2018/12/28 - 2018/12/28
56位(同エリア141件中)
パンガンさん
2回目の北海道への旅です。
・北海道新幹線「グランクラス」乗車
・毎年函館の冬の観光キャンペーンの「函館。冬に恋」各所めぐり
・2019年3月で廃止予定の石勝線夕張支線の乗車
・日本一のミニ市歌志内再訪
等の目的を掲げて旅立ちました。
★1日目
上野6:38→新函館北斗10:58
北海道新幹線はやぶさ1号 グランクラス乗車
新函館北斗11:10→函館11:25 はこだてライナー
函館駅でスーツケース等をコインロッカーへ
「ラッキーピエロ 函館駅前店」でチャイニーズチキンバーガーの昼食
函館駅前→湯の川 函館市電
湯川小学校前→湯川団地北口 函館バス
トラピスチヌ修道院見学
トラピスチヌ入口→五稜郭公園入口 函館バス
五稜郭タワー見学 夜景展望
タクシーで八幡坂まで。八幡坂、二十間坂のイルミネーション観光。
「五島軒」ではこだてチャウダーの夕食
函館19:54→苫小牧22:51 特急スーパー北斗23号
車内でチキン弁当の夕食
「ホテルウイングインターナショナル苫小牧」泊
みかどのかにめしの夜食
★2日目
苫小牧6:10→追分6:44
追分7:09→夕張8:24
ホテルレースイで、夕張記念グッズ購入
夕張ホテルマウントレースイ8:51→栗山9:34 北海道中央バス高速
栗山9:38→岩見沢10:01
岩見沢10:25→砂川10:46 特急ライラック11号
砂川市立病院→歌志内球場入口 北海道中央バス焼山線
歌志内市内散策、歌志内「ゆめつむぎ」見学
歌志内市街→砂川市立病院 北海道中央バス歌志内線
砂川14:38→岩見沢14:59 特急ライラック26号
岩見沢15:06→由仁15:35
由仁市街散策、由仁駅前からタクシーで新千歳空港へ
新千歳空港 17:00→羽田空港 18:40 JAL518便 クラスJ
かなりの急旅行でした。移動時間の長さ、多さは反省材料ながら、
十分の達成感のある旅でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
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函館観光、苫小牧宿泊、夕張支線乗車の旅のスケジュールを終えて、母の出身地歌志内へ向かいます。夕張から北海道中央バス「高速ゆうばり号」札幌行きに乗車し、室蘭本線栗山駅前で下車。
栗山駅ホームを跨線橋から。夕張では大雪でしたが、こちらは雲の切れ間から少し日差しが見えてました。雪に映えた日差しは何とも美しい。 -
普通列車岩見沢行きに乗車。栗山駅での切符販売は窓口での手売りでした。
乗客は、地元の生徒が多かったかな。 -
一両編成の車内はこんな感じで、結構な乗車率でした。
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岩見沢に到着。旭川行きの特急到着まで少し時間があったので駅の前を散策。
岩見沢駅では「釜めし」の販売があると聞いていたのですが、店が見つからず、コンビニで普通の弁当とサンドイッチを購入。 -
10:25分発の特急ライラック旭川行きに乗車です。
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ラッセル車が作業中でした。毎年の雪で慣れているとは思いますが、ご苦労様です。
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岩見沢駅ホーム
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車窓はいかにも「厳寒の北海道」と言った感じの風景でした。
自由席でしたので、いちばん端の車両でやっと空席をゲット。
車内ではお弁当を食べていました。 -
10:46に函館本線砂川に到着。
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砂川駅の駅舎。この画像の角の辺りには7年前に訪れた時には「キヨスク」がありました。新聞雑誌からお菓子から何から何まで販売していましたが、販売不振のため2014年11月に閉店されたとの事。
車内販売含め、合理化も大切な事とは思いますが、寂しいですね。 -
砂川駅を出たところ。この辺りは戦後すぐから駅前広場となっており、中央の標語入りのモニュメントも昭和30年代からあるとの事。
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歌志内方面行きのバス停「砂川市立病院」まで駅から5分ほど歩きますが、少しだけ駅前散策を。砂川駅から国道に向かう道すがらにある「理容アカザワ」。昭和20年代からある理容院です。
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東1条南通を中央市場方面に向けて歩きます。古くからある商店街「砂川駅前銀座通り」です。カメラ店、喫茶店、印章店・・。
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昭和42年から営業していると言う「コーヒー貞廣」。今回は入る時間がありませんでしたが、ネットでのブログ等でも紹介されているお店です。元々ご夫妻で営業されていたようですが、今は90歳を超されたママさんがお一人で切り盛りされているとか。
次は是非コーヒーを一杯。内装も楽しみ。 -
砂川駅から徒歩3分ほどの「フレンドショップ中央市場」に着きました。
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中は通路の左右に、魚屋、ラーメン屋、喫茶店、眼鏡屋、市の施設等が軒を並べています。時間が午前中、且つ大雪でしたのでお客さんの姿はありませんでした。
