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T3高速のオーチョリオス(Ocho Rios)出口のラウンドアバウトから北沿岸ハイウェイ(Northern Coastal Highway)を東へ約35㎞。オラカベッサ(Oracabessa)とポートマリア(Port Maria)のちょうど間。車だと高速出口から40分ほどでハイウェイから分かれ、山道を2.5㎞ほど上り詰めるとファイアーフライ(Firefly Estate)にようやく到着する。リオ・ヌエボ古戦場(Rio Nuevo Battle Site)を2時頃出た後、ちょっと寄り道したり、ハイウェイの分岐点で悩んだり、さらにファイアーフライへの最後の分かれ道のサインを右折でなく直進と勘違いしたりしたので、結構時間がかかり2時45分頃到着。ハイウェイからの山道は結構な坂で、道に穴も多く、最後の進入路は狭いし、一部ダートだし、着くまでは結構不安だった。<br /><br />ファイアーフライとは蛍のこと。ロマンティックな名前を抱くこの邸宅は、イギリス人の俳優、作家、脚本家、演出家、作詞・作曲家、映画監督であり奇才であったノエル・カワード(Sir Noel Coward)が1956年に建てたもの。彼は1899年生まれで、1942年のイギリス映画「軍旗の下に(In Which We Serve)」では主演、監督(デビット・リーン(David Lean)と共に)、製作、音楽を務め、翌年のアカデミー賞の作品賞、脚本賞にノミネートされ、惜しくも受賞は逃したが(この年の作品賞はあの名作カサブランカ(Casablanca))、アカデミー特別賞(Academy Honorary Award)を受賞している。<br /><br />この場所はそれ以前はルックアウト(Look Out)と呼ばれた場所で、17世紀にはバッカニア(boucanier=イギリス(イングランド)公認の海賊)あがりのヘンリー・モーガン卿(Sir Henry Morgan)が所有しており、ポート・マリアのセント・メアリー(St. Mary)港を見下ろす監視所として利用していた。秘密のトンネルがポート・マリアに通じているとも云われる。カワードはこの場所に蛍が多く生息していることからファイアーフライエステートと命名した。1973年にカワードが73歳で亡くなった後は、彼のプライベートパートナーであった俳優のグラハム・ペーン(Graham Payn)のものとなり、ペーンから88年に国に寄贈され国家遺産となった。<br /><br />枝道に入って不安を抱きながら進んでいくと人がいたので、すでにそこまでに道を間違っていた私は場所を確認すると間違いないとの答え。そのすぐ先が邸宅の裏で道は行き止まり。ガイドツアーなので、そこに止めてしばし待てとのこと。長く掛かるかと思ったら、すぐにカップルが1組やって来て、ガイドツアースタート。1200JM$。まずは、パーキングスペースの先の道に進み、邸宅に入る。最初に入ったのは、カワードがチャーチルから油絵を学んだアートスタジオ。彼の絵やここを訪ねて来たたくさんの著名人の写真が飾られている。エリザベス皇太后(The Queen Mother)、チャーチル(Sir Winston Churchill)、ソフィア・ローレン(Sophia Loren)、ピーター・ユスティノフ(Sir Peter Alexander Ustinov)、ショーン・コネリー(Sir Thomas Sean Connery)、チャーリー・チャップリン(Sir Charles Spencer &quot;Charlie&quot; Chaplin)、マギー・スミス(Dame Margaret Natalie Smith)、リチャード・バートン(Richard Burton)、リチャード・アッテンボロー(Richard Samuel Attenborough)、エリザベス・テイラー(Dame Elizabeth Rosemond Taylor)、ピーター・オトュール(Peter Seamus O&#39;Toole)、オードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)・・・ 同じジャマイカに住むオーストラリア人俳優のエロール・フリン(Errol Flynn)、アメリカ人政治家のルース・ブライアン・オーウェン(Ruth Bryan Owen)、イギリス人作家のイアン・フレミング(Ian Lancaster Fleming)との交流も深かった云う。<br /><br />ガレージのようなティーテーブルが置かれた部屋を通って階段を少し上がると暖炉のあるリビング。このコーナーの窓からポートマリア湾が見える。なかなかの光景。折り返してさらに上がると、この景色がラウンジの外いっぱいに広がる。ガラスのない窓のすぐ外は、昔はプールがあったそうだが、今は塞がれている。この景色は反則と思うくらい凄い。さらに書斎と、カワードが亡くなった寝室が続く。<br /><br />庭も素晴らしい。広い敷地の前にいっぱいに広がるポートマリア湾の景色。プール横にカワードがリクライニングチェアに腰かけた銅像がこの景色を眺めているが、すごくいい感じ。苦労して来た甲斐があったわ。彼はジンジャーエールをチェイサーとしてブランデーを飲むのが好きだったとのこと。そして広い庭を降りていくとカワードの大理石のお墓がある。そのそばにある建物はギフトショップとレストランとして使われている。ギフトショップにも暖炉がありいい感じ。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2437774449625898&amp;type=1&amp;l=636a2da1b3<br /><br />20分ほどだったが、十分に満足した。ここは道はともかく、場所としては本当に素晴らしい。<br /><br />最後に彼の書いた&quot;When I Have Fears&quot;と云う最後の詩を紹介する。<br /><br />When I have fears, as Keats had fears,<br />Of the moment I&#39;ll cease to be<br />I console myself with vanished years<br />Remembered laughter, remembered tears,<br />And the peace of the changing sea.<br /><br />When I feel sad, as Keats felt sad<br />That my life is so nearly done<br />It gives me comfort to dwell upon<br />Remembered friends who are dead and gone<br />And the jokes we had and the fun<br /><br />How happy they are I cannot know,<br />But happy I am who loved them so.<br /><br />詩の訳は難しいので止めておくが、彼は生涯独身で家族を持たなかったので、多分彼の頭の中にはこのファイアーフライで過ごした友人たちとの日々が走馬灯のように流れていたのでは?彼は日記の中でもこの場所が最大の祝福を彼に与えてくれたと書いている。<br />なお、Keatsとは同じ題名の詩を1818年に書いたイギリスのロマン派詩人ジョン・キーツ(John Keats)と思われる。<br /><br /><br />最後、キャストレートン庭園に続く。

