
2018/08/10 - 2018/08/10
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yoshieriさん
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仙台旅の3日目には、若林区荒浜の「荒浜小学校」を訪れました。小学校の建物が震災遺構として公開されていることを知ったからです。
荒浜小学校は海岸に近く、東日本大震災のときには2階まで津波が押し寄せました。児童や教職員、地域住民ら320人が屋上に避難し全員が助かりました。午前5時までかかって、一人づつヘリコプターに吊り上げられて救助されたそうです。
その後、荒浜地区は災害危険区域に認定され、居住することができなくなり小学校も廃校となりました。
仙台市は被災した校舎のありのままの姿と被災直後の写真展示等により、津波の威力や脅威を実感し、防災・減災の意識を高める場とすることを目的に校舎を震災遺構として公開しています。
地下鉄東西線の終点荒井駅で下車。バスが1時間に1本程度ありますが、本数が少ないのでタクシーのほうがよいでしょう。
詳しいことは仙台市のリンクへ
http://www.city.sendai.jp/kankyo/shisetsu/ruin_arahama_elementaryschool.html
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- びゅうトラベルサービス
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荒浜小学校は海岸の近くにあります。
地下鉄東西線の荒井駅で下車し、タクシーで小学校に向かいました。運転手さんが「どちらから」と聞くので「東京から」と答えると、語り部タクシーもしているからと、震災当時のことを語ってくださいました。短い時間でしたがお話を伺えて本当に良かったと思います。
慰霊碑が海岸にあるそうで、まず慰霊塔と慰霊碑のところに行ってもらいました。荒井駅 駅
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メイン道路の両側は住宅が並んでいた所です。800世帯、2200人が暮らしていたそうです。
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家は土台だけを残しています。
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ガードレールのゆがみも当時のままだそうです。
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海岸の松の枝のない部分は、津波に襲われた高さを示しています。
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高さ9mの慈聖観音像。2013年3月11日に開眼供養されたもの。
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手前の木製の慰霊塔は2011年12月に建てられ、海岸入り口にあったものが、ここに移されました。
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慰霊碑。この地区は190名の方が犠牲になり、碑には名前が刻まれています。
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観音像の横には割れた石碑が置かれていました。
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荒浜記憶の鐘。私もこの鐘を鳴らしました。
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この距離、13.7mは津波の高さを示しています。
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防潮堤。
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ここは風光明媚な場所で、仙台市で唯一の海水浴場としてにぎわっていました。
荒浜海水浴場 ビーチ
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海岸に沿って続く防潮堤。
このような景色は私の生まれ故郷の遠州灘の海岸とそっくりです。 -
昔の写真が展示されていました。深沼海水浴場というのですね。ここは湿地帯でもありました。立派な松林があり白砂青松の地だったようです。
深沼海水浴場 ビーチ
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人の住めないこの地を見つめる観音像。
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荒浜の歴史。震災前はぎっしりと家が並んでいたことがわかります。
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海岸から徒歩5分ほどの荒浜小学校に来ました。
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4階建ての小学校は今は廃校となり、震災遺構として公開されています。
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校庭の二宮金次郎像。人の形をしているだけに悲しい。
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ベランダのフェンスが曲がっています
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1階の教室を外から見たところ。耐震の筋交いが入っていて、建物はしっかりしていました。
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校舎1階の廊下。
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1階の教室。当時のままです。
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2階の床より高いところまで津波が来たそうです。
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天井の錆びた用具。
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廊下に展示されていた当時の校舎内部の写真。
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折れ曲がったフェンスに津波の破壊力を感じます。
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4階では、「3.11荒浜の記憶」が上映されています。17分の映像。
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当時の校長先生。在籍児童91人全員を屋上に避難させて無事でした。
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津波の来た時刻の時計。地震発生時から1時間程たっています。
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震災前の荒浜の模型
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黒板には励ましの言葉も多く書かれています。
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4階の展示室。
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避難所の様子を再現。
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屋上に出ました。それほど広くない場所に近所の避難者もあわせて320人が救助を待っていました。雪が降り出して寒い中、午前5時までかかって全員が救助されました。ほんとうによかった。
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屋上から見ると、たくさんの新しいお墓がありました。ここはもとは浄土寺というお寺のあった場所でしょうか。お寺は流されてしまって、もっと海岸から奥まった場所に再建されているそうです。
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校舎から海岸までは700mの距離です。
私たちが校舎に入る時に、小学校高学年か中学生くらいの少女が一人そばにいました。見学者のようでもなく、この学校の生徒だったのか、ボランティアで案内してくれるのかしらと思いましたが、話かけてくるでもなく、私たちを気にするように見つめて、付かず離れず一緒にいるのです。
でも、2階に行くときにはいつの間にかいなくなっていました。それがなんだか不思議でたまりませんでした。あの子は何だったのだろう、あそこがなじみの場所でよく来ているのだろうかと、あとからもずっと気にかかりました。夫もその女の子が気になっていたようです。
遠くに住んでいて、この地に縁のない私ですが、この場所に来られたこと、この目で見られたことは意味があったと思います。そして来たからには、皆さんに伝える務めがあると思いました。
大きなマンションのような災害復興住宅が2年前に完成したそうです。「避難の丘」という盛土された丘もできていました。
元には戻らないけれど、この地域の皆さんの心の傷が癒され、希望を持てる明日でありますように願っています。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 白玉さん 2018/08/15 23:36:12
- 大切なこと
- yoshieriさん、こんにちは。
ごぶさたしてしまいました、お元気でしたか。
二つの旅行記、同時に拝見しました、趣向が異なって、どちらも興味深く拝見しました。
七夕祭りはやはり吹き流しが素敵。
クリスロードは、以前、仙台に行ったとき歩いたのでイメージが広がります。
(私の友達は「クリスリード」って言い間違いします(笑))
胸にせまるのはやはり荒浜の旅行記です。
仙台方面に行かれるたびに、必ずといっていいほど被災地に足を運ばれているyoshieriさんは、とても立派だと思います。
この旅行記も風化しがちな記憶を新たにする一助となっていると思いますよ。
とても大切なことだと思いました。
最後の女の子は・・・まさか、ねぇ。
素敵な旅行記をありがとうございました。
白玉
- yoshieriさん からの返信 2018/08/16 11:33:56
- RE: 大切なこと
- 白玉さん
こちらこそご無沙汰しています。
一人神戸旅行記アップされていたのに気づかず・・・これから読ませていただきますね〜
クリス・リード(笑)!コンビ解消はびっくりでね、とても残念です。
おっと、話がそれました。
仙台はときどき行きたくなります。
今回初めて繁華街を歩いて、素敵なお店がたくさんあって買い物もしやすそう。ますます惹かれます(笑)
でも、遠刈田温泉に泊まった日は、ちょうど台風13号が来ていて、ほぼ旅館に缶詰め。温泉に浸かってのんびりして、それもまたよしです。
荒浜小学校は、機会があったら白玉さんも行ってみてください。
あの女の子は… 影が薄い、とかはないですよ… でも、今でも気にかかる。話しかけてみればよかったと思います。特別な話が聞けたかもしれません…
いつも書き込みありがとうございます。
yoshieri
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