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イストラ半島の最南端の港町プーラは、古代ローマ時代から発達してきた街で、東ローマ帝国、ベネチア、ナポレオン、オーストリア・ハンガリー帝国などの支配を受けてきた歴史があります。旧市街に円形劇場やアウグストゥス神殿など古代ローマ時代の遺跡がしっかりと保存されていることでも有名です。旧市街は狭い通りを挟んで中世及びルネサンス期の建物が軒を連ね、ローマ時代から使われてきた敷石の小道が現在もほぼそのまま使われています。<br />5月中旬にレンタカーでプーラを訪問しました。旧市街入り口にある円形劇場前の駐車場に車を停めて、旧市街を観光しました。歴史のある美しい港町ですが、観光客は少な目で、静かで落ち着いた感じでした。騒々しい東洋系の団体観光客もいないので、喧噪感はありません。2000年ほど前に建造された古代ローマ時代の建造物が現代のプーラと調和して、存在感をアピールしていました。素敵な港町プーラです。

イストラ半島南端の歴史ある町プーラ

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2019/05/17 - 2019/05/17

53位(同エリア76件中)

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AandMさん

イストラ半島の最南端の港町プーラは、古代ローマ時代から発達してきた街で、東ローマ帝国、ベネチア、ナポレオン、オーストリア・ハンガリー帝国などの支配を受けてきた歴史があります。旧市街に円形劇場やアウグストゥス神殿など古代ローマ時代の遺跡がしっかりと保存されていることでも有名です。旧市街は狭い通りを挟んで中世及びルネサンス期の建物が軒を連ね、ローマ時代から使われてきた敷石の小道が現在もほぼそのまま使われています。
5月中旬にレンタカーでプーラを訪問しました。旧市街入り口にある円形劇場前の駐車場に車を停めて、旧市街を観光しました。歴史のある美しい港町ですが、観光客は少な目で、静かで落ち着いた感じでした。騒々しい東洋系の団体観光客もいないので、喧噪感はありません。2000年ほど前に建造された古代ローマ時代の建造物が現代のプーラと調和して、存在感をアピールしていました。素敵な港町プーラです。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
4.0
交通
4.0
同行者
カップル・夫婦
交通手段
レンタカー 徒歩
航空会社
オーストリア航空
旅行の手配内容
個別手配
  • 5月17日<br />ロヴィニのホテルをチェックアウトして、21号線を南に走り、イストラ半島最南端の港町プーラを目指します。道路は空いているので、快調です。天気も快晴で、快適なプーラ観光になりそうです。

    5月17日
    ロヴィニのホテルをチェックアウトして、21号線を南に走り、イストラ半島最南端の港町プーラを目指します。道路は空いているので、快調です。天気も快晴で、快適なプーラ観光になりそうです。

  • プーラを示す標識が見えました。次の分岐で21号線を離れてプーラ旧市街に向かいます。

    プーラを示す標識が見えました。次の分岐で21号線を離れてプーラ旧市街に向かいます。

  • 北側からプーラに近づくと、最初に目に入るのは円形劇場(円形競技場、Amfiteatar u Puli)です。競技場の横に広い駐車場(Parking Karolina)があったので、ここに車を置いて、プーラ旧市街観光に向かうことにしました。

    北側からプーラに近づくと、最初に目に入るのは円形劇場(円形競技場、Amfiteatar u Puli)です。競技場の横に広い駐車場(Parking Karolina)があったので、ここに車を置いて、プーラ旧市街観光に向かうことにしました。

  • 駐車場に隣接している円形競技場を見学します。古代ローマ時代に建造された競技場ですが、外形が建設当時とほぼ同じ状態で保たれているのには驚かされました。ローマ時代建造の競技場はギリシャやイタリアなどにもありますが、保存状態はこれほど良好ではありません。入場料(50Kn/大人)を払って内部を見学することにしました。

    駐車場に隣接している円形競技場を見学します。古代ローマ時代に建造された競技場ですが、外形が建設当時とほぼ同じ状態で保たれているのには驚かされました。ローマ時代建造の競技場はギリシャやイタリアなどにもありますが、保存状態はこれほど良好ではありません。入場料(50Kn/大人)を払って内部を見学することにしました。