セントメアリー ファイアーフライ (Firefly Estate, St. Mary)

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2018/10/27 - 2018/10/27

44位(同エリア59件中)

ちふゆ

ちふゆさん

T3高速のオーチョリオス(Ocho Rios)出口のラウンドアバウトから北沿岸ハイウェイ(Northern Coastal Highway)を東へ約35㎞。オラカベッサ(Oracabessa)とポートマリア(Port Maria)のちょうど間。車だと高速出口から40分ほどでハイウェイから分かれ、山道を2.5㎞ほど上り詰めるとファイアーフライ(Firefly Estate)にようやく到着する。リオ・ヌエボ古戦場(Rio Nuevo Battle Site)を2時頃出た後、ちょっと寄り道したり、ハイウェイの分岐点で悩んだり、さらにファイアーフライへの最後の分かれ道のサインを右折でなく直進と勘違いしたりしたので、結構時間がかかり2時45分頃到着。ハイウェイからの山道は結構な坂で、道に穴も多く、最後の進入路は狭いし、一部ダートだし、着くまでは結構不安だった。

ファイアーフライとは蛍のこと。ロマンティックな名前を抱くこの邸宅は、イギリス人の俳優、作家、脚本家、演出家、作詞・作曲家、映画監督であり奇才であったノエル・カワード(Sir Noel Coward)が1956年に建てたもの。彼は1899年生まれで、1942年のイギリス映画「軍旗の下に(In Which We Serve)」では主演、監督(デビット・リーン(David Lean)と共に)、製作、音楽を務め、翌年のアカデミー賞の作品賞、脚本賞にノミネートされ、惜しくも受賞は逃したが(この年の作品賞はあの名作カサブランカ(Casablanca))、アカデミー特別賞(Academy Honorary Award)を受賞している。

