2019/05/24 - 2019/05/24
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ペコちゃんさん
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文京区は「文の京(ふみのみやこ)」という名の通り、東京大学など大学が多く、また明治時代より夏目漱石や森鴎外など多くの文人や学者・政治家が住んだ街で、六義園や後楽園などの日本庭園もあり、見どころの多い街でもあります。
今回は友達と、文京区の西側に位置する江戸川橋周辺を散策し、肥後細川庭園 ⇒ 東京カテドラル聖マリア大聖堂 ⇒ 鳩山会館と歩いてみました。
写真は、美しいバラに囲まれた鳩山会館。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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東京メトロ・有楽町線の「江戸川橋」駅・・・かつては都電の主要停留所だった「江戸川橋」は1971年に廃止され、有楽町線が1974年に開業した際に駅名を踏襲しました。
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江戸川橋駅から神田川沿いに西へ進み、肥後細川庭園に向かいます。
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高速道路の下から神田川沿いに広がる「江戸川公園」は、神田川の拡幅工事に伴って1984年に改修・整備されました。
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1928年に設置された大井 玄洞(1855~1930)の銅像・・・薬学者・政治家・軍人で、度々洪水を起こした神田川の治水に尽力した人物です。
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神田川に沿って東西に細長い散策路を進むと、モニュメント風の石の広場や藤棚のテラス、時計塔のある東屋など変化に富んだ景色が次々と現れます。
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神田川に架かる大滝橋。
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神田川に面した椿山荘の「冠木門」と、広い敷地内に聳え建つ椿山荘ホテル。
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江戸川駅から歩いて15分ほどで「肥後細川庭園」へ。
肥後細川庭園は、目白台の台地(関口台地)の自然景観を活かした池泉回遊式庭園。
この庭園は、以前は「新江戸川公園」という味気ない名前でしたが、改修工事を機に新名称が公募され、熊本藩・細川家の屋敷だったことから「肥後細川庭園」となりました。 -
南門から入ります。
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この公園周辺は、幕末に細川家(54万石)の下屋敷(しもやしき:庭園などの別邸)になり、明治15年には細川家の本邸となりました。
その後、昭和36年に東京都が買収して「新江戸川公園」として開園し、昭和50年に文京区に移管された美しい庭園です。 -
池泉回遊式庭園の肥後細川庭園は、大名庭園の風情があり、池には橋や中島などが配置されています。
正門の方へ進むと、突き当りに松聲閣(しょうせいかく)の建物が見えます。 -
池に面した松聲閣は、明治時代に細川家下屋敷跡に学問所として建設され、大正時代に改修された木造2階建の建物。
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水辺には、雪見燈籠も・・・風情がありますね。
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カエデの巨木。
秋の紅葉は見事で、庭園全体が夜間ライトアップされます。 -
綺麗に手入れされた庭園。
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中門から松聲閣へ。
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こちらは正門。
門柱に掲げられた園名板は、元首相で肥後細川家の第18代当主・細川護熙氏の揮毫によるもの。
松聲閣の前で、結婚式の前撮り写真を撮っているカップルがいました。 -
松聲閣は、細川家の住まいとして使用されていた時期もあります。
建物の保存・修復を行って、2016年にリニューアルオープンしました。
玄関に掲げられた扁額も細川護熙の揮毫。 -
玄関に入ると、くまモンのお出迎え。
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各部屋には肥後六花(菊・椿・山茶花・花菖蒲・朝顔・芍薬)の名が付けられ、有料で集会に利用できます。
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これは1階の「菊の間」。
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2階のトイレのドアも大正ロマン・・・
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2階の「山茶花の間」。
床の間には、室町時代から熊本に伝わる紙と糊で作った山鹿金灯籠(やまがかなどうろう)が飾られています。 -
展望所にもなっている2階からは庭園全体が見渡せ、冷房もよく効いて涼しい!
