2019/07/06 - 2019/07/07
134位(同エリア422件中)
はぴさん
2005年、ボスニア・ヘルツェゴビナ初の世界遺産に登録されたスタリ・モスト(古い橋)は、16世紀オスマン帝国時代に作られましたが、内紛中の1993年にクロアチア系の民兵によって破壊されてしまいました。停戦後すぐに復興計画が持ち上がり、2004年に完成、今では観光客で賑わっています。この美しいネトレヴァ川も内戦の目撃者であるのです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 3.0
-
朝一の電車でサラエボからモスタルに向かいます。
7時15分サラエボ発の電車を日本から予約(2018年からオンライン予約出来るようになった)していたので、余裕を持って6時半頃にバシチャルシア発のトラムに乗ります。
1番のトラムなら駅まで行くのですが、本数の多い3番トラムだと途中で降りて歩かなければなりません。旧ホリデーインの黄色いビルを通過したら最初の駅で降り、画像の高いタワーに向かって歩いて行くと左手に駅があります。 -
社会主義っぽい雰囲気のシンプルな駅ですね。意外と大きいです。
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画像正面奥が窓口です。
オンライン予約は出来たものの、15分前には窓口に行ってチケットと引き換えるように、とメールにあったので、そのメールをプリントアウトして行きました。が、オンライン担当の係員がなかなか現れません。当日の切符を買う列から外され、横で待たされているうちに、当日購入の人達がどんどん先に去って行きます(笑)
7時直前になってようやく担当者現れ、手書きのチケットを入手しました。 -
それがこれです。何て書いてあるかほとんどわからず。。。
Kolaっていうのが何両目か、って事だけあとでわかりました。
途中で切符チェックがあるので無くさないようにしましょう。 -
車窓から。
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車輌はなかなか綺麗です。携帯電話も充電出来ました。
席は決められた車輌内の空いているところに座る方式で、早い者勝ちです。
ホームにはエスカレーターなどはないので、荷物は自力で運ばなければなりません。
荷物が重い方にはバスをオススメします。料金は電車の方が安いです。不思議。 -
7時15分サラエボ発だったはずですが、30分遅れで出発。
それでも10時頃モスタル駅に到着しました。電車を降りた途端に、ものすごい熱気。
サラエボより相当暑いです。 -
駅から宿まで歩いている途中こんな建物が。もともとはモールだったそうです。
1981年に聖母マリアの姿を見かけた少年がいる、とかいう話があるそうですが・・・それにしてはちょっと怖い雰囲気。 -
銃弾の跡がはっきりと残されたままです。
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お土産物屋さんが出てきました。今日の宿はこの辺りのはず。
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赤い看板の、Pansion Bubamara Mostarが今回お世話になる宿。
レセプション的なものが存在せず、2階と3階に部屋があるだけの様子。うろうろしているところに関係者らしき人が。チェックインまでスーツケース預けたいんだけど、と言うと、彼はここは安全だから、と私のスーツケースを車にしまいました。それメチャメチャ暑くなるところだよねぇ、まあいっか。出かけてきまーす。 -
チェックインしないと宿のトイレは使えないようなので、早速マーケット近くの公共トイレに。有料で1マルクですが、洋式でとても綺麗です。
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マーケット。果物美味しそうだけど、1人じゃ食べきれないからなぁ。
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個人で作っているお酒も売られているようです。
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飲食街。日差しがすごいので軒下を歩きます。
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見えてきました!
これが「スタリ・モスト」(古い橋)です。 -
スタリ・モストを渡る前に、17世紀に作られたモスク、Koski Mehmed Pasina dzamijaのミナレット(尖塔)に登って眺望を楽しみたいと思います。
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人がすれ違えないくらいの細い階段なので、混み合ったらどうするんだろう。。。
幸い私が登った時はあまり人がいなかったので良かったのですが。
人が来ないうちにと、焦って一気に登ったら、足ガクガクになりました。 -
頑張って登って良かった~!
