2018/12/08 - 2018/12/21
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urufeeさん
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青春18切符の旅を計画する時は、
(1)極力一筆書きのように回れること。
(2)一回の乗車賃が18切符一回分の2,370円を超えること。
等を基本にして、行きたい博物館などの休館日、健康ランドや温泉が混む土曜宿泊を避けられるか、移動中の昼食が取り易いか等を考慮して計画しています。これだけでパズルを解くような楽しさが有って、実際の旅行以上に計画立案中を楽しんでいるかもしれません。
しかし、JR九州は18切符の計画が立て難い路線でした。一番困ったのは宮崎から大分方面に抜ける時の日豊本線です。
宮崎→延岡まではある程度移動できるのですが、延岡→佐伯を18切符で利用できる普通電車は、早朝06:10発佐伯行きと、夜19:33発佐伯行の一日2本しか無いのです。これ以外は全て一時間に一本の特急だけです。かと言って、熊本経由にしたら18切符5回分では足りないし、逆ルートでもやはり延岡前後がネックになります。
でもそのお陰で佐伯観光を決断しましたし、飫肥城等の見学も組み込めたのですが、やはりもう少し早く佐伯に到着したり、佐伯ではなく別府などもターゲットにできるような選択肢は欲しかったですね。
ということで、2018年冬の18切符の旅後半は宮崎から博多までです。
写真は宮崎県立平和台公園に聳え立つ、高さ37mの平和の塔です。世界各地から集められた石で作られています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- ANAグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
12月15日、鹿児島から宮崎に移動し、昼食後にホテルで荷物預けてから再度電車に乗って宮崎神宮まで移動しました。
宮崎神宮境内に入り最初に徴古館へ。宮崎神宮の宝物や書籍の陳列・保存のために、明治42年に建てられた木造2階建てです。内部へ入ることはできませんでしたが、壁が全てなまこ壁で趣が有ります。 -
そして神武天皇を主祭神とする宮崎神宮へ。
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こちらが本殿前の拝殿です。
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近くに有る護国神社。
宮崎の護国神社は建築中に終戦となり、一旦建築中止になったのだそうです。しかし県民からの再建に対する強い要望を受けて、1955年に竣工されました。 -
本殿の壁が白色という神社は初めてでした。
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護国神社の近くに流鏑馬場が有るとの事で見学。タマタマ散歩していたオジサンに聞いたら、昔は確かに流鏑馬やっていたらしいのですが、今ではただの広場みたいです。
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そして約1kmほど離れた場所に在る皇宮神社(皇宮屋)。
ここは神武天皇の皇居跡で、宮崎神社の元宮になるのだそうです。 -
神武天皇がここから皇軍を発して東征を開始し、全国統一を目指した場所ということで、皇軍発祥の地という立派な塔も近くに建っています。
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皇宮神社の更に奥に、しめ縄で囲われている場所が有ります。滅多に観光客はここまで来ないみたいで説明板など何も有りません。GooglMAPによると、”神武天皇宮居跡(皇宮神社旧社殿跡)”となっています。
最初はここが皇宮屋で、先に見た皇宮神社の場所に移ったということですかね。 -
神武天皇宮居跡から更に1kmほど離れた平和台公園を目指します。
平和の塔が見え始めました。 -
平和の塔を近くで見ると、4方向に像が有ります。
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こちらは武人像。
終戦後GHQの指示で盾の彫刻は削られたらしいです。一番上の八咫烏は復活させたらしいですが、職人が八咫烏をよく知らなかった為、本来の八咫烏とはチョット違うのだそうです。 -
塔の中段までは登ることができるのでそこからの眺めです。