    円形劇場 劇場・ホール・ショー

  • 円形競技場の内部です。

    円形競技場の内部です。

    円形劇場 劇場・ホール・ショー

  • 修復の跡もありますが、ほぼ建設当時の状態の石組が保たれているようです。日本と違って地震が無いのも保存状態が良い理由だろうと思います。

    修復の跡もありますが、ほぼ建設当時の状態の石組が保たれているようです。日本と違って地震が無いのも保存状態が良い理由だろうと思います。

    円形劇場 劇場・ホール・ショー

  • 1世紀に建設された当時、円形競技場では剣闘士の戦いなどが行われていたそうです。今日でも保存状態が良いので、コンサートなどで円形劇場が使用され、約5000人を収容可能とのことです。

    1世紀に建設された当時、円形競技場では剣闘士の戦いなどが行われていたそうです。今日でも保存状態が良いので、コンサートなどで円形劇場が使用され、約5000人を収容可能とのことです。

  • 円形競技場の観客席の横に昼顔が咲いていました。古代ローマ時代も、恐らく、この花が咲いていたことでしょう。

    円形競技場の観客席の横に昼顔が咲いていました。古代ローマ時代も、恐らく、この花が咲いていたことでしょう。

  • 円形競技場には発掘品を展示した小さな博物館や発掘品レプリカを売るお土産物店もありました。古代ローマ時代の歴史に接することができる場所でした。

    円形競技場には発掘品を展示した小さな博物館や発掘品レプリカを売るお土産物店もありました。古代ローマ時代の歴史に接することができる場所でした。

    円形劇場 劇場・ホール・ショー

  • 競技場を出て旧市街中心部に向かいます。<br />海岸沿いにあるチトー公園です。遊具が整備され、地元の家族連れが公園内で遊んでいました。林越しに港の見える楽しい公園です。

    競技場を出て旧市街中心部に向かいます。
    海岸沿いにあるチトー公園です。遊具が整備され、地元の家族連れが公園内で遊んでいました。林越しに港の見える楽しい公園です。

    チトー公園 広場・公園

  • チトー公園内に円形のオブジェがあり、年配の方々が周囲を取り囲んでいました。オブジェはプーラ旧市街を彫り込んだ銅彫盤で、噴水になっていました。銅彫盤を見るとプーラ旧市街の概要を把握することができます。興味深くて役に立つオブジェだと思います。

    チトー公園内に円形のオブジェがあり、年配の方々が周囲を取り囲んでいました。オブジェはプーラ旧市街を彫り込んだ銅彫盤で、噴水になっていました。銅彫盤を見るとプーラ旧市街の概要を把握することができます。興味深くて役に立つオブジェだと思います。

    チトー公園 広場・公園

  • 少し進むと大きな錨がありました。プーラは古くから港町として発展してきた街ですので、錨が象徴として公園に置いてあるのも理解できます。

    少し進むと大きな錨がありました。プーラは古くから港町として発展してきた街ですので、錨が象徴として公園に置いてあるのも理解できます。

  • 高い鐘楼がある小さな広場にやって来ました。右手の建物はプーラ大聖堂(Cathedral of the Assumption of the Holy Virgin)で、5世紀のローマ時代に建造されています。第2次世界大戦で壊された大聖堂は1947年に大改修が行われ、今日に至っています。歴史の苦難を経験している大聖堂です。

    高い鐘楼がある小さな広場にやって来ました。右手の建物はプーラ大聖堂(Cathedral of the Assumption of the Holy Virgin)で、5世紀のローマ時代に建造されています。第2次世界大戦で壊された大聖堂は1947年に大改修が行われ、今日に至っています。歴史の苦難を経験している大聖堂です。

