2019/01/01 - 2019/01/02
171位(同エリア296件中)
テスヤさん
2018年最後の日にカンボジア第二の世界遺産、プリアヴィヘア寺院を訪れる事が出来、満足したテスヤであった。
年が明けた今日、2019年最初の日はカンボジアの暗黒時代を象徴するクメール・ルージュの指導者ポル・ポトについて歴訪してみたいと思う。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- タクシー 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
-
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
楽しかった昨日の宴会から一夜明けて、2019年1月1日、六日目の朝05:55です。
06:00発、アンロンベン行きのバスを待っています。 -
ちょうどテスヤが泊まっているゲストハウス前から出るとの事だったが!?
-
06:14、それらしいバンが反対側に停車したので聞いてみると、これに乗りこめと言う。
アンロンベンまで約80km、20,000リエル。 -
2019年、初日の出は車中から。カンボジアの大地に日が昇る。
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車は途中、客を拾いながらアンロンベンまで西行する。
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運ちゃんは売店の客を拾って代わりにスナックを買う。
持ちつ持たれつ。 -
コンポントムからのような窮屈な事は無い。
車が広い事と、利用客が少ない事が要因だと思う。 -
07:49、アンロンベンの町の中心に着いた。スラエムからここまで1時間30分くらいかかった。
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バンを降りるなり、またバイクに囲まれる。
親切な人たちが「何処にいくんだ?」と聞いてくれる。ポル・ポトの墓とタ・モクの家に行きたいというと、25ドルの言い値。
往復約30kmの旅程、タ・モクの家まで着き合わせるので拘束時間を加味してもせいぜい20ドルがいいところだろう。「(ガソリン代に相当する)1ドルだけ上乗せしてくれ。」と食い下がってくるので苦笑して承諾した。 -
バイクは一路北上してタイとの国境を目指す。
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ポルポトの墓は、サンガム国境付近にある。帰りの足を確保するか、ド派手な高級カジノホテルに泊まるか、そのまま国境を越えてタイへ移動するか。。。
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アンロンベンの町の中心から約20分でポルポトの墓に着いた。
線香が供えてある。一人の少女が2ドルを徴収しにやって来た。いわゆる入場料だろうが。この墓を維持しているとの事だった。
国際法廷で裁かれるような人物の墓を国や地方公共団体が助ける訳にもいかないという理由も在るかも知れない。
ポルポトに対してお金を落とす事に多少の抵抗感はあったが、既に”観光客”としてここまでの時間と交通費を費やしている。それにどうしても見たかったのである。その場所に立てば何か感じるものがあるかも知れない、と。 -
一国の長までなった人物の墓がこのような粗末なトタン板の墓とは。
いや、墓があるだけでもマシなのかも知れない。聞けば最初のうちは妻子がお参りに来ていたと言う。
最近は訪れる人も少なく、国境付近と言う寂しい土地でひっそりと眠っている。彼の出生地、このアンロンベンでも英雄という訳ではないのか。カンボジア人ではないからそのあたりの感度は分からない。が、この類の話をすることは憚られる。人々は思い出したくないし、同じ民族間ではあるものの、市民感情が複雑すぎて巻き込まれたく無いと思っている。 -
そんな話をバイクの運ちゃんとしていると、「そんなに興味があるのなら、ポルポトの病院に行ってみるか?」と提案があった。
”病院”というワードに少し疑念はあったが、察するに晩年、治療のために潜伏していた建屋か何かだろうという事は推察出来た。
シェムリアップまで南下する手段を確保している訳でもないので、勿論、提案通り訪れる事にする。ダメなら今日はアンロンベンに泊まってもいい。
運ちゃんは、そのまま国境まで上って来た。 -
カンボジアの国旗の向こうには、
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タイの国旗が。
すぐにでも越境したい気持ちをぐっ!とこらえてカンボジアに引き返す。 -
一部越境しているのではないか思うような国境ギリギリの密林をバイクは進む。民家などは殆ど無い。