正面の橋がスタリ・モストです。
古い橋という意味のStari Most(スタリ・モスト)は、オスマン帝国統治時代の1557年、スレイマン1世の命により作られました。
長さ30m、幅8m、川面からの高さ24m。
橋の両端には防衛のための要塞化された塔が備わっています。
橋の西側にはクロアチア系(カトリック教徒)、東側にはイスラム系住民が住んでいて、長い間その橋を行き来して共存していたそうです。
基本的にボスニア紛争は、カトリック系のクロアチア勢、正教系のセルビア勢、イスラム系の三つ巴の戦いなのですが、
ここMostarではまず少数派であったセルビア人を迫害、追放、虐殺…
共通の敵を失い、また他の地域から大量に流れ込んできたイスラム系に危機をかんじたクロアチア勢はイスラム系に強制退去を命じ、それでもなお残っているイスラム系を総攻撃したのです。
1993年11月9日、クロアチア系のカトリック民兵が、この橋を破壊してしまいました。しかし停戦後、モスタルの人々はすぐに街のシンボルであるこの橋の復興に着手したのです。
そして2004年6月23日に復興完了、ユネスコ世界遺産に登録されました。
今では観光客であふれているこの場所ですが、破壊されたのはたった26年前の事なのです。
ある意味サラエボより小さな街であるため、傷跡が生々しく残っている場所はたくさんあります。是非歴史をさらった上で見ていただきたい場所です。 -
反対側もなんと美しい。。。
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Koski Mehmed Pasina dzamija は大きく豪華なモスクではありませんが、可愛らしい内装です。
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橋の手前はお土産物屋さんでびっしり。
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あまりの暑さにダルダルです。いろんな国の観光客が来てるって言うのになんて無防備な。それだけ今は平和って事でしょうか。
いつもこの時期は40℃超えだけど、今は38℃だからラッキーだねー、とローカルの人に言われました笑 -
スタリ・モストからの眺めです。
今まで綺麗な海を見たことは何度かありますが、こんなに綺麗な川を見たのは初めてです。 -
橋から飛び降りるパフォーマンス。観光客用だと思いますが、タイミング良く見ることができました。
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西のクロアチア側から。
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モスタルでの一食目。
トラディショナルな物で、サルマ(ひき肉を葉っぱで巻いて煮込んだもの)にマッシュポテトが乗っています。この煮汁が美味しくて、パンを浸して食べてしまいます。
ブランチだけど、これだけ暑かったらビールでしょう。
もちろんモスタルのローカルビール。 -
橋の上も下も観光客でいっぱいです。
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ものすごい透明度!
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橋の西側はクロアチアサイドなので、カトリックの教会があります。
Sveti Petar i Pavao
高くそびえるベルタワーに登ることに。あれ?また登る?? -
真ん中あたりまではエレベーターですが、後半は階段になります。
さっきモスクのミナレット登って、すでに足ガクガクなのに。。。 -
South east Europeでは一番高いベルタワーと書いてありました。
ん? South east Europeって。。。
いわゆるバルカン半島とちょっと上のハンガリー、ルーマニア辺りまでを指すようです。 -
眺望スペースは地上75メートル。
サラエボもそうでしたが、ここモスタルも山に囲まれた地形の町です。 -
この値段設定おかしくないですか?
コーヒー、ビール、ワイン、全て1.5euro??
ビールの誘惑に負けず、次の目的地へ向かいます。
ちなみに2019年現在、モスタルでは1euro=2マルクと言うざっくりした計算でお金のやり取りをしています。10マルクの物を買うのに10euro支払うと、10マルクのお釣りをくれます。時々現地の人も混乱して間違うので、お釣りには気をつけましょう。 -
道沿いに、崩落寸前の建物が出てきました。
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どんどん凄まじいことに。。
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この新しくて綺麗な建物は学校だそうです。
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次の目的地はここ、スナイパータワーです。
明確に場所がわかっていた訳ではありませんでしたが、その雰囲気からすぐにこれだとわかりました。外から見ても、右手の階段がむき出しなのがわかります。 -
入り口は特になんの表示もありません。誰でも勝手に出入りできる状態です。
ガラスの破片などもそのまま残っています。 -
外から見えていたむき出しの階段です。これを7階まで登ります。もういろんな意味で足ガクガクです。
あくまでも自己責任なので、誰にでもオススメはできません。日本だったら確実にkeep outです。でもここまで来たからには自分の目で見たくなってしまいますね。 -
最上階から見た街です。ボロボロになっている建物はおそらく射程距離ですね。
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正面には、この穴からスナイパーに攻撃されたであろう廃墟が。。
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'LIVE OR DIE'
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ハシゴを使って屋上まで登りました。確かに、ここからは完全に町がぐるりと一望できます。
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壁には色々なメッセージが。
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スナイパータワー前の道にも銃弾の大きな穴がそのままに。
