2018/04/28 - 2018/04/28
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アルプ・グリュムさん
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柴又帝釈天(経栄山題経寺)は映画「男はつらいよ」シリーズの舞台としてあまりにも有名なお寺です。
広大な敷地内には多くのお堂、庭園まである由緒ある日蓮宗の寺院です。
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京成金町線柴又駅から歩きます。
柴又駅 駅
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以前の柴又駅には寅さんが一人で旅に出る光景だったのですが、見送る妹のさくらの像がいつの間にか出来ていました。
柴又駅と寅さんと妹さくらの距離感が映画のシーンと同様に計算されています。 -
帝釈天の参道
重要文化的景観決定! 風景の国宝「葛飾柴又」と記されています。 -
参道には帝釈天の道標が見られます。
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参道にはお草団子屋が並んでいます。
映画での光景と昭和の風景が変わらずに残っています。 -
参道を歩きます。
昭和の風景だと必ず電柱があるのですが良いのか悪いのか電線は地下化されています。 -
参道の先には二天門が見えています。
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二天門
明治29年、江戸期建築の最後の名匠と言われた坂田留吉棟梁によって造りあげられた、
総欅造りの豪壮な門で、日光東照宮の陽明門を模したと言われています。 -
大鐘楼横の門
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大鐘楼横の門
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大鐘楼
昭和30年、名匠、林亥助棟梁によって完成された総欅製で寅さんの映画では必ず効果音でお馴染みです。
鐘を鳴らしたい気持ちは分かりますがバリケードで立ち入り禁止となっています。 -
大鐘楼横にある柴又七福神の案内板
柴又七福神の一つである帝釈天は毘沙門天の神様を祭っています。
柴又七福神については別途編集しています。 -
御神水・浄行菩薩
江戸寛永の昔、松の根方に霊泉の湧くのを見て、庵(いおり)を結んだのが当山の縁起。松は、四方に枝を拡げて、「瑞竜の松」の名にふさわしく、こんこんと湧き出る泉は、善男善女に汲めども尽きない御利益を授ける。
寅さんの挨拶言葉の「帝釈天で産湯をつかり」の御神水です。 -
浄行菩薩
巣鴨のとげぬき地蔵 高岩寺の洗い観音と似ています。 -
南大門と大鐘楼
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南大門の正面に本堂が見えます。
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境内には東日本大震災の供養碑もあります。
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帝釈堂
日蓮大聖人が衆生(しゅじょう)の病を無くさんと、願いをかけて刻まれた板本尊を祀る帝釈堂は、名人、坂田留吉棟梁が仕上げた総欅造り。特に堂の周囲を法華経説話に取題した彫刻をめぐらして、まさに当山の山号である経栄山にふさわしい工夫は、入念の彫刻作品とともに無類の文化財になっている。 -
喜見城
帝釈尊天がおわします帝釈堂の正面、堂々たる扁額に光る金文字は「喜見城」。
遥かな高みの仏の天の忉利天にそびえる帝釈天の居城、喜見域を現世で拝礼する唯一の場が当山の帝釈堂に他ならない。 -
帝釈堂と本堂
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帝釈堂
彫刻ギャラリーはここからは見えないようになっています。
同じく庭園の邃渓園(すいけいえん)も見えません。 -
帝釈天境内図
よく見るとトイレがどこにもないのです。 -
観音菩薩像
元は富士山頂に位置した下山仏である -
釈迦堂(開山堂)
当山最古の建造物。文化・文政期の江戸の伽藍造りの風格を見せる貴重な建物であり、内陣の中央に当山の霊宝である白鳳期の釈迦立像を安置し、当山の開祖・日栄上人と中興祖・日敬上人の木像を奉祀する。 -
おみくじ、お焚き上げ処、グッズの販売所
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祖師堂(本堂)
古くから帝釈堂として、江戸の信心を集めていた建造物を明治になって、現在の帝釈堂を造り上げて移し、大修理を加えて現在の祖師堂になる。 -
尾崎史郎の文学碑
人生劇場 青春立志の碑
遺す言葉
死正、命ありだ。くよくよすることは一つもない。お前も父の血をうけついでいるのだから、心は弱く、涙もろいかもしれれぬが、人生に対する抵抗力だけは持っているだろう。あとは千変万化だ。運命の神様は、ときどき妙ないたずらをする。しかし、そこでくじけるな。くじけたら最後だ。堂々といけ、よしんば、中道にして倒れたところで、いいではないか。見ろよ、高い山から谷底みれば瓜やなすびの花ざかりだ。父は爛々たる眼を輝かして、大地の底からお前の前途を見まもっていてやるぞ。 -
帝釈天の境内図には記載されていませんが彫刻が素晴らしい!
金網で養生されてあるのが残念です。 -
社務所
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鳳翔会館
トイレを探している御婦人さんが「あら困ったわ」と嘆いていました。
境内にトイレはないようです。 -
記念碑らしきものがありますが、その説明板が見当たりません。
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邃渓園(すいけいえん)と大客殿
東京都が庭園と建物について文化財的見地から素晴らしさを称えていますが施設はこの塀の中にあるのです。 -
葛飾区指定有形文化財
帝釈天出現由来碑
所在地 葛飾区柴又7丁目10番3号
指定年月日 昭和57年2月13日
この碑は、安永8年(1779)題経寺本堂改修のとき発見した日蓮聖人自刻の帝釈天板本尊を後世に伝えるため、弘化2年(1845)俳人 鈴木松什および檀徒 石渡忠右衛門等が協力し、その由来を記し、併せて帝釈天の功徳を述べている。
碑の総高1.48メートル、撰文は宮沢雉神遊、書は萩原翬、刻者は窪世昌である。題経寺縁起の整ったものは、明治29年(1896)に作成されたが、本碑は、それ以前における由緒資料として貴重である。
葛飾区教育委員会 -
彫刻ギャラリーと邃渓園(すいけいえん)については別に編集しています。
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彫刻ギャラリーと邃渓園(すいけいえん)については別に編集しています。
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