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サンガム国境から東へ3.5kmほど入ったところに”アンロンベン平和センター”なるものがある。
いわゆるツーリストインフォメーションセンター、といったところだろう。
タ・モク元参謀総長の別邸を改造して今はBBQなどが出来るキャンプ場も作られている。 -
主にポル・ポトやタ・モクといった、クメール・ルージュの最高幹部の史跡を案内している。
一応、”観光資源”、と言っていいのだろうか。 -
ここから見下ろすカンボジアの大地も大変すばらしい。
-
”デンジャー”
まぁ、そうでしょうね。 -
プリアヴィヘアから見た景色よりさらに何も無い。
アクセス道路やチケットセンター、ため池なども無いし、騒がしい団体旅行者もいない。ひょっとしたら穴場かも。 -
運ちゃんに言われるまま写真撮影。
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インフォメーションセンターからさらにジャングルを7.5km進んでいく。
ここからの道はもう、スゴイとしか言いようがない。雨水がジャングルの地表を削ってたまたま出来た道が道。インディージョーンズやグーニーズを地で行くような、「マジでーーっ!!?」の連続。ポケットに入れているものは全てすっ飛んでいく岩山ジャンピングロードを上っては下り、時折、バイクのタイヤが腐った木板を踏み外せば真っ逆さまでおだぶつ。と言うような渓谷を2ケツで超え、30分以上かかってようやく到着する。オフロードバイクじゃなくてよく来ようという気になるな、この運ちゃんは。 -
目的地は、元々”潜伏”という性質を持っているから非常に見つけにくい。
たまたま村人(こんなとこに人が住んでいる事が驚き!)を発見したので聞きながら進む。 -
イチオシ
やっとたどり着いた。これがポルポトの家。
勿論、生家ではない。彼らが、”pol pot hospital”というだけあって、政府軍に追い詰められたポルポトがこの密林で隠れるように過ごした場所だとか。
衛星写真でも上空からは殆ど見えない。さらに周辺に地雷を敷設する事で、ベトナム軍がプノンペンへ侵攻して政権が奪取されてから実に20数年も抵抗し続ける事が出来たようだ。その間、クメールルージュを支えたのは時にベトナム軍に敗れたアメリカであり、武器を売りたい中国であり、宝石などの密輸で儲けていたタイだったりする。 -
外と中に地下室が作られていて有事の際にも対応出来るようになっていた。
長くゲリラ戦を続けていたポルポトに勝機が無いと分かるとクメールルージュの幹部たちは次々に投降していく。 -
長い間、そうした利害がある者たちがバランスを取っていたのだが、ある時、特別法廷を開いてポル・ポトを引きずり出し、真実を喋らせようと言い出したのがアメリカであり、その裁判費用の多くを負担した国が日本だった。
2006年のカンボジア特別法廷の設置から2018年までに他国の裁判費用を実に8600万ドル以上も払わされたにしては、日本国内のメディアが報じる内容、頻度はあまりに粗末なものだったと言える。いいように金だけ拠出させられた挙句、実際に裁判にかけられたのは、ヌオン・チア元人民代表議会常任委員会議長、キュー・サムファン元国家幹部会議長の二人のみである。 -
ポルポト以外のクメールルージュ幹部は既に政府軍と司法取引をしていただろうから、勝ち馬に乗らないまでも少なくとも処罰されないような裁定でないと困る。
今更ポルポトの口からクメールルージュ時代の悪行を吐露されたら困るやつがいっぱい居る。
タ・モクはソンセンを粛清したポルポトを軟禁し、特別法廷で裁かれる僅か1週間前にポルポトは死んだ。
タイミングが良すぎる。世間は口封じと見ているがカンボジア政府は追及する意思はないようだ。
それは、フンセン自体がクメールルージュに居た事も大いに関係していると思われる。つまり、死んだポルポトだけを悪者にしてあとの連中は投降や恩赦で特別法廷までの数年間はのうのうと生きていたのである。結果、特別法廷を開始した頃にはクメールルージュ幹部たちは高齢化し、殆どが何らかの病気で死亡、あるいは裁判に耐えられる健康状態ではなくなっていた。すでにポルポトは死亡しているのでヌオン・チアとキュー・サムファンが黙秘を続ければ真相は闇の中だ。
かつてインドシナ最大の王国を築いた民族は、今、同半島で最も貧しい国になってしまった。 -
クメールルージュは、教養のある知識人が反乱分子となる危険性をはらんでいるから消していった。しかし、クメールルージュを組織した中核となる連中は皆、裕福でフランスに留学し、政治学を学んできた知識者たちだった。
勝手なものだ。
もし、あの時、現首相のフンセンがクメールルージュに粛清されていたら?
もし、ヘンサムリンがベトナム軍と共闘しプノンペンを陥落させていなかったら?
