2019/04/01 - 2019/04/03
6位(同エリア8981件中)
chiaki-kさん
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ロックフェラーセンターは、NYマンハッタン・ミッドタウンの5番街及び6番街にある超高層ビルを含む複数のビルからなる複合施設だが、最も高いビル(旧名 GEビル、今はコムキャストビル)の屋上が展望台”トップ・オブ・ザ・ロック”として一般に公開されている。マンハッタンの展望台としては他にワン・ワールド・トレードセンター(1WTC)やエンパイアステートビルがあり、そちらの方がより高層ではあるが、トップ・オブ・ザ・ロック最上階の屋上には窓が無く、遮るもののない展望が得られる為、写真愛好家などに絶大な人気がある。 入場料金はシニア料金が$32。しかし夕刻は人気の為大混雑が予想されるとのことで、割高ではあったがHISを通してNETで申し込む(4480円)。18:30入場を希望すると一杯で、18:35に変更されたが、結論から言えば、全く問題は無かった。
表紙の写真は2019年3月31日 18:41 に屋上から撮影したマンハッタン。手前がミッドタウンで、正面にエンパイアステートビル、その後方にはダウンタウン地区が控え、1WTCが聳えている。この後、時系列によって、刻々と変化していくNYマンハッタンをお届けしたい。
2024/03/10 一部修正
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- ユナイテッド航空
- 旅行の手配内容
- その他
-
3/31
18:41 カメラを左に振ると、メットライフビル(旧パンナム・ビル)とクラスラービルの頭、建設中のビル、そしてイーストリバーが見える。 -
18:42 右に振るとミッドタウンのビル群とハドソン川が見える。LEDが青く光っている所がタイムズ・スクゥエア。
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18:43 屋上の裏側へ移動すると、セントラルパークとブロンクス方面が見える。パークの手前に鉛筆のような細長いビルがニョキニョキ建ち始めた。
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18:43 クラシックな双眼鏡がいいね。
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18:54 リバティアイランド&エリスアイランド、そしてニュージャージー方面をUP。空がピンク色なってきた。
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18:54 1WTCビルをどUP。
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19:05 落日。この日は夕刻から天気が回復したのは良いのだが、気温は5~6度と寒く、強い風が吹き付ける屋上で、まるでガマン大会状態。
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19:14 黄昏時のマンハッタン。ボツボツ灯りが点ってきた。
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19:15 薄暮時となり、だいぶ灯りが増えてきたが、残念なことに今日は日曜日! お休みのオフィスが多いので最後までこんな感じだった。
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19:31 今日のエンパイアステートビルのライティングは、白+白。つまんな~い。
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19:33 薄暮時のセントラルパーク方面。本当にこんな細長いビルで大丈夫?
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19:33 右側はこんな感。イーストリバーの向こうはクイーンズ地区。
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イチオシ
19:35 最後のマンハッタンの夜景。これ以上灯りは増えそうも無いし、寒くて居られないので降りることにした。
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1分もかからず降りてきたが、せっかくなのでロックフェラーセンターの周りを一周。これはライトアップされたコムキャストビル(259m)。
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そして、TV露出度の高いロックフェラー・プラザでは、アイススケートリンクが営業中だった。12月になると特大のクリスマスツリーが飾られることで有名。
1989年10月、日本の○○地所がロックフェラーセンターを約2,200億円で買収したが、バブル景気による海外資産買いあさりの象徴的な例として、アメリカ国民とニューヨーク市民の大きな反感を買った。 -
しかし、バブル崩壊で莫大な赤字を出し、1995年5月に運営会社は破産。○○地所が買収した14棟のうち12棟は売却され、現在は「タイムライフ・ビル」と「マグロウ=ヒル・ビル」の2棟のみが○○地所の所有となっている。
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プロメテウスは自然界の猛威や寒さに怯える人類を哀れみ、天界から「火」を盗み出し、人類に渡した。人類は火を基盤とした文明や技術など多くの恩恵を受けたが、同時に、その火を使って武器を作り戦争を始めるに至った。
