2019/01/21 - 2019/01/21
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ベームさん
その1の続きです。
赤レンガ倉庫街、横浜コスモワールドなど商業施設のあるみなとみらい新港地区と横浜の行政、金融の中心関内地区を歩きます。
写真は万国橋から見たみなとみらいのビル群の風景。
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みなとみらい、関内全体地図。
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新港地区と関内。
上の出島のようなのが新港地区。 -
ランドマークタワーを後ろにして、
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汽車道を渡り大観覧車や赤レンガ倉庫街のある新港地区に行きます。
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汽車道。
日本丸の傍から新港地区へ運河を渡る遊歩道。桜木町駅から新港地区への近道です。
明治44年開通した旧横浜駅(今の桜木町駅)と新港埠頭を結ぶ臨港鉄道の廃線跡。遊歩道として1997年開通。 -
汽車道からの眺め。
クイーンズスクエア、横浜ベイホテル東急、インターコンチネンタルホテル、大観覧車。 -
絶好のポイントです。
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ランドマークタワーとクイーンズスクエア。
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臨港鉄道当時の橋梁。
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アメリカ ニューヨーク アメリカンブリッジ
カンパニー 1907年。 -
のんびり漂う野毛丸。営業中ではないようです。
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もう一つ橋梁があります。レール跡もあります。
新港埠頭から積み出す貨物、新港埠頭に陸揚げされた貨物が機関車に引かれここを走りました。昭和61年ころ廃線。 -
正面の吹き抜けのある建物はナビオス横浜/横浜国際船員センター。
船員、海事関係者のための福利厚生施設、一般の人も泊まれるホテルもあります。 -
数は少ないながら桜の木も植えられており、花時はみなとみらいのビル群を背景に美しい眺めでしょう。
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振り返ると。
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ナビオス横浜。
さらに橋梁。つごう3本架かっています。 -
汽車道を渡って新港地区に入るとまず横浜ワールドポーターズがあります。
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横浜ワールドポーターズ。
「いろんな世界がここにある」のコンセプトで開業したが、今は世界とはあまり関係のない普通のフード、ファッション、雑貨、インテリア、レストラン、シネコンの集まり。1999年。 -
その隣にある横浜コスモワールド。
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大観覧車「コスモクロック21」はここにありました。
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横浜コスモワールド。
未来志向の都市型立体遊園地と謳っています。1999年開業。 -
ジェットコースター。
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温泉施設万葉倶楽部。
年中無休の温泉施設で、熱海、湯河原から毎日温泉を運んでいるとのことです。なんたる浪費。2005年開業。
インターコンチネンタルホテルがくっついて見えますが、運河を隔てています。 -
横浜ワールドポーターズ。
VIVRE/ビブレは核テナントです。 -
珍しいミュージアムがあります。
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カップヌードル ミュージアム/安藤百福発明記念館。
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世界で初めてインスタントラーメンを発明した安藤百福(日清食品創業者、1910~2007年)の業績を紹介する記念館です。
1958年世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」発明。
1971年カップヌードル発売。 -
入館料500円。結構客が入っていく、面白いのかな。
ラーメンを作る工房など体験型食育施設だそうです。 -
先に進むと港に出ました。
右に見えるのは新港埠頭。埠頭の先端に大きなクレーンが見えます。ハンマーヘッドクレーン/50トンクレーンです。 -
ハンマーヘッドクレーン。WEBより。
大正3年(1914年)英国より導入。
現存するのは長崎の三菱重工長崎造船所と佐世保の佐世保重工とこことの三つ。
長崎と佐世保のは現役です。
形がハンマー、金槌の頭に似ていることからその名がついたそうです。 -
鶴見の火力発電所が見えます。ズームです。
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インターコンチも少し離れて。
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マリーン アンド ウオーク ヨコハマ。
ベイフロントの景観を生かした空間で、カフェ、レストラン、インポートショップなどがあります。 -
マリーン アンド ウオーク ヨコハマ。
2016年開業。 -
この辺りの街並み。
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新港地区の一番奥に海上保安庁の施設、横浜海上防災基地があります。
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ここから先は立ち入り禁止。
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海上保安資料館というのがあります。
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2001(平成13)年、東シナ海でおきた北朝鮮の工作船事件での工作船の残骸と武器、通信機など回収物の展示がされています。
ここは入れるようですが本日休館日。 -
海上保安庁の船が接岸していました。
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巡視船でしょうか。
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なかなか頼もしい。
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赤レンガ倉庫街に来ました。
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毎年10月には横浜オクトーバーフェストが開かれます。
何べんか行きましたが、とにかく騒がしい上にビールも食べ物もあまりにも高いのでもうやめました。 -
ここで一休みしてビールを一杯。フェスト中ではないので値段は普通です。
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明治の終わりから大正の初めにかけ保税倉庫として建設されました。
