2018/07/11 - 2018/07/11
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ミズ旅撮る人さん
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2018年7月、北海道のSLを訪ねる最後の旅をしました。今回で、現在見ることの出来る車輛のすべてを訪ね終わります。
第3回目は、現在の道東道の東端、阿寒ICにほど近い道の駅「阿寒丹頂の里」の裏手にあるSLと、釧路市内の「釧路製作所」敷地内に保存されているSLの2輌を訪ねます。
阿寒のSLは「阿寒自然休養村野営場」の一角にあり、北海道の大自然の中に溶け込んだ、素晴らしく美しい場所にありました。
釧路のSLは、企業の許可をもらい、敷地内で撮らせてもらいました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
緑濃い夏の風景の中に、踏切。懐かしいSLの絵が描かれた道路標識。
今では、ここに描かれるのも列車の絵のものが殆どで、SLのものは貴重品です。
この自然がいっぱいというか、そのものというか、の場所の住所は「釧路市阿寒町上阿寒」。
「阿寒」というとイメージは「阿寒湖」ですが、両者は相当離れています。
「道の駅 阿寒丹頂の里」のある場所は釧路空港の傍なのです。
そして、この場所は、道の駅のすぐ裏手にある「自然休養村野営場」です。
いわゆるキャンプ場です。道の駅 阿寒丹頂の里 道の駅
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野原の中に、貨車がありました。
サイクリングロードから回り込んで行きます。 -
錆びた線路の上にロープと鉄骨で作ったSLの形の遊具?がぽつんとありました。
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赤い屋根の教会のような建物があり、その前に車掌車が見えます。その手前には白い花畑。
高原リゾートのような風情です。
SLを見に行くには、「自然休養村野営場」の通路を真っすぐ行って、この赤い屋根の建物の裏に回り込めばよかったのですが、一つ手前のサイクリングロードに入ってしまったので、この風景に出会えました。
ちょっと遠回りしてみるのもいいものです。 -
贅沢なほどの緑に包まれて、北海道ならではの豊かな自然が心地よい場所です。
そういえば、赤い屋根の建物は札幌の時計台に似ています。開拓時代の建物かな? -
緑一色に染まりそうなバンガローがありました。夜になると鹿のピイピイ鳴く声が聞こえて来そうです。
以前、知床半島ウトロでキャンプをした時には、すぐそばまで鹿がやって来ました。 -
バンガローの前に出ました。
料金は5,400円(4~6、9・10月)、7,010円(7・8月)です。
トイレとミニキッチンが付いているようです。水まわりが付属しているからか、北海道にしてはなかなかのお値段。
テントは1張750円。あかんランド丹頂の里野営場 キャンプ場
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バーベキュー棟を回り込むと、ようやくSLの姿が見えて来ました。
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まるで、在りし日の姿をそのまま留めているかのような、それでいて非現実的な、不思議な空間がありました。
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プラットフォームにSLが停車しています。ここのベンチは、何故か片方が寝そべり型。
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このSLには、どこでも見掛ける「上らないでください」の文字はありません。
むしろ、ホームとの間に足場が設けてあって「ご自由に」といった感じです。
実際、HPにはアイドル風の女性がSLの前に乗って写っています。これは珍しい。 -
C1165。昭和10年3月国鉄川崎車輌工場製造。
昭和36年5月、雄別鉄道株式会社が国鉄より譲り受け、45年4月に鉄道が廃止になるまで活躍。
窓の下の「丸にY」のマークは雄別鉄道のものです。 -
雄別鉄道は、釧路市の根室本線釧路駅から、阿寒郡阿寒町(現・釧路市阿寒町)の
雄別炭山駅までを結ぶ鉄道路線などを運営していた炭鉱鉄道会社です。 -
雄別炭鉱は1970(昭和45)年に閉山、雄別鉄道も47年の歴史に幕をおろしました。
雄別本線は、釧路 ~ 雄別炭山間44,569kmに 12駅ありました。 -
このSLは、2007(平成19)年11月に再塗装されました。
「雄別SL塗装基金協賛会」からの寄付金と「釧路産炭地域総合発展機構」からの助成金が充てられました。
だから、こんなに取っ手の影がくっきりと映るほど、ピカピカなんですね。 -
イチオシ
そして、このSLの写真の中で一番好きなのが、この写真です。
しっかりとした塗装のお陰で、車体に周囲の緑が反射して、なんて美しいんでしょう。 -
イチオシ
いや、こちらの方が一番かな?