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この平和台公園の周囲には沢山の古墳が見つかっていて、それにちなんで埴輪園が併設されています。全国のレプリカ埴輪400体以上が陳列されています。
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宮崎県総合博物館にも立ち寄りたかったのですが、閉館30分前になってしまい断念。裏手に在る民家園だけ見学しました。
ここは、近在の民家4棟を移築保存してあります。
こちらは高原町に在った黒木家の移築復元です。見つかった墨書から、郡奉行を務めていたことと、1834年から2年がかりで建てられたと判明しているらしいです。 -
内部もこんな感じで復元されています。
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12月16日はJR普通切符と路線バスで、青島神社、鵜戸神社を見に行きました。
先ずはJRで青島駅まで移動して青島神社へ。小雨の降る中、鬼の洗濯岩を横目に見ながら青島神社を目指します。 -
チョット先に鳥居が見えてきます。
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驚いたのは途中で見掛けた神の家系図。
イザナキ、イザナミから神武天皇までが表されています。 -
日本人も勿論いましたが、中国人(台湾や香港を含んで)と韓国人の旅行者が結構来ているのにも驚きました。
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青島神社本殿です。
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青島は隆起海床に貝殻が堆積してできたそうです。これが和歌で「濱の真砂」と呼ばれるらしいのですが、これは神社目前の浜辺で自分の願いと思いを込めて探した貝を供える波状岩とのことです。
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落語「愛宕山」ではないですが、瓦投げの場所も有りました。
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青島神社はビロー樹が多いので、他の神社とはチョット変わった雰囲気が有ります。
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青島神社の見学を終えて県立青島亜熱帯植物園を見学します。
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県立青島亜熱帯植物園はシンガポール植物園と姉妹植物園になっているので、マーライオンが園内に有りました。
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青島神社の近くで昼食を取ってから路線バスで鵜戸神宮に来ました。もう少しでお正月なので門松が飾られていましたが、これは旧飫肥藩に代々伝わる門松です。見慣れた門松とはチョット違っています。
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立派な門を通って鵜戸神宮本殿へ向かいます。
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鵜戸神宮本殿は洞窟内に建ってました。
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神武天皇の祖母の豊玉姫が両乳房をくっ付けていったと言われる「おちち岩」。
写真暗くて分からないでしょうから皆さん直接行かれて下さい。ようく見ると、二つの出っ張った岩が見れます。 -
こちらは鵜戸神宮前に有る奇岩です。写真チョット切れちゃいましたが、左が御船岩で、右が二柱岩です。
二柱岩の柱上の岩はカッパドキアの奇岩にも似ていますが、形成は全く異なるみたいです。昔地震などで大量の砂が海底に大量に供給されたとき、クラゲやナマコなどの生物も一緒に取り込まれました。これら取り込まれた生物が微生物により分解される時、炭酸イオンを作り海水中のカルシウムイオンと反応して炭酸カルシウムを作り、これが砂岩の周囲を固めてできたと考えられているみたいです。 -
ソロソロ戻ろうかと参道を歩き始めたら、岩の上で釣りをしている人が居ます。あの岩へどうやって行って、上陸したんでしょうか?
