2018/06/26 - 2018/06/28
140位(同エリア187件中)
なおこさん
20年前に数か月でしたが住んだことのある宮城県。7年前の震災の時は古川、三本木の被災状況をすぐ調べ、、テレビで沿岸地域の被災状況を見るたびに心を痛めていました。
7年たってみて、どこまで復興したのか見てみたくてドライブ旅行を計画しました。
印象的だったのは工事のダンプカーの多さです。工事の方々はみなさん優しくて、道を譲ってくれたりしてくれました。あれだけ走っていても交通事故などもなく、ドライバーの方々はすごく気を使って仕事しているんだなあと思いました。まだまだ完全な復興までは時間がかかりそうですが頑張ってほしいと思います。
いろいろなモニュメントで手を合わせ、献花をし、亡くなられた方々の無念さを感じました。
この震災で亡くなられた方々、その家族にに心よりお悔やみ申し上げます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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白石蔵王でレンタカーを借りて亘理町へ。父の知り合いが亘理町にいて町の説明をしてくれました。この道路から先が被災地です。高速道路が堤防替わりで知り合いの方のおうちは大丈夫だったとのこと。逃げ遅れた人、津波を見に行ってしまった人は津波に飲み込まれ、行ったお葬式の数は数え切れないほどだそうです。
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ここはニュータウンです。幼稚園やショッピングセンター、新しい駅、新しい家もたくさん立っていましたが、まだまだ道半ばだそうです。
亘理町は沿岸部も、企業や太陽光発電、牧場など買い手が見つかっていて、復興が早いほうだと思います。地元の方々にとっても早い復興はありがたいのではないかと思いました。 -
こういう丘があちこちにできています。津波の際に逃げる高台です。
この裏がお寺になっていて、亡くなられた方の石碑があります。手を合わさせていただきました。 -
高速を使って荒浜小学校へ。ここは震災のモニュメントとしてそのまま保存された小学校です。エレベーターもあって足の悪い方でも見ることができます。
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小学校の周りは何にもありません。ここに大きな町があって、暮らしがあったと思うと心が痛みます。
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ビデオも見られます。ここで夜を明かしたときはさぞや心細かったことでしょう。この小学校は多くの人が屋上に上がって助かりました。
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昔の家々のオブジェも見られます。学校の歴史もよくわかります。
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閖上地区へ。ここは絶句しました。津波の高さはこの丘の木の上まで来て、この丘に逃げた人は、津波にのまれました。逃げようと思っても車が渋滞し、車に乗ったまま亡くなった人が多かったようです。
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想像するだけで怖くなります。下にある石碑には亡くなられた方々のお一人お一人の名前があり、その数に圧倒されます。
心を込めて献花し、手を合わせました。
まだまだ復興しておらず、かさ上げ工事の真っ最中で、ダンプの数もすごかったです。 -
松島の瑞巌寺です。松林も流されました。
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雨でさみしい松島の風景です。晴れてたらよかったのですが。この日は石巻のホテルへ。途中松島駐屯地も通りました。
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雨の中日和山公園へ。ここはもう一つの公園と間違えて、見晴らしの悪いほうへきてしまいました。雨なのであんまり変わらないかな?
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石巻市街。みんな新しくなってどこに津波が来てどの建物が震災後に建てられたのかよくわかりませんでした。ユーチューブで見た津波の恐ろしい光景は忘れられません。
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ここは河口のすぐそばですがあまり津波が来なかったそうです。
場所ごとに津波の高さが違っていたようです。 -
北上川。とにかく大きくてびっくり。
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大川小学校。ここはぜひお参りしたかったところです。多くの小学生が逃げ遅れてなくなりました。建物がすごくモダンです。
二階まで津波が来た跡がはっきり残っていて、心が痛みます。ここは川の高さより低いところにあり、多くの水が一気に流れ込んだであろうと想像できます。
すぐ裏に山があり、やはり先生方の判断が間違っていたと実感します。地震があってからだいぶ後に、それもなぜか川のほうに避難したたった一分後に大津波が来たことを想像すると絶句です。やはり大人の判断に従うしかなかった子供たちを思うといたたまれません。 -
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気仙沼に向けてドライブした途中に新しい住宅街を見つけました。海から離れた高台に何か所もこういう場所がありました。みなさん被災された後ここに新しいお家を建てているようです。
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気仙沼に到着。漁港が見えます。
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おさかな市場で昼食。ハーモニカ煮定食。大きなマグロの背中のところを煮たもので、脂がのっていておいしかったです。
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唐桑半島の先端の震災体験館へ。古い施設ですが、地震、津波体験ができます。
縄文時代から何回も津波にあったことがわかる地層はとても興味深かったです。
三陸海岸は何回も津波の被害にあい、乗り越えてきた地域です。 -
唐桑御殿というお城のような家がたくさんあるのがこの半島の特徴です。主に遠洋漁業の両氏のお家だそうです。
遠洋漁業って儲かる商売なんですね。 -
気仙沼もう一つの半島へ。ここはのこったのこったのお相撲さんの像ということで有名になったそうです。周りは津波の被災地ですが、この像は残りました。
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潮吹き岩と言われているそうですが見えませんでした。
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南三陸町の震災モニュメントは町役場です。津波が来ると町のみんなへ伝えていた女性がここでなくなりました。3階まで来た津波の大きさにやはり圧倒されます。まだまだ工事中で復興はまだまだです。ここは公園になるようです。
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南三陸さんさん商店街。有名になりましたね。夕方だと人はまばらです。
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はしもとさんで夕食。
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名物のうに丼最高でした。夏の名物です。
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町役場のモニュメントには行けませんが献花台があります。献花して手を合わせさせていただきました。
道路を走っているとここまで津波の浸水地域という標識があって、浸水地域の広さと同時に、やはり少しでも山のほうは被害がなく、とにかく高いところに逃げることが大事だと実感できます。私も海のすぐそばに住んでいるので、とても参考になるところでもあります。 -
南三陸町まなびの里いりやどに宿泊。とてもきれいでリーズナブルな宿でした。
おすすめです。 -
志津川の漁港です。みなさん忙しそうに働いてました。
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素敵な海水浴場もあります。
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この時だけ太陽が出ました。
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登米市へ。宮城の明治村と言われています。
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武家屋敷も。
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松尾芭蕉の歌碑。北上川を歩いて登米市にも何日か滞在したようです。
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北上川。
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伊豆沼へ。野鳥観察などで訪れる人が多いみたいです。
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世界農業遺産。大崎耕土。宮城県の大崎市、色麻町、美里町などに広がる3万ヘクタールにわたる田んぼへ。
いぐねと呼ばれる木の林に囲まれた家の周りに広々とした田んぼがあります。田んぼの一枚一枚が大きく、絶景が広がってます。 -
とにかくずーっと田んぼですごく癒される景色です。
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以前カウボーイというショッピングセンターのフードコートができた時にオープン要員として働いていました。懐かしかったですが、もうつぶれてなくてガッカリ。20年前のことです。
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天平ロマン館へ。奈良の大仏が個々の町の金でできたそうです。NHKで見て宮城でとれた金だとは聞いていましたがここだとは。偶然通りかかって入りました。
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古川駅から帰路へ。ここも懐かしかったです。
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