2017/08/11 - 2017/08/12
65位(同エリア386件中)
Giorgio Bianchiさん
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アブルッツォ州紀行、最初は州都ラクィラとアペニン山脈の山塊グラン・サッソです。グラン・サッソの山麓にあるアブルッツォ州の州都ラクィラは緑豊かで教会建築が多い美しい街。しかし、中部イタリア震災で大きな被害を受けて多くの建築が破壊されてしまいました。州の資金が豊かでは無いので復興は思うように進まず、それに加えてノルチャを中心とする震災でも再び被害を受けました。苦しい状況ですが、寄付金によって教会を中心に復興が進んでいます。
山塊グラン・サッソはバドリオ政権によって「救出不可能な場所」として選ばれ、1943年に失脚したムッソリーニが幽閉された場所です。しかし、知っての通り、ドイツ軍はグライダーによる救出作戦「アイヒェ」を展開。ムッソリーニは救出されてナチの傀儡に祀り上げられてしまいました。彼が幽閉されていた「ホテル・カンポ・インペラトーレ」はロープウェイで行く事が出来ます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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シエナからラクィラに向かいますが、地図上では近いものの、トスカーナからアブルッツォまではアペニン山脈のせいで想像以上に時間が掛かります。
シエナ→キウージ→オルテ→テルニまでは鉄道で向かい、テルニからラクィラまでは代替バスでした。 -
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ざっと7時間くらい掛かりましたが、テルニからラクィラまでのバスからはウンブリアやアブルッツォの雄大な景色が楽しめました!
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ラクィラ駅に到着。
駅舎は1875年開業。
この時は駅のホームが大規模改修工事中のため閉鎖されており、全線が代替バスになっていました。2018年3月現在、改修は完了して鉄道で行けるようになったようです。 -
ラクィラでの宿泊先、"Hotel Porta Rivera(三ツ星)"。
駅すぐ前にある好立地なホテル。素晴らしい立地に加え、内装やインテリアもオシャレでかわいいホテルです。 -
客室。意外な事にクーラーが付いていませんでした。
扇風機はありますが、真夏は少し暑いかも。 -
ホテルに荷物を置き、ラクィラ旧市街に向かいます。
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サン・ヴィート・アッラ・リヴェラ教会。
ラクィラ旧市街の入り口リヴェラ門を入ってすぐにある教会。
13世紀頃に作られましたが、8年前のラクィラ大震災で激しく損傷したため長らく修復中でしたが今年の6月に修復が完了、一般公開が再開されました。 -
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フォンターナ・デッレ・ノヴァンタノーヴェ・カネッレ(意訳:99の口の噴水)。
1272年に作られた大理石の古い噴水。
リヴェラ門入ってすぐのところにあります。
2009年のラクィラ大震災で被害を受けましたが、寄付金によって翌年には修復が完了して一般公開が再開されました。
ラクィラは「99」という数字に縁があり、かつては街には99の地区があり、町の周辺には99の城があったと言われています。 -
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旧市街の入り口たるリヴェラ門近くには、震災の傷跡が生々しく残ります。
損傷が激しく人が住めなくなり放棄された廃墟もちらほら.... -
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サンタ・キアラ・ダクィリ教会とその周辺。
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ラクィラ旧市街の中心地に近づくにつれて、倒壊した建物も目立ちます。
どうやら2009年の震災後から2014年、2016年とラクィラは地震の被害に合っているため修復も追いつかずに追い打ちをやられている感じのようです。
まるで紛争地帯にいる気分....。 -
ラクィラ旧市街のメインストリート、フェデリコ2世大通り。
メインストリートなのに人も少なく寂しいです。
ラクィラは元々観光都市だったのに、震災の影響で観光客が激減してるみたいですね...。 -
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ラクィラのドゥオーモ広場。
街の中心の広場でさえこんな感じです。修復は徐々に進んでいるようですが、噴水も水が僅かしか出ておらず、人も疎らです。 -
ラクィラのドゥオーモ広場で見つけたファシスト政権期の名残。
1927年のマンホール。 -
ラクィラのドゥオーモ。
元々13世紀に作られたものですが、度重なる地震で何度も倒壊しその度に再建されました(アブルッツォは昔から地震が多かったようです)。
2009年の震災でも大規模な被害を受け、外観は修復が完了したものの、内部は訪れた時は修復中で一般公開は再開されていませんでした。 -
サンタ・マリア・デル・スッファラジョ教会。
ドゥオーモ広場に面する教会で、18世紀に建てられたものです。
2009年の震災の影響で現在も修復中です。フランス政府が修復の資金援助をしたらしく、柵にフランスのマークがありますね。 -
サンタ・マリア・デル・スッファラジョ教会は横の建物を使用して、教会としての機能を部分的に再開しています。
