2003/11/01 - 2003/11/01
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JIC旅行センターさん
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いま、ロシアで何が流行っているといっても、ロシア正教ほど流行っているものはない。流行に乗ろうとしない者は、肩身の狭い思いをしたり、あるいは白い目で見られたりすることさえある。人が、「私はロシア正教の信者である」と胸を張って言う時、かつて「私は共産党員である」とか、「コムソモールである」と胸を張っていた感覚に似ている、と思わせる時さえある。
私が息子に洗礼を授けていないと知ると、怒り出したり、私を批難しはじめたりする人が、今のロシアにはたくさんいる。「信教は個人の自由」という感覚は欠如しているかのようだ。「息子が正教信者になっても一向に構わないが、まだ訳の分からないうちに幼児洗礼を授けるのではなく、息子に自分で選択してもらいたいのだ」という言い訳は通らない。私のまわりの信者たちは、生まれてすぐに洗礼をして、神に子どもを護ってもらうのが正しいのだという。「神」のおきてによって子育てをしないで、何をよりどころにしつけをするつもりなのだ、という。その「神」というのが、「彼等の神」でなければ、彼等は満足しない。「私の神」ではだめなのだ。息子の通う幼稚園では聖書を読んでいる。公立幼稚園なのに。スライドを見せてイコンの勉強までしている。担任の先生に、「ロシア人だって、みんながみんな正教の信者ではないでしょう。反対する父兄はいないのですか」と聞くと、「正教はロシアの国教だから」という返事がかえってきた。
私は正教の信者ではないが、ロシアに住む以上、最低限のおつきあいは出来るよう、冠婚葬祭に支障のない程度に勉強はした。勉強しているうちにおもしろくなって、イコンなどは、そのへんを歩いているロシア人より詳しいかもしれない。子どもと一緒に教会めぐりをしたりもする。そしてこの夏、ロシア正教ツアーに二度、子どもと共に参加した。この手のツアーは近年たくさんあり、日帰りツアーからキエフ2週間ツアーや、イスラエル聖地めぐりツアーまで、よりどりみどりのプログラムで、よく教会に広告が貼り出されている。私が参加したツアーは二本とも、「巡礼者」という名の団体がオーガナイズしていて、この団体は、かつてプーシキンの葬儀がとり行われたカニューシェンナヤの教会に所属している。広告には、「愛する信者の皆さん、そしてペテルブルグ市民のみなさん、それからこの街にいらしたお客さまへ!」とあったので、「お客さまでも参加していいんだ」と理解し、さらに電話で「信者ではないが参加しても構わないか」と確認した上で参加申し込みした。
一本目は、前々から行きたかったフェラポントヴォだ。1398年に始まる歴史あるフェラポントフ修道院には、かのディオニシイが1502年から1503年にかけて息子たちと描いたフレスコが、500年前とほとんど変わらず残っている。グループの集合場所は、モスクワ駅だった。グループに合流してすぐ、ガイドだと名乗るおばあさんが近付いてきて、私の顔を見て、「あなた、洗礼は済ませたの?」と聞いてきた。まだだと答えると、「お子さんは?」ときた。それもまだだと言うと、彼女は顔をしかめたので、「この子のパパだって洗礼を受けていないのに」と、駅まで見送りに来てくれていた主人(ロシア人)に矛先を向けると、彼女は「え、それってどういうこと?」と、全く理解できないようだった。洗礼を受けていないロシア人がいるなんて、信じられない、といったふうだった。はたして私の嫌な予感は的中した。ツアーの間じゅう、ガイドは他の参加者に私のことを「異教徒」と紹介し、私は出るつもりでいた早朝の礼拝も、「あなたは出ないでしょ。もっと寝てるでしょ?」と言い、「私たちは聖体拝領を受けるから、朝ご飯は食べないけど、あなたは食べるでしょうから、食堂に行ってカーシャを頼んでおいで」と、勝手に決めつけた。
