい様な物は見つからず、悩んだ挙句、中華風カツレツを注文する事にした。
    値段は丁度、10,000WONである。それをカウンターで注文し、呼び出しベルを受け取り、エスカレーターで階上に上がる。階上には店の前にテーブルが並んでいるが、どのテーブルも満席の状態である。
    店も5、6軒が連なっている。そして空いている席を探す。一番奥の店前の席が空いていたので、そこに座る。
    暫く、冨田君と話をしながら、料理が出来上がるのを待つ。私のベルが先に鳴り、店に料理を取りに行く。
    私が席に戻ると今度は冨田君のベルが鳴る。
    私の中華風カツレツは、巨大なカツにデミグラスソースがたっぷりとかかった料理である。
    どこが中華風なのか?と思ったが、デミグラスソースが違った。デミグラスソースだと思っていたソースが、ソースではあるが、中華の甘酢あんかけを濃くした様なソースで、甘酸っぱいのである。
    しかし、甘酢あんかけとも違う何とも奇妙な味であった。カツは普通のトンカツである。

    食欲もあまり無かった事もあり、あまり美味しく感じなかった。非常に甘ったるい感じのカツである。
    最後の方は、出来るだけソースをカツから取り、カツだけを食べた。
    それでも完食出来ず、残してしまった。

  • 時刻は13時15分過ぎである。食べ終わると急いでゲートに戻る。ゲート前は既に多くの人で待合場所の席は端の方しか空いていない。その端の席に座り、搭乗を待つ。<br />機体は既にゲート前に到着しているが、まだ航空会社の人はゲート前にはいない。<br />  <br />程なく、航空会社の人達がゲート前に現れ、手続きの準備を行っている。時刻は13時35分前である。<br />もう少しで搭乗開始である。<br />13時40分、定刻に搭乗が開始される。我々は列に並ばず、少し搭乗客が減るのを席で待った。<br />搭乗に並ぶ列が短くなったところで、席を立ち、列の最後尾に並ぶ。<br />

    時刻は13時15分過ぎである。食べ終わると急いでゲートに戻る。ゲート前は既に多くの人で待合場所の席は端の方しか空いていない。その端の席に座り、搭乗を待つ。
    機体は既にゲート前に到着しているが、まだ航空会社の人はゲート前にはいない。

    程なく、航空会社の人達がゲート前に現れ、手続きの準備を行っている。時刻は13時35分前である。
    もう少しで搭乗開始である。
    13時40分、定刻に搭乗が開始される。我々は列に並ばず、少し搭乗客が減るのを席で待った。
    搭乗に並ぶ列が短くなったところで、席を立ち、列の最後尾に並ぶ。

  • <帰り便のアシアナ航空:OZ114便><br />搭乗口を抜け、機内に入る。機内は2つの通路があり、両側に2人掛けの席が、真ん中に3人掛けの席がある1列7人掛けのA330-300型の機体である。我々は2人掛けの席である。<br />いつもの様に冨田君が窓側、私が通路側の席に座る。<br />我々が席に着き、程なくして全員の搭乗が完了し、機体がゆっくりと後進を始める。<br />後進が止まり、今度は右に曲がりながら、ゆっくりと前進を開始する。機体は非常にゆっくりと仁川国際空港内を移動する。暫く、空港内を移動していた機体が大きくUターンをして停止する。<br />そして、再び動き出すとエンジン音を上げ、加速を開始し、滑走路を走り出す。<br />ほぼ定刻に無事、仁川国際空港を離陸した。後は関西空港を目指すだけである。<br />このA330-300型の機体は席ひとつひとつにモニターが付いている。空港を飛び立った機体の飛行経路図が映し出されている。機体は15分程上昇を続け、安定飛行に入る。<br />シートベルト着用のサインも消え、CAが慌しく動き始める。<br />多分、機内食の準備を始めているのである。それから間もなくして、機内食が配られた。<br />配られた機内食は行きと同じ、サンドウィッチである。<br /><OZ114便の機内食:仁川国際空港~関西国際空港><br /> ①サンドウィッチ<br />(ハム、チーズ、きゅうり、ピクルス、トマトなどサンドされたもの。パンはパイ生地のパン)<br /> ②オレンジジュース<br /> ③ミネラル水<br /> ④珈琲<br />先程、食事をしたところなのでお腹は空いていないが、中華風カツレツよりも食べ易く、完食する。<br />  <br />モニターの飛行経路を見ると、既に壱岐上空を過ぎ、島根に差し掛かっていた。<br />お膳を片付けられると、今度はCAが日本の税関申告書を配り始めた。<br />これを受け取り、私は書かないで、そのまま寝る体制に入る。体力回復の為にも少しでも寝ておきたい。<br />直ぐに寝てしまい、関西空港に着陸した衝撃で目が覚めた。今回は耳の痛みも起こらなかった。<br />着陸した機体は関西空港内を移動し、比較的早くターミナルに到着した。<br />機体が停止し、乗客が席を立つ。私も荷物を下ろす為に席を立ち、手探りで荷物を取る。<br />機体停止後、数分で乗客が降り始める。非常にスムースである。<br /><br />今回の旅行はここまで!

    <帰り便のアシアナ航空:OZ114便>
    搭乗口を抜け、機内に入る。機内は2つの通路があり、両側に2人掛けの席が、真ん中に3人掛けの席がある1列7人掛けのA330-300型の機体である。我々は2人掛けの席である。
    いつもの様に冨田君が窓側、私が通路側の席に座る。
    我々が席に着き、程なくして全員の搭乗が完了し、機体がゆっくりと後進を始める。
    後進が止まり、今度は右に曲がりながら、ゆっくりと前進を開始する。機体は非常にゆっくりと仁川国際空港内を移動する。暫く、空港内を移動していた機体が大きくUターンをして停止する。
    そして、再び動き出すとエンジン音を上げ、加速を開始し、滑走路を走り出す。
    ほぼ定刻に無事、仁川国際空港を離陸した。後は関西空港を目指すだけである。
    このA330-300型の機体は席ひとつひとつにモニターが付いている。空港を飛び立った機体の飛行経路図が映し出されている。機体は15分程上昇を続け、安定飛行に入る。
    シートベルト着用のサインも消え、CAが慌しく動き始める。
    多分、機内食の準備を始めているのである。それから間もなくして、機内食が配られた。
    配られた機内食は行きと同じ、サンドウィッチである。
    <OZ114便の機内食:仁川国際空港~関西国際空港>
     ①サンドウィッチ
    (ハム、チーズ、きゅうり、ピクルス、トマトなどサンドされたもの。パンはパイ生地のパン)
     ②オレンジジュース
     ③ミネラル水
     ④珈琲
    先程、食事をしたところなのでお腹は空いていないが、中華風カツレツよりも食べ易く、完食する。

    モニターの飛行経路を見ると、既に壱岐上空を過ぎ、島根に差し掛かっていた。
    お膳を片付けられると、今度はCAが日本の税関申告書を配り始めた。
    これを受け取り、私は書かないで、そのまま寝る体制に入る。体力回復の為にも少しでも寝ておきたい。
    直ぐに寝てしまい、関西空港に着陸した衝撃で目が覚めた。今回は耳の痛みも起こらなかった。
    着陸した機体は関西空港内を移動し、比較的早くターミナルに到着した。
    機体が停止し、乗客が席を立つ。私も荷物を下ろす為に席を立ち、手探りで荷物を取る。
    機体停止後、数分で乗客が降り始める。非常にスムースである。

    今回の旅行はここまで!

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