2018/09/19 - 2018/09/19
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chiaki-kさん
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古代ローマの土木・建築技術の高度さを今に残すものの一つが水道システム及び水道橋であろう。水道橋遺跡に関しては、フランス南部のポンデュガールやスペインのセゴビアにあるものが特に有名で世界遺産にも登録されている。一方、ローマは当時100万都市であり、500年かけて建造された11本の水道から供給された水は1日に100万m3、1人当たり1m3/日と、現代の東京都民の水使用量233Lを上回る供給量であった。また、ローマ水道の精密さは有名で、通常、1kmあたり34cmの高低差で自然に流れるように設計されており、効率よく大量の水をローマ市内へ運んでいた。
これからバスで向かうローマ水道橋公園には、6本の水道遺跡が残っており、今でも見ることが出来る。見た目には2本しか見えないが北側の背が低い方の水道橋にはユリア水道、テプラ水道、マルキア水道 、そして16世紀に改修されたフェリクス水道が、南側の背が高い方の水道橋には新アニオ水道、そしてクラウディア水道が通っていた。表紙の写真は南側の新アニオ・クラウディア水道橋だが、映画のロケにも良く使われるイメージ通りの水道橋である。
2024/03/09 一部修正
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- フィンランド航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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9/19
アッピア街道を見学後、再びバスに乗り向かったのは水道橋公園。写真は公園手前の街にあった水道橋だが、比較的新しいのでフェリクス水道か。 -
途中で水道橋をくぐる。
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ローマ水道橋公園(Parco degli Acquedotti)到着。面積は240ヘクタールという広大な公園。入場無料。なお、今回も4トラ経由で Global Wifi ルーターをレンタルしています。
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公園に入って最初に現れるのは北側の低い水道。まずは、前方に見える階段で水道を乗り越える。
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前述の通りここには4本の水道が通っていた。写真は東側(山側)。右手にクラウディア水道橋が見える。
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これは西側(ローマ側)
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拡大するとこんな感じ。想像だが一番下にある管が16世紀のフェリクス水道で上の崩れてしまったのがユリア水道、テプラ水道、マルキア水道かと思われる。
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200mほど南側に見えてきたのがクラウディア水道橋。近くにチネチッタというイタリアの映画撮影所もあるので、ここは何度か映画やTVドラマにも登場している。予習で鑑賞したBBC製作TVドラマの「ROMA」にも登場した。
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先日、ジェノバで高速道路橋が崩落した事故があり、その影響でイタリア中の橋という橋を調査しているのだそうだが、古代水道橋までとは何か方向が違うような気がする。
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よく見ると、アーチ橋で支えている部分が上下2段になっているのがわかる。(再掲)
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想像だが下の部分がクラウディア水道で、上の半分崩れた部分がが新アニオ水道と思われる。
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ローマ帝国の衰退により、ローマ水道は敵、あるいは自らの手により破壊され、その他の水路もメンテナンス不足により次第に壊れていった。
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水路による水の供給が絶たれ、外敵の侵入に晒され、かつて100万人以上を誇ったローマの人口は、5万人以下に激減してしまった。
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しかし、15世紀に時の法王の手で修復されたヴィルゴ水道は今でも使われ、トレビの泉などになってローマの街を潤している。
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公園の近くにチャンピーノ空港があるため、ひっきりなしにLCCと思われる飛行機が飛んでいた。
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水道橋公園を後に、バスは再びローマ市内へ戻る。前方の門はラテラーノ教会前の広場へ入るときくぐるサンジョバンニ門。手前にメトロ、サンジョバンニ駅あり。
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法王庁がバチカンに移るまでカトリック教会の中心であったサン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ大聖堂の前はローマ到着の晩を含め、何度か通過した。
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今日の昼食はここ、カラカラ浴場の近くにある公園のような場所の中にあるレストラン・オラッジオ。
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ローマは異常気象でいつまでも暑い日が続き、雨の日も蒸し暑いので即ビールを注文。ちなみにビールは Birra 、ワインは Vino 、赤は Rosso 、白は Bianco 、大は Grande 、小は Piccole と言います。この後しっかりと芯の残ったリゾットと骨付き鶏肉ソテー、野菜サラダ&デザートが出たのですが、時差ぼけのため写真は撮り忘れました。
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ジジちゃんが、お見送りしてくれました。ペロリ!