    Cathedral of the Assumption of the Holy Virgin 寺院・教会

  • 20世紀に大改修が行われていますが、外見は中世時代の形状がそのまま再現されています。

    20世紀に大改修が行われていますが、外見は中世時代の形状がそのまま再現されています。

    Cathedral of the Assumption of the Holy Virgin 寺院・教会

  • 内部は比較的質素で、他の大聖堂のような煌びやかさはありません。主祭壇下には5人の聖人の石棺が保存されているそうです。

    内部は比較的質素で、他の大聖堂のような煌びやかさはありません。主祭壇下には5人の聖人の石棺が保存されているそうです。

  • 旧市街の中の狭い石畳通路を通って、小さな半島の先端部に向かいます。

    旧市街の中の狭い石畳通路を通って、小さな半島の先端部に向かいます。

  • 旧市街中心であるフォロ広場(Forum Square)です。ここにはプーラ市庁舎、観光案内所、アウグストゥス神殿やレストランなどが立ち並び、まさにプーラ観光の中心でもあります。小さな広場ですが、広場が開設されたのは紀元前1世紀で、それ以降、古代-中世-現代に至るまでプーラの中心として行政、宗教、商業などで市民生活の中心的役割を果たしてきた場所です。

    旧市街中心であるフォロ広場(Forum Square)です。ここにはプーラ市庁舎、観光案内所、アウグストゥス神殿やレストランなどが立ち並び、まさにプーラ観光の中心でもあります。小さな広場ですが、広場が開設されたのは紀元前1世紀で、それ以降、古代-中世-現代に至るまでプーラの中心として行政、宗教、商業などで市民生活の中心的役割を果たしてきた場所です。

    フォロ広場 広場・公園

  • 広場のレストランメニューです。ピザやスパゲッティーは40-60Kn(600-1000円)ですが、シーフード盛り合わせは300-400Kn(4500-7000円)で価格に幅がありますが、メニュー種類は多彩です。

    広場のレストランメニューです。ピザやスパゲッティーは40-60Kn(600-1000円)ですが、シーフード盛り合わせは300-400Kn(4500-7000円)で価格に幅がありますが、メニュー種類は多彩です。

  • プーラ市庁舎です。中世時代の建物が、現在もそのまま使われています。

    プーラ市庁舎です。中世時代の建物が、現在もそのまま使われています。

    市民会館 建造物

  • 広場に面して立っているアウグストゥス神殿で、初代ローマ皇帝アウグストゥスを讃えてBC2-AD4年に建造されています。以降、教会や穀物貯蔵庫として活用され、現在は古代ローマ時代の石碑や像の展示施設になっています。<br />入口の内側で学生アルバイトの係員が手持無沙汰で椅子に座っていました。入場料を払って内部を見学しました。

    広場に面して立っているアウグストゥス神殿で、初代ローマ皇帝アウグストゥスを讃えてBC2-AD4年に建造されています。以降、教会や穀物貯蔵庫として活用され、現在は古代ローマ時代の石碑や像の展示施設になっています。
    入口の内側で学生アルバイトの係員が手持無沙汰で椅子に座っていました。入場料を払って内部を見学しました。

