2018/01/15 - 2018/01/20
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ちゃおさん
去年中国広州を旅行した折、南越王墓博物館を訪問したが、そこには最近、と言っても数十年前の事だが、新たに発見された南越王の見事な朱色、辰砂を主体とした大きな棺と、その中に収められていた何枚ものバイ宝で包まれた南越王のミイラを見たが、中国の古墳でミイラを見るのは珍しいことだった。広州は中国の南方に位置していて、今の一帯一路ではないが、海路を通っての中近東との交易は昔から盛んで、そうした遺体の保存方法も中近東から伝来されたのかも知れない。
日本でのミイラで有名な場所は、岩手県平泉の中尊寺にある光堂に収められた3体のミイラ、即ち木乃伊で、奥州藤原三代の栄華を留めているものだった。10数年前、光堂を訪問したが、堂内に安置された三尊仏の台座の下にミイラが収められていると解説にあったが、そこはガラス張りになっていて、参詣者は直接見ることはできなかった。弘法大師空海が生き仏として高野山の祖師堂に今も生き続けていると言われているが、それもひょっとしてミイラの状態で座しているのかも知れない。乾漆像の鑑真像は全く見事なもので、芭蕉が「御目のしずく拭わばな」と詠っている程に真に迫った実像で、日本でも死後にも永遠に生き続けていてもらいたい、との人々の願望があった。
それに比べ、古代エジプトや、秦の始皇帝に代表される古代中国では、王の権力は絶大で、この現生の権力は永遠に続いて欲しいと願い、永遠の命、或いはそれが無理なら死後の同様の栄華を願い、これ等の国では王が生存中に巨大な墳墓が造営されていた。エジプトの古代書にはミイラの製作方法が詳しく書かれたものもあり、立派なミイラを作りのは、王権を引き継ぐ者の重要な勤めでもあった。同じミイラと木乃伊。日本とエジプトでは作成過程での発想は大きく違うのだが、等しく死後の永遠の生を願うことに於いては共通と思われた。日本の木乃伊がどうしてミイラと音読されるのかは、今でも理解できないが・・。
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- 5.0
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