170万とも200万とも言われるジェノサイドはもっともっと悲惨な数字になっていたに違いない。そんなことを考えながらアンロンベンの町までバイク風に吹かれていた。 -
少し走ると、左手に沼地が見えてきた。
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牛が草を食んでいて、とても綺麗な景色だ。
人口のバライではない、自然の沼のようだ。 -
その沼のたもとに、ポルポトに次ぐクメールルージュ序列No2の地位にあったタ・モク元参謀総長の家がある。
ここは1994年に作られた比較的新しい建物で、歴史博物館のような位置づけのようだ。 -
壁面にはアンコールワットや、
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昨日訪れたプリアヴィヘア寺院などが描かれている。
軍事会議が行われた際、緊張を和ませるために描かれたものとか。
手前にあるヌオン・チアの写真が悲しい気持ちにさせる。 -
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高床式の建物の内部は内戦時代の写真が展示してある。
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おびただしい数の骸。
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どういう気持ちで写真撮影に臨んでいたのか。。。立たされている人たちの悲しみや絶望感は想像しがたい。
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ただただ広い荒地で強制労働させられる人たち。
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プノンペンに進行するクメールルージュ軍
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幼い子供たち。後ろにはアンコールワットが。
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少年兵。
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クメールの、いや、人類の至宝、アンコールワットが狂気の指導者により、戦場の砦となってしまった。
創建者であるスーリヤヴァルマン2世やクメールの隆盛期を作ったジャヤバルマン7世は内戦時代の、そして今の祖国、カンボジアを見て何を思うだろうか。 -
11:00、アンロンベンのロータリーに戻ってきた。
とても貴重な見学をした。
たぶん、世代的に50歳以上の方であればポルポト、クメールルージュ、カンボジア内戦、虐殺などのワードを知っているかも知れないが今後は確実に埋もれていく記憶であることは間違いない。 -
ロータリーに着くと、というか着きそうになって、まだバイクにまたがっているのに、バイクや車の配乗手配士が寄ってきて、「どこ行く?」と聞いてくる。コラコラ、こっちも走っているからあぶねーよ。。。今までより押しが強い感じ。
「シェムリアップに行きたい」と言うと嬉しそうに、対象の車まで連れて行く。
シェムリアップまで135km、10ドル。アンロンベンに来るまでは
乗合タクシーの情報が全然なくて心配だったけど、いまやシェムリアップは首都、プノンペンより人出入りが激しいところになった。杞憂だった。 -
67号線を南下する事約2時間、13:00、車の中からプレループを見る。13年ぶりの再訪に心躍る。たしか、シェムリアップからの帰国日、ここからの夕日を見たっけ。
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せめてシヴォタ通りまで行ってくれると思ったのに、乗合タクシーは6号線のとある道端に停車、「ここから中心部まではバイクかトゥクトゥクで行ってくれ。」と。
適当な運ちゃんを捕まえて、プサーチャーまで行ってもらう。1ドル50セント。1ドルには出来たんだろうけど。 -
朝から何も食べてないので早く町まで行きたかったのだ。
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オールドマーケットまでやって来た。
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ちょうど、ROYAL INDIANという南インドカレーの店の前でバイクが停まったので入って見た。
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まずはアンコールで喉を潤す。生ビールは安くてうまくていいね。
8ドルのマトンターリーを頼む。今日は元日というのに、南インドカレー。
昨日からろくなもの食べてないからな。
カンボジアって食に関してはイマイチ。。。
隣国タイは。うまいものだらけなのに。 -
飯を食って腹が押し着いたら、今日の宿へ向かう。
カレー屋からわずか徒歩150m。 -
でも分かりにくい。
一歩路地へ入ると、ここがカンボジアであるという事を忘れてしまう。 -
やっと見つけた。
細い路地に入って注意深く見ていると看板を見つける事が出来るだろう。 -
ネス・ソチェアータ ホテル。
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中二階の部屋。
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中二階なので、天井が低い。狭い。
でもエアコン付き個室、冷蔵庫アリ。ただし意外と困ったのが、椅子が無い事。
日記などの書き物が出来ない。
だけど、一泊2,500円とリーズナブル。 -
一応アメニティ類もある。
が、カンボジアの宿はたいてい石鹸・歯磨き粉がしょぼい。石鹸は硬くて、全然泡立たないし、歯磨き粉は、緑色のチューブ入りでまずいし、絞っても出にくい。
早い段階でスーパーかコンビニでそれなりの物を買う事を強く勧める。快適度が全然違う。 -
ホットシャワーも温かい湯が出る。問題ない。
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シャワーを浴びてさっぱりしてからシェムリアップを散策する。
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シェムリアップ川。思えば13年前はこんなに自由に行動出来なかったな。まだ治安がヤバイところが多かった。
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夕方の散歩がてらシェムリアップで買いたかった焼酎の店に行く事にする。シェムリアップ川を越えて南に約1.5kmの”sombai”というカンボジア焼酎の店。十分歩いて行けるのでトゥクトゥクとの攻防を楽しみたい人以外は歩こう。川の南に入ると、途端に声がかからなくなるので鬱陶しくない。
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店の名前、”sombai”は、ソーム(~してください、お願いする時使うクメール語)、バーイ(ごはん、転じて”米”の意)
「ごはん、プリーズ。」という意味だそう。 -
日本語メニューがあって、
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試飲させてくれる。
ただし、アルコール濃度はめちゃくちゃ高い。ラオスで飲んだ焼酎、ラオラオ、タイのラオカオのようなものだ。 -
焼酎そのものを飲みたい、と言うより、ビンなどにペイントされている柄が大そう気に入って、どうしても欲しかった。
小さいものなら、8ドル~。全てハンドメイド。
重いけど、買ってよかった。
特に、アンコールワットのステンレスボトルなんて、会社にコーヒーやチャイなどを持っていくのに最高だと思う。 -
sombaiで満足な買い物をした後、日が沈んだシェムリアップ川のほとりでコーラを飲みながら13年前の思い出に浸っていた。
すると、「どこから来たの?」とフレンドリーに話しかけてくる青年が居たので川辺で話し込んだ。
聞けば、彼は英語の教師をしているらしい。
ボランティアでやっているんだ。けど、この仕事に誇りを持ってる。子供たちの教養が上がれば国がどんどん良くなるからね。と。おぉ、いい話じゃないか。頑張ってくれ!と通りいっぺんの話をすると、実はアルバイトで生計を立てているからボランティアでは辛いんだ。と経済的な話に移行。。
うわっ!来た!寄付してくれのパターンだ!