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多分ファシスト政権期に作られたであろうポルティコ。
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フォンターナ・ルミノーザ(明るい噴水)。
ファシスト政権期の1934年に彫刻家ニコラ・ダンティーノが作成した噴水。
アルピーニ大隊広場にあります。
震災での被害は軽微だったそうで、少しの修復で済んだらしいです。 -
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スペインの要塞。16世紀にスペイン人達が作った要塞で、第二次世界大戦時にはドイツ軍の占領軍が軍事施設及び強制収容所として用いたとか。
内部にはアブルッツォ国立博物館がありますが、震災で大規模な被害を受けて現在も修復中で中に入る事は出来ません。 -
ラクィラの紋章。その名の通りアクィラ(鷲)が描いてあります。
カッコいい。 -
ラクィラの街角で見つけたカッコいいブロンズ像。
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サンタ・マリア・パガニーカ教会。
元々は14世紀に着工された教会ですが、他のラクィラの教会の例にもれず度重なる地震によって倒壊して現在のものは18世紀に完成しました。
しかし、2009年の震災で倒壊し、現在も修復が続けられています。 -
サン・ベルナルディーノ聖堂。
1472年に完成した聖堂で、設計者はニコラ・フィロテジョ。
2009年の震災で大規模な被害を受けましたが、修復の結果2015年に一般公開が再開されました。 -
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マルゲリータ宮と宮殿広場のガイウス・サッルスティウス・クリスプス像。
宮殿は震災の影響で現在も修復中です。 -
暑いのでジェラートを食べます。美味しい!
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ビアージオ・ディ・アミテルノ教会(サン・ジュゼッペ・アルティジャーノ聖堂)。
地図にはビアージオ・ディ・アミテルノ教会と載っているが、2013年にサン・ジュゼッペ・アルティジャーノ聖堂に改称したようで。
ラクィラは震災の影響で開いていない教会が多いですが、ここは内部も一般公開されています。 -
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サン・ジュゼッペ・アルティジャーノ聖堂内部。
13世紀に作られた古い教会ですが、震災で倒壊し、2012年に再建されました。 -
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奇妙な絵画。
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サン・ジュゼッペ・アルティジャーノ聖堂の向かいに建つサンタ・カテリーナ教会。こちらは現在も修復中で一般公開は再開されていません。
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ラクィラの戦没者慰霊碑。
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サンタ・マリア・ディ・コッレマッジョ聖堂。
13世紀に完成した聖堂で、数あるラクィラの宗教建築の中でも特に美しい聖堂。この聖堂の美しさに惹かれてラクィラに来ました。
度重なる地震による被害で徐々に改造が加えられたが、2009年の震災で再び大規模な被害を受けて現在も修復中。でもファザードが見れて良かった! -
クリスト・レ教会。
1934年に建てられた教会だそうで、その時期から創造出来る通りファシスト政権期特有の合理主義建築っぽい教会。 -
ラクィラの旧カーサ・デル・ファッショ。
現在はグラン・サッソの研究所として使われているらしい。 -
ラクィラの夕陽。
緑が豊か。 -
駅方面から旧市街へと入る城壁の門、ポルタ・リヴェラ(リヴェラ門)。
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湧き水が美味しいです。
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ラクィラの旧屠殺場。1930年代に作られたものだとか。
スペイン要塞が修復中で使用できないので、現在は臨時的にこちらにアブルッツォ国立博物館の本部が置かれています。 -
旧市街の観光を終了。
ラクィラは震災の傷跡が生々しく残っており、イタリアの街の中でも特に歴史ある教会が多いので哀しい...是非応援したい街だと思いました。 -
翌日。
さっそく朝からグラン・サッソのロープウェイ乗り場に向かいます。
ラクィラ駅からグラン・サッソまではだいぶ距離があるので、ホテルでタクシーを呼んでもらいました。探してみればバスもあるかもしれません。 -
グラン・サッソのロープウェイです。往復€12。
ここからムッソリーニが幽閉されたホテルがある中腹の高原"カンポ・インペラトーレ"までロープウェイで行く事が出来ます。 -
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グラン・サッソのロープウェイ。ファシスト政権によるスポーツ推進事業によって1934年に作られたものです。
これに乗ってカンポ・インペラトーレに向かいます。 -
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それでは出発進行。
そんなに揺れたりもしないので意外と快適でした。
大体20分程度でカンポ・インペラトーレに到着します。 -
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カンポ・インペラトーレに到着!
