2019/01/20 - 2019/01/20
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まつじゅんさん
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私にとって大阪万博(EXPO'70)は人生の分岐点でした。
1970年3月といえば、小学校卒業して中学校入学と言う思春期の始まりと言う頃です。
奈良に住んでいたので、学校の社会科見学(遠足)やボーイスカウトの行事等々で7回位訪れる事が出来ました。
当時、奥様は鳥取の小学生、1度だけ来たらしいですが、人の多さしか覚えていないという事なので、約50年振りに太陽の塔内部に入った私の興奮に少し引いていました。
まぁ、大阪時代は私の職場から太陽の塔を毎日見ていましたし、子供の遊び場でもあり、なじみの深い場所ではありましたが、半世紀ぶり位に内部に入り、当時の様々な事がプレイバックしました。
私にとって、EXPO'70は建築への憧憬を確定させたような出来事でした。丹下健三、黒川紀章、前川國男、清家清等々の大先生方が生み出したパビリオンは、実際は見る事が出来ないですが、太陽の塔を見ていると私の脳裏に蘇ってきました。
昨日、何を食べたのかも心許ないこの頃ですが、当時の凄い衝撃を再認識しました。
夜は、エキスポシテイで夕食を頂き、4月から再度通っている、いつもの帰り道で帰宅いたしました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
最近良く利用する1日単位の予約制駐車場に車を止め、徒歩10分程で到着です。
こちらは、EXPO'70のアミューズメント施設があり、2007年の不幸な事故により営業停止し、2009年2月閉園したエキスポランド跡に整備されたエキスポシティです。 -
万博跡は自然文化園等として、985,000㎡もの大きな公園となっています。
EXPO'70では、未来都市空間でしたが、終了後パビリオンが撤去され、新たに人工地盤を整備し樹木や草花を植え、自然の森を再生しています。
メインシンボルが太陽の塔です。
大阪モノレール万博記念公園駅から直ぐの便利な場所にあり、私達も大阪に戻ってきてフリマ等で入園したことはありますが、太陽の塔は眺めていただけでした。 -
太陽の塔は、岡本太郎デザインで高さ約70m、地面と接する部分の直径は約20m、腕の長さ約25m。
EXPO'70シンボルゾーンに、テーマ館として母の塔・青春の塔・大屋根と共に作られ、期間限定で内部を公開したことはあったらしいのですが基本非公開でした。
建造から約50年が経過し、耐震補強工事が必要となったことから、同時に内部の改修工事も実施し、展示物を修繕して公開することになったようです。
2018年3月19日から予約申し込みが開始されたようですが、私達が関西に引っ越してきてから知り、予約申し込みを試みたのですが、結局休日で予約が取れたのが1月20日PM4時~でした。
ニュース等で予約しても来ない人が多くあり、悪質なキャンセルや予約時に入金不要というシステム論等の話も耳にしましたが、少しでも多くの人が見て、EXPO'70を知らない人に、日本の可能性を示した一大イベントを知って欲しいな、と思います。 -
「太陽の塔」は、外観では頂部の「黄金の顔」、正面の「太陽の顔」、そして背面の「黒い太陽」の3つの顔を持っています。
(実際は4つの顔があるのですが・・・)
それぞれの意味は次のようです。
「黄金の顔」:輝く未来の象徴。
「太陽の顔」:現在の象徴。
「黒い太陽」:過去の象徴。
黒い太陽は、1970年はまだ戦争の記憶が残り、過去の暗い戦い意味してるとも言われています。 -
EXPO'70の出展施設であった鉄鋼館を利用し、博覧会の記念館として2010年3月13日にオープンしています。
設計は前川國男氏。
建物自体が楽器というテーマは斬新な発想でした。
私も、比較的空いていたパビリオンでしたので、気軽に入れた記憶があります。
迫力あるショーは、残念ながらあまり覚えていないのですが、今はEXPO'70の全容が解る展示ホールとなっています。 -
屋外に展示されているエキスポタワーの一部。
エキスポタワーは、お祭り広場・太陽の塔と南北に伸びるシンボルゾーンの南端部にあり、菊竹清訓氏設計で300m超えの当初案であったが、3本柱で127mの高さとなった。
エキスポランド開園時はアトラクションとして有料で登ることができたが、訪れる人は少なく、1990年9月30日をもって展望塔としての営業を終了し、2003年に解体されています。
3本の主柱に、未来の住居モデルとして考えられた、多面体の展望室が取り付けられた斬新なデザインでした。
こちらは、キャビンの一部です。 -
EXPO'70パビリオン常設展示室の構成は、次の通りです。
1. EXPO’70への歩み
2. 史上最大のプロジェクト、始動!
