2018/12/08 - 2018/12/21
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urufeeさん
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2018年冬の18切符の旅は、羽田から飛行機で佐賀まで移動して、佐賀で開催されていた維新150年祀り関連の見学からスタートしました。そして反時計回りで九州をほぼ一周するような工程で回ってきました。
12月 8日 JALのマイル特典で羽田→福岡。福岡からバスで佐賀駅まで移動です。JALは佐賀空港飛んでないんです。
12月 9日 佐賀城址や維新博覧会テーマ館中心に見学。
12月10日 ここから18切符利用開始で、佐賀→人吉へ移動しました。
12月11日 青井阿蘇神社、永国寺など人吉市街を徒歩観光。
12月12日 観光列車「いさぶろう号」で、人吉→鹿児島へ移動。到着後、鹿児島市街をチョット観光。
12月13日 路線バスとレンタサイクルを利用し、加世田の万世特攻記念館見学。
12月14日 路線バス使い、鹿屋航空基地資料館見学。
12月15日 宮崎へ移動し、ホテルで荷物預かって貰い、宮崎神社など観光。
12月16日 JR普通切符と、路線バス使い、青島神社、鵜戸神社観光。
12月17日 ホテルに荷物預けて、飫肥城址など観光。その後、ホテルで荷物受け取り佐伯に移動。
12月18日 佐伯城址、”平和記念館やわらぎ”など見学。
12月19日 佐伯→博多へ移動。
12月20日 板付遺跡を見学して、福岡20:55発のANA便で、羽田経由クアラルンプール。
12月21日 クアラルンプールには早朝6時半頃到着しました。
写真は万世特攻記念館。建物は練習機「赤とんぼ」の複葉型を、そして屋根は平和を祈る合掌がシンボルになっています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ ANAグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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12月9日、佐賀城址から観光開始。
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佐賀城本丸歴史館を最初に見学。
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今時らしく、ロボットの案内嬢。
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次は早稲田大学創設者、大隈重信の記念館へ。
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大隈重信が不平等条約改正の為に外務大臣となった時、不満分子による爆弾テロで右足を失ってしまいます。彼が利用した義足が展示されていました。
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記念館の外には立派な銅像も建っています。
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銅像の奥の方に大隈重信生家が保存されています。母親が重信の為に2階部分を建て増ししたりしているそうです。
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大隈重信記念館の後、肥前さが幕末維新博覧会のリアル弘道館などを見ましたが、基本写真不可でした。
そして、松原神社に来ました。 -
こちらは、松原神社のすぐ隣にある佐嘉神社。
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佐賀最後の観光は幕末維新記念館を見ました。
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12月10日、佐賀から人吉へ移動しました。途中、鳥栖駅で途中下車して昼食を取り、人吉駅へは15:54到着。駅前で一服している内に、16時のカラクリ時計が動きました。写真では窓閉まっていますが、一番上の窓からは殿様が、裏側では姫様が出たり入ったりします。
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12月11日は人吉駅の反対側に有る、大村横穴群から観光。横穴群は東西2群に分かれていて、先ずは東群から。6~7世紀の古墳時代に作られたお墓ですが、東群のほうはこんな坂の途中に横穴を見ることができます。
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チョットした坂道を登って、人吉市街を見た所。
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こちらは西群のほうです。こちらは崖に横穴が掘られています。
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西群近くの人吉機関車庫。本来は無料で内部見学できるはずなのですが、チョウド映画の撮影中。(何の映画かは不明)
入口までは行ったのですが、そこにいたスタッフに、「内部に入るのはご遠慮ください」と断られた。写真もご遠慮と言われてしまった。 -
青井阿蘇神社の裏手から入ってしまったので、いきなり拝殿から。
茅葺屋根の立派な拝殿ですが、1610年から18年かけて本殿などと共に建てられました。
日本最南端の国宝建造物との事です。 -
立派な楼門も茅葺屋根です。
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神社へ入る順番逆になってしまいまいました。この後、近くのカフェで昼食にしました。
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今日の昼食はカレーライス。