怒ったゼウスは、プロメテウスをカウカーソス山の山頂に磔にさせ、生きながらにして毎日肝臓を鷲についばまれる責め苦を強いた。プロメテウスは不死であるため、彼の肝臓は夜中に再生し、3万年同じ刑が繰り返されたそうだ。まあ、神様から見れば泥棒だが、人間から見れば恩人という訳だね。 -
この後、夜のNYをブラタモリ。これはNY市立図書館。
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実は図書館前の通りにあるサンライズという日本食材店で夕飯を食べる予定であったが、残念ながら今日は日曜日ということで店は20:00に閉まっていた。
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図書館の裏にあるブライアント・パークからエンパイアステートビルが見えた。なお、ブライアント・パークは夜間閉鎖される。
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一瞬、夕食難民になりかけたが、50stとブロードウェイ交差点にあったDUANE・READというコンビニ?店で食材購入。ツナロールすし$6.49、フルーツミックス$3.79、サンドイッチ$4.79、プリングルス$2.49、ビール$2.19、アルミ缶デポジットが$0.05、そしてTAXが8.875%だった。と、いうことで3/31はこれで終了。
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4/1
NY観光も今日でLAST。昨日も歩いた50stを東へ。DON'T BE AFRAID OF ANYONE だって。 -
5番街に到着。
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この一見、不気味なビルがトランプタワー。
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隣はあのティファニーNY本店。映画”ティファニーで朝食を”の冒頭シーンではダウンタウン方面から走ってきたイエローキャブが店の前で止まり、オードリーを降ろしたのだが、今はアップタウン方面からの一方通行となってしまったので、もうあのまねは出来ない。
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ティファニー本店の外観は1961年から全く変わっていない。変わったのはうちのカミさん。
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オードリーがゴミを捨てたゴミ駕籠は既に無く、代わりに置いてあるのが、何とも無粋なNYPDのコンクリートブロック。
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トランプタワーの前で、恐る恐る一枚撮影。スタバも、トイレもあるし、まあ入ってもいいんだけれど・・・・パス。
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ティファニーの向かいはミキモトさんとブルガリ。
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コーチとタグホイヤーの店。
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そして、ユニクロ。ユニクロへはニューヨーク近代美術館(以降MOMAと呼称)の後に来ることとした。
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MOMAは10:30オープン。昨日は休館日だった。
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エントランスを入って先へ進むと、チケット売り場。入場料金は$18、もちろんシニア料金。メットと同じくMOMAでも絵画中心に見ていく計画を立てたので、まずエスカレーターで5Fへ直行。この後は、見た順番に絵画の紹介をしますが、作者:タイトル:製作年、解説(あれば)で、お届けします。
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ポール・セザンヌ:Still Life with Fruit Dish:1879-1980
最初に現れたのがセザンヌのコーナー。セザンヌといえば多角度から描いたリンゴの画が有名なのだが、この絵は比較的大人しい。 -
ポール・セザンヌ:モンジュルーの曲がり角:1898
セザンヌの風景画は塗り残しが多いのだが、この絵は少ないほうだ。 -
ポール・セザンヌ:Pines and Rocks(松と岩?):1897
セザンヌの風景画に多いのは、この石切場と建物とサント・ヴィクトワール山。 -
ポール・セザンヌ:Still Life with Ginger Jar,Sugar Bowl,and Oranges:1902~1906
あるものは上から、あるものは横から、あるものは斜め上から見ているのだが、不思議とまとまってしまうのがセザンヌ・マジック。 -
ポール・セザンヌ:シャトー・ノアール:1904~1906
エクサン・プロヴァンスの石切場近くにある建物。 -
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ:郵便配達夫・ジョセフ・ルーラン:1889 4月
アルル時代に仲良くなった郵便配達夫の肖像画。背景に花を描くのは、ゴッホが好きな人だけ。 -
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ:星月夜:1889 6月
MOMAの所有する絵画の中でも有名な一枚。サン・レミ療養所時代に描かれた画で、空も星も月もうねりにうねっている。 -