この場所はそれ以前はルックアウト(Look Out)と呼ばれた場所で、17世紀にはバッカニア(boucanier=イギリス(イングランド)公認の海賊)あがりのヘンリー・モーガン卿(Sir Henry Morgan)が所有しており、ポート・マリアのセント・メアリー(St. Mary)港を見下ろす監視所として利用していた。秘密のトンネルがポート・マリアに通じているとも云われる。カワードはこの場所に蛍が多く生息していることからファイアーフライエステートと命名した。1973年にカワードが73歳で亡くなった後は、彼のプライベートパートナーであった俳優のグラハム・ペーン(Graham Payn)のものとなり、ペーンから88年に国に寄贈され国家遺産となった。

枝道に入って不安を抱きながら進んでいくと人がいたので、すでにそこまでに道を間違っていた私は場所を確認すると間違いないとの答え。そのすぐ先が邸宅の裏で道は行き止まり。ガイドツアーなので、そこに止めてしばし待てとのこと。長く掛かるかと思ったら、すぐにカップルが1組やって来て、ガイドツアースタート。1200JM$。まずは、パーキングスペースの先の道に進み、邸宅に入る。最初に入ったのは、カワードがチャーチルから油絵を学んだアートスタジオ。彼の絵やここを訪ねて来たたくさんの著名人の写真が飾られている。エリザベス皇太后(The Queen Mother)、チャーチル(Sir Winston Churchill)、ソフィア・ローレン(Sophia Loren)、ピーター・ユスティノフ(Sir Peter Alexander Ustinov)、ショーン・コネリー(Sir Thomas Sean Connery)、チャーリー・チャップリン(Sir Charles Spencer "Charlie" Chaplin)、マギー・スミス(Dame Margaret Natalie Smith)、リチャード・バートン(Richard Burton)、リチャード・アッテンボロー(Richard Samuel Attenborough)、エリザベス・テイラー(Dame Elizabeth Rosemond Taylor)、ピーター・オトュール(Peter Seamus O'Toole)、オードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)・・・ 同じジャマイカに住むオーストラリア人俳優のエロール・フリン(Errol Flynn)、アメリカ人政治家のルース・ブライアン・オーウェン(Ruth Bryan Owen)、イギリス人作家のイアン・フレミング(Ian Lancaster Fleming)との交流も深かった云う。

ガレージのようなティーテーブルが置かれた部屋を通って階段を少し上がると暖炉のあるリビング。このコーナーの窓からポートマリア湾が見える。なかなかの光景。折り返してさらに上がると、この景色がラウンジの外いっぱいに広がる。ガラスのない窓のすぐ外は、昔はプールがあったそうだが、今は塞がれている。この景色は反則と思うくらい凄い。さらに書斎と、カワードが亡くなった寝室が続く。

庭も素晴らしい。広い敷地の前にいっぱいに広がるポートマリア湾の景色。プール横にカワードがリクライニングチェアに腰かけた銅像がこの景色を眺めているが、すごくいい感じ。苦労して来た甲斐があったわ。彼はジンジャーエールをチェイサーとしてブランデーを飲むのが好きだったとのこと。そして広い庭を降りていくとカワードの大理石のお墓がある。そのそばにある建物はギフトショップとレストランとして使われている。ギフトショップにも暖炉がありいい感じ。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2437774449625898&type=1&l=636a2da1b3

20分ほどだったが、十分に満足した。ここは道はともかく、場所としては本当に素晴らしい。

最後に彼の書いた"When I Have Fears"と云う最後の詩を紹介する。

When I have fears, as Keats had fears,
Of the moment I'll cease to be
I console myself with vanished years
Remembered laughter, remembered tears,
And the peace of the changing sea.

When I feel sad, as Keats felt sad
That my life is so nearly done
It gives me comfort to dwell upon
Remembered friends who are dead and gone
And the jokes we had and the fun

How happy they are I cannot know,
But happy I am who loved them so.

詩の訳は難しいので止めておくが、彼は生涯独身で家族を持たなかったので、多分彼の頭の中にはこのファイアーフライで過ごした友人たちとの日々が走馬灯のように流れていたのでは?彼は日記の中でもこの場所が最大の祝福を彼に与えてくれたと書いている。
なお、Keatsとは同じ題名の詩を1818年に書いたイギリスのロマン派詩人ジョン・キーツ(John Keats)と思われる。


最後、キャストレートン庭園に続く。

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