写真小さくて分からないでしょうが、中央で白い帽子を被られています。 -
バス停戻る途中で鵜戸稲荷神社という境内に入ったら、神武天皇御降誕という碑を発見。まさに宮崎は神武天皇の遺跡だらけですね。
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12月17日は宮崎→佐伯に移動する日ですが、延岡から先の電車が延岡19:33発まで無いので、ホテルに荷物預かって貰い飫肥城下の見学をすることにしました。
飫肥城駅到着したら泰平踊の像が迎えてくれます。 -
飫肥城址へ向かう途中の街並みです。碁盤の目状に屋敷が区割りされ、それに沿って防火用水、生活雑水としての水路が整備されました。
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この水路一度は崩れてしまったそうですが、その後修復され、現在ではこのように鯉が放流されています。
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飫肥城大手門に到着しました。
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飫肥では博物館など7館に入れる共通券が発売されています。最初に訪れたこの”松尾の丸”で共通券を購入して内部見学。
松尾の丸は江戸時代藩主の御殿として、時代考証のうえ1979年に建築されました。 -
松尾の丸から飫肥城歴史資料館へ移動。
本当は本丸跡へも行くつもりでしたが、万一予定の電車に乗れないと佐伯に行きつけなくなってしまうので、安全を見込んで本丸跡は割愛。 -
大手門直ぐ近くに有る豫章館へ。
1869年に建てられた藩主伊東家の住まいです。 -
豫章館の近くの小村寿太郎記念館へ来ました。小村寿太郎が外務大臣だった時に締結した日英同盟の時の再現展示。
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記念館からチョット離れた場所に小村寿太郎生家も残されていますが、こちらは入ることができませんでした。
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飫肥の武家屋敷通りです。
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小村寿太郎も学んだという旧藩校振徳堂にも立ち寄ってみました。
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7館共通券で入れる商家資料館です。
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昔の商家の様子が再現されています。
他に7館共通券で入れる、山本猪平家、高橋源次郎家なども見学しましたが、電車の時間逃すと佐伯まで行きつけなくなってしまうので、宮崎へ戻ります。 -
JR九州は各駅停車が少ないなど18切符愛好家には辛い面も有りますが、マダマダ喫煙コーナーを残してくれている駅が多くて、愛煙家思いの良心的鉄道会社です。
宮崎駅17:44発の延岡行きに乗り、佐伯のホテルにチェックインしたのは21時頃になってしまいました。 -
12月18日は佐伯藩主毛利家の菩提寺・養賢寺から。
もっとも、このお寺は一般人は入ることができないので、門のところから写真だけ。チョウド修行僧の人達が入って行きました。 -
養賢寺の辺りから武家屋敷の風情が残っています。
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途中に国木田独歩館が有るのでチョット見学。
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1893年に英語教師として赴任した時の下宿先が記念館になっています。弟と二人で佐伯に来て約1年ほど滞在していました。
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国木田独歩館から佐伯城址へ来ました。
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天守閣は残ってませんが、本丸跡地から佐伯市街の眺めです。
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現存建築物はこの三の丸櫓門だけです。
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佐伯城址を出て、1777年に7代藩主・毛利高標が創立した四教堂跡です。
現在は佐伯小学校になっています。 -
四教堂跡のチョット先に在る、佐伯市歴史資料館に到着。
ここは佐伯藩の役所が置かれた場所です。その役所が三府役所と言われたことから、この門は三府御門と呼ばれていました。 -
資料館の中庭に戦時中の料亭が残されています。当時ここは海軍士官の社交場だったらしいです。右端に見えるコンクリートの建造物は、この士官たちの為に作られた防空壕の入り口です。
近くの説明板には防空壕内部写真も出ているのですが、普通は入らせて貰えないみたいです。 -
大戦時佐伯市は海軍基地が置かれました。この為、米軍の空爆目標となり空襲による大被害を受けました。
この為佐伯市は平和の尊さを伝える為、”佐伯市平和祈念館やわらぎ”をオープンされているので、ここを見学してきました。 -
館内は撮影禁止だったので、2階へ行く踊り場から外部を一枚。
佐伯は今でも海上自衛隊の基地として使われており、自衛艦が停泊しているのが見えます。 -
12月20日はクアラルンプールへ戻る日ですが、福岡20:55発と遅いので、板付遺跡を見学してきました。
弥生時代の環濠集落遺跡で、写真のような復元建物が有ります。 -
他の弥生遺跡とチョット変わっているのは、このように、あえて住居の骨組が分かるようにしているところ。
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近くには当時の水田の様子を再現した場所も作られています。
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また資料館も建てられていて、こちらは体験学習をメインにしていて、当時の火起こしなどの体験学習をするようなイベント開催を行っているみたいです。小中学生向けみたいでした。
この後、羽田経由の夜行便でクアラルンプールへ戻りました。クアラルンプールへは12月21日早朝に到着しました。
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