2018/07/20 - 2018/07/21
1380位(同エリア9026件中)
えみりさん
皆さま暑い夏いかがお過ごしでしょうか?
私は涼を求めて和歌山にある高野山に行って参りました。
高野山は小学校の林間学校の時から大学時代を含めよくお世話になっています。
今回は初めて月に一度のお大師さま(空海)のご入定の日にあわせて行われる奥の院へのお逮夜ナイトウォークを体験しに行ってきました。
宿坊はその集合場所に比較的近い上池院さんに宿泊させて頂き、美味しい精進料理を頂きました。
それと同時に以前から行きたかったその近く、天野にある紀伊の国一ノ宮の世界遺産領域にある丹生都比売神社と八幡神社を訪れています。
最後までごゆるりとご鑑賞あれ~
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この日は晴天なり~
自宅からマイカーで和歌山へ。
まずは高野山近くにある丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)へ。
紀伊国一之宮です。全国の丹生都比売神社の総本社です。
駐車場からはいきなり大きな太鼓橋が見えます。
丹生都比売は天照大神の妹で名前の丹は鉱物の朱紗の赤いという意味があり、境内は橋をはじめ朱色が多く見られました。 -
外鳥居。
この神社は世界遺産、紀伊山地の霊場と参詣道の構成資産の一つです。
別称天野神社とも言われ空海が金剛峯寺を建立するにあたって丹生都比売神社が神領を寄進したと言われ古くから高野山と深い関係のある神社です。
高野山への入り口にあたり、高野山参拝前にまずこの神社に参拝する習わしがあったそうです。
私は高野山に何度も来ていますが、初めて来ました! -
有名な太鼓橋です。輪橋といいます。
正面から。
あの淀君が寄進したと言われています。 -
太鼓橋の上から。
鏡池が見えます。
その奥が駐車場です。
木陰に駐車している人が多くここからはあまり見えません。 -
中鳥居の向こうに楼門が見えてきました。
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正面右手にお手水舎があります。
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ここまで山道、田舎道を延々自動車で走ってきて
いきなりこの迫力の見事な楼門ドーンです。
なぜなら?ここは氏子がおらず国の直轄神社なのであります。 -
拝殿
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こちらからは4殿同時に見えますと。
御祭神は第一殿 丹生都比売大神 にうつひめのおおかみ
第二殿 高野御子大神 たかのみこのおおかみ
第三殿 大食都比売大神 おおげつひめのおおかみ
第四殿 市杵島比売大神 いちきしまひめのおおかみ
確か遷宮で楼門の正面からは今は4殿同時に見えなくなっているとか。 -
境内にある佐波神社。
明治時代に上天野地区の諸社を祀ったらしいです。 -
境内横から裏へ歩いていくと大峰修験者の碑があります。
石柱4基は修験者(山伏)が大峰への入峰に際し建てた記念碑です。
県指定文化財です。 -
その後ろに光明真言曼陀羅碑です。
1,662年に建立され正面ん円形の部分に梵字で光明真言が刻まれています。
左にみえているのは脇ノ宿石厨子。
内部に葛城修験のご本尊“役の行者”の石像が安置されているそうです。 -
境内を流れる小川。
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がくあじさいがまだ咲いていました。
大阪は暑かったですが、少し気温は下がっているように感じました。 -
そして次に訪れたのが八幡神社。はちまんじんじゃ。
創立年月日は確かではないようですが、“紀伊続風土記”によると
丹生都比売神社の氏神さまにあたります。
社殿はものすごく古そうに見えてすごい迫力でした。 -
鳥居
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本殿が奥に見えます。
ちなみに約5年後に建て替えしたいので御寄附を~と右に張り紙されていました。ものすごく古そうな迫力のある神社でしたもん。 -
境内社の妙見神社。
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大正15年に銅板屋根に葺き替え、昭和62年に本殿の彩色社務所の屋根替大修理をしたそうです。