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レストランを離れ、高速道路へと向かうが、どのコースも渋滞の嵐。
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1時間ほど高速道路A24号線を走って、ティボリにあるヴィッラ・アドリアーナ(ハドリアヌスの別荘)に到着。現在地は地図の一番上にある駐車場。ここから遺跡までダラダラ坂を登らされたが、体力の衰えを感じる坂道だった。
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ローマ五賢帝の一人であるハドリアヌスは、118年よりティボリの麓で広大な別荘(ヴィッラ・アドリアーナ)の建設に着手した。別荘が完成したのは133年。ギリシャのアテネにあった彩色柱廊(ストア・ポイキレ)を模したポイキレ、エジプトのアレクサンドリアとカノプスを結ぶ運河を模したカノプスなど、皇帝が巡察旅行で魅了された建物や風景を偲ばせる建造物を建設させたといわれている。別荘の建物の数は30を超え、敷地の面積は、1.2km2に及ぶ。 なお、ヴィッラ・アドリアーナは1999年、世界遺産に登録された。
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坂道の途中からはティボリの町が見えた。ティボリにはもう一つの世界遺産ヴィッラ・デ・エステ(エステ家の別荘)もあるが、今回は行かない。手前にあるのはオリーブの樹、そして糸杉も。
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息を切らして案内所まで上がると、ここで別荘の模型など眺めながら一息つく。なお、画面の右上と左下にへんなものがあるが、レンズフードがいつのまにか回転してしまったことに気づかなかった為、画面がケラれてしまった。この後、ときどきやらかす初歩的ミスの映像がしばらく続きます。
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ポイキレ入り口。
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入り口を入るとポイキレと呼ばれるプールが目の前に現れる。
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ここで、ハドリアヌスについてスタディ。
プブリウス・アエリウス・トラヤヌス・ハドリアヌス(76-138)は、第14代ローマ皇帝(在位:117-138)。ローマ帝国を最大にしたトラヤヌス帝の後継者で五賢帝の一人。帝国各地をあまねく視察して帝国の現状把握に努める一方、トラヤヌス帝による拡大路線を放棄し、国境安定化路線へと転換した。 そのため放棄した領土獲得に闘った元老院議員らの反発を招き、死後、記憶抹殺刑にされそうになったりするが、次期皇帝となるアントニヌス・ピウスの涙の訴えでかろうじて神格化され、ローマ史に残ることになった。ちなみにサンタンジェロ城は元々ハドリアヌスの霊廟で、パンテオンもハドリアヌスが再建したものである。そして死後100年以上続くローマの平和をもたらしたのもハドリアヌスである。(Wikipedia参照) -
アテネにあったと言われるポイキレの想像復元施設の跡。プールの廻りに植栽された低い植木は以前ここに彩色された大理石の石柱が建っていたことを表しているそうだ。
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エクセドラと呼ばれる皇帝の食堂だった建物らしい。
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ポイキレ南側は崖のような切り立った建物が続くが、倉庫あるいは警備兵の住居であったらしい。
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南側には客人を招待する道と、別荘で必要とする燃料や食料を搬入する道が造ってある。手前の塀で隠された道が荷物搬入用の道で、その2つ左側の広々とした道が客人用。
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左手奥には客人が入荘する玄関と、傘で隠されてしまったが貨物搬入用入り口が見える。
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ちなみに、これが貨物搬入用の道。多くの奴隷達が息を切らしながら重い荷車を引いたのだろう。
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続いては小浴場。所謂、小テルメ。
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南側に面しているので、多分熱浴室。”テルマエロマエ”の世界。ちなみに映画(漫画)に登場するローマ皇帝はハドリアヌス。
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奴隷達はこんな穴から浴室の下に潜り、薪をくべて湯を沸かす作業を続けていた。まさに上は極楽・下は地獄の世界だ。
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古代ローマは土木技術やシステム造りなどで優れたものが見られるが、この奴隷制と差別社会だけは肯定できるものでは無い。
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カノプスに到着。
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エジプトのカノプスを模した運河と彫刻で造られた施設で、奥にある神殿はエジプトにあるセラーピス神殿をまねたもの。