倉庫としての役目は1989年に終わり放置されていたが、2002(平成14)年に展示スペース、ホール、飲食店など商業施設を含む赤レンガパークとして再出発。 -
近代化産業遺産に認定されています。設計は大蔵省臨時建築部。
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中は薄暗い照明のなかで飲食店がひしめいています。年寄りにはあまりいこごちよい雰囲気ではありません。
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今やこの地区一番の人気スポット。
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付近の景観。
前方に見える橋を渡って関内地区に向かいます。 -
サークルウオークといって、ぐるっと輪になった橋です。
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新港サークルウオーク。
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サークルウオーク。
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橋の上から赤レンガ倉庫街。
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欄干の隙間から。
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橋を降りて、
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下から見上げる。
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輪になっているのがよく分かります。
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サークルウオークを降りたところから。
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ナビオス横浜の足もとです。船員、海事関係者の福利厚生施設。
汽車道のレール跡はここまで続いています。 -
本物の錨です。説明が薄くて読めません。
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みなとみらい新港地区から万国橋を渡ると関内地区です。
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万国橋の上も素晴らしいヴューポイントです。
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万国橋から。
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運河縁は小さな公園になっています。
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関内地区にやって来ました。
1859年の日米修好通商条約により設置された開港場の一帯で、関内と呼ばれてきた。 -
横浜第二合同庁舎。
大正15年建築の旧横浜生糸検査所です。法務省、農水省、厚労省などの国の出先機関が入っています。 -
関内地区は馬車道、中華街、山下公園などの観光スポットのほか、県庁、市役所、裁判所など官公庁、銀行、生損保など金融機関の横浜支店が集まっています。
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横浜の繁華は百貨店などのある横浜駅界隈、みなとみらい地区に奪われていますが、横浜の行政、金融の中心は今もって関内です。都市銀行も母店は関内、特に本町に設けています。
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本町通りに出てきました。角にある建物。
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旧富士銀行横浜支店です。東京芸術大学の表札が架かっています。
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石造りの重厚な建物です。
昭和4年建築で、安田銀行横浜支店(のち富士銀行)でした。 -
旧第一銀行横浜支店。
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昭和4年建築です。ギリシャ神殿風のデザインが目を引きます。
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いまは後ろの高層ビル、ヨコハマ創造都市センターの一部になっています。
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覗くとカフェが営業していました。
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神奈川県立歴史博物館。
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明治37年、外国為替専門銀行横浜正金銀行本店として建築されました。後の東京銀行です。
世界の主要都市に支店を設け世界3大為替銀行の時代もありました。永井荷風がまだ書生時代、父親のつてで同行のニューヨークとリヨン支店に勤めていたことがあります。真面目な銀行員ではなかったようです。その時の経験が「ふらんす物語」になりました。銀行を辞めてしばらくパリに遊んだあと帰国した荷風は新帰朝者として脚光を浴びます。 -
神奈川の先史から現代までの資料を展示しています。
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説明板。
国指定の重要文化財、史跡。 -
神奈川県立歴史博物館の向かいにこんなものがありました。
牛馬飲水槽。
大正の初め、まだ陸上交通の主力が牛や馬であった頃、今で言う動物愛護協会が道路わきに設置したものです。 -
時計塔のある細い建物がありました。
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カーサ・デ・アンジェラ。天使の住まい。
建物の由来を示すものはありません。 -
なんのことはない、結婚式場でした。
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向かいに横浜銀行協会。
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外国の銀行も横浜支店は関内に置いています。
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銀行の統合・合併が進み、聞きなれない名前が増えました。
都市銀行でも、三和、東海、協和、日本勧業、第一、富士、北海道拓殖、東京、日本興業、日本長期信用、日本不動産などの名前が消えました。三井、三菱、住友も単独の銀行名はありません。
きらぼし銀行というのは調べてみると、東京都民、新銀行東京、八千代銀行が合併したものです。 -
弁護士ビル。裁判所、検察庁が関内にあるので弁護士事務所も集まっています。
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旧三井銀行横浜支店、いま三井住友銀行横浜支店。
昭和6年。 -
赤煉瓦造りの古めかしい建物があります。
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横浜市開港記念会館です。
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本町通りとみなと大通りの交差するところにあります。
