2018/11/25 - 2018/11/25
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tomoko.sさん
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市民の花がバラということで バラ園めぐりをしようかと愛犬を連れ里見公園に出掛けました
この公園は桜が有名ですが 空いている時期に下見にきました
里見公園の次は大町公園に向かいましたが 犬はダメといわれ 家に帰りました
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 自家用車
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里見公園は下総台地の西端、江戸川に面した台地上にあり、このあたりは国府台と呼ばれ、ここに下総国府が置かれ、下総国の政治や文化の中心でした。
その後、室町時代天文7(1538)年10月、足利義明は里見義堯等を率いて国府台に陣をとり北条氏綱軍と戦いました。しかし北条軍が勝利をおさめ義明は戦死し、房総軍は敗退しました。続いて永禄7(1564)年正月、里見義堯の子義弘は再度国府台城で北条軍と対戦しましたが、この合戦も北条軍の大勝で終わり、以降この土地は北条氏の支配するところとなりました。
江戸時代に徳川家康が関東を治めると国府台城は江戸俯瞰の地であることから廃城となりました。明治から終戦まで国府台は兵舎の立ち並ぶ軍隊の街として栄えました。
昭和33年、市川市はこの由緒ある古戦場を記念するために、一般の人々の憩いの場として里見公園を開設しました里見公園 公園・植物園
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入口を入るとみごとな藤棚 咲いたら綺麗だろうなあ
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国府台城跡
里見公園の地形をよく見ると、江戸川に向かってコの字
型に二重の土塁が築かれていたことが推定できます。
さらにこの土塁の外側を空堀が囲っていたことも、古文書
などから知ることができます。これが世にいう国府台城の城
跡です。
この城は文明11(1479)年に太田道灌が築いたものと伝えられています -
11月25日のスモモの記念撮影
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イングリット・ウエイブル
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ラ・セビリア
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チンチン
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エミール ノルデ
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フレグラント アプリコット
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うらら
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ツル ゴールドバニー
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伊豆の踊り子
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シャルダン ドゥ フランス
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プリンセス アイコ
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マチルダ
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「からたちの花」、「砂山」などの詩で親しまれている詩人
北原白秋(明治18 年~昭和17 年)が大正5 年の夏から約1
年間、当時小岩にあったこの離れで優れた作品の創作を続
け、白秋自身で紫烟草舎と名づけました。復元の地をここ
に求めたのは、小岩に移り住む前、白秋が真間の亀井院に
住んでいたこと、小岩に移ってからも江戸川越しにこの台地
を眺めたであろうこと、そして葛飾の野をこよなく愛していた
ことになります -
紅葉も見に来ました
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江戸川方面は眺めがいいです
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もみじがきれい
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いちょうも色づいています
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子供たちの遊び場があります
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花と撮影がなかなかうまくいきません
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駐車場に行く途中通り沿いにあります
お茶室みたいです -
お付き合いご苦労さま 相棒のスモモでした
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