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ:星月夜:1889 6月 中央部拡大
1889年の春、プロヴァンス地方では夜明けに金星がはっきりと見えたので、見たままを描くゴッホの画には、糸杉の右側にしっかりと描かれている。 -
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ:星月夜:1889 6月 一部拡大
糸杉の右下に見える村は、サン・レミの村の山腹で描かれたスケッチに基づいている。 -
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ:オリーブの木々、背景にアルピーユ山脈:1889年 6月
星月夜と同じ月に描かれた作品。ついに山もオリーブの木々もうねり始めた。 -
アンリ・ルソー:夢:1954 中央部拡大
ルソーは1910年、66歳の時に肺炎で亡くなっているが、この画は亡くなる直前に描かれた。タイトル通り「夢」の中にいるような気分にさせてくれる画で、画を世に出すたびに、いつも評論家からは嘲笑の対象にされていたルソーだが、さすがにこの画は「今年は誰も笑わないであろうと信じる」と評価されたそうだ。 -
エドワード・ムンク:嵐:1898
戦争という嵐が近づいてきたことを感じ、”叫び”を聞こうとして両手を耳に当てる人々が描かれている。 -
ジョルジュ・スーラ:グランドキャンプの夜:1888
原題は Grandcamp Evening となっているが夜というより薄暮時と思われる。ザラザラとした荒い画像は、まるで夜間撮影時のデジタル画像のようだ。 -
ポール・ゴーギャン:静物と3匹の子犬:1888
ポンタ・ヴェン時代の最後の頃に描いためずらしい作品。この頃のゴーギャンは貧困にあえいでいたので、アルルに行けばタダ飯が食えると聞いてゴッホとの奇妙な共同生活に入った。 -
ポール・シニャック:七色に彩られた尺度と角度、色調と色相のリズミカルな背景のフェリックス・フェネオンの肖像 :1890
まるでジュゲムのような長いタイトルの画だ。 -
クロード・モネ:睡蓮の池に映る雲:1920頃
2m×12.76mの大作。晩年のモネは視力が衰え、睡蓮の形も次第に抽象的になってきている。この画を描いた6年後、モネは86才でジヴェルニーで亡くなった。 -
パブロ・ピカソ:アヴィニヨンの娘たち:1907
スペイン生まれの世界的な画家パブロ・ピカソは、その生涯で1万点を超える油絵・デッサンを残し、10万点にも及ぶ版画、その他数百点の彫刻や陶器作品を製作するなど、非常に多作な芸術家としてギネス世界記録にも登録されている。
ピカソは「キュビズム」と呼ばれる芸術動向の創始者とされ、従来の遠近法によらず、異なる複数の視点からとらえた物体の形を一つの画面に描写し、断片化された平面として再構成する独自の表現方法を確立した。この画を見た友人のジョルジュ・ブラックはピカソの作品に同調し、以後二人は共同でキュビズムの追及に取り組んでいくことになる。 -
パブロ・ピカソ:アヴィニヨンの娘たち:1907 一部拡大
キュビズムに入る前のアフリカ彫刻の時代の影響もあるのだが、後の作品と比べれば、わかりやすい作品といえるだろう。 -
パブロ・ピカソ:マ・ジョリ:1911~1912
画面中心の三角の塊は、女性の胸から上の姿を表しており、中心下部分に走る六本の縦線はギターの弦として描かれている。女性の頭の上にはフルーツを満載した籠がのっているとされる。全体として、ある女性がギターを弾いているという光景が浮かび上がる。・・・う~ん。 -
パブロ・ピカソ:緑の静物:1914
セザンヌがあと10年生きていたら、こうなったかもしれない。 -
パブロ・ピカソ:3人の女・春:1921
新古典主義時代の作品。ちょっと太めのギリシャ彫刻のような女性が登場する。 -
パブロ・ピカソ:3人の音楽家:1921
写真が発達した現代は目に見えるものを、ありのままに描く必要は無く、思ったまま描けば良いのね。 -
アンリ・マチス:ダンス(1):1909
ロシア人貿易商でありマチスのパトロンであったセルゲイ・シチューキンに依頼されて描かれた作品の習作で、本作はエルミタージュ美術館にある。 -
ルネ・マグリット:脅かされる暗殺者:1927
この作品は映画化されたファントマシリーズのあるシーンからインスピレーションを得て描いたもの。ファントマとは、国や組織に楯突き秩序を破壊する大胆なキャラクターなのだが、シュールレアリズムの画家達は残虐でサディスティックな犯罪への執着に興味を覚えたそうだ。 -
サルバトール・ダリ:記憶の固執:1931
ダリを代表する有名な画なのだが、実物は24.1cm×33cmという小さな画でビックリ。 -
サルバトール・ダリ:記憶の固執:1931 中央部拡大
この有名な「柔らかい時計」が描かれた作品では、本来固いはずの時計と柔らかいカマンベールチーズが合わさったイメージで表現されている。夢のような、何かの予感のような、かといって、どこか懐かしいような不思議な世界が描かれている。 -
ジャクソン・ポロック:雌 オオカミ:1943
アルコール依存症だったポロックが、WW2中に精神科医師より絵画療法を受けていたときの作品。雌オオカミが古代ローマを建国したロムルスとレムスを育てたという伝説に基いているのだが、戦争中の暗い時代を背景としていることは間違いない。 -
ジャクソン・ポロック:五尋の深み:1947
ポロック独自の技法である「ポーリング」(塗料を注ぎ掛けながら線を描く技法)や「ドリッピング」(塗料を撒き散らして滴らせる技法)が特徴的な代表的作品のひとつである。 -
マーク・ロスコ:No.16(Red,Brown,and Black):1958
マーク・ロスコはラトビア出身のロシア系ユダヤ人。迫害を逃れて1913年に移民としてエリス島からアメリカへ渡った。初期の頃はセザンヌやピカソのような画を描いていたが、次第に抽象主義絵画にのめり込み、最後はまるで、にじんだ壁紙のような画に行き着いてしまった。