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元は町のシンボルとして機能していた銀行だったそうです。他に高い建物がなかったため、便利にスナイパーに占拠されてしまったのでしょう。
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この界隈はかなり酷い状態で放置されている建物がいくつもあります。
取り壊すにもお金がかかるのでしょうね。 -
あまりの暑さと凄惨な状況を目の当たりにして、ちょっと具合悪くなって来ました。
そろそろチェックインできる時間だし、宿に戻ってひと休み。 -
あぶないあぶない、お昼寝で寝過ごすところでした。サラエボへ戻る足を予約しなくては。
電車で来たので、帰りはバス、って事でバスターミナルへ。駅のすぐ隣にあります。
日付と行き先を告げると、タイムテーブルを見せてくれました。7時モスタル発~9時45分サラエボ着のバスを予約しました。 -
お昼寝で体力復活したので再び町歩き。
橋より東側はイスラム系と言う事で、モスクがあります。 -
破壊された建物を修復している途中のようです。
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街中にはいくつかこのような石碑が置かれています。
二度と内戦を起こさぬように、あの惨事を忘れないで、と言うメッセージですね。 -
この後、Museum of War and Genocide Victims1992-1995に行きました。
サラエボにも同様のものがあるのですが、被害が大きかったこのモスタルのミュージアムにも行くべきかと思ったのです。内戦中の生々しい映像、まさにスタリモストが崩れ落ちる瞬間や、襲撃シーンもありました。妊娠中に亡くなった人の体内写真、スレブレニツァの虐殺に関する資料、またジェノサイドの戦犯として裁かれた人達の罪状と写真など、かなりリアルなもので、精神的にちょっと参りました。でも、現実から目をそらしてはいけないと思います。(画像とミュージアムは関係ありません)
22時までの営業ですので、モスタルに宿泊される方にはオススメしたいところです。 -
日が傾いてくると、お土産物屋さん
の銅器に光が当たってとても綺麗です。 -
夜のスタリモストも素敵です。
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宿のお兄ちゃんがオススメしてくれたお店、Hindin Hanでディナーにしました。
暑さとジェノサイドミュージアムの衝撃で、あまり食べられないかなと思い、軽めにイカを頼んだのですが、ガーリックが効いていてとても美味しくすっかり元気に!なかなかの人気店のようで、遅い時間ですが混んでいます。 -
このグラスワインの量は正解なのでしょうか?
遅い時間だから、サービス?? -
川ぞいにレストランがたくさんあります。
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スタリモストはツルツルした素材で出来ているので実は歩きにくいのです笑
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モスタルでのモーニングボスニアンコーヒー。2マルク。
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モスタル2日目は、昨日街中で見つけた旅行代理店で紹介してもらった1day tourに参加します。
私がマストで行きたいと思っていたクラビカの滝(Kravica waterfall)の他に
他にポチテリ(Pocitelj)とブラガイ(Blagaj)と3箇所に行けて35euro。
コスパ良しです! -
1day tourで最初に訪れた場所はポチテリ(Pocitelj)と言う町で、
ネトレヴァ川沿いにあるオスマン帝国時代の石造りの建築物が残っている事で観光地となっています。1463年から1471年にハンガリーの駐留軍が統治していた時代は要塞都市として重要な役割を果たしていたそうです。18世紀以降、オスマン帝国領として発展、19世紀末にオーストリア・ハンガリー帝国領となると戦略的重要性を失い、町が発展しなくなった事により、当時の状態が保たれていました。残念ながらその後内戦によって、歴史的な建築物が損傷、破壊されてしまいました。
とりあえず、ドライバー兼ガイドさんに、1時間後に集合、いってらっしゃーいと言われてしまったので、昨日かなり疲労した重い足を引きずって左上の城跡まで登ります。 -
もう、足が。。。
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おお!頑張って登ったかいがありました。素晴らしい眺望です。
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中世に想いを馳せます。
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ポチテリから車で30分ほどで次の目的地に。
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クラビカの滝(Kravica waterfall)に着きました。
観光客で賑わってはいますが、芋洗状態というほどでもなく、自然を楽しめそうです。
ここでマイナスイオンまみれになります。 -
今日のツアーメンバーは、この仲良しポルトガル人親子と、ポーランド人カップルと私の5人。このお父さんはいろんな国に行ったことがあるらしく、とても博識で、移動中ガイドさんといろんな話をしていました。来日経験もあり、次に日本に行く時は桜の時期か、富士山に登れる時期か悩んでいると言っていました。
私がポルトガルに行った時の印象なのですが、やはり大航海時代に活躍した民族だけあって、どこに行っても誰とでも仲良くなれるDNAを持っているのではないかと。種子島に鉄砲が伝来したのも、当時言葉など絶対通じないはずですが、彼らのフレンドリーさに、当時の日本人も心開いたのではないかと思ってしまうのです。
またポーランド人カップルの女性の方は子供の英語の先生をしているとかで、私の拙い英語にも辛抱強く付き合ってくれ、非常に居心地の良いメンバーに恵まれました。 -
自然保護区でありながら遊泳ができる貴重な場所なので、皆さん思い思いに楽しんでいます。
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せっかくなので泳ぎ・・・泳げないので入水します。背が届く深さで良かった!