ノートのようなものを見せられ、そこには5~20ドル程度寄付している外人の署名がしてあった。日本人の署名が無いね?と突っ込むと、日本人は英語が話せないから、ノートを見せるところまで行けないんだ。と。(笑)ちょっとワロタwww
悪いけど、俺はやんない。なぜだ?さっきあれほど理解を示してくれたじゃないか!?
オイラはツーリストだ。カンボジアを良くするために来ているNPOとかでは無いし、そんなに良い行いなら君たちの指導者はなぜその善行に対して援助しない!?と返した。
すると、「君は何も分かってない。。。」と去って行った。
確かに今のカンボジアの指導者が優れているとはだれも思わない。だからと言って独立からずーっと外国の援助に頼り続ける姿勢はどうなのかと思う。 -
そうだ!あの時泊まったホテルに行ってみよう。とシェムリアップ川のほとりを歩いて目的地に着くと、全然違う別の高級ホテルが建っていてテラスで食事をしている欧米人の姿があった。
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(13年前の写真)
13年前、確かに、ここに”ボパ アンコール”というホテルが在って、 -
(13年前の写真)
そこの中庭には、クメールの調度品があしらわれ、 -
(13年前の写真)
良い雰囲気の中、わざわざ日本から予約したガーデンレストランでクメール料理と美味いフルーツジュースを頂いた。。。 -
(13年前の写真)
小さくも素敵なプールが有り、 -
(13年前の写真)
そこのプールサイドビューの部屋でくつろいだ。 -
(13年前の写真)
ロビーにはアプサラの踊りを再現した当時の絵が。 -
(13年前の写真)
朝食時にフランス人に写真を撮ってもらったり、 -
(13年前の写真)
ホテルメイドのはちみつやジャムを塗ったフランスパンが最高に美味かった。 -
(13年前の写真)
フルーツもセンス良く、自家製ヨーグルトも。
何もかも美味かったし、本当に楽しかった。それも全て夢の跡なのか。 -
すると、その新しいホテルの向かい、
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シェムリアップ川のほとりに、四面仏の置物がライトアップされていた。
すぐに分かった。
これは、ボパアンコールホテルの中庭にあったかつて噴水に使われていたものだ、と。
その瞬間、すごく嬉しくなって写真を撮った。幻ではなかった。
と同時に、テスヤが泊まったホテルはもう無い事を現実として受け入れる事になった。 -
ちょっとノスタルジーな気分で夕食の場所を求めて繁華街に向かった。
すると、目が痛くなるほどの煌びやかな”パブストリート”なる通りに出くわした。
ここはカンボジアなのか!?13年前はこんなもの無く、とても静かな町だった。
レゲエやヒップホップのような音楽が大音量で流れ、ほぼ外人しか居ない。自分もガイジンなんだけどね。
何か。。。苦手な雰囲気だな。 -
シェムリアップ川沿いに戻って、屋台で食事する事にした。
-
昼飯を遅くに採ったので、あまり腹は減ってない。
炭火で焼いた鳥肉をつまんでアンコールビールで乾杯!
パブストリートとは、1ドルの重さが全然違う。 -
屋台の後ろのイスに座っているとマンゴーシェイクを買った屋台の夫婦からスイカをおすそ分けしてもらった。
大した買い物してないのに、悪いなぁ。。。
嬉しかった。有難く全部頂いて、日本から持参した気持ちばかりのポチ袋を進呈した。 -
デザートにロッティを買って食べた。
-
やはりオイラはこのスタイルが良い。
高級ホテルに外国人向けのレストランは快適だろうがつまらないな。クメール語の勉強も出来ないし。 -
さぁ、明日はアンコールワットを再訪するぞ。13年前行けなかった遺跡も回る予定だ。
すっかり変わったシェムリアップを橋の上からボーっと眺めて立つ。
シェムリアップの夜が賑やかに過ぎていく。
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