2018/06/23 - 2018/06/23
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しゅいぐーさん
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朝の天気予報で、午前中は天気は曇り、午後から夕方にかけて雨が強くなる予報でした。そのため、午前中小田原午後から箱根で日帰り露天風呂を入って帰ろうと思い、出かけました。ロマンス号は、乗らず快速電車で激安で行ってきました。東京駅からJRで平塚経由小田原より、新宿から小田急で小田原へ時間は掛かりますがなんと500円近く安くなります。
さて、小田原到着後まずお城へ、お城横の報徳二宮神社へまずは、参拝、その後、小田原城天守閣に登りました。すでに小田原城へ入った時には、雨がパラつき、帰るときには、かなり強く降ってきました。取り急ぎコンビニでビニール傘を購入。すぐそばの魚が美味しそうな食事処へ入りました。昼食後は、小田原駅から電車で移動、箱根で温泉に入ってきました。最後は、びしょぬれで帰ってきました。
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子ども公園を過ぎたところに入口が有ります。
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この神社は、二宮尊徳を祀った神社です。
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二宮尊徳
江戸末期、多くの農村や藩を貧困から救い
独自の思想と実践主義で人々の幸福を追求し
数理、土木建築技術から文学まで
あらゆる才能を発揮した世界に誇れる偉人報徳二宮神社 (小田原市) 寺・神社・教会
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明治になってから作られた神社です。
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ここが社務所です。
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この社務所で、ご朱印を頂きます。
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たくさんの鯉が泳いでいました。
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近くに寄っただけでこの勢いです。お腹が減ってるのかな?
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報徳二宮神社 ご朱印
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二宮尊徳について詳しく書かれています。
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報徳博物館も有りますが、今回は時間の関係で寄れませんでした。次回にします。
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続いて、小田原城へ入ります。
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小田原城が初めて築かれたのは、大森氏が小田原地方に進出した15世紀中ごろのことと考えられています。
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1500年ごろに戦国大名小田原北条氏の居城となってから、関東支配の中心拠点として次第に拡張整備され、豊臣秀吉の来攻に備えて城下を囲む総構を完成させると城の規模は最大に達し、日本最大の中世城郭に発展しました。
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江戸時代を迎えると小田原城は徳川家康の支配するところとなり、その家臣大久保氏を城主として迎え、城の規模は三の丸以内に縮小されました。
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稲葉氏が城主となってから大規模な改修工事が始められ、近世城郭として生まれ変わりました。
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大久保氏が再び城主となり、箱根を控えた関東地方防御の要衝として、また幕藩体制を支える譜代大名の居城として、幕末まで重要な役割を担ってきました。
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銅門(あかがねもん)の中です。すごい太い木です。
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菖蒲の花ももう終わりですね
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常盤木門(ときわぎもん)
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ここを通って天守閣へ行けます
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頑丈な作りです
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いよいよ天守閣です。
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戦後造られた鉄筋コンクリート製ですが、非常に綺麗なお城です。
小田原城 名所・史跡
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入場料 500円
三館共通チケットが900円なので、そちらがお勧めですが、今回は時間が無いので天守閣だけ見てきました。 -
潜入しました。天守閣の大きさは、大阪城が一番大きいとのことです。
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天守閣は、昭和35年に市制20周年記念事業として総工費8千万円をかけて復興された小田原市のシンボルです。
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江戸時代に造られた雛型や引き図(宝永年間の再建の際に作られた模型や設計図)を基に昭和35年に江戸時代の姿として外観復元され、内部は歴史資料の展示施設となっています。復興に当たっては、「瓦一枚運動」が展開され、多くの市民からの寄付が寄せられました。
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いろいろな展示物が有ります
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天守閣5階からの海
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本丸
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5階に安置されている、摩利支天像
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摩利支天像
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摩利支天像
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