有料ですが、トッピング選択が卵と納豆の2種類有りました。卵にカレーは何処でも食べれると思い納豆にしましたが、後で気が付いたらCoco壱番では標準トッピングなんですね。 -
腹ごしらえも終わり、幽霊寺とも言われる永国寺へ来ました。
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永国寺は西南戦争の時、田原坂で敗れた西郷隆盛が人吉に移動して本陣を置いた場所です。
この碑は西郷本営跡を記念して、山本善輔海軍大将の揮毫によるものだそうです。 -
西郷隆盛が人吉に来てから33日間官軍の攻撃を防いだらしいのですが、その時永国寺もことごとく灰燼となりました。奇跡的に残った寺宝の一つがこの幽霊の掛け軸です。その為に、永国寺は俗称”幽霊寺”と呼ばれることになっています。
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永国寺から人吉城へ行く途中には、西郷隆盛宿舎跡という場所も有りました。
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そしてもう少し人吉城址に向かった途中に、焼酎蔵元が有りました。工場見学受付と有ったので、「予約もしてない一人ですがokですか?」と聞いたら、ワザワザ案内の方が工場から出てきてくれて恐縮してしまいました。そして最後には数種類の焼酎試飲までさせて貰い凄くラッキー。初めてアルコール度数40度という強い焼酎まで試させて貰いました。ごちそうさまでした。
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焼酎試飲させて貰い、ほろ酔い気分で人吉城址に到着。
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まずは人吉城歴史館で人吉城の歴史を勉強。
人吉城は鎌倉時代初期に地頭となった相良氏初代の長頼が築城したと伝えられています。その後明治の廃藩置県まで相良氏の統治が続きます。このように一つの武家の居城として、中世から近世の明治初頭まで続いたのは人吉城だけなのだそうです。 -
武者返しの有る城壁というのを初めて見ました。
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人吉城は球磨川沿いの築城で、球磨川の水運も利用されました。ここはその水運利用の為の水の手門です。
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天守閣などは残っていないので、二の丸跡から人吉市街の眺めを。
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人吉城見学中から拡声器による音が聞こえていて何かと思っていたら、球磨川でカヌーの練習をしていました。雨の中ご苦労様です。
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人吉城祉からホテルへ戻る途中、球磨地方で歌われていた五木の子守歌の歌碑が有りました。昭和24年に当時の流行歌手である音丸さんが人吉を訪問した折にその存在を知り、翌年レコード化して全国的にヒットしました。
下の赤いボタンを押して暫く子守歌聞き入ってしまいました。 -
12月12日、人吉から鹿児島へ移動します。途中の吉松まではこの観光列車”いさぶろう”に乗車します。
熊本から人吉までは特急なのですが、人吉から吉松は各駅停車になるので18切符でも乗車できます。自由席は後方車両に7席有ります。平日移動だから満席にはならないとは思ったのですが、折角なので520円払って指定席取りました。
”ワンマン”の表示が出ていますが、 -
素敵な女性車掌さんが乗務しています。勿論、車掌さんですから検札をやったり車内放送もちゃんとしますが、場所によってはこんな感じで記念プレートを持って一緒に記念撮影に応じてくれたり、シャッターを押してくれたりと大活躍です。
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車内はこんな感じで、進行方向左側の座席がお勧めです。
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途中矢岳駅で暫く停車して、構内に在るSL展示館をチョット見学。
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館内では”デゴイチ”の雄姿を見て運転席に上ることもできます。
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そして矢岳駅を出て暫くすると霧島連山が見てきます。ここは写真スポットなので、駅は無いのですが暫くの間完全停車してくれます。
天気が良ければ、写真中央辺りに桜島も見えるらしいのですが、この日は残念でした。 -
鹿児島のホテルには15時半頃チェックイン。早速鹿児島市街をチョコっと散策。まずは大久保利通生い立ちの地から。
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西郷隆盛など下級武士の住居だったという二ツ家が保存されています。屋根は二つですが、部屋はひと続きになっている特徴が有ります。結構質素な暮らし振りだったみたいです。
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二ツ家のチョット先に、西郷隆盛の生誕地が有り、写真のような碑が建っています。
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更にチョット先に東郷平八郎の生誕地も有ります。
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だいぶ日も落ちて暗くなってきたので、甲突川を渡ってホテルの方へ戻ります。
大河ドラマ「西郷どん」でウナギ取りのシーンがよく出ましたが、この川だったんでしょうかね?
