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マルケ州紀行、今回はウルビーノです。世界遺産ということで、日本でも他のマルケ州の町に比べて有名なウルビーノ。<br />この町を支配したモンテフェルトロ家のウルビーノ公国によって大きく栄えた「理想都市」として知られています。世界的に有名な画家ラファエッロを生んだ町としても知られています。<br />モンテフェルトロ家の名君フェデリーコ公はウルビーノの都市開発を行い、ルネッサンスの美しい街並みを作りました。ウルビーノ公国が教皇領に併合された後、ウルビーノ出身のジョヴァンニ・フランチェスコ・アルバーニが教皇クレメンス11世として戴冠すると、再び町は活気を取り戻し、都市の再生や修復が行われました。<br />教皇領軍の抵抗の末、ウルビーノはサルデーニャ王国軍によって征服され、統一イタリア王国の一部となりました。第二次世界大戦時にも古都は連合軍の爆撃を受けず、美しい街並みが壊れる事はありませんでした。しかし、休戦後に町を支配下に置いたドイツ軍は連合軍の侵攻を遅らせるために街道の破壊を行っています。<br />最終的に町は1944年に英軍とポーランド軍の侵攻により解放されました。<br />今回はウルビーノに加え、ウルビーノからプルマンでサンマリノ共和国に入国します。南部国境からのルートです。

マルケ州紀行 ~ラファエッロを生んだ町ウルビーノと、霧の中のサンマリノ共和国~

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2017/12/01 - 2017/12/02

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Giorgio Bianchi

Giorgio Bianchiさん

マルケ州紀行、今回はウルビーノです。世界遺産ということで、日本でも他のマルケ州の町に比べて有名なウルビーノ。
この町を支配したモンテフェルトロ家のウルビーノ公国によって大きく栄えた「理想都市」として知られています。世界的に有名な画家ラファエッロを生んだ町としても知られています。
モンテフェルトロ家の名君フェデリーコ公はウルビーノの都市開発を行い、ルネッサンスの美しい街並みを作りました。ウルビーノ公国が教皇領に併合された後、ウルビーノ出身のジョヴァンニ・フランチェスコ・アルバーニが教皇クレメンス11世として戴冠すると、再び町は活気を取り戻し、都市の再生や修復が行われました。
教皇領軍の抵抗の末、ウルビーノはサルデーニャ王国軍によって征服され、統一イタリア王国の一部となりました。第二次世界大戦時にも古都は連合軍の爆撃を受けず、美しい街並みが壊れる事はありませんでした。しかし、休戦後に町を支配下に置いたドイツ軍は連合軍の侵攻を遅らせるために街道の破壊を行っています。
最終的に町は1944年に英軍とポーランド軍の侵攻により解放されました。
今回はウルビーノに加え、ウルビーノからプルマンでサンマリノ共和国に入国します。南部国境からのルートです。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
鉄道 高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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