2005/11/29 - 2005/12/02
12409位(同エリア20603件中)
milouchatさん
- milouchatさんTOP
- 旅行記182冊
- クチコミ11件
- Q&A回答133件
- 121,559アクセス
- フォロワー9人
珍しく遠出して長洲島と深圳 の "観光" に行ったが、
行こうと思ったきっかけは今では分からない。
見たい映画が少なく時間を持てあましたのか…
長洲島は2回目、深圳は初、というか
昔は観光客は国境駅まで行けなかった。
写真は…
別に不思議ではないが香港にも
(ホームズの) ベーカー街 (必嘉街)があり
深圳に行く前に寄ってみた。
当然 221b という番地はなく120ぐらいまでなので
まったく無意味だが 22番地の写真を撮った。
ところで、その写真の 22番地、何屋さんだと思います?
答えは後ほど…
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2日目(30日)は長洲島に行くため、トラムで中環の
フェリーターミナルに向かいます
映画以外は時間に縛られないので、
銅鐸湾中心だった昔は数え切れないほど
何度もトラムに乗った…
トラムは両替も不可で、原則お釣りが貰えないので
釣り銭のないようにと注意書きがある。
乗る前に小銭を確認 (今ならオクトパスが便利) -
湾仔の巴路士街を過ぎたあたり南西方面。
黄色い功夫用品公司の看板は消えたが店は現存、
後ろの青い潜水學院の看板は今もある。
それにしても、トラムはこれでもか、
と言うほど次から次に続いてやってくる -
トラム車窓から、場所は未確定
-
中環に近づくと周囲の雰囲気が変わる。
Lippo の前あたり、左端のビルは中国銀行 -
長洲島行きフェリー乗り場。
21ドルでした -
フェリー内。
スターフェリーより座席がよさそう -
天気は良くないようで
-
到着です
-
長洲碼頭
-
降りると リゾート地らしく
渡假屋(旅館) のブースが並んでいる -
碼頭近く、この島も車は禁止なので自転車が多い。
ところで看板上部に “一千個多謝、一萬個感激” とありますね。
他の国でも似た表現がある。
イタリア語では mille grazie、デンマーク語でも tusind tak と
大きな感謝は 1,000個がふさわしいようです。 ちなみに…
実は語学オタクでもあるが、アジアでは韓国語を習っただけで
中国語もほかのアジア語も知らない (やる気はあるが不言不実行) -
小学生が写生に来ていた
-
碼頭は島の西側にあり近所も漁村風景。
やはり都会とは雰囲気が違う -
島の比較的賑やか(?)な住宅風景。
もちろん高層ビルはない -
お寺があったが地図もガイドブックもないので
前情報もゼロ。
なぜか 前の広場にはバスケットのコートが -
玉虚宮と書いてある。 調べると
1783年に流行した疫病を鎮めるために建てられ別名は北帝廟。
その疫病のときに人々が神に扮して練り歩いたことに始まる
饅頭祭で有名らしい。機会があったら来てみよう… -
屋根のドラゴンも見事ですね
-
北帝は海の神らしいが本尊(?)はあるのかな?
-
何だか面白そうなレリーフ(?)
両側の獅子の後ろにあります -
碼頭から数百メートル東に歩けば
反対側の東湾ビーチに出る。
冬なので、ほとんど人はいない。
左に見える建物はウィークリー・マンション(?)の
ような渡假屋。 夏は混むんだろうな… -
反対側も人がいない
-
泳客安全守則とあり
遊泳上の様々な注意事項が -
冬でもできるウィンドサーフィンを
やってる人がいた -
漁會公学とあった、下校時のようです。
調べると創立は 1954年だが 2016年に廃校。
校舎に紀念胡文虎先生とあったので
一世を風靡した(?)萬金油の開発者
胡文虎が建てたはず。
慈善公共事業に積極的でしたから… -
またお堂が…
關公忠義亭とある。 あまり意識せず、
寺院や教会というと古いものと思いがちだが、
これは 1973年という、ちょっと前にできたもの -
その内部
-
道ばたに犬用のトイレがあった。
マカオにもあったね -
結構坂が多いので大変。
ハイキングにはいいだろうが… -
香港島に帰ります
-
4日目(12月1日) は深圳に行くが
ベーカー街(必嘉街)は紅磡駅に近いので寄ることに。
必嘉街と寶来街交差点南西向き。
突きあたりの華潤堂という店は近くだが、
必嘉街の東端の方に移転、右の銀行 HSBCは
2016年に至富 Chief という金融会社に変わった -
さて手前の店がベーカー街 22番地だが…
-
並んでいる物は何でしょう?
(写真は 22番地ではない同業店)
実はこれ、立派な棺おけです。
殯 なんて字、普通は読めないが、
河瀬直美の『殯の森』で知られるようになった?
葬儀儀礼云々…というわけで
必嘉街には葬儀関係の店が並んでいた。
安福だけ見たら慶事かと思うけど…
(それにしても僕も物好きだ) -
紅磡車站に近づいてきた。
なるほど右端の建物も殯儀館(葬儀場)だ…
今や紅磡と言えばコンサート会場として有名な
香港體育館 (Hong Kong Coliseum) でしょうか… -
紅磡車站が見えた
-
紅磡駅のエスカレーター。
紅磡駅は 1996年までは九廣鉄路始発の
九龍車站だった。 『ラヴソング』の冒頭、
主人公2人が大陸から到着する駅がココ -
★おまけで、1982年の九龍車站。
当然 AELの今の九龍駅じゃないですよ -
車内の様子。
1982年に国境近くまで行ったが、当然ながら
当時とは、車輌も車内の様子も驚異的に違う。
(いずれ、その時の旅行記も…) -
国境駅の羅湖。 昔は香港辺境禁区と言うことで
観光客は1つ手前の上水駅までしか切符が買えなかった -
深圳側の羅湖駅 (羅湖口岸) です
-
同じく羅湖駅、中国国内用の駅かな。
駅前にあった大きなショッピング・センターに入ったが
興味を引くものもなし -
駅前広場です。
建物は香港と大差はないよう -
香港と同じような緑のミニバス。
以前は果たせなかった国境越えだけが目的(?)なので、
どこへも行かず(もちろん両替もせず)
駅近辺を少し歩いただけ -
国境らしく鉄条網が設置されている
-
ここにも鉄条網と監視カメラが、
川が国境でしょう -
どこから撮ったか分からないが大陸の風景。
やはり竹組みの工事中が見える -
香港に帰ってきた。
バスの行く先が中秀茂坪の 1A なので
撮影場所は尖沙咀あたりだと思われる…
2階の最前列には子供が、やはり好きなようで。
時間が遅いのか空いてますね -
一瞬、卓球かと思ったら、ちょっと字が違う、
Billiard でした -
時代廣場ですね。
ここにも映画館 UA 時代廣場があったが 2012年2月に閉館。
(フロアを替えて再開している)
僕の記録で最後に見たのは1997年2月9日
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ&アメリカ/天地風雲』を
90ドルで見ている。 どちらかと言えば高い劇場なので避けていた模様 -
いつも行く汚い店じゃなく
新しく綺麗な店なので
夜は時代廣場で食べたのだろう -
港島線の上環行きなので恐らく 12月2日、
帰国のため香港駅に向かうところ -
ゲートは 61番だったのかな…
-
離陸しました。 ひとまず(?)日本に帰ります
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
香港(香港) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2005年 香港
0
52