    アウグストゥス神殿 史跡・遺跡

  • この地で発掘された品々が展示されていました。大理石の器で、紀元1-2世紀の作品です。

    この地で発掘された品々が展示されていました。大理石の器で、紀元1-2世紀の作品です。

  • 彫像の一部で「跪く奴隷」と表示されていました。紀元1世紀に造られた彫像です。

    彫像の一部で「跪く奴隷」と表示されていました。紀元1世紀に造られた彫像です。

  • ブロンズ像も紀元1―2世紀の作品です。古代ローマ時代に造られたもので、フォロ広場で発掘された像です。

    ブロンズ像も紀元1―2世紀の作品です。古代ローマ時代に造られたもので、フォロ広場で発掘された像です。

  • 大理石の頭部像で、イタリアのローマの遺跡にもこのような像は沢山あったように記憶します。プーラが古代ローマ文明圏の一部であったことを示す発掘品です。

    大理石の頭部像で、イタリアのローマの遺跡にもこのような像は沢山あったように記憶します。プーラが古代ローマ文明圏の一部であったことを示す発掘品です。

  • これは石棺の文様です。

    これは石棺の文様です。

  • 1世紀の初め頃に造られた、と書かれていました。

    1世紀の初め頃に造られた、と書かれていました。

    アウグストゥス神殿 史跡・遺跡

  • 昔のアウグストゥス神殿の写真が展示されていました。1760-1780年頃の様子を写したものですが、神殿前に階段があるなど今日の状態とは多少違っていることが分かります。<br />右側に一部が写っている建物は、市庁舎であることがアーチの形状や2階の窓の形などから分かります。市庁舎は300年以上の昔から外見が殆ど変化していないことが分かりました。誠に興味深い昔の写真です。

    昔のアウグストゥス神殿の写真が展示されていました。1760-1780年頃の様子を写したものですが、神殿前に階段があるなど今日の状態とは多少違っていることが分かります。
    右側に一部が写っている建物は、市庁舎であることがアーチの形状や2階の窓の形などから分かります。市庁舎は300年以上の昔から外見が殆ど変化していないことが分かりました。誠に興味深い昔の写真です。

  • 旧市街の通りを進みます。

    旧市街の通りを進みます。

  • 小さな古風な礼拝堂がありました。

    小さな古風な礼拝堂がありました。

    セント メアリー フォルモサ教会 寺院・教会

  • 礼拝堂前のパネルに、セント メアリー フォルモサ教会があったことが説明されていました。<br />ここには6世紀に建造されたベネディクト会修道院である聖バジリカ大聖堂があり、鐘楼も建てられていました。大聖堂は長さ32m、幅19mの大きさで、大理石レリーフ、絵画、床モザイクなどで飾られた壮大な大聖堂であったそうです。説明パネルには大聖堂の絵も示されていました。16世紀に大聖堂の殆どが破壊され、現在は聖マリア・フォルモッサ礼拝堂として、一部だけが残されています。「昔の栄華今いずこ」を感じさせてくれる教会遺跡です。

    礼拝堂前のパネルに、セント メアリー フォルモサ教会があったことが説明されていました。
    ここには6世紀に建造されたベネディクト会修道院である聖バジリカ大聖堂があり、鐘楼も建てられていました。大聖堂は長さ32m、幅19mの大きさで、大理石レリーフ、絵画、床モザイクなどで飾られた壮大な大聖堂であったそうです。説明パネルには大聖堂の絵も示されていました。16世紀に大聖堂の殆どが破壊され、現在は聖マリア・フォルモッサ礼拝堂として、一部だけが残されています。「昔の栄華今いずこ」を感じさせてくれる教会遺跡です。

    セント メアリー フォルモサ教会 寺院・教会

  • 聖マリア・フォルモッサ礼拝堂の隣に小さな広場(ダンテ広場)がありました。中央に噴水と植え込みのあるお洒落な広場です。周囲にはレストランや教会があり、小さい割には沢山の人が訪れていました。雰囲気が良いので、多くの人が気に入っているようでした。

    聖マリア・フォルモッサ礼拝堂の隣に小さな広場(ダンテ広場)がありました。中央に噴水と植え込みのあるお洒落な広場です。周囲にはレストランや教会があり、小さい割には沢山の人が訪れていました。雰囲気が良いので、多くの人が気に入っているようでした。

    Piazza Dante Alighieri 広場・公園

  • ダンテ広場に面して立っていたカトリック教会(Crkva Svete Marije od Milosrđa)です。

    ダンテ広場に面して立っていたカトリック教会(Crkva Svete Marije od Milosrđa)です。

  • 内部は装飾も少なく、落ち着いた感じでした。旧市街の静かな祈りの場です。

    内部は装飾も少なく、落ち着いた感じでした。旧市街の静かな祈りの場です。

  • ダンテ広場を後にして、旧市街町中を北に向かって進みました。交差点にあったクラシカルな建物の1階はお店になっています。古い建物の外見はそのまま残して、内部が近代的に改装されていました。プーラでは旧市街の景観を保つ努力が継続されています。

