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韓国旅行をした同じ年の夏、ジャワとバリに再び出かけた。当時私は、職域互助組織の府県レベルの理事をしていて、担っていた部署は福利厚生事業部だった。毎年この部は海外旅行も催行していて、1996年の夏には、『インドネシアの文化と芸能を訪ねて』を企画し、25名のツアーリーダーとして参加した。基本プランの提案や催行はJTB にお願いしたが、プランの再考や現地での対応は、添乗員とともに行った。<br />旅行費用は195000円。この旅行のベースになったのはJTBの『バリ/ジャワ島 伝統芸能と民族音楽を訪ねて』。私たちの旅程よりも1日長いが、同時期の旅行代金を見ると299000円だった。<br />

ジャワとバリ再び(伝統芸能と民族音楽を訪ねて)【1996年7/30~8/5】

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1996/07/30 - 1996/08/05

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スタリモスト

スタリモストさん

韓国旅行をした同じ年の夏、ジャワとバリに再び出かけた。当時私は、職域互助組織の府県レベルの理事をしていて、担っていた部署は福利厚生事業部だった。毎年この部は海外旅行も催行していて、1996年の夏には、『インドネシアの文化と芸能を訪ねて』を企画し、25名のツアーリーダーとして参加した。基本プランの提案や催行はJTB にお願いしたが、プランの再考や現地での対応は、添乗員とともに行った。
旅行費用は195000円。この旅行のベースになったのはJTBの『バリ/ジャワ島 伝統芸能と民族音楽を訪ねて』。私たちの旅程よりも1日長いが、同時期の旅行代金を見ると299000円だった。

  • ■1日目(7/30)<br /><br />関空では、参加者の1人がパスポート忘れられて焦ったが、自宅に連絡して届けてもらったので一安心。12:10発 EG221便に搭乗し、9時間35分のフライトで、19:45にジャカルタに着いた。<br />ホテルは「ヒルトン・インターナショナル」。スーツケースをフロントに置いておけば、係がそれぞれの部屋に入れてくれた。<br />※この旅行で利用したホテルは・・バンドン=「サボイホマン」。ジョグジャカルタ=「メリアプロサニ」。バリ=「バリヒルトンインターナショナル」で、ホテルのランクはA~L。部屋もデラックス相当だった。<br />※EG=「日本アジア航空」は2008年に日本航空に吸収合併されている。<br />※写真=ジャカルタ・ヒルトンインターナショナル<br />

    ■1日目(7/30)

    関空では、参加者の1人がパスポート忘れられて焦ったが、自宅に連絡して届けてもらったので一安心。12:10発 EG221便に搭乗し、9時間35分のフライトで、19:45にジャカルタに着いた。
    ホテルは「ヒルトン・インターナショナル」。スーツケースをフロントに置いておけば、係がそれぞれの部屋に入れてくれた。
    ※この旅行で利用したホテルは・・バンドン=「サボイホマン」。ジョグジャカルタ=「メリアプロサニ」。バリ=「バリヒルトンインターナショナル」で、ホテルのランクはA~L。部屋もデラックス相当だった。
    ※EG=「日本アジア航空」は2008年に日本航空に吸収合併されている。
    ※写真=ジャカルタ・ヒルトンインターナショナル

  • ■2日目(7/31) <br /><br />気持ち良く目覚めた。ホテル内の芝生は丁寧に整えられていた。枯れ葉一枚も落ちていない。<br />

    ■2日目(7/31) 

    気持ち良く目覚めた。ホテル内の芝生は丁寧に整えられていた。枯れ葉一枚も落ちていない。

  • 椰子の葉が南国の光を浴びて陰影が付き、ボリュームを増している。

    椰子の葉が南国の光を浴びて陰影が付き、ボリュームを増している。

  • ヘリコニア・・鳥のくちばしのような花だ。上から順番に花を広げ、下に伸びていく。アマゾン原産の植物で、特定のハチドリを引き寄せる。<br />

    ヘリコニア・・鳥のくちばしのような花だ。上から順番に花を広げ、下に伸びていく。アマゾン原産の植物で、特定のハチドリを引き寄せる。

  • 今日は、「ゴムのプランテーション」や「タンクバン・ブラフ火山」をめぐりながら、バンドンに向かう。<br />大型バスに乗りこんで出発。時間はたっぷりあったので、車内で自己紹介しあった。職域が同じなので、仕事上の悩みなども互いに打ち明け合っていた。そうした点では、バス内はまさに日本。異国にあって日本が移動しているような感じだった。<br /><br />ゴムのプランテーションは、とても広大だった。開発が進められている中、このあたりにも工場が建ち、宅地が広がりつつあるという。