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肥後細川庭園は、平安貴族が好んだ「鑓り水」(やりみず)の手法により、目白台台地の崖下からの湧水を池に取り入れています。
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深い木々の緑に囲まれた、美しい肥後細川庭園でした。
この後は、林の中に敷かれた石段を登り、永青文庫へ。 -
「永青文庫」は、広大だった細川家の屋敷跡の一隅にあり、細川家伝来の美術品・歴史資料や、16代当主・細川護立の蒐集品などを収蔵・展示しています。
理事長は18代当主の細川護煕(元首相)。 -
永青文庫の先にある「和敬塾」。
和敬塾本館は、1936年に細川護立(細川護煕の祖父)が細川侯爵家の本邸として建てた西洋館で、細川護煕も幼い頃を過ごしました。
現在は6棟ある約600名収容の男子学生寮で、村上春樹もここに住んだことがあるそうです。 -
さらに進んで目白通りに出ると、2000年に講談社創業90周年の一環として開館した「講談社野間記念館」があります。
出版社ならではの出版文化資料のほか、創業者・野間清治による野間コレクション、同社とゆかりの深い画家・村上豊の作品などを所蔵。 -
東京カテドラル教会の向かいにある「椿山荘」。
江戸時代は久留里藩・黒田氏の下屋敷でしたが、明治の元勲・山縣有朋が1878年に購入し、「椿山荘」と命名しました。
1918年には大阪の藤田財閥が譲り受け、現在は藤田観光がホテルや宴会施設などを展開しています。 -
青空に燦然と輝く「東京カテドラル関口教会 聖マリア大聖堂」。
もともとは、1878年に横浜から東京の築地教会に司教座が移され、東京教区初代・オズーフ大司教が1886年に松平頼徳の上屋敷跡(関口台:4,800坪)を購入し、1899年に築地の神学校の教授・レイ神父がこの関口台に聖母仏語学校と聖堂を建てたのが始まりです。
1912年に東京教区の大司教となったレイ神父は、大司教座のある築地には住まずに関口教会内で執務し、1920年に大司教座は築地から関口に移りました。 -
その後、昭和20年の東京大空襲で天主堂は焼失しますが、ドイツのケルン教区の支援によって聖堂が再建される事となり、世界的な建築家・丹下健三の設計によって昭和39年に現在の聖マリア大聖堂が完成。
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日本のカトリック教会は16の教区に分かれています。
カテドラルとは、カテドラ(司教の紋章がつく赤い椅子)を持つ司教座教会を指し、大司教が儀式を司式する教会です。 -
巨大なスケールのステンレス張り外装に、石張りの重厚な土台・・・四方に聳え立つ明かり取りの開口部分がその高さを感じさせます。(大聖堂の最高部:39.41m)
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丹下健三の名建築は、50年以上も前に建築されたとは思えない洗練されたデザインで、今も色あせることなく人々を魅了し続けています。
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大聖堂の前に聳え立つ鐘塔(61.68m)・・・上部にある4つの鐘は、ドイツから輸入されたもの。
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地上から見上げるだけでは、キリスト教の教会であるとは思えない外観ですが、上空から見ると「十字架」のデザインになっています。
(写真はパンフレットより) -
打ちっぱなしのコンクリートが荘厳な雰囲気を醸し出す大聖堂。
長島茂雄の結婚式や、クリスチャンだった吉田茂や丹下健三の葬儀も、ここで執り行われました。 -
大理石の祭壇の奥には、高さ16mの大十字架。
高い天井と天窓から降り注ぐ光が、神聖な空間を、より神秘的に彩ります。 -
巨大で重厚感のあるパイプオルガンは、教会用としては日本最大。
厳かな音色が聖堂内に響き渡っていました。 -
現在のパイプオルガンは、2004年に設置された2代目。
天井を見上げると、特徴的なトップライトから美しい光が降り注いでいます。 -
祭壇の左側にある「マリア祭壇」・・・どこか安らぎを覚える顔立ちの聖母マリア像が見守っています。
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入り口を入った所にある「洗礼盤」・・・彫刻家・志水晴児(1928~2005)の作。