    ダンテ広場を後にして、旧市街町中を北に向かって進みました。交差点にあったクラシカルな建物の1階はお店になっています。古い建物の外見はそのまま残して、内部が近代的に改装されていました。プーラでは旧市街の景観を保つ努力が継続されています。

  • 中世宮殿のように見える建物が、街中にさりげなく存在していました。観光地図に特段の説明もありませんので、この建物は普通住居として使われているようです。

    中世宮殿のように見える建物が、街中にさりげなく存在していました。観光地図に特段の説明もありませんので、この建物は普通住居として使われているようです。

  • 旧市街中心部の街中にあるセルギウスの凱旋門(Slavoluk Sergijevaca)です。<br />この門は、紀元前31年にあったアクチウムの海戦を記念して、当時この地の有力者であったセルギウス家が資金提供して造った門で、黄金の装飾がされていたことから別名「黄金の門」とも呼ばれています。アクチウム海戦はクレオパトラとアントニウスの連合軍とオクタヴィアヌス軍の戦いで、オクタヴィアヌス軍が勝利した古代ローマ時代の有名な海戦です。高校時代に世界史で勉強して記憶していた海戦ですので、海戦にちなむ古代ローマ時代建造の石門にプーラで出会って、感激しました。<br />門の表面を飾っていた黄金は残っていませんが、見事な石門で見応えがあります。

    旧市街中心部の街中にあるセルギウスの凱旋門(Slavoluk Sergijevaca)です。
    この門は、紀元前31年にあったアクチウムの海戦を記念して、当時この地の有力者であったセルギウス家が資金提供して造った門で、黄金の装飾がされていたことから別名「黄金の門」とも呼ばれています。アクチウム海戦はクレオパトラとアントニウスの連合軍とオクタヴィアヌス軍の戦いで、オクタヴィアヌス軍が勝利した古代ローマ時代の有名な海戦です。高校時代に世界史で勉強して記憶していた海戦ですので、海戦にちなむ古代ローマ時代建造の石門にプーラで出会って、感激しました。
    門の表面を飾っていた黄金は残っていませんが、見事な石門で見応えがあります。

    セルギ通り 散歩・街歩き

  • ヘラクレス門です。プーラ市街に出入りする10個の門のうちの一つで、今日まで残されている貴重なローマ時代の遺跡です。アーチ状石の中央部にヘラクレスの頭部彫像があったそうですが、現在は殆ど破壊されていますので、ヘラクレスであることを認識できませんでした。

    ヘラクレス門です。プーラ市街に出入りする10個の門のうちの一つで、今日まで残されている貴重なローマ時代の遺跡です。アーチ状石の中央部にヘラクレスの頭部彫像があったそうですが、現在は殆ど破壊されていますので、ヘラクレスであることを認識できませんでした。

    ヘラクレス門 建造物

  • ヘラクレス門の横に銅像が建っていました。ローマ文明研究に貢献した歴史学者かな、と思いましたが、違いました。調べてみたら、リーノ・マリアーニ(Lino Mariani, 1915-1947)というクロアチアの音楽家で、プーラを拠点にした音楽倶楽部を創設した方でした。古代ローマとの関係は無いようです。

    ヘラクレス門の横に銅像が建っていました。ローマ文明研究に貢献した歴史学者かな、と思いましたが、違いました。調べてみたら、リーノ・マリアーニ(Lino Mariani, 1915-1947)というクロアチアの音楽家で、プーラを拠点にした音楽倶楽部を創設した方でした。古代ローマとの関係は無いようです。

  • 双子門、ツインゲートと呼ばれるローマ時代建造の門です。今日までプーラに残されている10個の門の一つです。2つの門を連ねた構造は大変珍しいと思います。

    双子門、ツインゲートと呼ばれるローマ時代建造の門です。今日までプーラに残されている10個の門の一つです。2つの門を連ねた構造は大変珍しいと思います。

    ツインゲート 建造物

  • 北に進むと、少し広めの手入れが行き届いた公園がありました。キング ペトラ クレシミラ パークで、市民の憩いの場になっています。木陰も多いので、旧市街観光の休憩用にも適当だろうと思います。