    今日は、「ゴムのプランテーション」や「タンクバン・ブラフ火山」をめぐりながら、バンドンに向かう。
    大型バスに乗りこんで出発。時間はたっぷりあったので、車内で自己紹介しあった。職域が同じなので、仕事上の悩みなども互いに打ち明け合っていた。そうした点では、バス内はまさに日本。異国にあって日本が移動しているような感じだった。

    ゴムのプランテーションは、とても広大だった。開発が進められている中、このあたりにも工場が建ち、宅地が広がりつつあるという。

  • 今から学校に向かう子どもたち。バスを待っていた。<br />

    今から学校に向かう子どもたち。バスを待っていた。

  • ランチは、チアトルのレストラン「KUNANG KUNANG 」のもっとも眺めの良い部屋で。欧米の団体客はレストラン入り口あたりのテーブルだったし、並んでいる物も私たちよりもランクが下のように思えた。当たり前のことだけれど、予算によってメニューが変わるんだ。<br />

    ランチは、チアトルのレストラン「KUNANG KUNANG 」のもっとも眺めの良い部屋で。欧米の団体客はレストラン入り口あたりのテーブルだったし、並んでいる物も私たちよりもランクが下のように思えた。当たり前のことだけれど、予算によってメニューが変わるんだ。

  • 「タンクバン・ブラフ火山」に到着。標高2076mの火山でジャワ島では最も規模が大きい。硫黄の臭いがたちこめ、遠近感のないモノクロの世界が広がっていた。<br />

    「タンクバン・ブラフ火山」に到着。標高2076mの火山でジャワ島では最も規模が大きい。硫黄の臭いがたちこめ、遠近感のないモノクロの世界が広がっていた。

  • 火口付近での物売りの攻勢はなかなか凄かった。経験者(たった1回だけど・・)として、『買いたくなければ、「No」「ティダマウ」とはっきり言いましょう。あいまいに「あとでね」などは言わないようにしましょう。値段交渉もお忘れなく。』と伝えておいたけれど、メンバーの中には、しつこい攻勢に恐れをなしてバスに逃げ込んだ方もいた。<br />

    火口付近での物売りの攻勢はなかなか凄かった。経験者(たった1回だけど・・)として、『買いたくなければ、「No」「ティダマウ」とはっきり言いましょう。あいまいに「あとでね」などは言わないようにしましょう。値段交渉もお忘れなく。』と伝えておいたけれど、メンバーの中には、しつこい攻勢に恐れをなしてバスに逃げ込んだ方もいた。

  • 場所に不釣り合いなぬいぐるみたち・・。

    場所に不釣り合いなぬいぐるみたち・・。

  • バンドン市内では、独立記念館などの市内観光を計画では入れていたが、魅力に欠けたので、すべてキャンセルして、アンクルンを楽しむことにした。<br />

    バンドン市内では、独立記念館などの市内観光を計画では入れていたが、魅力に欠けたので、すべてキャンセルして、アンクルンを楽しむことにした。

  • 入場した「Saung Angklung Udjo」は、Udjo Ngalagena氏が1966年に設立した劇場だ。<br />竹の楽器「アンクルン」は、インドネシアの無形文化財にも登録されていて、手で揺すると竹と竹が触れ、とても澄んだ心地よい音を出す。解説パンフを見ると「school Udjo」の項目があり、ウジョー氏が学校をつくり、体系的にアンクルンを教えている様子が記載されていた。又、「・・・中央・地方政府の支持と協力を得て、重要な観光地になりつつあります。・・」とも。たしかにこの劇場は、バンドンの大切な観光資源であり、集客率は抜群だった。<br />子どもたち60名程が、生き生きと楽しくアンクルンを披露してくれた。その笑顔がとてもかわらしい。西洋音階に調整されていて、インドネシアの伝統音楽のみならず、世界各地の音楽が演奏される。アンクルンの「ちょうちょ」にあわせ、それぞれの国の言葉で観客が歌う。配布された歌詞カードには、日本語の他に、英語・フランス語・ドイツ後・中国語・オランダ語・インドネシア語・スンダ語など並んでいた。音楽を通して世界が一つになっていく感じだ。<br />

