2018/06/19 - 2018/06/19
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しゅいぐーさん
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ここは、下妻市内に有る大宝八幡宮です。ここは、関東最古の八幡様です。大宝元年(701年)、藤原時忠公が筑紫(つくし)の宇佐神宮を勧請創建したのがはじまりです。天台宗の古い経文の奥書に「治承三年(1179年)己亥七月二十二日の未時書了於常陸州下津間八幡宮書了兼智」とあるため、平安末期にはすでに八幡信仰が盛行していたことがわかります。平将門公も戦勝祈願のために度々参拝し、当宮の巫女によって新皇の位を授けられたと伝えられています。
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大宝八幡宮の説明
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山門も大きく綺麗な神社です。
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紅葉の時が良いと思います、
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この時期アジサイ祭りをやっていました。
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大宝八幡宮本殿の説明
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大宝八幡宮は、白鳳時代の末期、文武天皇の大宝元年(七〇一)、藤原時忠が、常陸国河内郡へ下向の時、筑紫(大分県宇佐市)の宇佐八幡宮を勧請(神仏の分霊を請じ迎えること)して創建されたという。
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東国平定のための鎮護の神として、八幡宮を勧請したのである。宇佐八幡宮は、莵狭津彦命を祖とする宇佐諸石が、欽明天皇二十九年(五六八)に八幡神を勧請したのに始まるという。
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八幡神とは、応神天皇を主座とし、文武の神として尊崇されており、八幡宮の祭神として祀られる。
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当時の河内郡が現在のどこを特定しているかは不詳であるが、慶安元年(一六四八)七月十七日付の家光公の御朱印状には、常陸国河内郡下妻八幡宮領同郡大宝村云々とあり、江戸時代には、下妻、大宝は河内郡に含まれていたことになる。
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下妻、大宝あたりは古代には新治郡に含まれており、時代によって河内郡、新治郡、真壁郡などと呼ばれていた。
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本殿は、シンプルなつくりです
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龍の口から。。。。
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大宝八幡宮のご朱印
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