2019/04/27 - 2019/04/27
22142位(同エリア24433件中)
TTukomiさん
- TTukomiさんTOP
- 旅行記429冊
- クチコミ2291件
- Q&A回答20件
- 546,716アクセス
- フォロワー11人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
飯田線三河東郷駅下車。駅を起点に設楽原散歩モデルコース地図を基に歩く。
*モデルコース地図は(1)~(13)の番号が
設楽原歴史資料館をスタートに振られている
約 6kmのコース。
(1) 設楽原資料館
(2) 天王山
(3) 信玄塚
(4) 首洗池
(5) 勝楽寺
(6) 家康本陣
(7) 家康物見塚
(8) 山縣昌景の塚
(9) 甘利信康の塚
(10)馬防柵再現地
(11)丸山砦
(12)謎の塚
(13)土屋昌次の塚
ほぼ平坦な道のりの中、3時間程の長閑な時間を過ごす。
-
設楽原散歩モデルコース地図を基に歩く。
-
設楽原決戦場ガイド。
-
飯田線三河東郷駅。
-
無人の三河東郷駅駅舎。
-
三河東郷駅前の設楽原決戦場案内図。
-
(5)聖堂山勝楽寺。
駅前が勝楽寺。
武田軍山縣昌景が陣を張っていた場所。勝楽寺前は激戦地。
戦いの勝利に因んで松楽寺を勝楽寺に変えた逸話がある。 -
勝楽寺境内。
-
三河東郷駅、豊橋方面の踏み切りを渡る。
-
国道151号設楽原歴史資料館南交差点付近にある、竹広陣屋跡。
-
竹広陣屋跡。
-
国道151号設楽原歴史資料館南交差点にある、竹広表の戦いの解説板(設楽原決戦の5年前の戦い)。
-
家康本陣(八劔神社)を望む。
建物は東郷中学校。裏の低い山並みの右手が家康本陣・左手が家康物見塚。 -
(6)家康本陣の八劔神社。
-
八劔神社境内。
-
八劔神社境内。伊勢神宮敬拝所。
-
馬防柵をモチーフにした東郷中学校の塀。
-
家康物見塚のそば、山岡将八の揮毫による「長篠設楽原決戦場の石碑」。
-
(7)家康物見塚。
設楽原に張り出した展望の良い断上山古墳9号が家康物見塚。 -
断上山古墳9号(家康物見塚)。
新城市竹広の断上山に分布する10期の古墳群の一つ、断上山古墳9号は直径17m高さ3mの円墳。 -
断上山古墳9号(家康物見塚)。
-
家康物見塚(断上山古墳9号)からの眺め。設楽原を一望できる。
対面の山並み(高台)は武田軍が陣を張っていた場所。 -
家康物見塚全貌。
-
家康物見塚の高台を下ると、連吾川付近は竹広激戦地。
竹広激戦地石碑と設楽原の戦解説板。 -
山縣昌景の塚入口。山林の道を少し登る。
-
(8)山縣昌景の塚。
山縣昌景は武田信玄以来の宿将。 -
山縣昌景の塚より、設楽原を望む。
-
武田方赤備えの小幡隊の塚。
-
(9)甘利信康の塚。
甘利信康は、甲斐源氏の流れをくむ家柄の武田方武将。 -
設楽原歴史資料館の駐車場からの眺め。
交差点の青い看板付近には、(9)甘利信康の塚。
交差点の左方向は、長篠・設楽原合戦屏風絵図と馬防柵再現地へ。中央部山の麓が、(10)馬防柵再現地。
新東名高速道路手前の円錐形の小山は、(11)丸山砦。 -
(1)設楽原歴史資料館。
入館料:300円。 -
天王山に向かう途中の東郷中こども幼稚園正門付近に、信玄祖師堂跡。
-
(2)天王山。
低い山(?)の山頂部は、東郷中こども幼稚園駐車場で平坦な地形。 -
天王山、武田勝頼公指揮の地の石碑。
-
天王山、内藤昌豊の塚。
内藤昌豊は、武田信玄以来の武田四将の一人。此処「天王山」で壮絶な最期を遂げる。 -
天王山、横田備中守の墓。
-
天王山。
-
柳田前激戦地の石碑。
(2)天王山から引き返し(9)甘利信康の塚に戻り直進。
(10)馬防柵再現地に向かう連吾川を渡る手間に石碑が建っている。 -
柳田前激戦地の石碑より、馬防柵再現地を望む。
-
連吾川より、馬防柵再現地を望む。
-
馬防柵再現地入口の、長篠・設楽原合戦屏風絵図。
-
長篠・設楽原合戦屏風絵図。
-
(10)馬防柵再現地。
-
馬防柵再現地。
-
馬防柵再現地。
前の小山は天王山。 -
馬防柵再現地。
-
馬防柵再現地。
-
馬防柵再現地。
-
馬防柵再現地。
土屋昌次戦死の石碑。 -
馬防柵再現地。
馬防柵と土塁を復元。 -
馬防柵再現地。
-
馬防柵再現地を北方向から望む。
-
馬防柵再現地から田畑の中の未舗装道を歩き高森恵光寺に向かう途中、田畑の溜池の傍に大宮前激戦地の看板。
-
高森恵光寺の塚。
高森恵光寺は、謎の武田方武将。 -
丸山砦跡付近の農道から望む馬防柵再現地。
-
丸山砦跡の前、連吾川傍の上州産「矢立硯」の発言場所看板。
矢立硯は、武士達の武功や記録を残すために携帯していた硯。 -
(11)丸山砦跡。
設楽原の戦いの中でも指折りの激戦地。
織田方の佐久間信盛と武田方の馬場信房が、この小さな小山をめぐり壮絶な戦いを繰り返す。 -
丸山砦跡。丸山と大宮前激戦地の解説板。
-
丸山砦跡の頂上部。
-
丸山砦跡の頂上部。
-
謎の塚に向かう途中から振り返って、丸山砦跡を。
道なりに白い民家裏の円錐形の小山が丸山砦跡。 -
(12)謎の塚。
舗装路から山林の道を少し登る。 -
謎の塚「 五味与惣兵衛の塚」。
謎の塚の由来は、遠く離れた場所で戦死した武田方の武将・五味与惣兵衛が此処の地に祀られている不思議な「謎」の為。 -
三十三観音と庚申堂。
(12)謎の塚から(13)土屋昌次の塚に向かう途中、土屋昌次の塚の手間にある。 -
(13)土屋昌次の塚。
土屋昌次は、馬防柵再現地に戦死の石碑が建っていた武田方の重臣の中で最も若い武将。 -
(3)信玄塚。
信玄塚は設楽原歴史資料館の裏手にある。 -
信玄塚。
長篠・設楽原の戦いで戦死した両軍の戦没者15000人を葬った塚。 -
閻魔大王の堂。
堂の裏手が信玄塚。 -
閻魔大王。
-
閻魔大王の堂の壁に掲げられてい「設楽原古戦場いろはかるた」。
関連箇所に「設楽原古戦場いろはかるた」看板があった。 -
(4)首洗池。
-
首洗池。
三河東郷駅に向かう。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
71