2018/05/21 - 2018/05/23
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しんちゃんさん
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2日目は、仙台の主な観光地を循環する「るーぷる仙台」で、伊達政宗公が眠る霊屋「瑞鳳殿」を見学、その後は伊達家62万石の居城だった仙台城跡へ。そして最後は国宝に指定されている大崎八幡宮という王道プランで政宗公ゆかりの地を巡りました。
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戦国時代の末期に登場して戦場を駆け、秀吉や家康といった大勢力に飲み込まれつつも自分の勢力を拡大しようとあがき、また晩年には運河を整備して農業生産力を高め、表高62万石の領地が後に74万石相当になるまで豊かな土地の領主として実績を残した伊達政宗。時代に翻弄されながらも最終的には適応し、勢力の拡大こそ果たせなかったものの、伊達氏をさらに長く存続させることには成功した政宗。秀吉との歳の差は31歳もあり、家康とは26歳も歳の差があったようで、同じ時代に生きなかった不遇が政宗の人生に付き纏い、たび重なる苦労を味わうことになった?しかし、大崎八幡宮建立にあたっては豊臣家召抱えの、当時随一の巨匠を招き創建されたとガイドさんから聞きましたが、脅威を感じるばかりではなく秀吉に憧れたような一面もあったのかと思ったりもしますが‥? もっと伊達政宗を知りたくなりました。そして、また空想を楽しみたい!(^_-)-☆
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概要が長くなってしまいました。旅行記を見て頂けたら嬉しく思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
豊かな自然に囲まれた作並温泉をあとに、2日目は仙台市内観光を楽しみます。
宿泊先のシャトルバスに乗り込んだのは30名位でしたが、仙台方面の列車に乗るのは私達とあと2組。
他の人は山寺方面へ乗車。山形県にある山寺駅は3駅先、20分程と近い。
私達は仙台駅まで40分の乗車。 -
上り仙台方面の列車9:41発を待ちます。
ほぼ1時間に1本の路線。
約6年前山寺参拝した帰り、列車に乗り遅れそうになり慌てた記憶が蘇ります。
その後乗るバスの本数も少なくて大幅に予定が狂うハメになりそうだった( ;∀;) -
駅や空港で何度も目にしたご当地キャラのむすび丸。
キャッチコピー いいね! -
駅のコインロッカーに荷を預け、いよいよ「るーぷる仙台」一日乗車券(620円)を買って観光します。
発着点は仙台駅前の西口バスプール16番乗り場。 -
「るーぷる仙台」のマークが入った赤いバス停。
仙台駅前始発の9時から最終の16時まで、平日は20分間隔、土・日・祝日は15分間隔で運行しているバスで、一方通行の運行です。
一周すると1時間10分かかるので、行き先の順番は注意が必要です。 -
平日でもギュウギュウ詰の「るーぷる仙台」に乗り、バス停4番の瑞鳳殿前で下車。
多くの観光客も瑞鳳殿前で降ります。駅からここまで15分。 -
バスを降り歩き始めは緩やかだった坂が、段々きつくなってきました。
左側の建物は、無料のコインロッカーです。
この辺りから道の両側は多くの杉木立に覆われ、だんだんと雰囲気が出てきました。 -
政宗公の菩提寺「正宗山 瑞鳳寺」
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「正宗山 瑞鳳寺」は、坂の登り口にあります。
寛永14年(1637)に2代藩主忠宗によって瑞鳳殿とともに創建されたお寺で、釈迦三尊像をご本尊としています。 -
さらに進むと、瑞鳳殿の看板と石段が見えてきました。
この高い杉の木は、瑞鳳殿が作られた1637年に植えられたもので、樹齢380年を越える木もあるようです。
そして、ここから約70段の石段がスタート。
瑞鳳殿は山の上!ひたすら坂と階段を上ります(-_-;) -
フゥーハァハァ~ここまで約13分。
この奥の受付で拝観料を支払います。
「るーぷる仙台」1日券で 100円引の450円になりました。 -
奥に見える御手水で手を清めて…
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さらに進むと、瑞鳳殿の説明板があります。
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広大な経ケ峯の東の峰に眠る、伊達政宗・忠宗・綱宗。
経ヶ峯は標高が73.6mあり、伊達家の霊域として長年禁断の地であったため、藩政時代のそのままの自然環境が残っています。 -
豪華な 「涅槃門(ねはんもん)」が見えて来ました。涅槃門を見ていたらそばで待機されていたボランティアガイドの方が20分間ガイドして下さいました。
政宗公の知らない一面をお聞きすることが出来てとても有難かったです。 -
資料写真を交えながら説明を聞かせてもらいましたが、伊達政宗の自画像とされる顔はふっくらして豊臣秀吉とよく似ていましたが、実際は細長顔で身体つきはやせ体型。幼い頃に天然痘を患い右眼を失明していますが、「自分の像を造るときは両目を正しくしてくれ」と言い遺しているので、像などは片目を覆った「独眼竜政宗」の様相ではないそうです。
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涅槃門
