2019/04/21 - 2019/04/21
562位(同エリア1368件中)
はたさん
野口雨情作詞の童謡 赤い靴 は、
赤い靴(くつ) はいてた 女の子
異人(いじん)さんに つれられて 行っちゃった
横浜の 埠頭(はとば)から 汽船(ふね)に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった
と 誰もが知っている。モデルとされた女の子は静岡県生まれ、北海道でアメリカ人宣教師に引き取られたが、病気のため宣教師とともに渡米することなく九才で亡くなったという(異説あり)。
さて、秋田市図書館 明徳館 の前に 秋田の赤い靴の像がある。
アメリカ人宣教師ミス・カラ・ハリソン(1859~1937)と秋田生まれの金子ハツ(1887~1922)をモデルとした話だ。
(後半へ続く)
- 旅行の満足度
- 4.5
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天気が良かったので、千秋公園にいった。
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その前に、腹ごしらえ
エリアなかいち 商業棟1F にある カフェ GRISSINI (グリッシーニ)
に行く。
甘いものを -
いただく。
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かなり 甘い。けど 美味しい。
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食べたら、千秋公園へ
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お堀には、鯉が。。。
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(前半から続く)
1886年(明治十九年)秋田に派遣された、ミス・カラ・ハリソンは、女囚監倉(刑務所)へも教戒師として出向き、金子ハツの親 ふじ と出会う。
ふじは、能代の船大工の後妻になり、三種で姑の面倒をみることになったが、姑が斧で虐待しようとしたのをかばい、誤って、先妻の子 はつ を殺してしまう。
ふじは、身ごもったまま獄中に行き、女の子を産む。女の子は、亡くなった はつ から名前をもらい、ハツ と名づけられた。
ふじは、そのまま、獄中で帰らぬ人になる。
女の子は引き取り手がなく、ミス・カラ・ハリソンが引き取ることに。 -
そして、ハツが十二歳になった時、ハリソンは、帰国することになり、二人は横浜から船に乗りアメリカに渡る。
ハツはアメリカではコラ・ジュリア・ハリソンと名乗って、高校、大学に入った。1907年(明治四十年)サンフランシスコで排日暴動が起こるなど、吹き荒れる排日の嵐の中で、大学を出ても就職がないハツのためハリソンはハツとともに再び日系人の多いハワイヘ渡る。
5年ほどハワイ島のコナに住みオアフ島に移る。ハツは家庭的な娘でよくハリソンを助け教師の道を歩むが胸を病み、三十四歳の若さでこの世を去ったとのことだ。
赤い靴の少女の話だ。 -
この話は、直木賞作家の 渡辺喜恵子(北秋田市出身) が 小説【タンタラスの虹】として発表している。
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秋田の赤い靴の少女の話は それくらいにして、天気がいいから、花見会場に行く。
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もうすぐ、イベントがはじまる。
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天気は いい。
一気に 桜が開花した。 -
大平山も見える。
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御隅櫓も見える
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アップしてみる
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梅も 桜も 咲いた
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ほんとに 天気がいい。
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与次郎稲荷。
伝説のきつねだ。 -
八幡様
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拝んでみる。
GWの旅が 平安となること。 -
竜神にも ごあいさつ
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お札は この次にします。
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おみくじ
この神社には、うぐいす占いという おみくじがあった。 -
さて 帰ろう。
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しかし いい天気だ。
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桜の木は、少々 老木となりつつあるか。
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秋田犬も散歩している。
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今週が 見ごろのピークかなぁ。
千秋公園にいったら、赤い靴の少女を思い出してほしい。
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