神社自身は無人でしたが、本殿は極彩色銅板葺きでこんな田舎に~と思わせる見事なものでした。 -
そこから約30分再び車を走らせて高野山に到着。
今晩は刈萱堂のすぐ横にある上池院 萱堂にお世話になります。 -
正面
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お部屋の様子。
昨年お邪魔した一乗院さんより大分広いです。 -
お茶うけは高野山名物の“みろく石”
1人に2個もありました! -
宝来。
高野山では農地がなくお正月にしめ縄の藁を手に入れることが難しかったため切り絵の奉書、“宝来”を神棚や床の間、玄関に掛けるそうです。
基本的にはお正月に掛け替えて、1年掛けておくらしいです。
だから今年の干支のワンちゃんなんですね~
確か龍神温泉の宿にも掛けていた気がします。 -
床の間の掛け軸と香炉。
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お部屋の窓からご自慢の1000坪のお庭と本堂が見えます。
上池院は高野山開山時1200年前に弘法大師自ら開基した寺院でご本尊である千手観音像も弘法大師作と言われているお寺です。 -
鎌倉時代には火災により一時復興が危ぶまれる程でしたが、
後深草天皇の帰依により復興され、中興の祖となる曽眼大阿闍梨が独自の祈祷法を確立したそうです。 -
芙蓉の花がきれい。
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夕食まで時間があったので少し周辺のお散歩へ。
刈萱堂にやってきました。
木のお手入れ中。 -
正面より。
有名な父子の絵物語を読んで回る。 -
その後は高野山でひときわ目立つ摩尼宝塔へ。
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かわいい象の石像が。
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摩尼宝塔は成福院の前住職の大僧正、元高野山大学学長が昭和16年に南方仏教修学のためタイに行き、その後ビルマで悲惨な戦争を体験し、そのビルマ方面戦没者の霊を慰め、兼ねて太平洋戦争犠牲者を供養するために建立を発願したとのことです。
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塔の中にはインパール作戦のことやら、当時のタイ、ビルマでの写真、仏具が多数飾られていました。
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そして散歩から帰ってきて17時からの入浴、18時から夕食です。
時間は決まってます。
自室の向かいのお部屋にお膳を用意して頂いています。 -
一の膳。
人参の天ぷらがパリパリで美味しかったです。 -
二ノ膳。
この右。私には魚を昆布でしめたものとしか思えなかった。
何となく生臭い、見事なまでの白い筋もみえる。
魚では…?
しかし精進料理のはず。一体何…?
ただ左の茶碗蒸しの中には明らかに海老さまが。
やはり精進料理ではないのか?という疑問ぐるぐるは本日まで続いています(笑) -
三ノ膳。
左下の蕨みたいなのはあんまりかな。
右上はデザートに桃1個どーん!
結局持って帰りましたが、贈答用で多分お寺さんが頂いたのをわけてもらったんだと思います。
すごくきれいでサイズも十分な立派な桃でした。
多分いいやつだ(笑) -
そしてお供え物のおすそ分け。
和歌山なのにもみじまんじゅう。
細かいことは気にしない~♪ -
そうして夕食後は待望のお逮夜ナイトウォークへ。
19時からです。
少し雨が降っていました。 -
集合場所の一の橋前
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集合場所は一の橋の向かいの一の橋観光センター
当日はこの後更に増えて100人くらいいました。
恵光院の有料(1500円)のナイトウォークの方も50人くらいいました。
その方達は先に出発されました。 -
外人さんもちらほらいました。
アジア系よりはヨーロッパ系の外人さん比率が高かったです。 -
無料ですが受付をして般若心経の書いた紙と番号札をなぜか頂きました。
番号札は結局いらず。
本当は晴れなら提灯を貸して頂いてみんなで歩きます。
今日はお空がゴロゴロ言っていたので提灯は中止に。
残念。
先導さんについて杉木立の中を歩きます。 -
先導さんは基本説明しません!