お話をお聞きすると、涅槃門(ねはんもん)とは仏語で煩悩を去って悟りの境界へ入る門戸のことで、すなわち死後にくぐる門なのだそうです。 -
従って涅槃門は常に閉まっている門なので、この横の赤い門から先へ進みます。
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涅槃門
獅子頭の彫刻は、桃山建築の特徴である漆黒に金や朱を配した緻密で美しい装飾です。 -
涅槃門
5年もの歳月をかけて復元したものだそうです。 -
涅槃門を内側から撮った写真。
涅槃門には『菊』『桐』の紋章がありますが、これは豊臣秀吉から拝領したもの。
伊達政宗の家紋と言えば「竹に雀」が有名ですが、伊達家には8つの家紋があるそうです。 -
藩政時代の石段だと聞きながら上ると、なんだか感慨深い~
政宗公が眠るこの場所を地元の人は「瑞鳳殿」とは呼ばず”御霊屋=おたまや”と言うそうです。 -
本殿前の拝殿「唐門」
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唐門の「瑞鳳殿」扁額の色のピンクの部分は珊瑚を使い、文字の白は真珠で作られています。
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唐門の説明文
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瑞鳳殿は1636(寛永13)年、70歳で生涯を閉じた伊達政宗公の遺言により、2代藩主となった息子の伊達忠宗がその翌年ここ経ケ峯に造営された霊屋です。
桃山建築を継承する極彩色で豪華絢爛な佇まいは霊廟建築の最高傑作といわれ、
1931年には国宝に指定されましたが、昭和20年の戦災で焼失。
昭和54年に再建後、さらに平成13年に仙台開府四百年を記念して大改修工事が実施され、柱には彫刻獅子頭を、屋根には竜頭瓦を復元し、創建当時の姿が甦りました。 -
御霊屋の構造は、地下墓室に遺体を埋葬後、地上に死者を祀る殿舎〔お堂・神殿〕を建て、建物の内部には須弥壇を置き、埋葬者生前の姿をあらわす木像が安置されているそうです。
政宗公は向って左の扉の地下に眠っていると聞きました。 -
政宗公の威風を伝える御廟・瑞鳳殿
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どの角度から見ても、
桃山様式の豪華絢爛たる廟建築に圧倒されます(^_-)-☆ -
廟所には政宗公を慰めるため天女が彫られていますが、
足裏の向きがちょっと不自然? -
瑞鳳殿の楽器を奏でる天女
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瑞鳳殿
写真の腕が無くて、豪華絢爛な霊屋をあらわすことが出来なくて残念(-_-)zzz -
弔魂碑
明治元年(1868)の戊辰の役、同2年の函館戦での仙台藩士および急幕臣・米沢藩の仙台応援隊士らをふくむ戦没者1,260名の霊を弔うために、伊達家と旧藩士が出資し、明治10年旧瑞鳳殿鐘楼跡に建立された。と書いてあります。 -
板碑
板碑とは中世に追善、逆修の目的で建てられ、近世以降建立されなくなった石製塔婆の事です。 -
板碑発掘調査でわかったのは、政宗の遺体を安置した石室の蓋には板碑が使われたていたということでした。
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ここにも瑞鳳殿の案内板があります。
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出口の方向に歩いて行くと感仙殿と善応殿の2つの霊屋が見えて来ます。
感仙殿は二代藩主・伊達忠宗(1599~1658)の墓所。 -
感仙殿
忠宗公は、政宗公の治世を引き継ぎ、法治体制の確立を進め、新田開発や治水、港湾の整備など産業・経済の振興をはかり領内の安定に尽力し、藩の基礎固めをなしとげました。
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感仙殿
瑞鳳殿と同等の華麗なものだったが、明治初年に本殿を除いて取り壊され、残った本殿も昭和20年の戦災で焼失。
現在の霊屋は、昭和60年に再建完成したもの。 -
感仙殿の天女の装飾。
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感仙殿
種々の鮮やかな色を用いた濃密ないろどり~☆彡 -
善応殿
三代藩主伊達綱宗(1640~1711)の墓所。
瑞鳳殿、感仙殿と同じに戦災で焼失したものを昭和60年(1985)に再建。 -
善応殿
副葬品は香道具、文具類が多く発見されています。
綱宗公が好んで描かれた「鳳凰」と「牡丹」。鮮やかな極彩色です~~☆ -
善応殿と感仙殿が並んで建つ、杉木立に覆われる経ヶ峯。
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1時間半ぐらい見学して瑞鳳殿前から「るーぷる仙台」に乗り、次の目的地の仙台城址へと向かいます。
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るーぷる仙台の、路面電車風のデザインとレトロな色合いが、緑の多い仙台の町並みにマッチしています。
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瑞鳳殿前から乗る人が多く座れませんでしたが、仙台城跡まではたったの7分です。
