2010/05/07 - 2010/05/07
242位(同エリア283件中)
杏仁豆腐さん
四谷は甲州街道の江戸の玄関口として栄えた所。坂道とお寺が多く、江戸を感じさせます。江戸時代に四谷番所が置かれ、交通の要衝として発展しました。「東海道四谷怪談」ゆかりの地も訪れました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自転車
-
半蔵門線の半蔵門駅で下車し、ビアンキを組み立てました。ここから、スタートです。
-
駅前に一番町の由来が書かれていました。江戸城に入った徳川家康は、城の西側の守りを固めるために、この一帯に大番組(おおばんぐみ)に属する旗本(はたもと)たちを住まわせました。ここから「番町(ばんちょう)」という地名が生まれ、この界隈(かいわい)には多くの武家屋敷がありました。
-
江戸時代の地図。昭和十三年(1938)、かつての五番町(ごばんちょう)と上二番町(かみにばんちょう)、元園町一丁目(もとぞのちょういっちょうめ)の一部が一緒になって、現在の一番町となりました。
-
善国寺坂です。『新撰東京名所図会』には「善国寺坂、下二番町の間より善国寺谷に下る坂をいう。むかし此処の坂上に鎮護山善国寺にありしに因り名づく」 鎮護山善国寺は標識の場所からみると、右斜め前の当たりにありましたが、寛政十年(1798)の火事により焼失して牛込神楽坂に移転しました。坂下のあたりは善国寺谷、また鈴降(振)谷と呼ばれたといいます。
-
坂上に千代田区設置の標識があります。
-
日本テレビ通り。
-
日枝神社(ひえじんじゃ)は、東京都千代田区永田町二丁目にある神社。江戸三大祭の一つ、山王祭が行われます。
-
四谷見附橋です。大正2年に創架したネオ・バロック様式の橋です。現在の橋は、平成3年にかけられたものです。
-
聖イグナチオ協会が見えます。
-
四谷駅まです。上智大学が見えます。
-
市谷亀岡八幡宮に来ました。太田道灌が文明11年(1479年)、江戸城築城の際に西方の守護神として鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を祀ったのが始まりです。
-
茶ノ木稲荷神社縁起です。商売繁昌、衣食住安泰、芸事向上、特に眼病の平癒では全国的に有名だそうです。市谷八幡神社の境内、石段左の方中段に御鎮座しています。
-
今をさる一千年余りの昔、弘法大師が初めて御鎭祭申上げたのが当社と伝えられています。この山の地主の神であり、古来この地を稲荷山【いなりやま】と呼んだのも、そのいわれによるものです。
-
銅鳥居と軍配団扇の解説です。
-
銅鳥居です。新宿区指定有形文化財(建造物)となっています。文化元年(1804年)に建造された、銅造の明神鳥居で、額には播磨国姫路藩3代藩主酒井忠道の筆による「八幡宮」の3文字が記されています。
-
市谷亀岡八幡宮縁起です。
-
出世稲荷神社縁起です。
-
「花物語」と名付けられた鉱物のモニュメントがありました。
-
金刀比羅宮縁起です。
-
階段の上から下を見るとこんな感じです。
-
比丘尼(びくに)坂です。
-
昔、この坂の近くの尾張家の別邸に剃髪した老女がいたことから、こう呼ばれたということです。
-
東福院坂(天王坂)です。
-
坂の途中にある阿祥山東福院に因んでこう呼ばれた。別名の天王坂は、明治以前の須賀神社が牛頭天王社と称していたため、この辺りが天王横町と呼ばれていたことによるそうです。
-
お昼は、フレンチのテート・ア・テートでいただきました。シェフの野平耕一さんはホテルでの修業を経て、イタリア・ミラノ領事館のコックとして欧州で活動し、休日はイタリア料理店で修業。そして、フランスでは、お菓子と料理を学び、帰国。
96年12月、「テート・ア・テート」をオープンしました。 -
フレンチのランチが、サラダ(スープ)、パン付きで950円です。ドリンク(デザート付)を頼んでも1100円です。
-
パンとサラダです。
-
お魚料理を選択しました。ソースがおいしいです。
-
デザートのプリンとアイスです。
-
店内は、けっこう狭いです。お店の名前tête à têteとは (会談などで)一対一でという意味らしいです。店に入った時は、空いていましたが、次から次と客が来て、すぐに満席になってしまいました。この値段で、フレンチのランチがいただけるのは、なかなかの店です。
-
佃煮の有明家です。佃煮を購入しました。
-
坂本屋です。明治30年創業。カステラが有名です。もちろん、カステラを購入しました。
-
坂本屋は和菓子屋さんです。
-
観音坂です。
-
西念寺と真成院の間を南に下る坂。坂名は真成院の潮踏観音に因む。別名は西念寺坂、潮踏坂、潮干坂。潮踏観音は、江戸時代以前に四谷周辺が潮踏の里と呼ばれていたことに因む。潮の干満につれ台石が湿ったり乾いたりするので汐干観音とも呼ばれたそうです。
-
須賀神社です。。江戸時代には四谷鎮守の天王様として信仰を集めました。 須佐之男命(スサノオノミコト)・宇迦能御魂命(ウカノミタマノミコト)を祀っています。
-
例大祭の獅子頭です。
-
手水舎です。
-
祖霊社です。
-
狛犬です。
-
梯子と半鐘に「く組」の文字がありました。
-
大黒像です。
-
三十六歌仙絵の説明です。天保七年に画かれた三十六歌仙は戦時中、御内陣金庫の中に納められていたために災火を免がれ、現在社宝として残っています。
-
三十六歌仙繪です。
-
三十六歌仙繪。
-
三十六歌仙繪。
-
闇坂(くらやみざか)です。
-
この坂の左右にある松厳寺と永心寺の樹木が繁り、薄暗い坂であったためこう呼ばれたという。また、松厳寺の俗称が茶の木寺であるため、茶の木坂とも呼ばれたそうです。
-
四谷界隈はお祭りの時期なので、あちこちにお神輿や山車などを見ることができました。
-
於岩稲荷田宮神社です。
-
東海道四谷怪談で有名なお岩稲荷です。
-
「お岩」さんは福を招き、商売繁盛の御利益があるそうです。
-
実在のお岩さんは怨霊とは全然関係のない、貞女の鑑のような人だったということ。お岩さんの信奉する屋敷神が江戸中の評判になり、それがお岩稲荷の起こりだそうです。
-
お岩さんが亡くなって200年後、鶴屋南北が「四谷怪談」で、人気のあるお岩さんの名前を拝借し、現在のイメージのお岩さんが生まれたそうです。
-
役者の方々の名前がありました。
-
於岩稲荷陽運寺です。於岩稲荷田宮神社のはす向かいにあります。
-
本堂です。
-
お岩様 由縁の井戸です。
-
水かけ福寿菩薩です。お題目(南妙法蓮華経)を唱えながらお水をおかけください。あなたの厄(やく)が除かれ、あなたに福寿(幸福)が訪れますと書いてありました。
-
お岩稲荷霊堂再建記念碑です。
-
心願成就の石です。
-
戒行寺坂(かいぎょうじざか)です。
-
須賀町戒行寺の南脇を東に下る坂である。坂名はこの戒行寺に因むものである。別名油揚坂ともいわれる。これは、昔この坂の途中に豆腐屋があり、良質の油揚をつくっていたためこう呼ばれたそうです。
-
有明家で購入した佃煮です。左が切いか、右がえび。
-
坂本屋で購入したカステラです。
-
ご自宅用は、ラップでくるんだだけのシンプルな包装です。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
四ツ谷(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
66