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大昔のインド旅行の抜粋写真です。へたくそ写真の、私的な備忘録ですので、スルーして下さい。<br /><br />インドは1980年と1984年の2度行きました。<br />1980年は会員だったNGOの親善旅行に参加して、訪問地はコルカタ(当時カルカッタと呼んでいた)、チェンナイ(マドラス)、コモリン岬、ムンバイ(ボンべイ)、ナグプール、ニューデリー、アグラだったはず。<br /><br />1984年は2ヶ月滞在しましたが、ほとんどは知り合いのインド人の家(コルカタとニューデリー)にホームステイして、半月程でネパールとヴァーラーナシー(ベナレス)、ジャイプール、アーメダバード、シュリーナガル、ラダック地方のレーに行きました。ヴァーラーナシーはコルカタのおじいちゃん・おばあちゃんと一緒に旅行して、他の町は一人旅しました。<br />表紙写真は1984年、レーでゴンパ巡りをした時(左上下・右上)と右下は多分、レーの旧王宮。

1980年と1984年のインド - タイトル変更 -

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1980/08/12 - 1984/07/10

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大昔のインド旅行の抜粋写真です。へたくそ写真の、私的な備忘録ですので、スルーして下さい。

インドは1980年と1984年の2度行きました。
1980年は会員だったNGOの親善旅行に参加して、訪問地はコルカタ(当時カルカッタと呼んでいた)、チェンナイ(マドラス)、コモリン岬、ムンバイ(ボンべイ)、ナグプール、ニューデリー、アグラだったはず。

1984年は2ヶ月滞在しましたが、ほとんどは知り合いのインド人の家(コルカタとニューデリー)にホームステイして、半月程でネパールとヴァーラーナシー(ベナレス)、ジャイプール、アーメダバード、シュリーナガル、ラダック地方のレーに行きました。ヴァーラーナシーはコルカタのおじいちゃん・おばあちゃんと一緒に旅行して、他の町は一人旅しました。
表紙写真は1984年、レーでゴンパ巡りをした時(左上下・右上)と右下は多分、レーの旧王宮。

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  • 1980年の写真は4枚だけ。<br />左上はコルカタのホテルからの眺望。<br />右上はナグプールで女性たちの水くみ。<br />左下はチェンナイ近くのマハーバリプラムの海岸寺院。<br />右下はチェンナイ。<br />

    1980年の写真は4枚だけ。
    左上はコルカタのホテルからの眺望。
    右上はナグプールで女性たちの水くみ。
    左下はチェンナイ近くのマハーバリプラムの海岸寺院。
    右下はチェンナイ。

  • 1984年は2ヶ月いましたが、写真はほとんどホームステイでお世話になったお宅の人々ばかり。しかも、ヴァーラーナシーやシュリーナガルに行った時のフィルムがダメになっていて抜けています。<br />上の2枚は、コルカタでお世話になったお宅の内部。<br />下の2枚は、そのお宅の屋上から見える景色。左は近くの寺院。右の、建物の間の小路は、おばあちゃんといつも一緒に市場に行った道。<br />

    1984年は2ヶ月いましたが、写真はほとんどホームステイでお世話になったお宅の人々ばかり。しかも、ヴァーラーナシーやシュリーナガルに行った時のフィルムがダメになっていて抜けています。
    上の2枚は、コルカタでお世話になったお宅の内部。
    下の2枚は、そのお宅の屋上から見える景色。左は近くの寺院。右の、建物の間の小路は、おばあちゃんといつも一緒に市場に行った道。

  • 1984年、コルカタ。<br />左上は、お世話になったお宅の中庭で飼われていた孔雀。<br />右上と下の写真は近くの商店。下写真のお菓子はとても甘いけど、病みつきに。他にも、マンゴー、クルフィというアイスクリームが大好きでした。

    1984年、コルカタ。
    左上は、お世話になったお宅の中庭で飼われていた孔雀。
    右上と下の写真は近くの商店。下写真のお菓子はとても甘いけど、病みつきに。他にも、マンゴー、クルフィというアイスクリームが大好きでした。