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明治42年、横浜開港50周年記念に公募設計により建設され、大正6年竣工。
大正12年の関東大震災で外壁を残し崩壊しましたが昭和2年再建。
大正期の代表的建築物として重要文化財に指定。 -
パンフレット。
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入口のホール。
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内部を見ることが出来ます。
講堂。中区の公会堂として使われています。 -
講堂。パンフレット。
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重厚な造りの階段と踊場。
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黒光りする階段と手摺。
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2階のフロア。
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2階ホールのステンドグラス。
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呉越同舟。
開港当時の交通の様子を描いています。 -
箱根越え。
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どこかで見た様なと思ったら、パリ、オルセー美術館にこんなのがありました。
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いかにも大正時代の造りです。
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貴賓室。
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旧貴賓室。
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貴賓室の天井。
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黒船、アメリカ軍艦ボーハタン号のステンドグラス。
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幕末時、鎖国か開国かを巡るアメリカとの交渉の舞台となった船です。
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同、パンフレット。
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1854年:この船でペリー横浜に来航。日米和親条約締結。
1858年:この船上で日米修好通商条約調印。アメリカ総領事はハリス。
1860年:条約批准のためこの船で日本の遣米使節団が太平洋を横断し訪米。団長は外国奉行新見正興。護衛として幕府の咸臨丸が随行、艦長勝海舟、ほか福沢諭吉、中浜万次郎など。
この条約調印は国内で大きな政争となり、安政の大獄、桜田門外の変を引き起こした。大老井伊直弼が暗殺されたのは使節団がアメリカにいる最中でした。 -
階段と廊下。
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横浜地方裁判所です。
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旧横浜地方裁判所の建物。
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横浜地方裁判所、横浜簡易裁判所。
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横浜地方検察庁。
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横浜地方検察庁。
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隣に電信創業の地の石碑。
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明治2年(1868年)12月、この場所にあった横浜電信局と東京電信局との間にわが国初めての電報の取り扱いがあった。電信の技術を取り入れたのは意外に早かったのですね。
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これも由緒ありげな建物ですが、足が攣り気味になって来たので道路を渡って確かめる気力がありません。。
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神奈川県庁の塔です。
工事中で建物は見えません。 -
神奈川県庁。
それでホームページより借用します。
昭和3年、4代目の県庁として建てられ、国の登録有形文化財に指定されています。 -
工事中の神奈川県庁。
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エントランス。
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一寸中をのぞきました。
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正面階段の上にある絵画。
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階段の両側に変った置物があります。
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陶製装飾燈です。
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模様は極楽に咲く幻のバラ科の花「宝相華(ほうそうげ)」だそうです。
宝相華を文様化した宝相華文は中国では隨、初唐の時代、日本では奈良時代に広く用いられたそうです。 -
子供を抱く女性像。
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神奈川非核兵器県宣言記念碑。
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病院か学校の廊下の様。
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日本銀行横浜支店も関内にあります。
まだまだ関内には見たい建造物がありますが足が言う事をきかなくなってきました。駅に向かいます。 -
なんの建物だろう。
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横浜ベイスターズのファンクラブかなと思ったが違いました。
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横浜ベイスターズビールなんて知らなかった。
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関内の駅近くに来ました。
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見落としてならないのは横浜ベイスターズの本拠地、横浜スタジアムです。
戦後ゲーリック球場、平和球場、横浜スタジアムと名前を変えてきました。
私はゲーリック球場を知っています。野球好きの父に連れられて巨人・中日戦を見に行った記憶があります。 -
横浜市役所。
この先の地下鉄関内駅から帰りました。横浜の良さを発見した好日でした。
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