外気は暑いですが、水温はかなり冷たいので、みんな最初ひゃあ~ってなってます笑 -
水に入ったあとはやっぱりお腹がすく、ってことでがっつりお肉とフライドポテト。この滝の周りには数件のレストランがあって、それなりにちゃんとした食事ができるようになっています。少し離れた所にトイレも設置されています。
貴重品に関しては、ガイドさんはまぁ大丈夫、みたいな感じで言っていたので、水に浸かりながらもリュックが視界に入るようにしていました。一応、クレジットカード(どうせ使えないけど)と多少の現金はジップロックに入れて短パンのポケットに入れた状態でいました。 -
本当にこの透明度ったら。。。
15時半に集合し、次の目的地まで車で移動です。 -
最後の目的地はブラガイ(Blagaj)。
断崖絶壁の岩の下にオスマントルコの時代の修道院があり、その近くの洞窟内にはここを流れるブナ川の源流があるのだそう。イスラム教の聖地であり、パワースポットとされている場所です。 -
このブナ川は、モスタルを流れるネトレヴァ川へと合流しているのだそうです。ネトレヴァ川も相当綺麗でしたが、ここはさらに吸い込まれるような神秘的かつ美しい色合いです。
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ボートで洞窟に入れるということなので、ポルトガル人親子に便乗して乗せてもらいました。
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神秘的!!
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絶壁感!!
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修道院の中に入ります。
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このブラガイを最後に、帰路につきます。車で30分ほどでモスタルに到着しました。
ツアーで一緒になったポルトガル人親子、ポーランド人カップルのお二人、そしてガイドさん、楽しい時間を共有させてもらった事に感謝です。 -
明日早朝モスタルをたつので、もう少し町を歩いておかなくっちゃ。
ここはスタリモストより東側なので、イスラム系の場所のはずですが、この建物の残骸は教会のようです。正教なのかもしれませんね。 -
墓地もありました。やはり、ここでもほとんどの没年は92年から94年です。
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18時ですが、まだ明るいので夕ご飯には早いかな、ということでこのベストポジションでとりあえずカクテルを。
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宿に戻ってひとっ風呂浴び、明日のための荷造りをしてから夕ご飯に繰り出します。昨日美味しかったお店のメニューにウナギがあったので、それを目指して。
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残念ながら希望していたお店、Hindin Hanには入れなかったので、別のお店を探します。せっかく川沿いなので、メニューに魚があるお店を選びました。ローカルビールを、って頼んだのに、最初Hinekenが出てきたので「違うんだけど」と言うと「冷えてるのが無かったから」とかなり無理のある言い訳をされました。私の落胆ぶりを見たウェイトレスが慌てて、「待って、飲まないで」と言って、本来のMostarsko pivoを持ってきてくれました。まぁ、結果オーライですが、Heinekenはどうしたんでしょうね。
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マスを頼みました。結構大きいの2尾。
でも食べられちゃうんだなぁこれが。
あんな綺麗な川で泳いでたら美味しいに決まってるでしょう。 -
今日もグラスワインを頼んだらなみなみでした。モスタルではこれが基本の量なのかもしれません。
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さすがに23時半頃になると人気が少なくなります。が、危険な感じは全くありません。
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今回お世話になった旅行代理店です。夕方申し込んで翌日のツアーを手配してもらえたので、結構融通がきくところなんじゃないかと思います。担当の方も感じ良かったし、オススメです。スタリモスト東側のお土産物屋さんやレストランの通りに面しています。
明日は7時発のバスでサラエボに向かいます。
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