    入場した「Saung Angklung Udjo」は、Udjo Ngalagena氏が1966年に設立した劇場だ。
    竹の楽器「アンクルン」は、インドネシアの無形文化財にも登録されていて、手で揺すると竹と竹が触れ、とても澄んだ心地よい音を出す。解説パンフを見ると「school Udjo」の項目があり、ウジョー氏が学校をつくり、体系的にアンクルンを教えている様子が記載されていた。又、「・・・中央・地方政府の支持と協力を得て、重要な観光地になりつつあります。・・」とも。たしかにこの劇場は、バンドンの大切な観光資源であり、集客率は抜群だった。
    子どもたち60名程が、生き生きと楽しくアンクルンを披露してくれた。その笑顔がとてもかわらしい。西洋音階に調整されていて、インドネシアの伝統音楽のみならず、世界各地の音楽が演奏される。アンクルンの「ちょうちょ」にあわせ、それぞれの国の言葉で観客が歌う。配布された歌詞カードには、日本語の他に、英語・フランス語・ドイツ後・中国語・オランダ語・インドネシア語・スンダ語など並んでいた。音楽を通して世界が一つになっていく感じだ。

  • 観客全員がアンクルンを持ち、リーダーの手の位置で音階を理解して合奏をした。観客の顔がほころび、会場に気持ち良い一体感が生まれる。<br />

    観客全員がアンクルンを持ち、リーダーの手の位置で音階を理解して合奏をした。観客の顔がほころび、会場に気持ち良い一体感が生まれる。

  • フィナーレは、子供たちとのダンス。もう絶好調だ。素晴らしい演出だった。一生懸命の熱演に満席の客席から大きな拍手が贈られた。<br />※バンドンで、このアンクルンの鑑賞を入れて正解だった。これが入ってなければ、バンドンの印象はずいぶん違ったものになっただろう。<br /><br />

    フィナーレは、子供たちとのダンス。もう絶好調だ。素晴らしい演出だった。一生懸命の熱演に満席の客席から大きな拍手が贈られた。
    ※バンドンで、このアンクルンの鑑賞を入れて正解だった。これが入ってなければ、バンドンの印象はずいぶん違ったものになっただろう。

  • 劇場の売店には、素敵な操り人形たくさん並んでいたので、その一つを買い求めた。<br />

    劇場の売店には、素敵な操り人形たくさん並んでいたので、その一つを買い求めた。

  • 終演後、ウジョー氏に私たちツアー団のためにメッセージをお願いしたら、快諾してくださって、バスの中でスピーチをいただいた。ウジョー氏の高い指導力や深い人間性を感じた。興に乗ったのか、日本の軍歌が口から出た。彼が若い頃は、日本が統治した時代であったことを実感した。<br />※Udjo Ngalagena氏は1929年生まれ、2001年に72歳亡くなっている。この時、お歳は67歳だった。<br />

    終演後、ウジョー氏に私たちツアー団のためにメッセージをお願いしたら、快諾してくださって、バスの中でスピーチをいただいた。ウジョー氏の高い指導力や深い人間性を感じた。興に乗ったのか、日本の軍歌が口から出た。彼が若い頃は、日本が統治した時代であったことを実感した。
    ※Udjo Ngalagena氏は1929年生まれ、2001年に72歳亡くなっている。この時、お歳は67歳だった。

  • 夕食は、インドネシア料理 を味わいつつ、「ケチャピ・スリン」のステージを楽しんだ。ケチャピ・スリンは、西ジャワのスンダ地方に伝わる音楽。女性の歌唱も加わり、ゆるやかで哀愁を帯びた調べに心洗われた。<br />※同じグループが、滞在した「サボイ・ホマン」の中庭でも演奏していた。<br />

    夕食は、インドネシア料理 を味わいつつ、「ケチャピ・スリン」のステージを楽しんだ。ケチャピ・スリンは、西ジャワのスンダ地方に伝わる音楽。女性の歌唱も加わり、ゆるやかで哀愁を帯びた調べに心洗われた。
    ※同じグループが、滞在した「サボイ・ホマン」の中庭でも演奏していた。

  • ホテル近くで見かけた映画館のポスター。キスシーンは黒テープが張られていたが、かえってそこに目が行く。<br />

    ホテル近くで見かけた映画館のポスター。キスシーンは黒テープが張られていたが、かえってそこに目が行く。

  • バンドンで泊まったホテルは「サボイ・ホマン」。<br />

    バンドンで泊まったホテルは「サボイ・ホマン」。

  • このホテルは、1955年に開催された第1回アジアアフリカ会議に出席した国賓が宿泊した。客室に囲まれた中庭は、さほど広くなかったが、南国情緒に溢れていて、熱帯の植物と池、休息のスペースが絶妙に配されていた。鳥かごのインコやオームのさえずり、吹き抜けていく風、ガムランの調べ・・それらが解け合って心地好い安らぎを感じた。<br />