私はこのガイドから発せられる「えせ信者のにおい」をかぎとった。ドミートリー修道院での朝の礼拝のとき、礼拝堂に張り紙がしてあり、その日がたまたま、ディオニシイがドミートリーを書いた「イコン」の500周年記念の祭日にあたり、普段は見れないイコンの開帳と特別礼拝が夕方6時からあることを知った。5時頃になって、今後の予定をガイドに尋ねると、戦時中レニングラードからこの地に疎開してきて亡くなった人たちの墓参りと、ヴォログダ名物のバターを買いにショッピングに行って、その後は駅に行って帰途につくと言うので、私はバターはいらないので、バスを降りてもいいか、駅には自力で行くから、と言ってバスを降りた。そしてタクシーを拾って、息子と一緒に、朝の礼拝に参加したドミートリエフ修道院に舞い戻った。修道僧が鐘楼に上り、ロープを見事にあやつって鐘をかき鳴らしている。民衆の波にしたがって、とても天井の低い地下の礼拝堂に入ると、聖ドミートリーの不朽体とおぼしき大きな木の箱が正面にしつらえられている。その横にはディオニシイのイコン。イコンは素晴らしかった。なんだか心が洗われ、身体が軽くなったような気さえした。
うきうきして駅に戻ると、他の参加者はすでに列車に乗り込んでおり、「どこに行ってたの?」と聞かれた。ディオニシイのイコンを見てきたと話すと、「そう、それは良かったわね」と言ってくれたが、列車が動き出すと、例のガイドがやってきて、私をなじりだした。なぜイコンの特別開帳があることをみんなに公表してくれなかったのかと。ガイドである彼女がこのことを知らなかったとは意外だった。あちこちにあった張り紙に気付いたのは、外国人で異教者の私だけだというのか。彼女はさっきまで、買ってきた名物のバターを見せて満足気だったのに、今となっては頭の中でバターとイコンを天秤にかけているのか、複雑な心境でバターを眺めている。
「えせ信者のにおい」を発している人はたくさんいる。二本目のツアーでは、参加者の中でも、「誰が一番早く起きて、お祈りをはじめるか」の競争があった。3時半や4時に起きて、とうとうと大きな声で祈祷書を読みはじめるのだ。同じ部屋に寝ている私は、もちろんそれで目が覚めるのだが、そんなことはおかまいなしだ。信者さんの中にも、もっと寝ていたい、5時起床で十分だ、と思っている人もいたはずなのに、「お祈りもしないでグースカ寝ているのは信者ではない」という雰囲気がかもし出され、仕方なく起き上がってお祈りを始めるのだった。二本目のツアーでは、ペチョーラ大修道院の近くにある信者の一般家庭に泊めてもらったのだが、食卓を囲んだ時に、参加者のひとりが「昔は良かったわね。ロシアに一つしか信仰がなかった時には、ロシアは一致団結して、すべてうまく行っていたのに。カトリックやらプロテスタントやら、いろんなのが出てきて統一が崩れちゃったからこんなことになっちゃったのよね」と言い出し、ほかのみんなもそうだそうだ、と「一国に一信仰」というアイディアに声を大にして賛成した。
私は心の中で、「この広いロシアに一つしか信仰がなかった時代って、いつのことよ?ウラジーミル以前の時代のこと?ロシアが一致団結して、すべてうまく行っていたことなんて、歴史上にあったっけ?」と思ったが、口には出さなかった。私は異教徒なのだから、何を言っても無駄なのだ。私のような人間が、ロシアの団結と幸福を邪魔しているのだ。しかし彼女らは、この広いロシアにいるロシア人以外の民族にロシア正教を押し付けて、信仰統一を果たせば、自分達も「自分以外の人たち」も幸せになれると、本気で思っているのだろうか。
私は、えせ信者がいるということを書いて、ロシア正教を批難しようとしているわけでは決してない。よく言われるが、あなたの教会の聖職者がアル中だからといって、神がいないということにはならないし、えせ信者がいるということは、本当の信者の信仰をおとしめるものではない。子どもの頃に、母が、「近所のナントカさんは、○○会なのに、道ばたにみかんの皮をポイ捨てしてた。やっぱり○○会はだめね」と言ったのを今でも覚えている。「お母さん、それ、おかしいよ。みかんの皮一つで、その宗派全体の評価をされちゃかなわないよ。信者は神様じゃないんだし」
同じようにロシアに長年住んでいるアメリカ人の知人で、プロテスタントの信者がいる。彼に、「ロシアに住んでいるんだからロシア正教に改宗しろって言われない?」と聞くと、「よく言われるよ。その度に、あなたは昔、コムソモーレッツでしたか?って聞くんだ。僕は子どもの頃から、ロシア正教じゃなくてもしあわせだったし、今も幸せだ。住む場所や時代の流れに合わせて宗教を変えるつもりはないんだ。でも御進言ありがとうって言うことにしてるんだ。たいていはそれで引っ込むよ」
(つづく)
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