ちなみにテナントの池内商店は創業67年の老舗の魚屋さんで、海鮮丼がうまいらしいとの事。こちらも次は是非。 -
中央市場を抜けて、国道12号線に出て来ました。大型トラックなど、雪にもかかわらず結構な交通量でした。
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国道沿いにある、こちらも昭和20年代から続いていると言う化粧品店「紅屋」。左隣は併設のギフトショップ「サラダ館」。
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砂川市立病院(バス停)に着きました。各方面からバスが着き、結構ひっきりなしにバスが往来します。
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北海道中央バス「赤平昭和」行きバス焼山線に乗り、その車窓です。昭和63年に廃止された歌志内線をほぼトレースする形で歌志内方面に向かうバス。この焼山線は残念ながら2019年3月末日をもって廃止され、歌志内方面に向かうには上砂川を経由するバスルートのみが残されました。
この日も乗客は3人しかおらず、確かに慢性的な赤字ではあったでしょう。本数を減らすなどしてでも存続の道は無かったのでしょうか。残念です。 -
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およそ20分ほどの「歌志内球場入口」で下車しました。
母が歌志内出身で、この付近の「歌志内市 歌神」に家がありました。バス停からその歌神に向けて歩きます。 -
バス停そば。雪降る中でも元気に営業中の「アキ美容室」。
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歌志内を貫く形で通っている道道114号赤平奈井江線です。トンネルを抜けて東隣の赤平に繋がっていますが、過疎の市とは思えないほどトラック、自家用車など、活発な往来があります。ガソリンスタンドも市内各所に。
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「かもい岳スキーレーシングチーム」の看板。歌志内出身でこのチーム出身の石井智也選手が日本からはただ一人、2018平昌五輪にアルペンスキー男子大回転に出場。30位でしたが、健闘を見せました。現在はオーストリアを拠点に選手活動を続けているとの事。
この名門「かもい岳スキーレーシングチーム」の練習拠点だった「かもい岳スキー場」並びに宿泊入浴施設の「かもい岳温泉」が、2019年2月末日に運営母体が倒産し、閉鎖となりました。関係者各位のショックは大きいと思われますが・・。スキーリフトの更新費用がかさむため、継続運営を断念したとか。再営業の署名活動なども行われている様ですが、何よりも資金を何とかしないと・・。
歌志内市の無力ぶりも残念に思います。現北海道知事の鈴木直道さん(夕張前市長)ぐらいバッサバッサとやる人じゃないと、歌志内の再興は無理ではないでしょうか。「かもい岳温泉」の格別の美味しさの朝食をもう一度。 -
道道から母の家のあった歌神二区方面に向かいます。画像の開北橋の下にはペンケウタシナイ川が細々と流れていました。
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旧歌志内線の線路跡にできたサイクリングロード。雪の中に佇む木々の姿が美しい。
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この先が歌神二区になりますが、腰の高さまで雪が積もっていて、これ以上の進入は無理でした。人や車が通った形跡も無く、この時期は特に誰も通らない場所なのでしょう。実際、歌神二区の殆どの方が退去された様ですね。
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この場所には7年前に訪れた際は5階建ての団地「雇用促進住宅」が1棟ありましたが、跡形もありませんでした。取り壊しになったのでしょう。確かに、その当時から誰も住んでおらずベニヤ板で窓も覆われて、廃墟になってはいましたが・・。
当初の目的が達成されずに取り壊しになってしまったのは、残念の一言。 -
道道沿いにある焼肉店「肉の木村」。前日までの予約制ではありますが、一般の焼肉の他に歌志内名物の「ナンコ」(馬の腸の味噌煮込み)も出してくれるとか。歌志内市の「ふるさと納税」にもこの肉の木村さんの「肉の木村お試しセット」がラインナップされています。
この「ナンコ」は以前食べた事がありますが、ホルモン、モツ煮込みと言いますか。味噌仕立てで美味しいです。各家庭で普通に作って食べていたもののようで、その各家庭の独自の味付けがあったのだとか。 -
函館でもあった「雪の無いゾーン」。不思議に思っていたところ、函館のタクシーの運転手さんが「暖房により除雪されているんですよ」と教えてくれました。
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道道沿いにあったコンビニ「スパー」(ハマナスクラブ)が閉店となっており、建物自体が売りに出されていました。1階が店舗、2階が住居になっている様で、300万円でネットにも出ていました。建物自体は新しいし道道沿いなので交通の利便さはありそう。今確認してみたら物件情報に見当たらなかったので、無事に買い手がついたのでしょうか。