(以上の絵画の解説はWikipedia及びMUSEYを参照させていただきました) -
展示室が混雑してきたのと、これ以上抽象画を見続けても収穫が無いので、そろそろ出ようと考えるようになった。そして、最後にアンディ・ウォホールの作品を探したが、見つからない。MOMAは作品の移動の激しい美術館なので、あきらめた。
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立体の展示室にポツンと置かれていたフィアット・チンクエチェント(2代目)。これもアートなんだろうね。
余談になるがチンクエチェントと言えばルパン3世の愛車、そのルパン3世の作者だった漫画家のモンキー・パンチこと加藤一彦さんが4月17日永眠。ご冥福をお祈り申し上げます。 -
このあとは、頭をショッピングとグルメに切り替え、NYをブラタモリ。最初に訪れたのはMOMA近くのユニクロ。ここでは、MOMAと提携したTシャツなどを購入。画像は最後に掲載します。
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5番街に面した教会や聖堂で一番大きいのはセント・パトリック大聖堂。カトリック教会のニューヨーク州大司教区大司教座および教区教会である。 1878年に完成、尖塔の高さは100mだが、周囲の高層ビルのおかげで、あまり高いイメージは無い。
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昼食は3Av・50stにあるエッサ・ベーグル。
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店内はこんな感じで混でいたが、回転が速いので10分ほど並んで注文できた。注文したのは・・・
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セサミ・ベーグル、ロックス・クリームチーズを挟んで、トースト&スライスしたもの1つと、コーヒーが2つ。値段はなんと$9.42。チップも要らないので、混んでいる理由がわかる。
ベーグルはユダヤ系ポーランド人がアメリカに持ち込んだといわれる食品で、強力小麦粉にイースト菌を入れ、よくこねた生地を30分ほど膨らました後、たっぷりのお湯で茹でた後、オーブンで焼くのだが、もちもちした食感があり、腹持ちが良い。出来上がったベーグルを輪切りにして、タップリのクリームチーズなどを挟んで食べるのだが、小食な日本人なら2人1つでもOK。 -
ベーグル屋を後に50stと49stを循環する市バスに乗って一旦ホテルへ戻り休憩。狭くても市内にホテルを取った最大の理由は、すぐに戻れること。
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ホテルで2時間ほど休憩した後、再び街歩きに出撃。メトロと足を駆使して、たどり着いたのはグランド・セントラル・ターミナル。
マンハッタン3大ターミナル(ほか2つはペンシルベニア駅、ポート・オーソリティ・ターミナル)のうち最大のもので、鉄道はすべて地下を通っているため、44面67線の広大なプラットホームはすべて地下にある。 開業は1871年だが、現在の駅舎は、1904年に改装・修復工事が始まり、1913年にグランド・セントラル・ターミナルとして開業した三代目の建物である -
数々の映画やドラマに登場している。
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ターミナルを出るとそびえ立つのは・・・
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クライスラービル。1930年当時、世界一の高さをもつ、ビッグ3の自動車メーカー・クライスラー本社ビルとして建設される。翌年の1931年にエンパイアステートビルの完成により、世界一の座を明け渡すことになったが、世界二位の座はシカゴにジョン・ハンコック・センターが出来るまで実に38年にもわたって維持した。特徴的な尖塔部分はクライスラー工場から運んできたステンレス・スチールで輝いている。
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この後、NETで見当をつけておいた”ジャックズ’99セントショップ”で大量お買い物。99セントと言っても、$○.99という設定なのだが、なかなか良かった。そして、ショッピングの後に入ったのは、昨晩クローズで撃沈した日本食材店サンライズ。
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2Fのイートイン・コーナーから眺めた店内はこんな感じ。
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1Fのカウンターから持ってきたのはカツ丼、野菜サラダ、とおーいお茶。全部で$14位でリーズナボー。ごはんがアジア米だった以外は、ほぼ日本で食べるカツ丼と変わらず、おいしかった。この後、ホテル近くのスーパー等でバラマキチョコや安いワイン、そしてチーズ等、最後の買い出しを行い、ホテルに引き上げパッキング後、さっさと寝る。
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4/2
6:30にホテルをチェックアウトし、42stにあるポート・オーソリティ・バスターミナルまで、20分ほどスーツケースを引きずりながら移動。ニューアーク空港行きのエアポート・エクスプレスバスに乗車する。さすがにこの時間帯には渋滞は無く30分ほどで空港に到着する。写真は空港へ向かう途中で見たNYの日の出。 -
ニューアーク国際空港Cターミナルから見た空港の様子。ここはユナイテッド航空の拠点空港なのね。飛行機の向こうにマンハッタンのビル街が見えた。good by NY !
