御茶ノ水・本郷旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 世田谷生涯大学のOB仲間で「出掛けま専科」を起ち上げました。<br />第1回の催事として表記のテーマを選定、下見を5月21日、本番を6月15日に設定しました。<br /> 下見の日は晴でしたが、本番6月15日の予報は曇り時々雨、しかし集合時間の午前10時頃から降り出した雨は、終日止まず、傘を差しての街歩きとなります、足元に気を取られ気が乗りません。<br /> 従い本番での写真が少なく、旅行記作成を躊躇しました、しかし出かけま専科で、このコースを歩く事はもうありません、一つの記録として作成する事としました。<br /> 写真の98%は下見時のもの従い日付けも下見の日にしました。<br /><br />  表紙の写真は、森鴎外「雁」の舞台となった無縁坂

湯島から上野を歩く(名所旧跡を訪ねて)「前編」

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2018/05/21 - 2018/05/21

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愛吉

愛吉さん

 世田谷生涯大学のOB仲間で「出掛けま専科」を起ち上げました。
第1回の催事として表記のテーマを選定、下見を5月21日、本番を6月15日に設定しました。
 下見の日は晴でしたが、本番6月15日の予報は曇り時々雨、しかし集合時間の午前10時頃から降り出した雨は、終日止まず、傘を差しての街歩きとなります、足元に気を取られ気が乗りません。
 従い本番での写真が少なく、旅行記作成を躊躇しました、しかし出かけま専科で、このコースを歩く事はもうありません、一つの記録として作成する事としました。
 写真の98%は下見時のもの従い日付けも下見の日にしました。

  表紙の写真は、森鴎外「雁」の舞台となった無縁坂

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
友人
交通手段
JRローカル
旅行の手配内容
個別手配
  •  集合場所のJR御茶ノ水駅聖橋口、予定通り午前10時にスタートします。

     集合場所のJR御茶ノ水駅聖橋口、予定通り午前10時にスタートします。

  •  聖橋

     聖橋

  •  橋の上から神田川を望みます。

     橋の上から神田川を望みます。

  •  橋の名前となった湯島聖堂のなまこ塀が見えます。

     橋の名前となった湯島聖堂のなまこ塀が見えます。

  •  聖堂の正面入口。<br /> 1690年5代将軍綱吉がここに孔子廟を建てたのが始まり。<br />次いで1709年幕府はここに昌平坂学問所を設立します。

     聖堂の正面入口。
     1690年5代将軍綱吉がここに孔子廟を建てたのが始まり。
    次いで1709年幕府はここに昌平坂学問所を設立します。

  •  門を入り30米程進むと、昭和50年台北ライオンズクラブから寄贈された孔子像が木立の中に立ちます、世界最大の孔子像で高さが4.57米あります。<br />

     門を入り30米程進むと、昭和50年台北ライオンズクラブから寄贈された孔子像が木立の中に立ちます、世界最大の孔子像で高さが4.57米あります。

  •  孔子廟への入口、入徳門、1704年の建築。<br />今に残る唯一の木造建築です。

     孔子廟への入口、入徳門、1704年の建築。
    今に残る唯一の木造建築です。

  •  階段を上がると杏壇門。

     階段を上がると杏壇門。

  •  門を潜ると前庭を挟んで大成殿、孔子を祀る処です。

     門を潜ると前庭を挟んで大成殿、孔子を祀る処です。

  •  大成殿の扁額。

     大成殿の扁額。

  •  大成殿の屋根。

     大成殿の屋根。

  •  聖堂の丁度真後ろ、道路を挟んで神田明神。

     聖堂の丁度真後ろ、道路を挟んで神田明神。

  •  鳥居の脇には江戸から続く天埜屋。<br />甘酒で有名です。

     鳥居の脇には江戸から続く天埜屋。
    甘酒で有名です。

  •  神田明神随神門<br /> 神田明神は天平2年(730)この地に入植した出雲系の氏族が出雲の大国主命を祀ったのが始まり。<br /> 神田は元伊勢神宮の神の田があった場所、江戸の総鎮守として氏子は地元神田は勿論、日本橋、大手町から築地の魚河岸迄も含みます。<br /> 明暦の大火時、江戸300町と云われましたがその内108町が氏子でした。<br />又神田祭は日枝神社の山王祭と共に天下祭と云われ、1年おきに江戸城内に繰込み将軍の閲覧に供しました。<br /> 祭礼は1年おき、それぞれ表と裏が交互にあります。<br />

     神田明神随神門
     神田明神は天平2年(730)この地に入植した出雲系の氏族が出雲の大国主命を祀ったのが始まり。
     神田は元伊勢神宮の神の田があった場所、江戸の総鎮守として氏子は地元神田は勿論、日本橋、大手町から築地の魚河岸迄も含みます。
     明暦の大火時、江戸300町と云われましたがその内108町が氏子でした。
    又神田祭は日枝神社の山王祭と共に天下祭と云われ、1年おきに江戸城内に繰込み将軍の閲覧に供しました。
     祭礼は1年おき、それぞれ表と裏が交互にあります。

  • 本殿<br /> 祭神は一之宮大黒様、二之宮恵比寿様、三之宮平将門の三柱。<br /> 私は戦前神田に住んで居ましたが、当時神田明神の氏子は成田山にお参りしてはならないと教えられました、何故ならば俵藤太が将門征伐に向かう折、戦勝祈願をしたのが成田山新勝寺だからです。<br />もしお参りしたらその時点で神田明神の加護は消えます。