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歌神から歩いて歌志内市街に向かおうと思っていたのですが、道道沿いの雪が結構深く、バスで向かいました。バス停「歌神」で赤平方面のバスを待ちました。10分ほど遅れてバスが到着。歌神から歌志内市街まではバスで5分ほど。
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歌志内市街に到着。この通りの左手にかつて歌志内線の終着駅の歌志内駅がありました。この通りには名称「北海道道691号赤平歌志内線」になります。かつては、呉服店、米穀店、喫茶店、洋品店等の多種多様な店が軒を連ね、人通りも多く、まさに歌志内の「メインストリート」でありましたが、今はこの様な感じです。
営業しているのは、タクシー会社と生花店、眼鏡店ぐらいでしょうか。
市の人口は全盛期4万6千人の10分の1以下、3千200人となりました。「広報うたしない」で発表される統計では人口は毎月減っていますので、3千人を切るのも時間の問題でしょう。道や市が「無策」と言ってしまえばそれまでですが、策を立てようが無いのが現実かもしれません。
2019年5月に旧炭産地が取り組んだ「炭鉄港」のプロジェクトが「日本遺産」に認定されました。歴史を学ぶ旅に弾みがつくと思われ、赤平、小樽、美唄等の12の市町村が名前を連ねていますが、歌志内市、隣の上砂川町はその中に名前がありません。その理由の一つが「歌志内には、炭鉱跡などの歴史遺産が殆ど無い」のがあるのでは。鉄路も駅舎も全て撤去されました。保存、維持するコストの捻出が難しかったのかもしれませんが、結果的には、古きものを壊して新しいものを作ろうとした「スイスランド構想」は失敗に終わったと思います。歌志内は「何も無い町」になってしまいました。 -
このメインストリートに建つ空き家。元々は洋品店だった様なのですが、何と「土地+建物」で20万円で売りに出すとの張り紙がしてありました。桁の間違いではありません、確かに20万円です。驚くばかりです。
この建物の真ん前にはバス停「歌志内市街」がありますので、交通の便?は抜群です。 -
その中でも元気に営業している古川履物店。大正時代から続く店との事で、古くは歌志内の山の方面にも行商活動をされていたとか。もちろん、代替わりしているとは思いますが、履物のニーズが根強くあるのでしょうか。頑張って営業を続けて頂きたいと願うばかりです。
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ゴールデンウイークのみ短期間の展示営業をしている「大正館」。古き良き時代のアンティーク的なものの展示館らしいのですが、時期を見てぜひ訪れたい。
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歌志内駅の跡地には、右手の歌志内消防本部。左手の教会風の建物の「歌志内郷土館ゆめつむぎ 」があります。入館料200円。
窓口は専門の職員の方ではなく、おそらく近所に住んでいるおばあさん方2名がアルバイト的に対応されていました。が、、、その対応がだいぶダメでした。人を歓待する言葉遣い、態度では全くなかった。
人が少なくなると言うのは、単に人口が減るのみならず、サービスや競争力の低下を大きく招くのだなと実感。 -
年末且つ大雪が降っており、入場者は自分一人。
館内では特別展「歌志内ヒストリー」を開催中でした。
2018年は歌志内市が1958年以来の市制施行60年を迎えた記念すべき年でしたが、折からの北海道震災があり、記念式典などは全て中止になってしまいました。これは誠に残念でした。 -
炭鉱の町だった歌志内を「暮らし」と「仕事」の両面からピックアップした常設展示となっています。
入った時は節電の為に電気が消されていましたが、電気を点けてくれました。 -
この時代があったからこそ、今の日本の繁栄があります。尽力された当時の皆様に感謝あるのみ。
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写真展示も豊富にありました。昭和30年代の歌志内市街地。賑やかだったでしょうね。遠方にズリ山とボンネット型のバスが見えます。
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昭和33年の市政施行時の市街地の様子。薬屋、化粧品店などが見えます。砂川市と同時に市制に移行しましたが、当時は砂川よりも歌志内の方が栄えていたとのこと。
砂川は歌志内や上砂川からの石炭の集積地としての意味合いに加え、鉄道の枕木を産出する林業としての街でもあったとか。 -
修学旅行に歌志内駅で当時のお見送りの様子。昭和30年代。
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古き良き時代の昭和の展示も所狭しとありました。各小中学校の文集や校歌の額縁の展示も。
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昭和40年前後に行われた「ミス歌志内」の写真。商工祭りでの開催だった様です。
その他夏祭りなどのイベントでは、市外からも人が来て、露店も多く立ち並び、歌志内線も臨時列車を運行し、大変な賑わいだったとの事。
その他、賑やかだった頃の歌志内の様子。炭鉱住宅、運動会、メーデー、生協、浴場学校等多数の写真展示があり、住宅地図もありました。当時の生活様式がしのばれます。母によると、当時の歌志内は炭鉱の好況で羽振りが良かったので、他地域から仕事の為にやって来ては去っていく「流れ者」も多かったが、治安が悪かった訳ではなく、とても人情味のある良い町だったとの事。