いろんなSLを撮って来たけれど、こんなに自然と一体化したように撮れるSLは初めてです。 -
C11はタンク車なので、後ろに炭水車を連れていません。なので視界が良いため、後進するのは楽です。
しかし、燃料である石炭と水の積載量が少ないので、航続距離は短くなります。
炭鉱鉄道には、適した車種だったのでしょう。
後ろの梯子の一番上が、ふにゃりと曲げられて取り付けられているのが、手作り感があって好きです。 -
運転席からも、一面緑の風景が望めます。かつて、採炭された石炭を積んで、真っ黒になりながら働いたSL。
この緑の園で、心休まる老後を過ごせるなんて、幸せだね。 -
運転室は薄い水色で塗られています。そのせいか、かなり明るく見えます。
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C11は小振りな機関車。お釜のサイズも小さめ。
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年月を経た金色のプレート。「日本エヤーブレーキ株式會社」
1925年神戸で創業。自動車用オイルブレーキを日本で初めて国産化し、製造・販売。
1992年「ナブコ」に社名変更。2004年帝人製機と合併、「ナブテスコ株式会社」となります。
2009年ナブテスコの100%子会社「ナブテスコ オートモーティブ株式会社(Nabtesco Automotive)」設立。本社東京。
以後、タイ・インド・ドイツに工場を設立している現役の会社です。 -
こちらも実物が現存している速度計。「株式會社工進精工所」(昭和26年2月)
メーターが120kmまであります。一体、最高速度は何キロだったんでしょうね。
1913(大正2)年鉄道省指定工場として「工進商会」創業。昭和2年「株式會社工進精工所」と改称。
アメリカ・ドイツの企業と合弁するなどして、現在でも鉄道車輛用機器・油圧機器・建設機械用油圧機器・自動車機器などを製造しています。
2006(平成18)年N700系新幹線(のぞみ)のパンタグラフの開発をしたそうです。
今でも、鉄道製造の仕事に携わっているんですね。 -
安全弁の表面の無数の傷。硬い金属なのに、柔らかい印象を受けます。
現代の工業製品にはない味わいを強く感じます。 -
ホームと反対側に降りて、足回りを見てみましたが、見事な厚塗り。仕方がないんでしょうね。
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懐かしの車掌車「ヨ」。かつての貨車の編成の最後尾に必ず連結されていたものです。
当時は、まさか無くなるとは思ってもおらず、今になってしみじみと見ています。 -
こんなに状態の良い車掌車は、そうはないんじゃないかな?
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車内には入れないので、窓から覗き込みます。
各窓には何故か、白い塗料が乱暴に塗られていて、外を見ることは出来ません。
ガラスの保護のためか、遮光のためか・・・ -
ものすごい量のマーガレットのような白い花が丘の斜面を覆います。その向こうにかつての雄別鉄道が佇む。
この場所は、本当に幸せな気分にしてくれます。 -
赤錆びた台車。これはかつて石炭車だったのでしょうか。
石炭車の現役時代は見たことがありませんが、埼玉県でセメントを運ぶ長い貨車を見ました。
かつての貨車はとにかく長かった。
貨物輸送の方が、温室効果ガスの排出がトラック輸送より断然少なくて済むと思うんだけど。
そんなに急がなくちゃならないものなのかなあ。現代人は急ぎ過ぎ。 -
夏の北海道は、SL探訪の旅を色鮮やかにしてくれます。
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さて、今度はこの赤い屋根に白い壁「阿寒駅」と書かれた建物に入ってみます。
入り口は、プラットフォームとは反対側になります。 -
ここは「炭砿と鉄道資料館」で、5~9月のみ、開館時間は10~16時です。
中は、まばゆかった外から入ると薄暗く、黴臭くてジメっとしており、展示されている資料は興味深くても、長居したい場所ではありませんでした。
湿度の低い北海道でも、入口しか空気の出入りするところがないので、湿気がこもるのでしょう。炭砿と鉄道館(雄鶴駅) 美術館・博物館
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雄別鉄道の歴史の展示です。C12の1号機のプレートもあります。
炭砿と鉄道館(雄鶴駅) 美術館・博物館
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「然別(しかりべつ)炭鉱」の輸送も担っていたのかな?