  • 1984年、ラダック地方のレー。<br />上は泊まった民宿の窓からの眺望。高山病で3日間ここで寝込みましたが、宿のおかみさんたちが親切にしてくれました。子どもたちもとてもかわいかったです。<br />中は多分レーの王宮から町を見たところ。<br />下はレーの町の広場。当時のインド首相インディラ・ガンジーの演説があるので集まった街の人々。ところが、帰国後すぐ(この年の10月)インディラ・ガンジーは暗殺、その後息子も首相になりましたが暗殺されました。

    1984年、ラダック地方のレー。
    上は泊まった民宿の窓からの眺望。高山病で3日間ここで寝込みましたが、宿のおかみさんたちが親切にしてくれました。子どもたちもとてもかわいかったです。
    中は多分レーの王宮から町を見たところ。
    下はレーの町の広場。当時のインド首相インディラ・ガンジーの演説があるので集まった街の人々。ところが、帰国後すぐ(この年の10月)インディラ・ガンジーは暗殺、その後息子も首相になりましたが暗殺されました。

  • 1984年、ジャイプール、シティパレスと美しい扉。<br />私、るなさんにはこんなきれいなドアは見なかったとコメントしましたが、見ていましたね。<br />右下がピーコックドア。

    1984年、ジャイプール、シティパレスと美しい扉。
    私、るなさんにはこんなきれいなドアは見なかったとコメントしましたが、見ていましたね。
    右下がピーコックドア。

  • 1984年、ジャイプール。<br />左が風の宮殿の内部。<br />右はどこかの寺院の壁画。<br />下はどこかのお城に行く途中だっけ?

    1984年、ジャイプール。
    左が風の宮殿の内部。
    右はどこかの寺院の壁画。
    下はどこかのお城に行く途中だっけ?

  • 1984年、行った事さえ忘れていたアーメダバード。

    1984年、行った事さえ忘れていたアーメダバード。

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この旅行記へのコメント (14)

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  • milkさん 2018/08/19 23:47:27
    尚美さんのインド♪
    尚美様

    こんばんは☆
    尚美さんが恐らく一番大事にされている思い出の国、インドの旅行記ですね!
    拝見できてとても嬉しいです。

    実は私、7月にインドに行こうと思っていたのです。
    ロンドンに住むホストファミリーのお母さんがインド人で、「7・8月にインドに帰るから遊びにおいで~」と連絡をくれたのです!
    でも、仕事の都合でお休みがもらえず、今回は断念。
    そしたら愛猫の調子が悪くなってしまったので、今年は行かなくて良かったなと思いました。

    ホストファミリーは「また次回ね」と言って下さっているので、近いうちにインドデビューします(^_-)
    彼女の実家はコルカタです♪
    行く前に尚美さんから沢山お話し聞かなくちゃ!

    るなさんも行っていらしたジャイプール・シティパレスは本当に素敵でしたよね。
    私も行ってみたいです。

    milk


    尚美

    尚美さんからの返信 2018/08/20 17:46:48
    milkさんもインド行きのチャンスがあったんですね
    驚きました。milkさんのお馴染みのインド人ホストファミリーについては知っていましたが、インド行きのチャンスがあったなんて。その頃は、milkさんはお仕事も忙しく、また愛猫の具合も悪くなったんですね。また行くチャンスはありますよ。

    > 行く前に尚美さんから沢山お話し聞かなくちゃ!

    古臭い情報しかありませんが、是非!
    インドは他の国以上に、現地の人と知り合いだと楽しく、物事がスムーズに進む国です。コネクションが大事にされると言いますか…。ですから、ホストファミリーさんが誘ってくれる時に行けたら良いと思います。

    > るなさんも行っていらしたジャイプール・シティパレスは本当に素敵でしたよね。
    > 私も行ってみたいです。

    美しいですよね。ピーコックドアを見たのを忘れていた私が言うのもなんですが。ジャイプールはピンクシティーと呼ばれる魅力的な街ですよね。
  • kayoさん 2018/08/16 23:15:04
    インド~!
    尚美さん、こんばんは☆

    実は私、若い時はインドフリークで過去4回、最後は両親を連れて行ったぐらい
    インドが私に旅の楽しみを教えてくれました。
    両親と以外の3回は全て3か月其々滞在したので、今まで私が行った海外で
    居住以外の観光では滞在日数ではインドがダントツです。

