2019/01/12 - 2019/01/13
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hijunoさん
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突然思い立って伊豆高原の温泉に泊まり、翌日吉田松陰寓寄所、踏海の朝の像のある公園などを周りました。
伊豆高原の温泉ホテルはペット可のホテルでしたが、とても快適な宿泊でした。
吉田松陰が弟子の金子重之助とアメリカに密航を企て、失敗しますが、その際に下田に滞在していたことは知っていましたが、具体的に場所などを訪れたことはなかったので大変興味深く、下田での松陰の足取りをだどってみることにしました。
29歳で亡くなるまで、松陰は松下村塾をはじめ、多くの功績を残しています。
下田での密航の計画時には24歳ころ。エネルギー溢れる頃だったのでしょう。
今回の日程だけでは周りきれないので、翌週もまた下田に出かけました。
下田はのんびりとした、温かく、心が癒されるような場所でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
いきなり思い立ち、伊豆高原、温泉のあるペット可のホテル、
空きがあり宿泊します。
「石の家」。 -
全てに優しさを感じるホテルでした。
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お庭もイギリス風で可愛い。
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中もアンティークなものがあちこち、
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とても可愛かった~。
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お部屋の中の家具も、イギリスのアンティークなものを輸入されたそう。
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清潔なお部屋です。
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何よりも感激したのが、こちらの露天風呂。
気持ちよかったぁ~。
外の高原の静けさの中、朝、夜と何度も利用しました。
内風呂もついてます。 -
ありがたいことに、お食事も運んでもらえました。
ペットがいると、大変助かります。
綺麗な盛り付け、そしてお味も最高です。 -
スパークリングワインで、とりあえず、乾杯。
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タラとカキのクリーム煮。
ふかひれも。 -
私はお肉が苦手なので、違うものを頼みましたら、
伊勢海老のグリルになりました。
新鮮で、とにかくおいしい!
主人はフォアグラののったフィレ。 -
こちらは釜飯。
味付けがまたなんとも言えず美味しくて。
あっという間に二人で完食。 -
おつくりも出ました。
こちらもフレッシュ。
洋も和も大満足な食事でした。 -
デザートをいただき、
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お風呂のあとにどうぞ~と
冷たいデザートもいただきました。
細やかな心配りのホテルです。 -
ワンコの散歩goodsなども用意されてます。
エサ入れ、水入れもありました。
我々はワンコのベッドや敷物などを用意していきました。 -
朝もこのとおり、手作りで豪華。
私はツナに、主人はソーセージやハムなどが使われてました。
サンドイッチ、美味しかった~。 -
ホテルを朝出発、海沿いを走って下田へ向かいます。
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途中で休憩しながら下田へ。
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吉田松陰寓寄所の駐車場に、吉田松陰やペリーの画が。
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なんと、足湯がありました。
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そういえば、入口近くにこのような看板が。
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駐車場から歩き、このような民家の中を通っていくと、
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茅葺きの家が。
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吉田松陰寓寄所です。
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説明があります。
吉田松陰が下田から密航を試みますが、
皮膚病にかかり湯治のために訪れた蓮台寺温泉、
そこで知り合った医師村山行馬郎宅に身を寄せます。
話をしただけで、自宅に呼んだ村山行馬郎も懐が厚い人ですが、松陰の人柄も人を引き付けるものがあったのでしょう。
説明をしてくれた女性によると、二人は長崎にも行ったことがあり、そんな共通の話題があったのかもしれません、とのことです。 -
中に入ると、畳の広い部屋があります。
入場料は100円。
案内をしてくださる女性の方がいて、詳しい説明を聞くことができました。とても丁寧に詳しく、大変ありがたかった。 -
松陰に関する資料が展示。
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イチオシ
松陰が使った机や硯。
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当時村山家で使っていた食器など。
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医書など。
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額。
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この二階にある部屋が吉田松陰が過ごした部屋。
急な階段ですが、取り外しができます。 -
小さな部屋。
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天井も低いです。
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縁側みたいなところ。
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こちらのお宅、裏側から見ると二階がはっきりわかるのですが、
一見すると平屋のように見えます。
身を隠すには格好の場所だったようです。 -
こちらから上り下り。
階段をとってしまえば、下から見ると部屋があるようには見えません。 -
囲炉裏があり、
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家の中にもお風呂。
温泉? -
質素なたたずまい。
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茅葺きの手入れも大変費用がかかるようです。
このような歴史的な建物が後世に引き継がれますように。 -
松陰が入ったという温泉。
その当時は皮膚病にも効果があるという硫黄の温泉だったそうですが、
その後地震などで温泉の性質が変わり、今では硫黄の温泉は出ないそうです。 -
端正なたたずまい。
松陰が密航を失敗したことで、村山家では大騒ぎになり、恐れた家人は
松陰の荷物が二階にあったそうですが、それを全て裏の竹やぶに
埋めたそうです。
最近になり、そこを掘りだそうと試みたそうですが、前日に大雨が降り断念したとか。
もう、土と化しているから掘らないほうが良い、という意見や
掘ってみたいという意見があるようです。
ロマンですね。 -
吉田松陰といえば、萩の松下村塾が有名ですが、
この下田では異国を見てみたいというエネルギーに満ちた松陰の足跡が沢山あります。
この家に滞在しながら、信念、希望に満ちた未来を描いていたのではないでしょうか。
数日間しか滞在していなかったのに、今もこうやって吉田松陰が滞在していた家などが保存されていることに感動です。 -
次に向かったのが、「踏海の朝」の像がある公園。
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イチオシ
吉田松陰と弟子の金子重之助の像。
こちらの像、ずっと見たかったので感激。 -
こちらは整備された公園になってます。
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前には下田の海が。
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穏やかな海。
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このような碑が。
松陰寓寄所の説明の方も言っておられましたが、
どうしてこの下田港に大きな船が入れたかというと、
小さな港ですが、水深があるとのこと。 -
歩いてすぐに弁天島。
今は陸続きになってます。 -
向かって左の碑は、松陰の七生説の碑。
松陰が尊敬していた楠正成の七回生まれても朝敵を倒す、、ということから松陰が自筆で書いたもの。
右は弟子の金子重之助が密航の罪でつかまり、岩倉獄で亡くなった金子重之助を偲び徹夜で書き上げたものを石碑にしたもの。
命がけの行動を共にした弟子へ。 -
こちらは、とても美しい海の風景でした。
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こちらの狭いところに祠が。
1854年密航を計画していた吉田松陰と金子重之助が身を隠していたといいます。 -
こちらの建物は立て直しをされてます。
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このような説明が。
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こちらには特徴のある岩が。
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ジオパークの一部でした。
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このようなところから、夜になり小舟に乗り、ペリーの旗艦ポーハタン号に向かい出発したんですね。
1854年2月28日午前二時頃。
櫓杭をはずされた小舟(盗難を防ぐため。)に自分達の褌を巻き、
必死な思いで艦にたどり着き、異国行きを希望しますが
ペリー側に拒否されて、小舟で送り返されます。
乗ってきた舟には二人の刀や書物などがあり、これを発見されるよりは、潔く自首を選んだ吉田松陰。
短い人生の中で、様々な出来事があった吉田松陰ですが、
潔く、、という生き方をしてきたんだなぁと感じました。 -
吉田松陰寓寄所の案内をしてくださった方から
手作りの栞を頂きました。
松陰は両親からも大変愛されたとき聞いたことがあります。
松陰の行動にハラハラしながらも、心配しながらも
最後まで松陰を思った親御さんの深い愛情を感じました。
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