2016/04/07 - 2016/04/07
72位(同エリア234件中)
junemayさん
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広島県には足を踏み入れたことがありますが、広島市と宮島のある廿日市には長年行きたい願望があったものの、チャンスはなかなか訪れませんでした。暫くの間LCCに浮気していたら、ある日JALさまからお便りが。あらあら!「マイルの有効期限が2月末で切れます」ですって。チャンス到来かしら? ディスカウントマイルなら、なんとか国内往復できる程度のわずかばかりのマイルしかないのだけれど。
2月中に席を押さえて、3月にすわ広島!と思ったのですが、3月は航空会社にとって稼ぎ時らしくて、まさかのディスカウントマイルの対象外。だったら4月は? 無理よね? と見てみたら、ばっちり対象月になっているじゃあないですか。
ラッキー!! 3月より4月が狙い目とは知りませんでした。こりゃあ行くっきゃないねと、その場で羽田⇔広島便をポチッとクリックして押さえました。いつものように、メインの行き先だけ決めて、宿を押さえて、心ウキウキ、まことにアバウトな旅の始まりです。
4月3日 羽田空港→広島空港→広島市
4月4日 広島市→岩国→広島市
4月5日 広島市→宮島→広島市
4月6日 広島市→竹原→広島市
4月7日★ 広島市→西条(東広島市)→広島空港→羽田空港
4泊5日の広島・山口の旅。最終日は雨でした。雨女の私にいつまでもお日様が味方するわけがない。でも雨のに日は雨の日バージョンがあるんだもん!
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
天気予報通り雨の広島です。昨日のうちに縮景園を訪ねて良かったぁ~!
と言うわけで、今日は雨でも楽しめる美術館にやって参りました。広島初日に白神社(しらかみしゃ)から広島城へと続く鯉城通り沿いに見つけたひろしま美術館。“愛とやすらぎのために”をテーマに、原爆犠牲者の方々への鎮魂の祈りと平和への願いがこめられた県立の施設です。印象派を中心としたフランス近代美術と、日本近代美術のコレクションが展示の中心です。
昨日訪れた縮景園裏にあったのは、ややこしいですが県立広島美術館。展示されているのは広島ゆかりの美術作品。と言うわけで、どちらにしようかと迷ったのですが、「印象派」に惹かれてひろしま美術館へ。 -
本当はこれが見たかったのですが、2日早かった。ティントレット、ヴェロネーゼ、ティッツィアーノが見れらたのになあ・・・
気を取り直して常設コレクション展へ。この時は第7展示室だけで、展示数はあまり多くなかったような記憶。1時間もかかりませんでした。モネ、マネ、シニャックといった印象派、ゴッホ、そして岸田劉生などを愛でて参りました。写真がないと、あっという間に忘れてしまうけど、シニャックの明るい色彩の点描画だけやけにクリアに記憶が残っています。 -
美術館に入場する前は小雨だったのに、
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出てきたら本降り。エミリオ・グレコの「ラウラ」も雨に濡れていました。
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ブールデルの「果物を持つ裸婦」は目をつむって、果物を持つ手で雨を受け止めていました。
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美術館を出てすぐにあった「マロニエの泉」です。1978年(昭和53年)にひろしま美術館がオープンした時に、ピカソのご子息から贈られたマロニエの木が植わっていることから名づけられたんですって。
こちらからは見えないけれど、建物側に泉(池?)がありました。 -
こちらは、大通りに戻る前の市立中央図書館前で見た聖観世音菩薩像。長崎の平和祈念像の作者、北村西望の作品です。
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白っぽく光るこの金属は何だろうと思ったら、なんとアルミ製ですって! 碑文には、ひろしま美術館がオープンした1978年に、この像が広島市に寄贈された旨が書かれていました。
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広島市に着いた初日からなんだろう?と思っていた「アストラムライン」にいよいよ初乗車です。地下鉄のようなものかなと思っていましたが、ゴムタイヤで走行するAGTシステムで、東京で言えば「ゆりかもめ」や「舎人ライナー」、埼玉の「ニューシャトル」などと同じ新交通システムだそうです。
今日はこれから東広島市に向かうので、山陽本線と交差している新白鳥まで乗車しますよ。 -
プラットフォームにスクリーンドアがあるのも、最近作られたの地下鉄や新交通システムに共通する特徴ですね。
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はい。列車がやってきましたよ。珍しくもない写真ですが、初めてなので興味津々。
朝夕は別として、昼間はだいだい10分おきに運航しているようでした。県庁前の一つ前の起点「本通り」から終点の「広域公園」間を37分で結びます。地理が分からないのでどういった場所を通っているのかピンときませんが、今まで公共交通機関がなかった地域の住人にとっては、ぐっと足回りが良くなったことでしょうね。 -
僅か5分ほどで新白鳥到着です。アストラムラインから山陽本線への乗り換えの方が時間がかかったわ。
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窓越しに覗き込んだアストラムラインの線路?!です。新白鳥からは外を走るのかしら?