    北に進むと、少し広めの手入れが行き届いた公園がありました。キング ペトラ クレシミラ パークで、市民の憩いの場になっています。木陰も多いので、旧市街観光の休憩用にも適当だろうと思います。

    キング ペトラ クレシミラ パーク 広場・公園

  • 旧市街の主要な通りに案内標識が出ているので、誠に便利です。ここは海岸に面した広いチトー公園です。

    旧市街の主要な通りに案内標識が出ているので、誠に便利です。ここは海岸に面した広いチトー公園です。

    チトー公園 広場・公園

  • チトー公園で港に面した箇所に彫像や石碑が建てられていました。いずれもファシスト軍と戦った歴史を表したもので、1950年代のクロアチアが共産圏であった時代に造られたものです。<br />共産圏時代の彫像やオブジェには特徴があるように思います。クロアチア以外の東欧諸国でも類似の彫像などが沢山ありました。ヨーロッパには多くの国があり民族も多様で歴史文化にはそれぞれの特長が感じられますが、共産圏時代に造られた彫像にはそれが感じられません。チトー公園にある像ですが、千キロ以上離れたモスクワにあっても驚かされません。共産主義の影響でしょうか、画一化の印象があります。

    チトー公園で港に面した箇所に彫像や石碑が建てられていました。いずれもファシスト軍と戦った歴史を表したもので、1950年代のクロアチアが共産圏であった時代に造られたものです。
    共産圏時代の彫像やオブジェには特徴があるように思います。クロアチア以外の東欧諸国でも類似の彫像などが沢山ありました。ヨーロッパには多くの国があり民族も多様で歴史文化にはそれぞれの特長が感じられますが、共産圏時代に造られた彫像にはそれが感じられません。チトー公園にある像ですが、千キロ以上離れたモスクワにあっても驚かされません。共産主義の影響でしょうか、画一化の印象があります。

    チトー公園 広場・公園

  • プーラのヨットハーバー(ACI marina Pula)です。沢山の小型船やヨットが停泊していました。観光客向けのボートや遊覧船はここにはありません。

    プーラのヨットハーバー(ACI marina Pula)です。沢山の小型船やヨットが停泊していました。観光客向けのボートや遊覧船はここにはありません。

    ACI マリーナ ビーチ・海

  • ヨットハーバーの隣のプーラ港に遊覧船が停泊していました。ここからイタリアのベニスなどを往復するフェリーも運行されています。プーラ港はイタリアからイストラ半島への出入り口として、古代ローマ時代から使われてきた歴史のある港です。

    ヨットハーバーの隣のプーラ港に遊覧船が停泊していました。ここからイタリアのベニスなどを往復するフェリーも運行されています。プーラ港はイタリアからイストラ半島への出入り口として、古代ローマ時代から使われてきた歴史のある港です。

  • プーラ旧市街をぐるりと巡って、駐車場に戻ってきました。これからリエカを経由してクロアチアの首都ザグレブまで約300kmを移動します。レンタカーに乗り込んで出発です。

    プーラ旧市街をぐるりと巡って、駐車場に戻ってきました。これからリエカを経由してクロアチアの首都ザグレブまで約300kmを移動します。レンタカーに乗り込んで出発です。

  • プーラ旧市街を出て北に向かって走り、リエカに向かう66号線に入ります。ここは有料道路の入口で、ゲートがありました。利用方法は日本の有料高速道路と同じです。ゲートで券を受け取って、高速の出口で料金を支払います。支払いは、現金(クーナ)でもクレジットカードでも可能です。天候も良く道路も空いていますので、ザグレブまで300kmの長距離ですが、快適なドライブが楽しめそうです。

    プーラ旧市街を出て北に向かって走り、リエカに向かう66号線に入ります。ここは有料道路の入口で、ゲートがありました。利用方法は日本の有料高速道路と同じです。ゲートで券を受け取って、高速の出口で料金を支払います。支払いは、現金(クーナ)でもクレジットカードでも可能です。天候も良く道路も空いていますので、ザグレブまで300kmの長距離ですが、快適なドライブが楽しめそうです。

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