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祭壇の右側にある「ピエタ像」・・・バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にあるミケランジェロの傑作と同じ大きさで、1973年に日本文化財団から寄贈されたものです。
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聖フランシスコ・ザビエルの胸像。
聖遺物が納められたこの胸像は、1642年にフランス国王・ルイ13世の母親がドイツ・ケルンのイエズス教会へ寄贈したもので、この大聖堂が落成した時に寄贈されました。 -
100名を超える人々が聖堂内に集まったかと思うと、聖歌隊の練習が始まりました。
多分、グレゴリオ聖歌でしょうか、内容は分からなくてもパイプオルガンの響きと荘厳な歌声に圧倒されて、しばし聞き入りました・・・素晴らしい体験でした。 -
フランス人宣教師の神父により、1911年に建てられた「ルルドの洞窟」・・・1858年、スペインとの国境に近いフランス・ピレネー山脈麓のルルドにある洞窟に聖母マリアが現れ、その湧き出た泉を飲むと病気が治ったという奇跡のエピソードから、そこが世界的巡礼地となりました。
ここは、それを模して作られた祈りの場です。 -
ルルドの洞窟の横に架けられた「ジョセフィーヌの鐘」・・・1877年に建てられた築地聖堂に大小2対の鐘がフランス人から寄贈され、司教座が築地教会から関口教会へ移される際に、大きな方の鐘がここに移されました。
もう一方の小さい鐘は、今も築地教会に保管されています。 -
教会を出て目白通りの坂を下ると音羽通りにぶつかり、護国寺の方に少し行くと「鳩山会館」があります。
鳩山会館は文京区音羽一丁目にあるので、通称が「音羽御殿」。
音羽という地名は、桂昌院(五代将軍・綱吉の母)に仕えた奥女中の「音羽」が、護国寺の門前町である土地を与えられ、そこから音羽という地名になりました。
当時、この辺りは川が流れ、紙漉き業が盛んだったそうです。
鳩山会館は、小高い音羽山の上にあるお屋敷なので、坂を上がって行きます。 -
鳩山一郎の父・和夫が音羽の地に居を構えたのは1891年で、現在の建物は、関東大震災翌年の1924年に鳩山一郎の私邸として建設されたもの。
その後、老朽化が進んだため、 大規模な修復工事を行い、鳩山家の業績を伝える記念館「鳩山会館」として1996年にオープンしました。 -
日本の近代政治と教育界に、偉大な貢献をしてきた鳩山家。
鳩山家は、衆議院議員の和夫(1856~1911)、総理大臣となった一郎(1883~1959)、外務大臣をつとめた威一郎(1918~1993)、さらに民主党時代の総理大臣の由紀夫(1947~)、衆議院議員で文部大臣などを歴任した邦夫(1948~2016)と、四代にわたり指導的な政治家が現れました。
教育界の面では、鳩山和夫が早稲田大学校長、その妻・春子は共立女子学園の創立に関わり、一郎の妻・薫は春子の跡を継いで共立女子学園長を永年勤めました。
威一郎の妻・安子はブリジストン社長の長女と、絵に描いたような『華麗なる一族』です。 -
玄関の車寄せの上を見ると、壁面からは鹿の頭が飛び出し、その両脇にはハトが2羽・・・ハトは「友愛」のシンボルでもあり、一郎が唱えた「友愛」の精神は、今も引き継がれています。
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大理石の階段を上がってエントランスへ。
ここで入館料(シルバー:500円)を払います。 -
玄関上にはステンドグラスが・・・バラで有名な鳩山会館ですが、多数のステンドグラスも必見です。
館内のステンドグラスは、大正から昭和初めに活躍した工芸家・小川三知によるもので、ハトをモチーフにしたステンドグラスがあちこちに。 -
ここは素敵な洋館なので、ロケにもよく使われます。
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館内に入ってすぐが、第一応接室。
大理石張りの暖炉とソファーがあり、鳩山会館の紹介ビデオが流れています。 -
暖炉の両脇にはステンドグラス・・・
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紋章風のデザインに3つ並んだ小さなハトが可愛い!