なんてことを考えながら山陽本線新白鳥駅に向かいます。建築後そんなに経過していないと思われるのに、JR新白鳥駅のホームへのアプローチが非常に面倒! 人の流れをまるで理解していない人が設計したに違いない! 中途半端に工事を終わらせたな! とぶつぶつ言いながら乗り換えました。広島駅乗換で同じく山陽本線西条駅まで約1時間かかりました。 -
知らない町に着くと、すぐに地面に目が行くので、ここ西条でも最初の写真はマンホールでした。駅舎の写真なくて済みませんねえ。
中央には市章。その周りを2本の松の葉で区切って〇を並べ、その中に市の木である松と市の花であるツツジを入れてあります。 -
西条は、1974年に旧西条町と他周辺3町八本松、高屋、志和が合併して東広島市 という無味乾燥な市名となってしまいましたが、古くから盆地特有の寒暖の差が激しい気候と美味しい龍王山の伏流水を利用した酒造りが盛んでした。なので、西条に限って言えば、こちらのマンホールの方がはるかに町の特徴を捉えています。
余計なことかもしれませんが、市名や駅名、路線名等にもとからあった地名に「東西南北」「新」をつけるの止めて欲しいなあ。想像力の欠如により、情緒のない地名ばかりが横行していて、悲しくなります。4つの町のそれぞれの顔を立てねばならないし、広島市の東にあるから東広島市なのでしょうが、あまりに安易な発想です。 -
エキナカにあった観光案内所で地図を貰い、下戸な私が酒蔵巡り開始です。雨は止んでいました。ラッキー!
駅の近くだけで7つの酒蔵を回ることができると聞いて、早速山陽道(西国街道)を西へ。神戸の灘と京都の伏見と並ぶ、「日本三大酒処」の一つを探訪します。
ガラス戸に書かれた「くすり」の文字が歴史を感じさせる石井本流堂。もう閉店しちゃったのかなあ・・・ -
こちらが最初の酒蔵「山陽鶴」酒造。1912年(大正元年)創立ですが、江戸時代より創業していたという老舗です。
少々入りにくい雰囲気ですが、勇気を奮って扉を開けましょう。 -
一歩中に入ると、そこは創立当時の佇まい。お酒買わないのに写真を撮らせていただくのも悪いなと思い、ドキドキしながら2、3枚撮ったら、全てピンボケ(/≧◇≦\)! 何せ気の弱いやつなんで・・・
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これはいくらかましかな? 山陽鶴のオールスターキャスト。鶴に山陽道の松並木がトレードマークです。
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目に見えるところの梁に、「社則」が掲げられていましたよ。これが100年経っても変わっていないんですね。
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山陽鶴のマーク、ピンボケですが堪忍どすえ。
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本来の清酒にある「甘酸辛苦渋(かんさんしんくじゅう) 」の五味が渾然 一体となって融け合う、さらりとしてのど越しが良い酒が山陽鶴の特徴だそうですよ。利き酒というのも、舌の上で転がしてこの5つの味を感じ取るのだとか。
日本酒は常にこの「甘酸辛苦渋」の調和を目指しているのですね。勉強になりました。 -
西国街道沿いは、昔の面影を残していますが、やはり少々寂れた印象。町の人に伺ったら、やはり昔の街道筋よりも駅からまっすぐ南北に伸びたブールバール(大通り)沿いの方が活気があるようです。