    本殿
     祭神は一之宮大黒様、二之宮恵比寿様、三之宮平将門の三柱。
     私は戦前神田に住んで居ましたが、当時神田明神の氏子は成田山にお参りしてはならないと教えられました、何故ならば俵藤太が将門征伐に向かう折、戦勝祈願をしたのが成田山新勝寺だからです。
    もしお参りしたらその時点で神田明神の加護は消えます。

  •  本殿前の御神灯。

     本殿前の御神灯。

  • 境内には一之宮大黒様の石像が鎮座します。

    境内には一之宮大黒様の石像が鎮座します。

  •  本殿の横には明神下の長屋に住んで居た銭形平次の碑があります。

     本殿の横には明神下の長屋に住んで居た銭形平次の碑があります。

  •  傍に小さく八五郎の碑も。

     傍に小さく八五郎の碑も。

  •  それでは裏参道から退社します。

     それでは裏参道から退社します。

  •  神田明神から清水坂を下り、湯島天神に向かう途中に妻恋神社があります。<br />祭神は日本武尊と弟橘媛命の2柱です。

     神田明神から清水坂を下り、湯島天神に向かう途中に妻恋神社があります。
    祭神は日本武尊と弟橘媛命の2柱です。

  •  創建年代は不詳ですが、言い伝えによると、日本武尊が東征の折、三浦半島から房総半島に船で渡る折り暴風に遭遇、その折妃のオトタチバナヒメが海に身を投げ海神の怒りを鎮めました。<br /> その後日本武尊がこの地に本宮を置きましたが、住民が妃を憐れみ日本武尊と弟橘媛命をその跡地に祀ったのが始まりといわれます。<br /> 江戸時代には格式を誇った社です。

     創建年代は不詳ですが、言い伝えによると、日本武尊が東征の折、三浦半島から房総半島に船で渡る折り暴風に遭遇、その折妃のオトタチバナヒメが海に身を投げ海神の怒りを鎮めました。
     その後日本武尊がこの地に本宮を置きましたが、住民が妃を憐れみ日本武尊と弟橘媛命をその跡地に祀ったのが始まりといわれます。
     江戸時代には格式を誇った社です。

  •  案内板をお読み下さい。

     案内板をお読み下さい。

  •  道の突き当りは湯島天神。<br />菅原道真を祀る社で正月には受験生であふれます。

     道の突き当りは湯島天神。
    菅原道真を祀る社で正月には受験生であふれます。

  •  本殿

     本殿

  •  江戸時代の迷子石。<br />右面にたづぬるかた、左面にをしふるかたと彫られており、それぞれ紙を貼ります。<br /> 湯島天神は江戸時代富くじを許された神社で人が集まりました。

     江戸時代の迷子石。
    右面にたづぬるかた、左面にをしふるかたと彫られており、それぞれ紙を貼ります。
     湯島天神は江戸時代富くじを許された神社で人が集まりました。

  •  泉鏡花の筆塚。<br />鏡花女婦系図の舞台となったのを記念して建てられました。

     泉鏡花の筆塚。
    鏡花女婦系図の舞台となったのを記念して建てられました。

  • 裏参道になります。

    裏参道になります。

  •  女坂

     女坂

  •  こちらは男坂。<br />当初はこちらが天神社の正面参道でした。

     こちらは男坂。
    当初はこちらが天神社の正面参道でした。

  • 坂下は色町の風情を残します、婦系図のお蔦が出て来そうです・

    坂下は色町の風情を残します、婦系図のお蔦が出て来そうです・

  •  男坂を下りた処に湯島聖天社。<br />当初は湯島天神の別当寺院、廃仏毀釈により独立しました。<br />江戸33観音の一つ。

     男坂を下りた処に湯島聖天社。
    当初は湯島天神の別当寺院、廃仏毀釈により独立しました。
    江戸33観音の一つ。

  •  池と橋

     池と橋

  •  天神下から春日通りを渡り、旧岩崎邸庭園に来ました。

    天神下から春日通りを渡り、旧岩崎邸庭園に来ました。

  •  明治29年に三菱創業者岩崎家が本邸として建てたものです。<br />設計はジョサイア・コンドル、国の重要文化財に指定されます。<br />尚正面には工事用の幕が張られていたので側面を。

     明治29年に三菱創業者岩崎家が本邸として建てたものです。
    設計はジョサイア・コンドル、国の重要文化財に指定されます。
    尚正面には工事用の幕が張られていたので側面を。

  •  庭から見た洋館。

     庭から見た洋館。

  •  和館

     和館

  •  庭の一部

     庭の一部

  •  無縁坂に来ました、石垣の上は岩崎邸になります。<br />森鴎外の「雁」で一躍有名になったお玉の妾宅があった場所です。<br />今でも往時のムードが漂います。

     無縁坂に来ました、石垣の上は岩崎邸になります。
    森鴎外の「雁」で一躍有名になったお玉の妾宅があった場所です。
    今でも往時のムードが漂います。

  •  池之端に出て来ました、横山大観旧居跡です。<br />大観が明治41年から亡くなる昭和33年まで使用した住居兼画室になります。

     池之端に出て来ました、横山大観旧居跡です。
    大観が明治41年から亡くなる昭和33年まで使用した住居兼画室になります。

  •  不忍の池を巡り弁天島に向います。<br />前編はこれで終了、後編に続きます。<br />

     不忍の池を巡り弁天島に向います。
    前編はこれで終了、後編に続きます。

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