    このホテルは、1955年に開催された第1回アジアアフリカ会議に出席した国賓が宿泊した。客室に囲まれた中庭は、さほど広くなかったが、南国情緒に溢れていて、熱帯の植物と池、休息のスペースが絶妙に配されていた。鳥かごのインコやオームのさえずり、吹き抜けていく風、ガムランの調べ・・それらが解け合って心地好い安らぎを感じた。

  • ■3日目(8/1)<br /><br />歴史と伝統のある「サボイ・ホマン」だが、早朝大きなミスティクをしでかした。ツアー団全員に、モーニングコールを2時間も早く4時半にかけてきたのだ。ちょうど隣のモスクからその時間にアザーンが聞こえていたので、ツアー団は、イスラム教徒になったようものだ。この朝、疲れがピークに達していたものだから、朝食会場では皆さん一様に憤慨されていた。リーダーとして毅然と抗議し、担当のホテルマンをに出発時にバスに呼び、マイクを通して謝罪させた。<br />今日は、いくつかの観光地を巡りながら、プンチャック峠を越えてジャカルタに戻る。<br />※写真・・「第1回アジア・アフリカ会議会議場」<br />

    ■3日目(8/1)

    歴史と伝統のある「サボイ・ホマン」だが、早朝大きなミスティクをしでかした。ツアー団全員に、モーニングコールを2時間も早く4時半にかけてきたのだ。ちょうど隣のモスクからその時間にアザーンが聞こえていたので、ツアー団は、イスラム教徒になったようものだ。この朝、疲れがピークに達していたものだから、朝食会場では皆さん一様に憤慨されていた。リーダーとして毅然と抗議し、担当のホテルマンをに出発時にバスに呼び、マイクを通して謝罪させた。
    今日は、いくつかの観光地を巡りながら、プンチャック峠を越えてジャカルタに戻る。
    ※写真・・「第1回アジア・アフリカ会議会議場」

  • 茶畑が続く・・バスから降りて見学した。ツアーの人から茶の銘柄を聞かれたので「やはり、『ジャワ・ティー』なのでは・・」と答えたが・・。<br /><br />

    茶畑が続く・・バスから降りて見学した。ツアーの人から茶の銘柄を聞かれたので「やはり、『ジャワ・ティー』なのでは・・」と答えたが・・。

  • レストラン「PUNCAK PASS」でランチ・・どこのランチでもほぼバイキングスタイルで、並んでいたのは、サテ/ナシゴレン/ミーゴレン/ガドガド・・が多かった。この時はアンカービールを注文。<br />※しかし、ランチ(とディナー)の時に欠かさずビールを飲んだは良くなかった。帰国後、中性脂肪の数値が948に跳ね上がり、かかりつけ医にしかられた。<br />

    レストラン「PUNCAK PASS」でランチ・・どこのランチでもほぼバイキングスタイルで、並んでいたのは、サテ/ナシゴレン/ミーゴレン/ガドガド・・が多かった。この時はアンカービールを注文。
    ※しかし、ランチ(とディナー)の時に欠かさずビールを飲んだは良くなかった。帰国後、中性脂肪の数値が948に跳ね上がり、かかりつけ医にしかられた。

  • ジャカルタ近郊の「タマン・ミニ」に入場した。

    ジャカルタ近郊の「タマン・ミニ」に入場した。

  • インドネシアの国土と文化の多様性を紹介する広大なテーマパークだ。<br />※トラジャ地方のパビリオン<br />

    インドネシアの国土と文化の多様性を紹介する広大なテーマパークだ。
    ※トラジャ地方のパビリオン

  • イリアンジャヤの彫刻家が、すごい出で立ちで実演販売していた。<br />

    イリアンジャヤの彫刻家が、すごい出で立ちで実演販売していた。

  • 17:20発のSG336(Sempati Air)でジャカルタを飛び立ち、ジョグジャカルタには1時間後に着いた。<br />

    17:20発のSG336(Sempati Air)でジャカルタを飛び立ち、ジョグジャカルタには1時間後に着いた。

  • JAILAG KUNGリゾートの中の「Gazebo Garden Restaurant」で、スンダの音楽を鑑賞しながら夕食。<br />

    JAILAG KUNGリゾートの中の「Gazebo Garden Restaurant」で、スンダの音楽を鑑賞しながら夕食。

  • その後、隣接しているオーブンシアター「Pura wisata(プラウィサタ)」で、「ラーマヤナ舞踊」を鑑賞した。<br />幻想的な雰囲気の中、ラーマ王とシンタ姫の物語はたっぷり2時間続いた。ツアー客の中には、夕食後の満腹感と薄暗さのせいか、ウトウトとまどろんでいた人もいた。<br />