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第二応接室と第一応接室。
鳩山一郎は昭和29~31年の首相在任中、この建物を舞台に自由党(現在の自民党)の創設を図り、日ソ国交回復の下準備も行いました。 -
第二応接室のマントルピース・・・鏡にシャンデリアとステンドグラスが映っています。
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第二応接室とサンルームを仕切る「花鳥風月」のステンドグラス・・・絵になるショットですね。
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第二応接室の先は、ゆったりとした食堂。
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食堂とサンルームの仕切りは「ライチの実」をテーマにしたステンドグラス。
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第二応接室と食堂の前は、広~いサンルーム・・・ドームのような円形のガラスが素敵です。
こちらは右側。 -
こちらは左側。
床に貼られたモザイクタイルも、素敵なレトロ感。
サンルームの中央からは、庭に出られます。 -
食堂の先の部屋は特別展示室。
鳩山家歴代の愛用品や記念品が展示されています。 -
鳩山由紀夫の首相在任期間は1年足らずでしたが、これは2009年の「ピッツバーグサミット」の時に、オバマ大統領から贈られた「ガラス製ツリー」の置物・・・写真にはシャンデリアがピンクの花のように映り込んでいます。
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2階へ続く階段の踊り場にあるステンドグラス。
橋本雅邦に日本画を学んだ小川三知(1867~1928)は、アメリカの「ティファニー」でステンドグラスを学び、複雑な色調を生み出すガラス技法で日本情緒を感じさせる作品を数多く生み出しました。 -
法隆寺の五重塔を模したこのステンドグラスは、塔の上をハトが舞う大きな図柄で、古都の風情を感じさせる素晴らしい作品です。
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2階にある「薫記念室」は、客間として使用されていた和室です。
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玄関上のバルコニーから見た鹿とハトの飾り。
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バルコニーの隣は、鳩山一郎の書斎だった「一郎記念室」・・・一郎の残した書簡や軍服、文具などが展示されています。
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窓に嵌められたステンドグラスは、ハトでなくカージナルス(?)
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2階の中央にある「大広間」。
もともと3つの寝室がありましたが、改修時に間仕切りを撤去して大広間に改造し、パーティ等で利用出来るようになりました。 -
大広間の壁には、一郎の書「和為貴」が飾られています。
これは、『論語』学而にある「和を貴(たっと)しと為(な)す」をしたためたものです。 -
大広間の窓から見渡した庭園・・・芝生の広場の周りにはバラが咲き、鳩山一郎の銅像や池に泳ぐ錦鯉が見えます。
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大広間の隣は「威一郎記念室」・・・威一郎の遺品が展示されています。
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庭園に出てみました。
英国風の外観をもつ建物は、一見、レンガ造りのようですが、鉄筋コンクリート造り。 -
屋根の上には、ハトではなく4羽のミミズクが・・・
羽角(耳のように突出した羽毛)を持つミミズクは、ローマ神話に登場する知恵と武勇の女神・ミネルバの使いで、知恵の象徴。 -
庭園の一角に置かれた鳩山和夫・春子の像・・・朝倉文夫の作品で、1931年建立。
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像の前池には、政治家の屋敷の定番・錦鯉も泳いでます。
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庭園に建つ鳩山一郎の像・・・この銅像は、日ソ共同宣言・日ロ国交回復に尽力した鳩山一郎を讃え、2006年にロシアから寄贈されたもので、モスクワに向いて建てられています。
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中庭には約90種類・140株のバラが植えられ、春と秋の2回楽しむことができます。
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英国の貴族の館のよう・・・
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バラのピークは過ぎていますが、綺麗に手入れされ、まだまだ楽しめます。
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ロイヤル・サンセット(オレンジ色の蔓バラ)と蔓ゴールド・バニー(黄色の蔓バラ)によるアーチ。
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洋風の建物にはちょっと不釣り合いな特大のタヌキが、なぜか置かれています。
天気にも恵まれ、肥後細川庭園~東京カテドラル教会~鳩山会館と、江戸川橋周辺の散策を楽しんだ一日でした。
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