歌志内に住んでいた方が今訪れたら感激間違いなしの濃い内容です。 -
駆け足で「ゆめつむぎ 」の展示を見て、外へ。ゆめつむぎの右手には歌志内市消防本部、歌志内郵便局と続いています。ゆめつむぎを出たら、除雪作業中だった若い消防員さんが「こんにちは」と声を掛けてくれました。郵便局は、北門信用金庫とともに歌志内に敢然と残る金融機関の一つです。
この辺りは旧歌志内駅の跡地になりますが、駅舎も何もすべて撤去して、跡形もありません。記念碑さえもありません。
汽車の方向を変える転車台があったそうですし、駅舎やホームの一部(看板などは「ゆめつむぎ」に展示されていますが・・)などとともに保存すべきだったのでは。市にそういう理念なりが少しでもあれば・・。 -
この場所には、空知建設工業の建物がありましたが、倒壊等による危険が高まっているとの事で、2017年9月に代執行により取り壊されました。今は更地です。所有者不明物件だったとの事。外側からは鉄筋に見えましたが、木造3階建の建物だった様です。
1階には喫茶店「十字路」がテナントで入り、市内でも有名店だったとの事。画家でもあった中山教道氏が営業し、2002年の中山氏の死去とともに閉店。中山氏は歌志内市の広報紙にも長らくスケッチを描かれ、戦後の歌志内とともに生き、それを締め括って逝かれたと言って良いでしょう。ネット上にも「大好きだったマスター」「大好きだったこの店」とのコメントもあります。 -
裏手には歌志内神社があります。前回訪問時には上の社殿、歌志内公園方面まで行きましたが、今回は鳥居まで。
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旧歌志内中学校跡地に建てられた歌志内市公民館。「うたみん」と命名され、市民の様々なイベントに役立てられている様です。
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さて、短い時間ではありましたが歌志内散策を終えて、北海道中央バスで砂川に戻ります。
季節のせいもありますが、7年前に訪れた時と比較して歌志内は、更に厳しい状況に陥っていることを痛感せざるを得ませんでした。人も少なくなり、店も施設もなくなりました。このまま見守るしかないのでしょうか。 -
砂川に到着。特急の到着時間まで少しあったので、再び砂川の街歩き。
歓楽街の「柳通り」。戦後すぐから歓楽街として栄えたエリアだそうで、当時は風に揺れる柳が通りに植えられていたことから名付けられたとの事。今はポツリポツリと飲み屋さんがあるぐらいでしょうか。 -
建物の中には入りませんでしたが、柳通りにある「プレジデント観光ビル」の色鮮やかな看板。よく銀座とか新宿にありますよね、こういう看板。
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20分ほど散策して、砂川駅に戻って来ました。
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さて、砂川から特急ライラック札幌行きに乗車。車内自由席は空席が見当たらず、デッキで立っていました。
岩見沢駅で降りて室蘭本線で由仁に向かいます。 -
室蘭本線由仁に到着。由仁の手前に、栗沢、栗丘、栗山と「栗」が付く駅が3つ続きます。栗がよくとれたのでしょうか。
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雪も止み、うっすらとオレンジ色の夕焼けが鮮やかです。
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由仁駅ホームから駅舎を。
由仁は母がかつて働いた場所で、そのルーツ探しもあり訪れました。 -
由仁駅舎。駅前には広場となっており、バス乗り場、タクシー乗り場があります。
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駅前から右手の道を歩きます。北海道道477号滝下由仁停車場線、です。
停車場とは随分とクラシカルな言葉が入っていますが、隣の夕張郡栗山町とこの同じく夕張郡由仁町を結ぶ道路です。 -
由仁の旧家「三宅呉服店」跡です。現在は営業しておらず、純和風の佇まいを活かしたイベントやカフェ営業等に利用されている様です。立派な店構えで、町内随一のお店だったとか。
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隣の山城屋呉服店は現在も営業しています。
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三宅呉服店を裏手に回ってみますと、煉瓦造りの立派なこれまた建物です。
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由仁の街を一周して由仁駅に戻って来ました。駅の中には観光案内所もありましたが、15時で既に営業終了。今度は「ユンニの湯」なども訪れてゆったりしたい。
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ここから電車で新千歳空港に向かうのでは間に合わないので、電話でタクシー「由仁ハイヤー」を呼び空港に向かいました。結構スピード出してくれて、新千歳空港に30分で到着。料金1万円弱でした。
夕ぐれの車窓はなかなか印象深いものがありました。 -
超駆け足の北海道1泊2日巡りも終了。帰りの機内のスープでひと段落です。
今度は少しゆったりと廻ってみたいものです。でも、楽しかった。
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