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次に訪ねたのは、伊達62万石の居城、仙台城です。仙台城は通称「青葉城」ともよばれます。
標高約130m、東と南を断崖が固める天然の要害に築かれた城は、将軍家康に敵意のないことを示すために、 天守閣は設けなかったといわれています。
残念ながら今では城は消失し、石垣があるだけです。 -
仙台城は家康の許可を得て工事は慶長7年(1602)には一応の完成をみた。
約2万坪の面積を誇り、徳川家康の江戸城に次ぐ大きさであり、全国最大級の城であったという。 -
政宗公騎馬像前にやってきました。
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凛々しかろう~ 独眼竜政宗の顔がよくみえませんが・・・
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政宗公騎馬像
1987年(昭和62年)の大河ドラマ「独眼竜政宗」が放送された頃は3人の子育て真っ最中。テレビで連続ものを見ることが無かったる頃「独眼竜政宗」だけは毎週見た記憶が蘇りました。 -
政宗公のお顔を見たい!のですが (*_*;
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政宗公騎馬像の前に立てば、天下取りの野望に燃えた政宗公と同じ視線で、市街を展望できます。
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政宗公騎馬像が建つ天守台からの眺め
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市街を一望するビュースポットです。
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「政宗公騎馬像と飛行機雲」ひつこくもう1枚
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政宗公騎馬像前から立ち去ろうとしたら、仙台おもてなし集団の「伊達武将隊」がお目見えです。
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気易く3人で記念写真を撮ってもらいました。
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私達の後から来た団体の人達とも触れ合って、なかなかのおもてなし上手ですー
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敷地にあった大きな昭忠碑(しょうちゅうひ)
この塔は過去の戦争で犠牲になった多くの東北地方出身の将兵の慰霊のために建てられたそうです。しかし、東日本大震災で頂上に据え付けられた巨大な青銅のトビが落下。復興のシンボルとして修復の上、安全面も考慮して基壇に設置されたようです。 -
本丸跡にある土居晩翠胸像と荒城の月詩碑。
代表作「荒城の月」の全詩が刻まれた詩碑が立つ。
♪春高楼の花の宴 めぐる盃影さして 千代の松が枝わけいでし
むかしの光いまいづこ -
仙台市の出身、土居晩翠についての説明書き
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本丸跡に展示の築城期(17世紀~初代藩主政宗時代)の石垣モデル
本丸北壁石垣の解体工事により、築城時の石垣が地中から発見されたもので、石材の石面を加工することなく、自然のままの石や粗削りした石を用いて積む技法の野面積み(のづらづみ)を用いています。 -
築城期の石垣モデルの説明文
写真はないのですが、このパネルがある横の建物の「仙台城見聞館」は、仙台城の築城と城下町の歴史、発掘調査の様子などを映像やパネルで紹介しています。
あまり目立たない見過ごしそうな小さい建物でしたが、仙台城を知るのに見ごたえある内容でした。 -
仙台城見聞館を出てから宮城縣護國神社へ。
正面にある大きな鳥居から境内へ入ります。 -
宮城県護国神社の美しい赤い社殿。
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宮城県護国神社は、東京の靖国神社と同様に「天皇・朝廷・政府側の立場で命を捧げた宮城県ゆかりの方を祀っています。
仙台城址観光では一番の目玉かもしれません。 -
参拝記念にご朱印をいただきました。
いつものように300円をお渡ししたら500円だと言われ恥ずかしい思いをしました(-"-)
そそっかしい私のように、朱印は300円だと思い込まないようにネ!(笑) -
参拝記念に頂きました。
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歩き疲れたので仙台城跡にあるAOBAというお店で、ずんだソフトクリームを買いベンチに腰かけて、ちょっと休憩。
つぶつぶのずんだが入ったアイスは、食べごたえがあり美味しく頂きました。 -
明日は天気が悪くなる予報が出ているので、明日行く予定の大崎八幡宮へこれから行きます。
仙台城址を後に、バスの中からの撮った本丸北面石垣です。
この石垣は修復されたものです。
******最後までお読みいただきありがとうございました。続きは、温泉と伊達政宗を知る名所めぐり(3)大崎八幡宮と秋保温泉と 磊々峡、になります。
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