昔は商売をしていたけれど、今は店を閉めてしまっている家が多く見られました。 -
駅の近くまで戻ってきたら、西条の酒蔵7軒の酒のパイロットショップ「岡町ステーション」と書かれた建物発見! でもお休みみたいですね。
私はこの建物の右から書かれた看板「原田商店」と、2階の半円形をした窓枠?のレトロな雰囲気、そしてその下の装飾にいちころ! 1922年(大正10年)建造だそうですよ。 -
西国街道を東に向かい、西条駅前から南北に貫くブールバールを横切ると方々にレンガ煙突が見えるようになりました。この煙突なんとも言えない味わいがあります。
酒蔵の二番手はこちらの白牡丹(はくぼたん)。醸造所は西国街道の両側にありました。創業は1675年(延宝3年)で、広島県では最も古い酒蔵です。 -
白牡丹という銘は京都鷹司家(五摂家の一)より、品質を高く評価され、鷹司家の家紋にちなみ賜ったものだそうです。
どこまでも白い漆喰となまこ壁の建物が続いているので、横丁にふらふらっと入って行くと、奥に見えるひし形の城壁のような石組みの上に建つのが創業当時からの蔵「延宝蔵」。何度も補修されてきていますが、江戸時代創業当時からの物で、登録有形文化財になっています。 -
そして、この「延宝蔵」と書かれた門扉の前に立つと、丁度真正面に煙突が望めました。こちらも登録有形文化財。2017年認定だから、私が訪問した1年後ですね。建造は1868年(明治元年)~1882年(明治15年)にかけてで、高さ25m。西条のレンガ煙突はイギリス積みだそうです。
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門扉に近づいてみると、何か石碑に書いてありますよ。「嘉登屋」かとや・・・はて?
白牡丹酒造が鷹司家から「白牡丹」の銘を賜ったのは1839年(天保10年)12月の事。それまでは創業以来「嘉登屋」として、酒造りをしてきたそうです。その記念すべき名前がひっそりと石に刻まれていました。 -
門扉に近づいて、もう一度中の様子を伺います。
レンガ煙突の前に、小さな社がありました。酒の守り神でしょうか。それとも大切な井戸かしら? 奥に続く蔵も風格ありますね。 -
白牡丹醸造蔵の向かいには如何にも街道筋の商家風佇まいの建物。
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上の建物のお隣がまたまた白牡丹酒造株式会社でした。こちらが本社のようです。
ここで説明板を読んで初めて、西条が昔は四日市と呼ばれていたことを知りました。古くから西国街道の宿場町だったんですね。尾道側から来ると、旅人は松子山峠という険しい峠越えの末、ようやくここにたどり着いたのだそうです。 -
正面の蔵の下の方に見えているのが、酒造りにも使われている「冥加の井水」。この水が旅人たちの喉を潤しました。そして白牡丹ではこれを仕込み水として300年以上利用し続けているんです。一般の人達にも開放しているので、ここでペットボトルに水を汲んでいく人が多いそうですよ。
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上の写真のそのまた隣の建物がこちら。白牡丹と書かれた樽が置いてありましたが、何の表示もないので、入って行きづらくて、ちょっと覗いただけ。お店だったのかな?