    中でもインドらしくないラダックのレー、私も高山病の影響か
    寝込むほどではなかったのですが、ゴンパへは息が切れ切れでいつも酸欠状態。
    マナーリから二日間かけてのバス旅も超きつかった~。

    私が初めて行ったのが昭和天皇がなくなった頃でしたので、
    尚美さんよりかなり後になります。インド人から天皇が亡くなったと
    知らされたのでちょうど30年前でした。

    両親と最後に行ってからすでに15年は経つかと思いますが、
    それ以来は中々再訪できていません。
    インドへ1週間ほど行くのが自分の中では考えられないんです。
    でもこんな事言ってたら二度と再訪はないかと思うので、
    そろそろインドへ行きたいな~っと思っていた所でした。

    kayo

    尚美

    尚美さんからの返信 2018/08/17 06:53:33
    同じく、インドに一週間くらい行くって考えにくいです
    kayo様

    私も次にインドに行く時は住む時だと思っていたので、一週間くらいの旅は想像しにくく35年経ってしまいました。
    私も、生まれ育った神戸を長く離れた事がないので最長滞在地はインドです。

    ポーランド旅の時、13日間でも人々の人情に触れ親切に助けられて、インドでの忘れていた思い出まで蘇ってきました。
    短い期間でも懐かしいコルカタと未踏のダージリンを絡めて行くのもアリかなと思いはじめました。

    kayoさんも再訪あるかもしれないんですね。インドフリークが再訪すると、浦島太郎状態なのか、インドは変わっていないのか、インド熱が蘇るのか、興味深いですねー。
  • 万歩計さん 2018/08/16 21:11:45
    セピア色の思い出
    尚美さん

    セピア色の思い出、いいですね。
    昔の旅の写真を見ていると当時の事が鮮明に浮かびます。
    3日前の夕食のおかずは忘れますが(笑)。
      万歩計

    尚美

    尚美さんからの返信 2018/08/16 22:14:19
    RE: セピア色の思い出
    砂時計様

    思い出写真を見て下さり温かいコメントもいただき、有難いやら恐縮するやら、です。

    確かに私も、自分で作っておきながら昨日の夕食もとっさには思い出せません。

    ですが、砂時計さんの仰るように、古い写真を見ると懐かしい人の顔、温度や湿度や匂い、当時自分が感じていた事も思い出すんですよね。
    思い出して泣いたりして。

    やっぱりちょっと恥ずかしいです。
  • ももであさん 2018/08/16 19:05:26
    蔵出し品評会
    姉さま♪

    しょえー!  35~40年前の蔵出し写真
    まるで40年前のワインを飲むようで緊張します!?

    バングラディシュが独立したのが71年
    1980年のカルカッタって、何か影響してなかったですか?
    小学生の頃なぜかネルー首相の伝記を読んでいましたが、
    インディラさんはその娘さんでしょ。

    広いインドのほぼ全域を巡っていたのですね。先人!
    ヴァーラーナシーの写真が消えたのが惜しいです。

    当時のラダックは羨ましい限り。ぼくもいつか必ずや
    バイクでゴンパ巡りをするのがプチ夢です。

    ももであ

    尚美

    尚美さんからの返信 2018/08/16 21:47:56
    蔵出しのように価値あるものではなく、単に幼き日の記録で…
    履歴を開示してしまったようで、こちらが緊張するー。

    実は、コルカタでお世話になったおじいさんはバングラデシュ出身で裕福ではない人でした。故郷の話をする時、まるで黄金郷のように語っていましたが、農村で食べていけずに都会に出てくる人が多いというのは身近に感じました。
    ニューデリーでお世話になった人には、パキスタン国境に近いシュリーナガルに行くのを治安が悪いと反対されました。
    確かに、帰国後すぐインディラ・ガンジーが暗殺されたのには衝撃を受けました。
    日本でインディラ・ガンジーというと、「独立の父ガンジーの娘でしょ」という人がいますが、確かにネルーの娘です。