3. 無限の可能性を秘めた音楽堂
4. 空前絶後の記録づくし
5. 6,400万人の実験都市
6. パビリオン☆パビリオン
7. 体感する、人類の進歩と調和
8. 会場に咲く花、ホステス
9. 世界の国からこんにちは
10. 夢がつまった、子どもの天国
11. バックステージの1,500人
12. EXPO’70データーベース
13. EXPO’70コレクション
14. Made in EXPO’70
15. 今も生き続ける万国博 -
お祭り広場の上に掛けられた大屋根。
デザイン丹下健三、1979年解体されました。
太陽の塔を含め、テーマ館となっていました。
地下には「調和の広場」が設けられていて「生命の神秘」をテーマに進歩や調和の根源にある混とんとした原始的な体験を、地上部門では「現代のエネルギー」をテーマに人間の生き方の多様さ、その素晴らしさや尊厳を、そして太陽の塔の左腕とエスカレーターで結ばれた「空中テーマ館」(黒川 紀章)に接続し、「未来の空間」をテーマに人間尊重の未来都市の姿をそれぞれ表現していました。
来場者は、地下展示場から太陽の塔の内部を通って大屋根の空中展示場へと繋がる経路で観覧していました。 -
パビリオンが立ち並んでいた当時のジオラマも展示されています。
万博記念公園のサイトにパビリオンの詳細データーがあります。↓
https://www.expo70-park.jp/cause/expo/tower-of-sun/#caption3
全体マスタープラン:丹下建三
テーマ館:丹下 健三、磯崎 新、岡本太郎、黒川 紀章、川崎 清、菊竹 清訓、上田 篤、大高 正人
エキスポタワー:菊竹 清訓
日本館:日建設計
国連館、虹の塔:清家 清
タカラ・ビューティリオン、東芝IHI館:黒川紀章
電力館:板倉準三建築研究所
三井グループ館:東 孝光
鉄鋼館、自動車館:前川 国男
松下館:吉田 五十八
等々大手ゼネコンや海外建築家も含めて、本当に素晴らしい方々の競演だったと思います。
また、私が習った先生も、EXPO'70の公衆トイレの設計に参画しており、
今でも尊敬しております。 -
鉄鋼館のテーマが“鉄の歌”でしたので、展示作品には鉄を使った芸術的な楽器や、スペースシアターでは当時の最新技術を集約した音響システムを駆使し、1008個のスピーカーの音楽とレーザー 光線ショーが大人気だったとの事です。
-
ほぼ毎日のように、日本の祭や世界各国の日、ミュージシャン等のショー等が開催されていました。
8月1日 世界スカウト友情のつどいってありますが、この日の行事を裏方として見ていたような記憶があります。 -
思っていた以上に座り心地の良い椅子です。
手をモチーフに、岡本太郎がデザインしたオブジェ「手の椅子」。
1階には、「坐ることを拒否する椅子」も展示されていました。 -
今では普通の事ですが、EXPO'70で紹介されたり、始まったものが沢山あります。
TV電話、ヨーグルトやケンタもここからです。 -
伝説となっている、サンヨー館の人間洗濯機、電気自動車、缶コーヒー等も、そうらしいです。
-
ピクトサインもEXPO'70発祥らしいです。
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予約時間が来たので、太陽の塔に向かいます。
受付でQRコードを示し、支払いを行います。(この辺りはちょっとアナログ?) -
避難や消防法等の関係か、太陽の塔に登る人数に制限があるので、班別に分けられ順次進んでいきます。
人数確認場所には、4番目の顔が展示されています。
1970年当時は、テーマ館の地下展示空間で「地底の太陽」と名付けられていた第4の顔がありました。高さ約3m、全長約11mという巨大な物ですが、現在行方不明だそうです。
当時の資料映像から、忠実に復元され最新のプロジェウションマッピング技術も導入されて、造形+音+映像という見せ方になっています。 -
太陽の塔がEXPO'70終了後も残っている事は、不思議な事のようです。
開幕前から残すことが決まっていたパビリオンは、日本館、万国博ホール、万国博美術館(旧国立国際美術館)、日本庭園、日本民芸館、日本鉄鋼連盟が建設した鉄鋼館で、太陽の塔は含まれておらず、「保留状態」だったという事です。
1972年7月が、存続最大のピンチだったようで、日本万国博覧会協会が特殊法人に改組され、記念公園第1次整備計画で、1976年度の撤去が盛り込まれていました。
しかしながら、1975年1月に同協会は一転して存続を打ち出したのです。
方針変更の背景に何があったのか、1974年12月の第2回万国博施設処理委員会の議事録が残されていて、岡本太郎氏の発言が残されています。
それは「作る段階では永遠に残すなど、みじんも考えなかったが、できてしまうと自分から離れ、みんなのものになった」