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西国街道の北側は丁度蔵の修復中の姿を見ることが出来ました。奥には三番目の酒蔵「西條鶴」の煙突が見えています。
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それから1年後 2017年の画像を、Googlemapからお借りしました。蔵がすっかり綺麗になっていることが分かると思います。
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こちらが「西條鶴」酒造の酒宝蔵、そしてお隣が・・・
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西條鶴醸造株式会社です。発祥は天保年間。そして創業は1904年と言いますから明治37年。何故かは分かりませんが、こちらの西條には人偏がついています。そう言えば、先ほど見たマンホールの文字も西條だったな。どちらが正式なのかしら?
ここ西条では鶴と亀がついた酒蔵が断然多いですよ。山陽鶴、西條鶴、賀茂鶴、そして亀齢。今回訪れた7つの酒蔵のうち4つの名前に鶴亀が含まれていました。賀茂は古くからのこの地方の名称だそうです。以前ここは広島県賀茂郡西条町だったんです。 -
西條鶴の井水は「江戸天保井水」。天保年間(1830年~1844年)から酒造りをしている西條鶴はこだわりの塊。米は広島県内米にこだわり、水は地下22mから仕込み水を汲み上げていて、自家精米、蔵内井戸、木甑、木麹箱を用いて酒造りを行っていると書いてありました。100%自家醸造ってすごいですねえ。
木甑って何だろう??? ということで調べてみたら、お米を蒸すための道具だそうです。酒造りに必要な道具類の内で、制作するのが最も難しい大きな木桶のことでした。 -
この天保井水には一つ「おち」があるんです。写真に貼り紙がみえますか? あまりはっきりと写っていないのだけれど
「故障中」
は? まさかのまさか! だったんです。 -
西條鶴は幾分入りやすかったので、奥へと続く長い廊下に潜入します。西条酒蔵通り まるごと博物館6 と書いてあるから大丈夫ですね。
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廊下にはたくさんの写真が飾れていましたが、先ほど見た「西條鶴」と書かれた煙突の写真に注目。
現在7つの蔵元が煙突を残していますが、現役で活躍しているのは西條鶴だけですって! こだわりが強い酒蔵らしくて、気に入りました。 -
歴代の酒ラベルかな? 西條鶴の酒は旨味、甘味が抜群なようです。
この他、こだわりの酒造りの過程をパネルで学ぶことが出来ました。米、水、道具に加えて、外せないのが腕の良い杜氏の存在。人の手を介さずには旨い酒は生まれないということが良く分かりました。 -
外に出て、今にも降り出しそうな空を見上げると、
おお~
煙突三本揃い組です。
手前からキレイ(亀齢)、賀茂鶴第三醸造處、賀茂鶴第四醸造處ですよ! -
と言うわけで、四番目の酒蔵は亀齢(きれい)酒造。甘口のお酒が多い西条では、「辛口の亀齢」で通っています。創業は1868年と言いますから、明治元年ですね。
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この位置からだと、酒蔵の象徴であるレンガ煙突が真正面に見えました。この煙突も登録有形文化財。
小さくて見づらいですが、左側昭和初期に建てられたと思しき洋館の前にも「万年亀井戸」という井水がありましたよ。 -
向かって右側の蔵は「万年亀舎」(まねきや)というお店になっていて、お酒(試飲コーナーあり)の他、酒蔵グッズ等のおみやげも販売していました。
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うちの家族は辛口の酒に目がないので、私はここでお買い上げ! 何故か、亀のはく製も展示されていましたよ。
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そして亀齢酒造のちょうど対面にあったのが、こちらの「くぐり門」。少々変わった建物なのです。
建物の右側は酒蔵通りの観光案内所になっていたので、ふらっと入って行って、常駐のボランティアガイドさんにいろいろとお話を伺いました。 -
観光案内所の中には、精巧に作られた西条の町の模型がありました。2000年頃の町並みと言うことなので、ほぼ現在と変わっていないのではないかしら? 左側に駅から伸びるブールバール(大通り)が見えています。 とても広い通りだということが分かると思います。
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西条の酒蔵の樽酒やTシャツ、東広島市の観光マスコット「のん太」くん関連の商品も売っていました。
「のん太」くん なんでも、酒好きのタヌキらしいですよ。マスコットキャラクターって子供のイメージだけれど、東広島市のキャラは成人・・・じゃなくて、成狸なんですね。 -
あらあら・・・
案内所でおしゃべりしている間に雨が激しく降って参りました。あ~あ~。今までもっただけでも幸運だったのかしら?