    ヴァーラーナシーはインドのおじいさんおばあさんと三人で旅したので、親子の旅のようでした。これは、心の中だけの思い出にしておきなさい、という事ですね。
    シュリーナガルは風光明媚な避暑地ですし、一人旅のアメリカ人女性と仲良くなったので、こちらの写真の方が残って欲しかったです。

    ところで、私にはバイクでラダックを走っている猫の雄姿が見えるんです!けど。
  • ひなこさん 2018/08/16 17:51:13
    ワオー!尚美さんの旅の出発
    尚美さま、

    インドの旅行記、楽しみだなあと思っていました。
    セピア色の懐かしい写真の数々でしょう。
    ホームステイの旅、たくさんの思い出があることと思います。
    私も自分の旅ばかりでなくて夫の旅を振り返ってみたいと思っていたところでした。
    ラダック、夫は1975年に訪れたそうです。きっと、同じような所に行っているかもですね。貴重な旅行記を見せて下さってありがとうございました。続きはあるのでしょうか?
    お菓子屋さん、とてもおいしそうですね。

    ひなこ

    ひなこ

    ひなこさんからの返信 2018/08/16 19:22:37
    続き
    若い女の子が一人旅するのが難しい時代に、ましてやインドに行かれて、かけがえのない経験でしたね。カメラもデジタルでないから、フィルムを持ってなんか特別な袋に入れて持って行ったような記憶があります。現像した写真はどんどん色が消えていってしまうので、旅行記にされて良かったですね。

    ひなこ

    尚美

    尚美さんからの返信 2018/08/16 21:09:04
    またインドに行きたいと言っていたら・・・
    ひなこ様、早速コメント頂き、ありがとう。
    最近もお話ししましたが、一度目のインドの後、「今度はツアーじゃなくて、長期間の旅がしたい」と周りの人に言っていたら、「ホームステイしたらいい、知り合いを紹介するから」と言ってくれる人がいたり、ヒンズー語の先生夫妻が帰国されて「ニューデリーではうちに泊まりなさい」と言ってくれたり、ほとんど周りがお膳立てしてくれたのでした。
    ひなこさんも、願い続けていれば夢は叶うと思います。
    ひなこさんとそんな話をしたので、私もますますインドが懐かしくなってしまい旅行記まで作ってしまいました。

    尚美

    尚美さんからの返信 2018/08/16 22:05:11
    追伸
    続きではないですが、ネパールの写真が数枚あるのでインドと同じように旅行記にしようと思っています。
  • まほうのべるさん 2018/08/16 17:40:33
    インドの思い出
    こんにちは、尚美さん。

    かなり以前にインドでホームステイをしていたと聞いて興味があり、何故インドへ行かれたか聞いてみたいと思っていました。

    インドへは現地集合の5日間の弾丸ツアーで生きました。
    その時の印象が良くなかったのでインドがイマイチ好きにはなれないんです。

    ツアーで一緒だった女子大生が帰国後に赤痢で隔離されたと保健所から電話が来てとても驚きました。全食事付きのツアーで原因になりそうなものを食べてはいないと思うので。ツアー参加者に体調の有無の確認の電話がいき、おそらく彼女1人だけだったようです。

    実はこの時体調を崩していて(3日後には直った)自分も隔離されたらと毎日が怖かったです。このことがきっかけで後進国(当時)には行かないようにしようと思いました。

     まほうのべる


    尚美

    尚美さんからの返信 2018/08/16 20:01:17
    インドはちょっとした事で好き嫌いが分かれてしまう国
    べるちゃん、大昔の写真を引っ張り出してきたものにまでコメント下さり、ありがとう。

    私は最初のインドで見るものすべて興味深くて、まるで親戚のおじちゃんおばちゃんと行く旅行のように気楽に楽しく行けたからでしょうね。インドにハマり、再訪を熱望していました。
    その後、インド人の知り合いやインド大好き友達が増えて、2度目の旅は希望した訳ではなかったのに知り合いの家でホームステイする事になりました。これが良かったとつくづく思います。

    お腹の調子が悪くなり途中から車いすで旅を続けた人や、2度騙されたけどやっぱりインドが好きという人や、インドはもうこりごりという人や、いろんな人と出会いました。
    そのすべての人にとって、インドはある意味特別な存在なんじゃないかなと思います。

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