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チェックインは例によって、すべて機械で行い、スーツケースのタグも自分で巻いた。セキュリティは、これ以上は考えられないと言うくらいの厳重さで、持ち込んだショッピングバックの中まで、しっかり見られた。ターミナルの様子は飲食店はそこそこあるのだが、物販店はいまいちの印象。
*最後にワインでも買おうと店を探したが見つからず、とうとう$50札をそのまま持ち帰ってしまった。2024年現在もそのまま持っているがどうしよう。 -
TC、G138から東京・成田行きのUA79便は11:05にオンタイムで出発したのは良いのだが、機械が打ち出してくれた座席ナンバーは私は48C、カミさんは49Fと、見事に離れてしまった。
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私の左側の窓際席には40代のジョージ・ルーカスのような、ひげ面白人男性、右側通路側席にはギリでやってきた、まるで女子プロレスラーのような30代の黒人女性だった。このルーカス氏、な・なんと成田へ着くまでトイレに一度も行かず、専ら日本映画を鑑賞。女子プロレスラーさんは席につくなり、いきなり持参の弁当を食べ始めた!
そんな訳で両側を良い体格の欧米さんにサンドイッチ状態に挟まれてしまったので、食事の撮影やPCいじりも一切せず、3本連続の映画鑑賞以外は、ただ、ただ小さくなって14時間をやり過ごした。ちなみに映画は往路でも見た「ボヘミアン・ラプソディ」と、「バンブルビー」、「グリーンブック」。画像は皆さん睡眠中にそっと撮影した飛行モニター一枚だけ。成田まであと3時間25分。 -
4/3
成田到着は4月3日15:00頃。バゲッジを受け取り、Wifi返却後、預けた車に乗り換え、いつもなら頑張って運転して帰宅するのだが、大事をとって後泊しようという、カミさんのありがたい言葉に従い、ゲートウェイホテルに宿泊。ゲートウェイホテルは、それほど新しいホテルでは無いのだが、今回宿泊したNYのホテルと比べると部屋の広さは3倍!、デスクあり、冷蔵庫あり、ベッドは2台あり、窓からの眺望良く、朝飯はおいしい、と、文句のつけようが無いホテルだった。
チェックイン後、一風呂浴びて、18:00からのバイキング夕食(シニア2100円)まで一眠りとベッドに入ったら、目を覚ましたのは20:00過ぎ。夕食は取りやめてホテルまでの途中、コンビニで購入したビールやつまみなどで軽く到着祝いをしてから本格的に就寝する。ときおりジェット機の離陸音が聞こえる以外は静かなホテルであり、熟睡できた。
なお、ホテルのクチコミは以下をご覧ください。
https://4travel.jp/dm_hotel_tips_each-13581652.html
これで「2019年 ニューヨーク旅行記4:トップ・オブ・ザ・ロック、MOMA、エッサベーグル他」は終了です。そしてNY旅行記もおしまいです。本日も最後まで、ご覧頂き、ありがとうございます。さらに全編ご覧いただいた方には最大の Thank you very very very much ! (トランプか)を差し上げます。
2024/03/10 一部修正 -
OMAKE1
今回のお土産は、それほど多くありません。 -
OMAKE2
左上:ブルックリンビールと安物のカリフォルニアワイン
右上:ナッツ、チャイ、コーヒー、そしてニッシン・カップヌードル
左下:M&M、ひまわりのタネ、ハリボ
右下:バラマキ用ハーシー・チョコレート各種 -
OMAKE3
左上:アメリカ製NY・Tシャツ
右上:ユニクロ製アンディ・ウォホール・Tシャツ
左下:ユニクロ製バスキア・Tシャツ
右下:ユニクロ製キースヘリング・Tシャツ -
OMAKE4
そしてLASTは99セントショップで購入した NYPD and NEW YORK マグカップです。
おしまい
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