「田舎のじいさん、ばあさんが太陽の塔を見て、命を質に置いて生きていてよかったと言っていた。日本人のものになったんだなと思い、非常にうれしかった。外国人は自分の国の館を一番目に上げ、その後は太陽の塔を必ず上げている。外国人にも印象に残っている」
切々と太陽の塔の存続を訴え「岡本太郎に過去はない」が口癖だったが、過去の作品にこだわっていたようです。
京都府宇治市や東京では、撤去反対の署名活動も功を奏し、存続が正式に決まったようです。
ただ、岡本太郎氏が制作した3塔のうち、「母の塔」は取り壊され、東側にあった「青春の塔」はエキスポランドに移設後撤去されています。
耐震補強も終え、未来に向けEXPO'70の歴史を伝えて欲しいと思います。 -
太陽の塔の内部には「生命の樹」と呼ばれる巨大なモニュメントが中心にあります。
万博開催中はパビリオンのひとつとして、塔の内部に入ることができ、胎内巡りの様に音楽やナレーションを聞きながらエスカレーターで移動しながら鑑賞するようになっていたと思います。
単細胞生物から人類が誕生するまでを、下から順に原生類時代、三葉虫時代、魚類時代、両生類時代、爬虫類時代、哺乳類時代に分けて、その年代毎に代表的な生物の模型によって表しています。
「生命の樹」の枝には当時292体の模型が取り付けられ、一部は電子制御装置により動いていました。
デザインはウルトラマンの造形で知られる成田亨氏が、原案を元に制作し、模型は円谷プロが製作したとの事です。
今回の公開では、292体あった生物模型は183体になり、153体は新規制作で29体は修復しています。
樹上部のゴリラは、経年を表すため頭がもげ、内部機構が出た状態で展示しているとの事でした。 -
5月には大阪北部地震もあり、万博公園周辺も震度5強レベルの揺れを感じました。
私も丁度通勤中で、職場の入口の門で一旦停止しようとした際揺れが発生し、パンクしたのかと慌てて車の外を確認しました。
太陽の塔は内部の壁を20㎝位熱くしたり、特異な形状のため、計算も大変だったと思いますが、少なくとも地震の第一波で致命的な崩壊が無いように、耐震補強は必要ですね。
自然文化園のゲートでも、耐震補強工事が進行中でした。 -
自然文化園を出て、エキスポシティに向かいます。
夕食はこちら、TABLES KITCHENで頂きます。 -
一寸おじさんには若すぎる店かと思いましたが、ナチュラルな食材で健康志向の人や、女性には人気のお店だと思います。
セットにすると、サラダ、ドリンクが付くのでお得感があります。 -
セットのサラダ。
生ハムが美味しく、スーパーフードがヘルシーですね。 -
私、蒸し焼きチキンオーバーライス。
サラダドレッシングで野菜と一緒に五穀米を食べるというのは、どうかなと思っていたのですが、予想に反してとっても美味しかったです。 -
奥様、スモークサーモンと色々キノコのジェノベーゼ。
こう見えても結構ボリュウムもあり、美味しかったです。 -
お腹も一杯になり、太陽の塔を横目に駐車場に向かいます。
関西初登場のガンダムスクエアの前に現れた、ガンダムvsシャア専用ザクの巨大立像です。 -
Redhorse OSAKA WHEELという高さ123mの大観覧車は、日本最大級、世界でも屈指の高さを誇っています。
「EXPOCITY」全体のランドマークとして、夜間は綺麗にライトアップされています。
全ゴンドラの床面はシースルーらしいです。
空中に浮かんでいるかのような雰囲気の中で、空からの抜群の眺望を楽しむことができます・・・。と書かれていますが、奥様曰く罰ゲームみたい。
一度は乗ってみたい気がしますが、ちょっと怖いから降ろして、とも言えませんからね。
覚悟を決めてからチャレンジしたいと思います。
本日、これまで。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ふわっくまさん 2019/02/06 17:08:30
- エキスポシティ・・☆
- まつじゅんさん、こんにちは。
はじめまして・・
このたびは私の旅行記にもたくさんご訪問いただき、いいね!を ありがとうございました。
私もつい先日(=日曜日)に、エキスポシティの結月庵そじ坊で昼食をとったばかりでして・・興味深く、拝見させていただきました。
パビリオンの内部公開も(私は行けなかったので)、お陰様で見ることが出来ました♪
またゆっくりお邪魔したいと思いますので、どうか宜しくお願いします。
ふわっくま
- まつじゅんさん からの返信 2019/02/07 08:37:35
- Re: エキスポシティ・・☆
- ふわっくまさん
こちらこそ、私の拙いページへのご訪問ありがとうございます。
昨年3月まで暮らしていた鳥取、倉吉、単身赴任先の香川と、離れてみて愛着のある場所を旅されていたようで、ついつい親近感を覚えて、見させていただきました。
今は近郊の街歩きを楽しんでおります。
また、ご訪問頂ければ幸いです。
ありがとうございました。
matujyunn
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