こちらがくぐり門のある建物。右側に観光案内所、左側はその名も「くぐり門」というカフェになっています。門というよりは、通り抜けが出来る長屋と言うイメージ。ヨーロッパではよく見かけますが、日本では珍しいかもね。以前この門の奥に芝居小屋があり、その通路として使われていたのだそうです。 -
くぐり門は築80年ほどの昭和生まれの建物で、老朽化のために取り壊される運命でしたが、市が所有者から買い上げて修復を行い、今の姿に生まれ変わったのが2011年(平成23年)のこと。
今は芝居小屋もなく、奥にはアパートが建っていますが、かつてはカラフルな幟が立ち並ぶ小路を大勢の人が行きかっていたんですね。 -
雨の西国街道をさらに東へ進むと、路地の奥に洋館が見えてきました。西条で五番目の酒蔵賀茂泉酒造が所有する「酒泉館」です。1929年(昭和4年)に広島流酒造りの試験場及び醸造技術開発の拠点である県立醸造支場として造られたのだそうです。
2016年(平成28年)8月に登録有形文化財の指定を受けています。 -
現在は「お酒喫茶」として賀茂泉酒造のお酒の飲み比べが出来、また、「お酒図書館」として酒に関する蔵書が閲覧できると書かれていましたが、この日は閉まっていました。どうやら、土日だけの営業みたい。まあ、確かにこんな雨の日にぶら~りしている人は私以外にはおりませんでしたからね。仕方ないとはいえ、土日の散策を意識的に避けている当方としては複雑な気持ち。
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酒泉館の前庭には、賀茂泉酒造の「次郎丸井戸」がありました。西条が1889年(明治22年)まで四日市次郎丸と呼ばれていたことから名づけられた井水で、今では賀茂泉酒造の銘柄の一つにもなっています。
湧水点が地下142mと言うのは、これまで見た井水の中で一番深いかも。 -
賀茂泉酒造は、最も新しい蔵元で創業が1912年(大正元年)と聞きましたが、建物はとてもアンティーク。住居と醸造蔵がくっついたような建物で、犬矢来の奥には立派な門と塀が回っているので、中を窺い知ることはできなかったのですが、素敵なお庭が隠れていそうでした。
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こちらが賀茂泉館。第二次大戦後の物不足から、増量目的のアルコール添加酒が主流となった中、米と麹だけの酒造りにこだわり、純米醸造を復興へと導いたパイオニア的存在の酒蔵として知られています。
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賀茂泉館の左隣には杉玉の下がった蔵があって、その前に名前が書いていない井戸がありました。酒泉館前には「次郎丸井戸」と書かれた看板が立っていましたが、こちらは「賀茂泉井戸」で良いのかしら?