    その後、隣接しているオーブンシアター「Pura wisata(プラウィサタ)」で、「ラーマヤナ舞踊」を鑑賞した。
    幻想的な雰囲気の中、ラーマ王とシンタ姫の物語はたっぷり2時間続いた。ツアー客の中には、夕食後の満腹感と薄暗さのせいか、ウトウトとまどろんでいた人もいた。

  • 終盤の炎のパフォーマンス

    終盤の炎のパフォーマンス

  • ■4日目(8/2)        <br /><br />朝6時、ホテルロビーに集合してツアーの何人かと界隈を散歩した。ホテルを一歩外に出ると、ジョクジャカルタ市民の生活の匂いが溢れていた。<br /><br />マリオ・ポロ通り<br />

    ■4日目(8/2)   

    朝6時、ホテルロビーに集合してツアーの何人かと界隈を散歩した。ホテルを一歩外に出ると、ジョクジャカルタ市民の生活の匂いが溢れていた。

    マリオ・ポロ通り

  • インドネシア銀行と中央郵便局

    インドネシア銀行と中央郵便局

  • 6時30分頃、通勤が始まる時間だ。

    6時30分頃、通勤が始まる時間だ。

  • 「ブリンハルジョ市場」に行った。

    「ブリンハルジョ市場」に行った。

  • 路上に並べられた極彩色の果物や野菜や香辛料や乾物。

    路上に並べられた極彩色の果物や野菜や香辛料や乾物。

  • 鮮魚

    鮮魚

  • 市場の建物内の肉のかたまり。<br />添乗員の引率ではない、こうした時間がたまらなく楽しい。<br /><br />

    市場の建物内の肉のかたまり。
    添乗員の引率ではない、こうした時間がたまらなく楽しい。

  • 8時にバスに乗って「ボロブドゥール」に向かった。ガイドは、アィジー・アステックさん、日本の大学で日本語を2年間学んだ人で、とても流暢で美しい日本語を話した。<br />

    8時にバスに乗って「ボロブドゥール」に向かった。ガイドは、アィジー・アステックさん、日本の大学で日本語を2年間学んだ人で、とても流暢で美しい日本語を話した。

  • 職場や学校に向かう人たち

    職場や学校に向かう人たち

  • 「ボロブドゥール寺院遺跡」に到着。93年に訪れた時は午後で、遺跡正面は逆光だったが、今回は光を受けて浮かび上がっていた。ここに来るなら午前中がお勧めだ。<br />

    「ボロブドゥール寺院遺跡」に到着。93年に訪れた時は午後で、遺跡正面は逆光だったが、今回は光を受けて浮かび上がっていた。ここに来るなら午前中がお勧めだ。

  • 外国のロケ隊が入っていた。

    外国のロケ隊が入っていた。

  • 天女4人を伴う釈尊<br />

    天女4人を伴う釈尊

  • 「ムドゥトゥ寺院」に立ち寄った。

    「ムドゥトゥ寺院」に立ち寄った。

  • 石仏三尊のうち、3mもある如来。

    石仏三尊のうち、3mもある如来。

  • 物売りの攻勢は93年の時と同じで、バスが出るまで、「全部で1000円」の声が途切れることはなかった。<br />※1000円で売っていたものは、ざっと並べてみると・・小さめの型押しのバテックハンカチ25枚/木製のキーホルダ40個/布5枚/皮製の小さな財布10個/彩色面3つ/ワヤン3つ・・など。立ち寄った免税店などでは、品質は良いものの、1000円ではとうてい上記のような数は買えない。土産に数が必要なら、全部で1000円を利用するのも手じゃないかな。・・・と思った。<br />

    物売りの攻勢は93年の時と同じで、バスが出るまで、「全部で1000円」の声が途切れることはなかった。
    ※1000円で売っていたものは、ざっと並べてみると・・小さめの型押しのバテックハンカチ25枚/木製のキーホルダ40個/布5枚/皮製の小さな財布10個/彩色面3つ/ワヤン3つ・・など。立ち寄った免税店などでは、品質は良いものの、1000円ではとうてい上記のような数は買えない。土産に数が必要なら、全部で1000円を利用するのも手じゃないかな。・・・と思った。