高野山の静かな雰囲気を感じてもらうためだとか。
有料ウォークの人は有名な武将の墓の前などで軽く説明しているようでした。 -
片道2キロの道のりです。
往復4キロ -
弘法大師空海が奥の院に御入定されたのが旧暦の3月21日で、毎月21日は“お大師様の日(御縁日)”です。
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その前夜“お逮夜”に一の橋から御廟まで普段は提灯のあかりで参拝します。
お逮夜の逮とは及ぶという意味で、お逮夜は次の日に及ぶ夜ということになります。
なのでお逮夜ウォークは毎月20日に実施されてます。 -
カメラで補正されていますが、もう少し暗かったです。
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覚鑁坂(かくばんざか)です。
“ここで転んだら3年以内に死ぬ”と言われている恐ろしい坂です。
お逮夜ナイトウォークは割りとみんな早足で実際はこれ以上に薄暗かったので本当に転ばないように気を遣いました。
覚鑁上人というお方がいたのでそこから名前はきています。
姿見の井戸というのも近くにあるらしく、そこは“姿が映らなければ3年以内に死ぬ”と。
皆さん猛暑の中少し涼しくなってきたんじゃないでしょうか(笑) -
暗いのと動いてるのでぼけてますね。
ようやく護摩堂、御供所、頌徳殿などが見えてきました。 -
参道です。
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夜はまた雰囲気が違います。
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御廟橋の前から。
奥にめざす灯籠堂がぼんやり見えています。
ここから先は写真禁止。
写真にはあまり写っていませんが、夕暮れの中に何千の灯籠がぼーっと赤暗く灯っていて幻想的でした。
灯籠堂に上がって短い法話をお聞きしました。
お坊様は2人いらっしゃいました。
その法話ではかいつまむと、
まずお逮夜ナイトウォークは東北大震災を機会に高野山でできることはないかと始まったそうです。
また自宅でお仏壇でお参りする時は仏様にお祈りするとご先祖様にその御利益?が伝わり、またそのご先祖様から現代の私達に御利益が反映すると。
なのでお仏壇ではご位牌や写真ではなく仏様にお祈りしましょうという内容でした。
ほーっ!そうだったのか。
法話の後に灯籠堂の後ろにある弘法大師御廟にお参りしました。
帰りは先導もなく個人個人で一の橋まで戻りますが
刻が更けて余計に暗いし、今日は提灯がないので歩きにくかったです。
ましてや覚鑁坂は余計に緊張しました。
変ないわれは本当にやめてほしいわ~
お寺に急いで帰ってお風呂に間にあってこの日は就寝。 -
そして翌朝6時半より朝の勤行があります。
昨日夕食時に頂いた腕輪を左手につけていきます。
宿泊客はなんと全員女性で私達以外は全員ひとり旅でした。
静かな雰囲気のお寺だったので女性ひとり旅にはいいと思いました。
御法話の内容は羽生結弦君に例えた‘種をまいたから花が咲くんですよ’という因と縁のお話でした。
ただ羽生君の種は私は彼の努力かと思ったのですが、お坊さま曰く幼少時にスケートと出会ったこと、スケート関係の方に出会ったことなんだそうです。 -
朝食を勤行の後に頂きます。
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9時頃にチェックアウトし、今度は奥の院の中の橋前駐車場にやってきました。
奥の院に再び来た最大の目的は高野槇を買うことです(笑)
うちのお墓用です。
以前にも高野山で買いましたが、やはり市井のものと違って炎天下のお墓でもいつまでも元気なのです!
イキが違います!
ちなみに今回初めて知りましたが高野槇は済州島の固有種なんだそうです。
今は済州島と日本にしかないらしい。
日本では高野山によく生息しているので高野槇という名に。
そして昨年は気づかなかったんですが、写真右の柱に南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)の文字が。
真言宗の御宝号が書かれています。 -
ついでにもう一度明るい陽射しの中での奥の院参り。
豊臣家墓所です。
他の武将の墓と違って一段高い位置にあります。
階段をのぼって大分広いお墓の面積がとられていました。 -
柵の中に鎮座されています。
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こんなお墓もあり。
高野山には有名部将のお墓がたくさんあります。 -
織田信長さまも。
秀吉には負けてる。 -
朝の光の中を歩くのは昨日と違ってまたいいもんです。
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水向地蔵。
えみりは毎回ここに来るとお地蔵さま全員にお水をかけます。 -
灯籠堂が奥に見える御廟の橋まで来ました。
ここまでお大師さまが迎えに来てくれると言われています。 -
何だか雰囲気のある幕?吹き流しのようなものが掛けられています。
昨夕はなかった気がします。 -
灯籠堂の手前にみろく石が置いてあります。
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悪人は重いと感じる石です。
えみりは・・・残念ながら重かったです。
まだまだ悪人じゃの~ -
杉木立がいい雰囲気です。
朝の高野山はお山らしく涼しかったです。 -
奥の院の大杉林と特別母樹林
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これは特別母樹林です。
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紫陽花がまだ涼しいので咲いています。
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参道脇に。
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高野槇を無事ゲットした後は濱田屋さんの生のごま豆腐。
一年前から楽しみにしておりました。
しかもこの日はお大師さまの日だからとお接待で無料で一人に一つのごま豆腐をその場で出して頂きました。
ここでは真言を唱えながらごま豆腐を作っておられます。
昨年は半信半疑でしたが、今回はお店の奥からよく聞こえていました。
ありがたや~
初めて食べると感動します。
めちゃくちゃ美味しいので高野山に来る方には絶対オススメです。
アルミパックに入ったのとは全然違いますよ~ -
21日は報恩高野市が金剛峯寺の駐車場でしているはずでしたが、何故か今月はありませんでした。
残念~美味しい梅干しを狙っていたのに(*_*)
なので?次は奥の院と共に高野山の2大聖地と言われている壇上伽藍へ。
中門前の駐車場に車を停めました。
写真は中門です。
何でも壇上伽藍の建造物は南を向いているそうです。
その壇上伽藍の中心の金堂の南側にあるこの中門が正面入り口だとか。
この門は高野山開創1200年記念で2015年以降に再建されたそうです。
すごく最近ですね~ -
中門をくぐるとすぐに金堂。
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違う角度からの金堂。
青い空によく映える!