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蔵の先から入る横道を見ると、もはやお馴染みとなったレンガ煙突が奥にそびえていました。レンガ煙突のある風景。ほのぼの・・・
ここからずっと醸造蔵が続いているんですね。表側の建物は古いけれど、奥の醸造蔵は1992年(平成4年)の建造と聞きましたから、ここ西条ではピッカピカの新築です。 -
性懲りもなく、賀茂泉館にもお邪魔させていただきました。主力の「賀茂泉」の他、造賀地区産の山田錦を使用した「造賀」、純米梅酒などもありました。「次郎丸」がないなあ・・・
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昔ながらの蔵の雰囲気を味わいます。この暗くてどっしりとした佇まいが大好物です。
あっ! 鉢巻をした「のん太」見っけ! -
さあ残すところ酒蔵はあと2つ。西国街道を少し戻って、右に折れると、見えて来たのは六番目の酒蔵「福美人」です。
「酒都西條で酒造学校と呼ばれた蔵」というのがキャッチフレーズ。何故かと言うと、この蔵は酒造りのかなめである杜氏を育成し、継続的な酒造りを行うために、全国の酒造業者の出資により1917年(大正6年)に創業したからなんです。
酒蔵は二つあり、こちらは恵比寿庫(えびすぐら)でいつでも見学可能。現在はもう一つの蔵大国庫(大黒蔵)を中心に酒造りが行われているそうで、そちらの蔵は見学不可でした。 -
見えて来たレンガ煙突は、西条一高い27m…と思ったら、これではなく、見学不可の大黒庫にある「福美人三號蔵煙突」というのが西条一の高さなんですって。こちらは正式名「福美人恵比寿蔵煙突」といい高さは24m。ともに登録有形文化財の指定を受けています。
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折角なので資料館を兼ねた酒蔵ショップをここでも見学。長野県の販売店から寄贈されたという、堂々たる木の看板を見て惚れ惚れしました。
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お酒を入れる容器も色々あって飽きさせません。下戸なので試飲の楽しみはありませんが、結構面白い。これで飲めたら最高なんだけれど・・・
蔵にはスーツを着てビジネスバッグを持った方々がちらほら訪れていました。広島空港に近いので、出張帰りのサラリーマンで帰りによられる方が多いのだそうです。 -
酒の命の井水は、ここ福美人にもありました。名前はなく、「仕込み水」とのみ書かれていました。
龍王山伏流井水は、龍王山に降った雨がゆっくりと地面にしみ込み、なんと50年以上かけて酒蔵通り周辺に流れてくるのだそうです。龍王山伏流水については前に聞いていましたが、50年以上とは知らなかった! -
この後どうしたと思います?
西条一高いレンガ煙突がどうしても見たくなって、歩くこと5分。こちらの「福美人大国醸造場」までやってきたのでした。 -
ところが、「福美人三號蔵煙突」は塀の奥にあって、これ以上は近づけません。
決して怪しい者ではないのですが、う~ん、十分怪しい…行動をとってしまいました。 -
折角来たのだからと辺りを見回すと、福美人大国庫前にあった民家の派手な屋根装飾に気が付きました。そして見とれました。鳩?の鬼瓦は初めてだなあ・・・
もう少し一番高い煙突を見られるベストスポットはないかしら? と雨の中をとぼとぼ歩きます。諦め悪し! -
ようやく煙突を望める場所には着いたのですが、アングル悪すぎますね。
左側に「福美人三號蔵煙突」と右側「亀齢第七號蔵煙突」です。先ほどの「亀齢」とは異なる敷地で、なんとここでは一時醤油の醸造が行われていたとか。右側の煙突はこの写真ではよく分かりませんが、西条で見かけた唯一の丸型レンガ煙突。高さも20mとやや小ぶりですが、こちらも国の登録有形文化財です。 -
もうまるで、煙突尽くしになってきましたね。実はここでまさかのカメラのバッテリー切れ。ついでに亀齢で購入した重たいお酒を置いて来ようと駅のロッカーまで往復したので、上の写真からは場所が飛んでいます。
今度は駅から山陽道より1本北側の道を歩いて、最終目的地に向かっています。
二番手の「白牡丹」の蔵と煙突を先ほどとは別の道から撮りました。電線が思いっきり邪魔ですね。