本当はこの近くに大久保利通生誕地も有ったのですが、遅くなったので今回は割愛です。 -
ホテルへ戻る途中に有る西郷隆盛の宅地跡は見てきました。
生家を売却して借金を返済し、この地に移り住んだみたいです。
もうだいぶ暗くなったので、鹿児島市街観光はここまでで夕食に行きました。 -
鹿児島の特攻隊関連というと知覧特攻平和会館が有名ですが、他の2カ所”万世特攻平和記念館”、”鹿屋航空基地資料館”へも是非行きたいと思ってました。
12月13日に先ずは万世特攻平和記念館から。路線バスで加世田まで行き、加世田のバスターミナルでレンタサイクル借りて行ってきました。レンタカー借りれないのですが、マレーシアに居ても、地方バス路線の時刻表からレンタサイクルを借りれる場所まで調べられるとは便利な世の中です。
以前は南薩鉄道が鹿児島から加世田までの直通運転を行っていましたが、時代の流れで1984年3月で廃線となってしまいました。 -
レンタサイクル借りて無事に万世特攻平和記念館の案内看板の所まで到着。
ここから慰霊の為の石灯篭が並んでいます。 -
やっと到着。
知覧と同じく、こちらも陸軍飛行場です。
陸軍最後の飛行場と言われる万世飛行場跡地に平和記念館が建てられました。
でも、見学する前に昼食を取っておかないとと思い直し、事前に調べておいた2km弱離れたラーメン屋さんへ先に行ってしまいました。 -
昼食終わって平和記念館へ戻ってきました。
万世飛行場の滑走路などは確認できないのですが、戦況悪化で急ごしらえした為滑走路の地盤が弱くて、固定脚の戦闘機をメインに特攻隊を構成したみたいです。でもそんな急ごしらえの飛行場から、200名以上の特攻隊員が沖縄の空に向かって飛び立っていったそうです。 -
記念館1階は撮影okですが、2階は撮影不可でした。
これは特攻機ではなく海軍の水上偵察機です。近くの吹上浜から引き上げられた為に、ここに展示することにしたみたいです。 -
この写真は有名な”子犬を抱いた少年兵”で、私が知覧で初めて見た時は衝撃を覚えました。実際の撮影場所はこの万世飛行場だったとの事で、ここにも掲示されていました。
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12月14日は路線バスで鹿屋航空基地資料館へ行きます。
鹿児島中央駅から鹿屋までは直行バスが出ています。鹿児島中央から航空隊前まで、錦江湾を横断するフェリーを含め約2時間かかります。 -
直通路線バスですが錦江湾横断はフェリー利用で、路線バスへ乗車したままフェリーへ乗り込みます。
鹿児島側の鴨池から大隅半島側の垂水まで、フェリー上船後はしばしの船旅を楽しめます。 -
桜島を横目に見ながら錦江湾を進んで行きます。
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大隅半島側の垂水港が見えてきました。
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知覧、万世は陸軍航空隊ですが、鹿屋は海軍航空隊です。現在は海上自衛隊鹿屋基地の一角に資料館が有りますが、この門の中へは入らず、左側に進んで行きます。
ちなみに、この鹿屋飛行場は映画にもなった”永遠のゼロ”の舞台になった場所です。 -
こちらが資料館の入り口です。
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資料館の周囲には実物の航空機などが展示されている野外博物館になっています。これがその全体配置図です。
前の写真の航空基地正門はこの写真の右側部分です。 -
野外博物館には、海上自衛隊の航空機などの展示も有りますが、戦時中の魚雷なども展示されています。
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野外展示を一通り見て、資料館へ入る前に先ずは腹ごしらえ。
海軍基地と言えばやはり”海軍カレー”ということで、今日の昼食はカレーライス。
資料館の一角に在る物産館内レストランで食べることができます。 -
資料館内は撮影禁止場所が多かったのですが、ゼロ戦の実機が展示されていて、初めて操縦席を見ることができました。
特攻隊関連は2階で、全て撮影禁止になっています。
翌日は宮崎へ移動しましたが、宮崎以降の旅行記は別にまとめました。宜しければ引き続きご覧頂ければありがたいです。
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