炭砿と鉄道館(雄鶴駅) 美術館・博物館
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「父さんたちがいなかったら日本は困るだろう だから父さんは国の宝だ」
働く父親を誇れる子供が、今どれだけいることだろう。いい時代だった。炭砿と鉄道館(雄鶴駅) 美術館・博物館
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阿寒駅は、釧路市阿寒町舌辛(したから)にあった、雄別鉄道雄別本線の駅です。
1923(大正12)年1月17日「舌辛駅」として 開業。1950(昭和25)年5月1日 - 阿寒駅に改称。
1970(昭和45)年4月16日雄別本線廃止に伴って廃駅となる。
1972(昭和47)年 3月1日 跡地に雄別炭礦を記念する阿寒町郷土資料館が開館。
この資料館はのち丹頂の里に移設され 、1988(昭和63)年6月25日に「炭鉱と鉄道館・雄鶴駅」となりました。炭砿と鉄道館(雄鶴駅) 美術館・博物館
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さて、次に釧路市内にある「釧路製作所」に来ました。
正面玄関からすぐに保存されているSLが見えます。 -
門扉を入ってすぐ右手にある本社屋です。
前以て電話で見学の依頼をしておき、この建物の2階に上がって受付を済ませます。
あくまでも企業の敷地内ですので、許可を得てから撮影しましょう。操業日であれば、快く応諾してもらえます。雄別炭礦鉄道車両(8722号) 名所・史跡
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1階の窓口にもSLの掲示があります。でもここは無人なので、2階へ上がってください。
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本社屋に入ると、SLグッズの宣伝がありました。
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許可を得られたので、撮影に入ります。
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あれ?SLの車体に電飾がいっぱい?
雄別炭礦鉄道車両(8722号) 名所・史跡
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「新釧路」と書かれた駅名看板の上には、ヤマセミ?
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足元にはキタキツネまで。公共の所有ではできない展示です。
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この電飾が点灯したら、どんな顔になるんだろう?
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「釧路製作所」のHPにある説明を引用します。
「8722号は、8700形として現存する国内唯一の車両であります。
製造当初は東北線用として盛岡・青森に配置されておりましたが、その後国産の大型蒸気機関車が登場すると一線を去り、
北海道拓殖鉄道を経て 1957(昭和32)年に雄別炭礦鉄道に譲渡され釧路~雄別炭山間の石炭輸送に活躍、
同鉄道の廃止後、関連会社であった当社に引き取られ保存されました。
8722号は阿寒町(現在は釧路市)にあるC1165号と共に残り少ない保存車両であります。」 -
さきほど見て来たC1165の同僚だったんですね。
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まさか毎晩光るんじゃないよね?12月だけとか・・・
北海道の雪深い地域では、冬はビニールシートで覆うけれど、釧路は大丈夫なのかな? -
足回りは、ちょっとヤバイかも。錆が来ています。
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運転台には上がれないけど、中に赤い帽子の雪だるまがいました。
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ようやく見つけた個体番号。
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1887と刻まれた線路も展示されていました。
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「平成19(2007)年に経済産業省より「近代化産業遺産」として認定されております。
8722号見学の際は、管理棟2階総務グループに申し出ていただければ、操業日はいつでも見学可能です。
休日の見学は事前に連絡いただければ、できるだけ対応させていただきます。」 -
工場の人達とともにあるSL。保存だけではなく、共存していけるといいね。
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