  • 土産物店「アットハウス」に立ち寄り、レストラン「ニューアジア」でランチ。・・この両店は、93年でも利用した所だった。<br />

    土産物店「アットハウス」に立ち寄り、レストラン「ニューアジア」でランチ。・・この両店は、93年でも利用した所だった。

  • 「プランパナン寺院遺跡」<br /><br />プランバナンの天を突く伽藍群は、長い間、原形をとどめない無残な姿をさらしていたが、1941年に再建が完了した。しかし、その後2006年5月27日に起きたジャワ島中部地震で甚大な被害を受けた。<br />

    「プランパナン寺院遺跡」

    プランバナンの天を突く伽藍群は、長い間、原形をとどめない無残な姿をさらしていたが、1941年に再建が完了した。しかし、その後2006年5月27日に起きたジャワ島中部地震で甚大な被害を受けた。

  • シヴァ聖堂入口の上

    シヴァ聖堂入口の上

  • ドゥルガー像

    ドゥルガー像

  • シヴァ聖堂回廊レリーフ/ローカパーラ像

    シヴァ聖堂回廊レリーフ/ローカパーラ像

  • ジャワ更紗の工房「PLEN TONG」で制作の様子を見学し、その横のショップでお買い物・・。<br />

    ジャワ更紗の工房「PLEN TONG」で制作の様子を見学し、その横のショップでお買い物・・。

  • 夕食は、日本人が経営する「天ぷら『花』」。毎日おきまりの・・サテ/ナシゴレン/ミーゴレン+αだったので、みなさんには好評だった。<br />

    夕食は、日本人が経営する「天ぷら『花』」。毎日おきまりの・・サテ/ナシゴレン/ミーゴレン+αだったので、みなさんには好評だった。

  • 食後、シアター「Dewi sri」でワヤン・クリを鑑賞した。ワヤンは影、クリは人形だ。人形を操るダランは、語り部であり、劇を統括する。<br />

    食後、シアター「Dewi sri」でワヤン・クリを鑑賞した。ワヤンは影、クリは人形だ。人形を操るダランは、語り部であり、劇を統括する。

  • 演じている側からも鑑賞出来る。楽しい影絵芝居ではあるが、意味がわからない所もあって、長時間の鑑賞には不向きだったかもしれない。<br /><br />ホテルは前日と同じ「メリアプロサニ」<br />

    演じている側からも鑑賞出来る。楽しい影絵芝居ではあるが、意味がわからない所もあって、長時間の鑑賞には不向きだったかもしれない。

    ホテルは前日と同じ「メリアプロサニ」

  • ■5日目(8/3) <br /><br />8:30フライトのGA630便でジョグジャカルタからバリ島デンパサールに向かい、10:45に着いた。「プラザ・バリ」の中華レストランでランチのあと、ショッピングを楽しみ、ホテルに。<br />ホテルは、ヌサドゥアの「バリヒルトン・インターナショナル」だった。

    ■5日目(8/3)

    8:30フライトのGA630便でジョグジャカルタからバリ島デンパサールに向かい、10:45に着いた。「プラザ・バリ」の中華レストランでランチのあと、ショッピングを楽しみ、ホテルに。
    ホテルは、ヌサドゥアの「バリヒルトン・インターナショナル」だった。

  • 広大なホテルで、プライベートビーチも有している。夕刻までスケジュールを入れなくて、ホテルでゆっくり過ごしてもらった。<br />

    広大なホテルで、プライベートビーチも有している。夕刻までスケジュールを入れなくて、ホテルでゆっくり過ごしてもらった。

  • この旅行では、ツアーリーダーを務めていることもあって、何かと気遣うこともあった。そうした中で気が休まったのは、ホテルに着いて部屋割りが伝えられ、それぞれの参加者を見送ったあとだった。感受性の窓を開き、一人中庭やホテルの近くを歩いた時間は極上のひとときだった。<br />

    この旅行では、ツアーリーダーを務めていることもあって、何かと気遣うこともあった。そうした中で気が休まったのは、ホテルに着いて部屋割りが伝えられ、それぞれの参加者を見送ったあとだった。感受性の窓を開き、一人中庭やホテルの近くを歩いた時間は極上のひとときだった。

  • 夕刻、 UMADEWI(ウマデウィ)で「ケチャダンス」を鑑賞した。<br />パートごとに刻むリズムが異なっていて、それが重なることで、実に不思議な音色となって響く。手を上にやって波のように振り、怪しげな雰囲気が一層醸成される。<br />

    夕刻、 UMADEWI(ウマデウィ)で「ケチャダンス」を鑑賞した。
    パートごとに刻むリズムが異なっていて、それが重なることで、実に不思議な音色となって響く。手を上にやって波のように振り、怪しげな雰囲気が一層醸成される。