単調になりがちな蔵の外観が、三層になった瓦装飾の庇によって躍動感を与えられています。西条の蔵は「開放蔵」という建築様式で、窓が多く、通気性を重んじているのが特徴だそうです。 -
最後に大御所登場です。多分全国的に一番名前が知れ渡っている西条の酒蔵「賀茂鶴」にやって参りましたよ。本日最終七番目の酒蔵です。
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まずはこちらで、賀茂鶴の井水を見ていきましょう。
福神井戸は一番駅に近い、賀茂鶴酒造壱號藏にありました。 -
壁には、中国環境分析センターによる水の成分に関する細かな数字の説明があり、酒の仕込み水の他、お茶、紅茶、炊飯、料理全般に適していると書かれていました。
本当に恵の水なのですねえ・・・! -
福神井戸のある壱号藏から道なりに進むと、現れたのはこちらの立派な門。なんと、山陽道西条四日市宿の本陣跡でした。
通常、本陣はその土地の名家が営むケースが多いのですが、西条四日市の場合は大きな宿場だったためか、広島藩直営で「御茶屋」と呼ばれていたようです。 -
建物は明治になってすぐに取り壊されましたが、「御門」と呼ばれていた門はここの土地の払い下げを受けた賀茂鶴酒造当主により大切に保管されてきました。1986年(昭和61年)になって、本陣の面影を文化財として後世に伝えるべく、広島大学教授の指導の下復元したそうです。
見学は外観のみでしたが、門の中には「蓬莱庵」と言う閑静な平屋造りの建物と庭園があり、賀茂鶴のプライベートな行事等に利用されていると聞きました。 -
御茶屋の隣にあったのは洋風建築で、「賀茂鶴酒造株式会社本店」と書かれた立派な看板が下がっていました。呉市出身の豊田勉之の設計で1927年(昭和2年)に建築された洋風意匠の事務所は、世界のマーケットをターゲットとした賀茂鶴の顔となってきました。
シンプルですが、ずらりと並んだ上げ下げ窓が見事。 -
その先は完全に和の世界。今まで訪問した蔵とは比べ物にならない規模の酒蔵が広がっていました。
全部を見たわけではありませんが、蔵は壱號藏から八號藏、煙突も弐號蔵煙突(明治後期)、三號蔵煙突(大正前期)、四號蔵煙突(大正後期)、八號蔵煙突(昭和前期)と4本もあり、そのすべてが登録有形文化財に登録されています。 -
駅まで無駄な往復をしたため、時間があまりなくなりましたが、敷地の中ほどにあるという旧米蔵を改装した見学室を目指します。
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中庭に、なまこ壁の立派な蔵が建っていました。酒蔵との違いは、やはり窓の数です。米蔵の場合は必要最低限の窓しかありませんでした。
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明治前期から昭和前期にかけて建築されたという、酒蔵が小さなものから大きなものまで沢山ありました!
太陽の日差しの中でこの蔵群を見てみたかったなあ・・・ -
これは西条駅の方向の立つ第四號煙突だったかしら?
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こちらが第三號。やはり「煙突尽くし」が続いていますね。煙突の有無で、風景が劇的に変化することを実感いたしました。
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忘れてはならない、小ぶりですが存在感は半端ない第二號煙突です。
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いよいよ、酒王 賀茂鶴のショップに潜入。大きな暖簾、表から写せば良いのになぜか中から。字がさかさまでしょうに・・・
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流石は老舗。見学者も大勢来るとみえて、樽の形をした椅子が沢山並べられていました。圧巻でした。最後だと思って、賀茂鶴ではほんのちょっぴり試飲してしまいました。酔っぱらって飛行機に乗れなくなると困るので、舐めるほどね。
思っていたよりずっとすっきり。さわやか。美味しかったです。で、結局ここでもお買い上げ。どうするんだよ! 2本もぶら下げて帰るわけ??? -
樽がピラミッド型に積み上げられているのをなんと呼ぶのでしょう?