壇上伽藍の中央に位置し、長い間高野山の総本堂でした。 -
大塔の鐘、高野四郎(こうやしろう)
空海が考案し、甥の真然が発案、鋳造した鐘だそうです。
現在に至るまで3回も消失したそうな。
でも日本3大名鐘のうちの一角らしいです。
日本全国の寺院の中で4つ目に大きい鐘なので“四郎”なんですって。 -
後ろにあるのが納経所。
御朱印ガール今回はまあよく来る場所なので高野山での御朱印は頂かず。
ええっ!?と思ったそこのあなた。
御朱印はスタンプラリーじゃないんですぞ! -
高野山のシンボル、根本大塔。
日本で最初の多宝塔だったそうです。 -
三鈷の松。
空海が高野山を見つける手がかりとした三鈷杵が掛かっていたという、高野山開創の伝承にまつわる松です。 -
説明にあるようにこの松は3葉になっているのもあるそうで。
ご老人達が柵から身を乗り出して3葉の松を探しておられました。
しかし、誰も見つけた人はおらず。
私も見ましたが見る限り2葉でした。 -
御影堂みえどう。
熱心な信者様が真言を唱えてらっしゃいました。
この時間になるとやっぱり暑い。
暑い中ご苦労様です♪ -
准胝堂
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鐘楼
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明神社。
空海が高野山開創の際に勧請した丹生(にう)明神、高野明神を祀っています。
昨日行った丹生都比売神社との関連ですね。 -
山王院。
明神社の拝殿として建てられました。
桃山時代創建で重要文化財に指定されています。 -
違う角度から
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西塔。
まあ壇上伽藍にも何回も来たことがありましたが、
こんなにじっくり全ての建物を見たのは初めて。
それにしても陽射しが強くて暑い。 -
六角経蔵。
平安時代末期に鳥羽法皇の妃だった美福門院が一切経を納めた経蔵で、
荒川経蔵とも呼ばれています。 -
基礎のすぐ上に取っ手がついていて、回転することができます。
何回も高野山に来てますが回している人がいて初めて気づきました。
時計回りで一周すると一切経を読んだのと同じ功徳を得られるのでは?!。
チベットのマニ車やん!
えみり的にはめっちゃテンション上がります!
赤い外人さんが把手を押しているのがわかりますか?
しかし現地にはそういう説明書きが一切書いていない…
空海さん、なんで?! -
そしてランチは早めに花菱さんで精進料理を頂きます。
駐車場は2か所のみ。
郵便局の横です。
紅葉の時期はどうするのかな? -
この日は21日でお大師様の日なのでここでもお接待で一品サービスして頂きました!
何だか得した気分♪
酢味噌合えでした。 -
2000円の精進料理です。
お名前は忘れました。
精進料理なので中央のお茄子の揚げ物をお魚に見立てています。
全て思っていた以上に美味しかったです。
ただし食前酒は美味しいけど食前ジュースはゲーでした。
車やもん! -
最期に持って来ていただいたデザート。
もう食べかけてるやん~
豆乳プリンに干し柿が2切れのってて美味しかったです。
花菱さん、初めてだったけど特に自家製のお味噌類が特に絶品で星5つです(笑)
素晴らしい。 -
最後で~す。
今回は夏のお大師様を巡る旅となりました。
意外に宗教色が強くて私自身が旅行記を書いててちょっとびっくりしました。
今年はと~っても暑いので近畿のお山でお気楽に精進料理も頂ける高野山に心も体も涼みに行くのはいかがでしょうか?
今日も個人的な感想が多い自由な旅行記を最期まで読んで頂きありがとうございました。
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