  • 夕食は、Sitaレストランで定番のロブスターディナー。ペンディトを見ながら美味しくいただいた。<br /><br />

    夕食は、Sitaレストランで定番のロブスターディナー。ペンディトを見ながら美味しくいただいた。

  • ■6日目(8/4)<br /><br />早朝、プライベートペーチを歩いた。太陽が静かに登りはじめる。人影はまばら。・・時折ランニングする白人が前を通りすぎていく。その白人やボートが、強い陽射しを後ろから浴びて真っ黒のシルエットになる。透き通った大気の向こうから照射された日の出の輝きは、息を飲むほど美しかった。・・一日の始まりの厳粛な一瞬に立ち会えた感動があった。<br />

    ■6日目(8/4)

    早朝、プライベートペーチを歩いた。太陽が静かに登りはじめる。人影はまばら。・・時折ランニングする白人が前を通りすぎていく。その白人やボートが、強い陽射しを後ろから浴びて真っ黒のシルエットになる。透き通った大気の向こうから照射された日の出の輝きは、息を飲むほど美しかった。・・一日の始まりの厳粛な一瞬に立ち会えた感動があった。

  • 午前中は、Sahadewaで「バロンダンス」を鑑賞した。演じていたグループは当時の「るるぶ」でも紹介されていた有名なグループだった。<br />

    午前中は、Sahadewaで「バロンダンス」を鑑賞した。演じていたグループは当時の「るるぶ」でも紹介されていた有名なグループだった。

  • なかなか見ごたえがあった。<br />

    なかなか見ごたえがあった。

  • 立ち寄った絵画店「W.BARWA」で、土産にウブドの田園風景画を購入。

    立ち寄った絵画店「W.BARWA」で、土産にウブドの田園風景画を購入。

  • 木彫の店「ANANTA GALLERY」ではガルーダ像を買い、今も本棚に収まっている。バリの民芸品はつくづくハイレベルだと思う。<br />

    木彫の店「ANANTA GALLERY」ではガルーダ像を買い、今も本棚に収まっている。バリの民芸品はつくづくハイレベルだと思う。

  • ウブドを散策した。モンキーフォレストの陽だまりの猿。

    ウブドを散策した。モンキーフォレストの陽だまりの猿。

  • ランチは、レストラン「CAHARA DEWATA」にて。<br />テラスからのアユン川をはさむ渓谷の眺望は最高だった。棚田の水面の輝き、椰子の葉のさざめき・・。とても美しい。目を閉じると川のせせらぎや、風に揺れるヤシの木のざわめきが聞こえてくる。とろとろとまどろむ。<br />

    ランチは、レストラン「CAHARA DEWATA」にて。
    テラスからのアユン川をはさむ渓谷の眺望は最高だった。棚田の水面の輝き、椰子の葉のさざめき・・。とても美しい。目を閉じると川のせせらぎや、風に揺れるヤシの木のざわめきが聞こえてくる。とろとろとまどろむ。