左側にずらりと並んでいるのは、もう使われなくなったお酒の仕込み樽でしょうか? -
フォトジェニックなモノトーンの世界を堪能いたしました。賀茂鶴一番最後に訪問出来て良かったです。
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もう少しだけ時間がありそうなので、まだまだ雨が降り続いている酒都の町をそぞろ歩きます。二號蔵と二號煙突。どちらも明治後期の建築です。美しすぎるわ~
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賀茂鶴本社事務所と同様な造りの賀茂鶴研究室棟(これも登録有形文化財)と亀齢一号蔵の間の狭い道です。ここから見える煙突は、亀齢第五号蔵にある「キレイ」な白い丸煙突です。
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この風情ある小道をもう少しぶらぶらしようと歩き始めた途端、この「酒」字集に目が行ってしまいました。
著名な作家、評論家に「酒」についてのうんちくを語ってもらったパネルが並んでいるんです。全部で20人! 雑誌「酒」の扉を飾ったエッセイでした。 -
やはり、世に言う「のんべえ」の方は酒だけで良い、肴は要らないという向きが多いようです。面白いので、次から次へ読んでいるうちに随分と時間が経ってしまいました。これから安芸国分寺に行こうと思っていたのですが、ちょっと難しそう。お天気も悪いし、また今度かな・・・
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パネルの貼ってあるフェンスの向こうは、賀茂鶴の第二號蔵。扉の前に張られた注連縄。等間隔で置かれた石の置物。正に野外博物館の風情です。
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うねうねした道を更に進むと、左には賀茂鶴八號蔵、右には亀齢五號蔵。奥に見える木造家屋は福美人の従業員寮(なんとこれも登録有形文化財!)
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もう1枚。少々漆喰が剥がれているのも味がありますねえ。福美人の恵比寿蔵煙突も収まって「完璧!」と自己満足しています。
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白い漆喰の酒蔵が並ぶ町 と言うイメージだけを携えてやってきた西条。期待以上のものがありました。7つの酒蔵それぞれが独自の観点で酒造りに向き合い、個性を発揮して、そこでしか味わえないお酒を生み出していることに深い感銘を受けました。
同じく酒どころとして有名な灘と伏見にも行ってみたくなりましたよ。 -
駅前の帰り道に遭遇したのは、賀茂鶴直営のレストラン「仏蘭西屋」。どうみても洋食が出てくるようには見えませんが、日本酒の仕込み水を使い、季節感あふれるお料理と賀茂鶴の日本酒が楽しめるお店なのだそうですよ。
写真に見える元祖「美酒鍋」というのは鶏肉、豚肉と野菜を主体に、日本酒と塩・胡椒だけで味付けをするシンプルな鍋で、東広島の名物ですって。食べると酔っぱらっちゃいますかね? -
こちらはJR山陽本線西条駅の外壁を飾る「西国街道四日市宿」のモニュメントです。正式には四日市次郎丸村だったそうです。パネルには江戸時代の酒造りの様子が描かれていました。
実は灘、伏見の水は硬水、ここ西条の水は軟水なのです。硬度の高い灘の水で作られた酒は腐敗しにくかったのですが、西条の軟水だと酵母が十分に増殖せず、雑菌だらけになり腐ってしまう危険性がありました。それを克服し、独自の軟水醸造法を編み出したのが地元の醸造家三浦仙三郎で、彼は広島酒の発展の基礎を作りました。三浦は「吟醸酒の父」と呼ばれているそうです。 -
西条最後の写真は、ホームから写した浄土真宗本願寺派のお寺教善寺です。あまりにもドンピシャと目の前にあるので調べてみたら、1921年(大正10年)の山陽本線複線化の際に庫裏の一部が線路にかかり、曳家で本堂を移したとありました。やっぱり・・・
まだ雨はざあざあ降りのまま。天候の悪い日のフライトは気が進まないのですが仕方ありませんね。 -
列車がやって参りました。ここから2つ目の駅白市まで行き、広島空港行きの連絡バスに乗車予定です。最終日は雨にたたられましたが、何とか予定通り終了。春爛漫、桜に恵まれた素敵な旅となりました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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