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セラーピス神殿の手前にギリシャ風彫刻あり。
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ワニもいる。
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次ぎは大テルメ。冷温室と2つのプールがあり床面はモザイクで飾られていた。
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カラカラ浴場ほどでは無いが巨大だ。
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落ちた天井がそのままにされている。
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ホスピタリアと呼ばれる場所には客人用の個室が並んでおり、写真のようなモザイク床が残っている。
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モザイク床2
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モザイク床3
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次ぎに石段を降りていった場所にあったのは・・・・
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島のヴィッラ(海の劇場)と呼ばれる周囲を運河に囲まれた円形の島のような場所に建つ建物。ここは皇帝が思索にふける為に造られたらしい。
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今は島とは一カ所繋がっているが、当時は跳ね橋しか無かったという。ハドリアヌスはここで早死にした美青年の愛人アンティノウスのことでも考えていたのだろうか。
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ハドリアヌス逝去後、後続のローマ皇帝たちがこの別荘をどのように使ったのかはあまり記録されていない。しかし、この別荘の改造は3世紀までつづけられたことが判明している。そのあと、蛮族の石切り場と化し、廃墟となってしまった。
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本日の見学をすべて終えて、ローマに戻る。夕食は全てフリーということで、雨の中パラティーノホテルの廻りをウロウロするが、結局、日本料理レストラン「支倉(はぜくら)」に落ち着いた。写真は「支倉」の入り口なのだが、右隣にあるGELATERIAのギラギラネオンがまぶしくて2度、通り過ぎてしまった。ローマでレストランを探すのは難しいのだ。
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可愛い日本人のお姉さんにとりあえずビールを注文。PERONIの GRAN RISERVA というコクのあるビールで Cheers ! (乾杯)
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お通しは撮り逃がしたが、セカンドはマグロのステーキだった。おいしかったのだが、生でも良いよ。
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メインは刺身のおつくり。魚の味は世界共通。最後にアイスクリームのデザートを食べ、チップ込みで80ユーロ支払ってホテルへ戻る。全ておいしゅうございました。
これで、「2018年 ローマ旅行記2:水道橋公園&ヴィラ・アドリアーノ」は終了です。本日も最後まで、ご覧頂きありがとうございました。
2024/03/09 一部修正
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この旅行記へのコメント (2)
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- しにあの旅人さん 2018/09/30 08:19:34
- いいですね
- 今年3月に行ったばかりのローマを、楽しく思い出しました。雑踏のバチカンや、美術館はもうこりごりですが、観光地をつなぐ町歩きがいちばん楽しかったのを覚えています。いきなりボコッと遺跡らしきものに出っくわすのですよね。
来年4月に再訪します。こういうローマの遺跡巡りをしたいですが、ローマの後の南イタリアの日程の都合で3泊だけです。こりゃ、イタリアは3回目を考えないと、などと、2回目に行ってもいないのに次を考えています。トシですからね、この先の健康で歩き回れる時間のことを考えると、そうイタリアばかり行くわけにはいかないのですが。なんとなく、妖艶な、悪い年増に捕まったという気がしないでもなく...
- chiaki-kさん からの返信 2018/09/30 20:09:50
- これから雑踏に突入です
- ・
シニアの旅人さん、こんばんは。いつもありがとうございます。
>いきなりボコッと遺跡らしきものに出っくわすのですよね。
ローマは京都や奈良と同じで、町の中を何となく歩いていると
ビックリするような遺跡や史跡と出くわす街ですね。
2003年にイタリアツアー最終日にフリーでローマを歩きましたが
アウグストゥスの霊廟に突き当たったり、今回はホテル近くの
教会でミケランジェロに出会ったりしました。
>2回目に行ってもいないのに次を考えています。
何度行っても新しい発見のある国ですから3回でも4回でも行き
ましょう(悪魔のささやき)。
>雑踏のバチカンや、美術館はもうこりごりですが、
う〜ん、旅行記はこれからその雑踏に突入します。でもそれなりに
収穫はありましたから、どうぞご期待ください。
chiaki-k
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