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最近のロシア正教の流行に寄せて(2)

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2003/11/01 - 2003/11/01

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JIC旅行センター

JIC旅行センターさん

 近年になってからロシア正教の洗礼を受けた信者に、昔は党員だったでしょ、とか、コムソモールだったでしょ、と言うと、決まって「時代がそうだった。それ以外の選択肢はなかった。そう教えられて育ったから、それが正しいと信じていた」という答えが返ってくる。しかしそんなことはない。30年代を生きた人ならともかく、1950年代生まれである私の主人が党員だったりコムソモールだったりしたことはない。「時代のウソのにおい」を嗅ぎ取って、一貫して否定し続けてきた。そのかわり彼が経済的に裕福だった時代というのは一時期とてなく、学校やクラブでリーダーになることもなく、いかなる「社会的成功」とも無縁だったし、そんな社会で成功したいとも思わなかったようだ。そして彼は、現在の「猫も杓子も洗礼を」といった時代の流れをも否定しており、洗礼を受ける気はなさそうだ。しかし彼に、「あなたにとってイエスキリストは誰?」と投げかけると、「神である」と間髪おかずに返ってくる。「当たり前だろ」とでも言いたげに。

 今年のパスハ(イースター)の祭日に、ペテルブルグのカザン寺院での夜通しの礼拝の様子がテレビで生中継されたので見ていると、プーチン大統領が映っている。今年、知事選に打って出たマトヴィエンコ女史と並んで、至聖所の上に立っている。もとKGBだったプーチン大統領が、今は(あるいは昔から?)ロシア正教の信者なのだと、その時はじめて知った。かつては酒豪のコムソモールカ、生え抜きの党活動家で鳴らしたマトヴィエンコ女史も、白いプラトークに頭をつつみ、敬虔な面持ちで祈りを捧げている。すぐそばにヤコヴレフ知事(当時)もいる。政界で上に立つ人は、今や正教会信者でなければならない、という事実を目の当たりにした感があった。しかし女性は至聖所に入ってはいけないと聞いていたが、マトヴィエンコは構わないのか、という疑問が頭に残った。とにかく、政治家の靖国神社参拝でいまだにもめている日本とはえらい違いだ。

私たち家族の友人に、イワンがいる。イワンは主人の画家仲間で、20年以上のつきあいがある。彼は、教会のなかった集落に、ソ連崩壊後すぐ、自らの手でゼロから教会づくりをはじめ、二つの教会を作り上げた。その実行力と信仰心を認められ、ノブゴロド監督管区に乞われ、聖職者になった。それ以来イワンは イオアン教父となり、自分が建てた小さな木造教会でつとめを果たしている。一度見においで、という彼の言葉に甘えて、昨秋、ペテルブルグから車で三時間半の、彼の教区に一緒について行った。

「ほら、着いたよ。教会だよ」と言われるまで分からなかった教会の建物は、普通のダーチャと変わりなかった。緑のペンキで塗られた、小さな木造小屋。屋根の上には、いかにも取って付けたようなネギ坊主がひとつ、ちょこんと乗っている。かなり笑える。ワーニャがつけたのだ。その上に小さな十字架。普段ペテルブルグで豪壮華麗な大聖堂ばかり目にしている私には、驚きだった。「見てごらん」と手招きされて、鐘を見に行くと、鐘には「ЖД」と彫ってある。鉄道会社の鐘だ。さては失敬してきたのか。ワーニャはふふふと笑っている。中に入ると、ベニヤ板でできたイコノスタスがあり、掲げられているイコンはといえばみな、どこかのイコンをカラーコピーしたひらひらの紙か、教会でよく売られているイコンカレンダーやポスターだった。

しかし掃除は行き届き、砂一粒落ちてないほど磨きあげられていた。土足で入るのが申し訳ないほどだった。何の産業もない小さな集落。土地がやせて、農業もできない落ちぶれた村。住民の男性のほぼ100パーセントはアル中か薬付けだという。教会に集うのは女と子ども。本物のイコンを買うお金がないのも事実だが、こんなところで本物のイコンを掲げると、次の日には盗まれるのが目に見えているから置かないのだ、とワーニャが説明してくれた。私がいた二日の間に、この小さな村で3件の殺人事件があった。

 ワーニャはここで一人、朝夕の礼拝を執り行い、日曜には浮浪者に食事を与える指揮をとり、3才から16才まで200人の子どもがいるという孤児院のこどもたちを集めて日曜学校を開き、ペテルブルグから人道援助の古着を運んできては配り、葬式に走り、寝る暇もない。近隣の村には未だ教会がなく、葬式に来てくれと使いがやって来たりする。私の滞在中にも、ちょうど日曜学校が始まった時に「すぐに来てくれ」と使いが来て、せっかく集まった子どもたちをがっかりさせてはならないからと、日曜学校を私に任せて出て行った。偉いお話などできないので困った私は、子どもたちと折り紙をして遊んだ。

ワーニャは神学校で勉強して聖職者になったわけではないので、知識が不足していると思っているのか、モスクワ神学アカデミーでも勉強し、スクーリングに通っている。ペテルブルグには奥さんと7人の子どももいて、そちらも忘れてはいない。ちなみに、ワーニャには聖職者としての俸給というものがない。逆に、彼の教区で献金を集めて、まとまった額を「中央役所」であるノヴゴロドに納めなければいけないことになっているそうだ。こんな田舎ではお金も集まらず、「中央」に対する不義が続いているのだ、と笑っていた。

 大都市の教会では見かけないことがもうひとつあった。礼拝の間に回ってくる献金の帽子、あるいは袋が、ここではお皿で、誰がいくら献金しかかが丸見えだ。お皿を持っているおばあさんが、一番後ろに立っている私のところへやってくるまでに集まったのは、すべてカペイカ貨幣だった。紙幣どころか、ルーブル硬貨すらなく、おばあさんは、「みんな、なによこれ。お金あるんでしょ、渋らないで出しなさいよ」と口にし、小さな礼拝堂の中をお皿を持って何度もまわった。最後に私のところへ来たので、100ルーブル紙幣を置くと、私に飛びついて喜んで、キスして感謝した。このことをあとでワーニャに話して、「あんなにあからさまに、もっと出せなんて要求してもいいの?みんなお金なさそうだし、金額の大小は問題じゃないって聖書にも、、、」と聞いてみたが、「いいんだよ」ということだった。

ついでに近年の洗礼の流行についても聞いた。「洗礼自体は、10分で出来る。簡単さ。でもその後残りの長い人生の間、毎週日曜日に必ず教会へ通うというのがどれほど大変なことか、分かった上で洗礼を受ける人は少ない」と言う。友達である私の主人に洗礼をすすめる気はないのか、と聞くと、「圧力かけても仕方ないだろ」という。ごもっとも。

 あっという間に二日間が過ぎて、ワーニャは教区に残り、私は列車で街へ帰るというので、彼が車で駅まで送ってくれた。車を降りようとする私に彼は「あなたにとってイエスキリストとは誰か?」と聞いてきた。私は即座には返答できない。「聞いて悪かったかな?」とワーニャが場をとりつくろう。私はなぜイコンを勉強したり教会めぐりをしたりしているのだろう。「イエスキリストは神である」と断言できないくせに。私こそ、流行に乗り遅れまいとしているのかもしれないな。

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