丁度ドイツ空軍のグライダーが着陸した辺りでしょうか。
天候の悪さと標高の高さでかなり寒く、夏服では凍える寒さでした(6度以下)。
山をナメていたので、登山用の服なんて着ていません。
春は綺麗に花が生い茂るんですが、夏は少し寂しいですね。 -
グラン・サッソも地震の被害に遭ったようです。
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カンポ インペラトーレ 体験・アクティビティ
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ムッソリーニが1943年に幽閉された「ホテル・カンポ・インペラトーレ」です。
ドイツ軍による"アイヒェ作戦"の舞台。
本当は宿泊予定地だったんですが、今年の春にホテルは閉鎖されてしまって、泊まれませんでした...。残念。
ホテルは休業中ですが、バールは営業中です。 -
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ホテル・カンポ・インペラトーレのテラス。
寒いので出ている人は誰もいませんでした。 -
ホテル・カンポ・インペラトーレ内部には、ムッソリーニが幽閉された場所である事を示す碑。
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まさかのムッソリーニカレンダー売ってます。
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ホテル・カンポ・インペラトーレの内部見取り図。
現在の行動可能な範囲はテラス、バール、それとロビーくらいです。 -
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ホテル・カンポ・インペラトーレ内にはファシスト政権期を感じさせる写真や作品が展示されていました。
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こちらはホテル内の食堂。てかホテルはいつ再開するんだろうか...。
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ホテル・カンポ・インペラトーレ内部、ロビー周辺。
受付も使われていないので子どもたちが遊んでいました。 -
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雪の聖母教会。ファシスト政権期の1934年に作られた教会で、ホテル・カンポ・インペラトーレの前にあります。
中は平凡な小さな教会(山の上なので当然ですが)。 -
雪の聖母教会内にあった写真。
イタリア陸軍アルピーニ中尉。 -
雪の聖母教会の入り口。カッコいいアルピーニ兵のレリーフ。
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カンポ インペラトーレ 体験・アクティビティ
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春だと草花が生い茂り、冬は一面の銀世界になるカンポ・インペラトーレも、夏ではTHE☆荒野って感じです。これはこれで山っぽくて良いですけどね。
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カンポ・インペラトーレには出店もありました!山の上なのに意外にも物価が安く、お土産も手軽に買えました!
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お土産を購入していたら天候が急速に悪化し、雨と霧で視界が一気に悪くなった上に気温もガクンと下がりました....(雨降る前は6度)
ガクガク震えながら傘を片手に特攻しましたが人間の限界を感じました。
山をナメていた... -
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1948年と1955年に建設されたカンポ・インペラトーレの天文台です。
数々の小惑星を発見した功績を持つとか。 -
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あまりの極寒に体の限界を感じたので早めに下山する事にしました。
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下山時は濃霧でこんな感じでした。
何も見えません。 -
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ある程度高度が下がると霧も晴れて視界が回復しました。
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グラン・サッソの麓に到着!
しっかし天候に恵まれなかったのは非常に運が悪かった....出来れば次はちゃんとしっかりした装備をして天候が良い時に登りたいですね。 -
一旦再びタクシーに乗ってラクィラ駅まで戻り、ラクィラ駅から鉄道路線が通っているSan Demetrio de' Vestini駅まで代替バス。
鉄道に乗ってスルモーナ経由でペスカーラ中央駅に向かいます。
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