  • ゴアガジャ(像の洞窟)を歩いた。ヒンドゥー教の神聖な場所であるので、短いスカートの女性には、500rpで腰布を貸していた。<br />

    ゴアガジャ(像の洞窟)を歩いた。ヒンドゥー教の神聖な場所であるので、短いスカートの女性には、500rpで腰布を貸していた。

  • 洞窟の前には大きな沐浴場があり、たくさんの外国からの観光客もいた。そして、正装して参拝する地元の人たち・・・。<br />

    洞窟の前には大きな沐浴場があり、たくさんの外国からの観光客もいた。そして、正装して参拝する地元の人たち・・・。

  • ゴアガジャ近くの小さな寺院に立ち寄った。<br />

    ゴアガジャ近くの小さな寺院に立ち寄った。

  • 中を見ると、カマサンスタイルの絵画で、ヒンドゥー教の神話が描かれていた。

    中を見ると、カマサンスタイルの絵画で、ヒンドゥー教の神話が描かれていた。

  • 帰国にむけ、デンパサールから19:10発のEG221便でジャカルタに移動し、19:45着。<br />21:20発のEG222便で関空に向かった。<br /><br />以下は当時の文章<br /><br />『・・日本アジア航空222便は、一路関空にむけてフライトを続けています。今、午前3時、あと3時間程で関空に到着します。夜のフライトは、滑らかで快適です。・・・・<br />インドネシアの1週間は、大変しのぎやすい毎日でした。オーストラリアに降りそそいだ大量の雪、その冷気を取り込んだ南の風が、インドネシアに吹き寄せていたのです。<br />躍動する経済力を物語るジャカルタの「喧騒」から始まった旅は、バリ島ウブドの見事なライステラスの眺望で終焉しました。その日のバリは「クニンガン」。ペンジョールが家々の玄関を飾り、人々は正装してお寺詣でをします。・・・良い日がラストディーとなりました。<br />インドネシアの芸能と文化を訪ねる旅でした。・・・<br /> ・・・心ときほぐすアンクルン、哀調を帯びたカチャピ・スリン、勇壮なラーマヤーナ舞踏、幻想的なワヤンクリッ、神秘のケチャ、バリの混沌を象徴するバロンダンス、食事の時のガムランとペンデット・・それらの音楽と舞踏が、今、渾然一体となって、頭を駆け巡っています。ケチャ、それはプロの集団でなく、バンジャールという村の組織でグループを作り演じられます。共に農耕に従事し、葬祭を運営し、芸能にもかかわる。そうした共同の生活の中で、絆を深めます。地域社会での人間関係が大変稀薄になってきている日本は、このバンジャールから学ぶ事はたくさんあるような気がしました。<br /> 仏教遺跡ボルブドールとプランバナン寺院歴訪も今回の旅のメインでした。世界の文化遺産に指定された石作りの巨大な建造物は、観る者を圧倒しました。<br /> 物を作り出す類いまれな才能は、今も生きづいています。織物、染色、彫刻、絵画、そのどれもが、一級のレベルであり、興味がつきません。・・<br /> ホテルも最高水準でした。バンドンのホテル「サボイホマン」、南国の情緒溢れる素敵なホテルでした。ヌサドゥアの「バリヒルトン」のプライベートビーチも美しかった。<br /> 良い思い出が一杯できた素晴らしい旅となりました。<br /> 窓の外が少し、明るくなってきました。CAがお水を持ってきてくれました。もう少しで関空です。帰国した後も、しばらくはインドネシアの事を反芻して楽しめそうです。』<br /><br />関空には、翌日8/5、6:00に着いた。<br />

    帰国にむけ、デンパサールから19:10発のEG221便でジャカルタに移動し、19:45着。
    21:20発のEG222便で関空に向かった。

    以下は当時の文章

    『・・日本アジア航空222便は、一路関空にむけてフライトを続けています。今、午前3時、あと3時間程で関空に到着します。夜のフライトは、滑らかで快適です。・・・・
    インドネシアの1週間は、大変しのぎやすい毎日でした。オーストラリアに降りそそいだ大量の雪、その冷気を取り込んだ南の風が、インドネシアに吹き寄せていたのです。
    躍動する経済力を物語るジャカルタの「喧騒」から始まった旅は、バリ島ウブドの見事なライステラスの眺望で終焉しました。その日のバリは「クニンガン」。ペンジョールが家々の玄関を飾り、人々は正装してお寺詣でをします。・・・良い日がラストディーとなりました。
    インドネシアの芸能と文化を訪ねる旅でした。・・・
     ・・・心ときほぐすアンクルン、哀調を帯びたカチャピ・スリン、勇壮なラーマヤーナ舞踏、幻想的なワヤンクリッ、神秘のケチャ、バリの混沌を象徴するバロンダンス、食事の時のガムランとペンデット・・それらの音楽と舞踏が、今、渾然一体となって、頭を駆け巡っています。ケチャ、それはプロの集団でなく、バンジャールという村の組織でグループを作り演じられます。共に農耕に従事し、葬祭を運営し、芸能にもかかわる。そうした共同の生活の中で、絆を深めます。地域社会での人間関係が大変稀薄になってきている日本は、このバンジャールから学ぶ事はたくさんあるような気がしました。
     仏教遺跡ボルブドールとプランバナン寺院歴訪も今回の旅のメインでした。世界の文化遺産に指定された石作りの巨大な建造物は、観る者を圧倒しました。
     物を作り出す類いまれな才能は、今も生きづいています。織物、染色、彫刻、絵画、そのどれもが、一級のレベルであり、興味がつきません。・・
     ホテルも最高水準でした。バンドンのホテル「サボイホマン」、南国の情緒溢れる素敵なホテルでした。ヌサドゥアの「バリヒルトン」のプライベートビーチも美しかった。
     良い思い出が一杯できた素晴らしい旅となりました。
     窓の外が少し、明るくなってきました。CAがお水を持ってきてくれました。もう少しで関空です。帰国した後も、しばらくはインドネシアの事を反芻して楽しめそうです。』

    関空には、翌日8/5、6:00に着いた。

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